第4章 雨水幹線の整備
第2節 公共下水道雨水事業
分流方式
第4章第2節
公共下水道の雨水管は国道や県道などの一番深い場所に埋設される。その 位置づけは人工河川で、管はボックスカルバート(箱型暗渠)と呼ばれ、鉄 筋コンクリートなど剛性の高い素材で作られている。幹線道路など荷重の大 きい場所で多く使用され実績がある。幹線となる太い雨水管には、雨水ます から枝管を使って雨水が集められてくる。公共下水道の雨水管は、既設の道 路側溝や農業用水路と補完しあいながら雨水排除の役割を担っている。
雨水管が埋設される以前には、山形市の雨水は市内に網の目のように張り 巡らされた山形五堰によって河川へ運ばれていた。時代が進むと五堰はさら に分流し、農業用水路や道路側溝などへと姿を変えた水路から河川へと流入 していった。しかし市街地では農地の宅地化が進み、道路や都市施設の舗装 によって、雨水の地下浸透が激減したため降雨時に中心市街地に浸水被害が 多出するようになった。昭和45年(1970)に犬川排水区第二工区の雨水排水 事業が始まった。その後昭和48年(1974)に中部排水区、そして昭和51年
(1976)には馬見ヶ崎排水区へと雨水排水の整備を拡大していった。その後 雨水管の埋設は、都市下水路事業に引き継がれていったことは第1節で述べ た通りである。
2 雨水事業の拡張とその他の浸水対策
公共下水道の認可区域とは、下水道工事を施工できる区域を設定するも ので、設定された場所では工事に対して国庫補助が受けられる。平成6年
(1994)にこの認可区域の拡張が行われた。この拡張により、局地的な浸水 対策として整備してきた都市下水路は、公共下水道・特定環境保全公共下水 道区域に編入されることになった。
平成8年(1996)の公共下水道(雨水)事業の進捗状況をみると、沼木 100%、八ヶ郷28.6%、嶋堰25.9%、中部25.6%、竜山川22.3%などとなって いる。ちなみに特定環境保全公共下水道に編入された漆山の達成率は48.5%
であった。平成8年(1996)の雨水管埋設は第51工区南館地内489.8m、第 53工区北町地内373.1m、第59区工江南地内253.1m、第52工区城南地内542.4 mなどとなっている。その翌年以降も、雨水管の埋設は汚水と比較すると少 しずつではあるが、確実に延伸していった。
平成13年(2001)には、流域関連公共下水道の雨水事業の認可区域が拡張 され、松原、谷柏、菅沢、門伝、飯塚、西部及び立谷川工業団地が編入され、
すべての都市下水路も編入完了となった。さらに平成17年(2005)にもさら
公共下水道の雨水管は国道や県道などの一番深い場所に埋設される。その 位置づけは人工河川で、管はボックスカルバート(箱型暗渠)と呼ばれ、鉄 筋コンクリートなど剛性の高い素材で作られている。幹線道路など荷重の大 きい場所で多く使用され実績がある。幹線となる太い雨水管には、雨水ます から枝管を使って雨水が集められてくる。公共下水道の雨水管は、既設の道 路側溝や農業用水路と補完しあいながら雨水排除の役割を担っている。
雨水管が埋設される以前には、山形市の雨水は市内に網の目のように張り 巡らされた山形五堰によって河川へ運ばれていた。時代が進むと五堰はさら に分流し、農業用水路や道路側溝などへと姿を変えた水路から河川へと流入 していった。しかし市街地では農地の宅地化が進み、道路や都市施設の舗装 によって、雨水の地下浸透が激減したため降雨時に中心市街地に浸水被害が 多出するようになった。昭和45年(1970)に犬川排水区第二工区の雨水排水 事業が始まった。その後昭和48年(1974)に中部排水区、そして昭和51年
(1976)には馬見ヶ崎排水区へと雨水排水の整備を拡大していった。その後 雨水管の埋設は、都市下水路事業に引き継がれていったことは第1節で述べ た通りである。
2 雨水事業の拡張とその他の浸水対策
公共下水道の認可区域とは、下水道工事を施工できる区域を設定するも ので、設定された場所では工事に対して国庫補助が受けられる。平成6年
(1994)にこの認可区域の拡張が行われた。この拡張により、局地的な浸水 対策として整備してきた都市下水路は、公共下水道・特定環境保全公共下水 道区域に編入されることになった。
平成8年(1996)の公共下水道(雨水)事業の進捗状況をみると、沼木 100%、八ヶ郷28.6%、嶋堰25.9%、中部25.6%、竜山川22.3%などとなって いる。ちなみに特定環境保全公共下水道に編入された漆山の達成率は48.5%
であった。平成8年(1996)の雨水管埋設は第51工区南館地内489.8m、第 53工区北町地内373.1m、第59区工江南地内253.1m、第52工区城南地内542.4 mなどとなっている。その翌年以降も、雨水管の埋設は汚水と比較すると少 しずつではあるが、確実に延伸していった。
平成13年(2001)には、流域関連公共下水道の雨水事業の認可区域が拡張 され、松原、谷柏、菅沢、門伝、飯塚、西部及び立谷川工業団地が編入され、
すべての都市下水路も編入完了となった。さらに平成17年(2005)にもさら
に認可区域が拡張され、小白川、あこや町、あさひ町、東原町、南原町の一 部、流通センター、西蔵王などが編入されている。
この公共下水道幹線事業は、平成21年(2009)から山形市浸水対策下水道 事業と名称を変えて第206工区鈴川町地内95m、第205工区浜崎地内255.8m などで工事を完成させている。このように、雨水管の埋設は継続しているが、
建設開始からすでに45年の歳月が経過しており、既設管のメンテナンスの必 要も生じてきた。平成25年(2013)に85件の雨水マンホール鉄蓋の更新工事 が行われ、翌26年(2014)には168件の同工事が行われるようになった。
雨水の排除は下水道の雨水管の埋設だけで行えるものではない。近年の集 中豪雨による市街地の溢水は、すでに下水道の敷設を終えた全国各地でも見 られる。市街地での浸水対策は、雨水管に加えて既存の道路側溝、農業用水 路などで速やかに河川放流するのと併行して雨水流水量抑制の対策も重要で ある。山林の木々が森に保水力持たせていることは知られているが、その力 が減じために雨水の貯留、地下への浸透にも対策の必要性が生じた。山形市 では試験的に、平成23年(2011)9月に東山形に貯留浸透施設を設置、平成 25年(2013)1月に改良型の同施設を松波に設置してその効果の検証を手が けている。雨水浸透施設とは、地中にシートを埋め込んで保水したり、地中 に雨水が浸透するのを助けるものである。そのほか雨水浸透の対策として は、浸透ます、透水性舗装、浸透側溝などさまざまな対策が取られるように なった。
3 せせらぎ緑道
平成3年度(1991)からの第七次下水道整備五箇年計画で、建設省は下水 道整備の遅れている市町村への整備を促し、下水道処理人口を44%→50%、
雨水管渠整備率を40%→49%を目標にしていた。その目標を達成するための 手段として登場したが下水道モデル事業であった。その数は平成9年度まで 12事業あり、山形市ではそのうち平成7年度に創設された「水循環・再生下 水道モデル事業」による「せせらぎ緑道」の整備を選択した。従来の発想を 変え、下水道事業と河川事業をコラボレーションすることで、市民に親しま れる新しい水辺の空間を創出しようとしたものであった。
ア 大坊川せせらぎ緑道
山形市青田地区に流れる大坊川の流域幹線下水道事業を、水循環・再
第4章第2節
生下水道モデル事業として建設省に認定申請を提出したのは、平成9年
(1997)11月である。この事業は国道13号と国道112号の間を流れる大 坊川を、ボックスカルバートで暗渠化し、その水を再利用して、暗渠の 上部空間を植栽やせせらぎ水路や散策路のある緑道にしようとするもの であった。この申請は翌10年5月に認定されて実施に移された。工事前 の大坊川は、掘割りの水路になっていて雑木や雑草の間を蛇行する人の 近寄れないような川であった。平成6年(1994)にすでに都市下水路と して整備を完了して、暗渠の上は雑草の茂る状態であった。工事はせせ らぎ水路を作り、その水路に沿って遊歩道を設け、四阿とベンチ、所々 に花壇を設けた。また防火水槽を設けて、火災の際の消火の役割を担え るようにしている。下水道を流れる雨水をせせらぎ水路に流し、せせら ぎの音を聞き、花壇の花を見、野鳥の鳴き声を聞きながら散策したり、
ベンチで憩える空間が実現した。荒れた水路が見事に姿を変えて、今で は犬の散歩させながら大坊川せせらぎ緑道を散策する市民の姿が見られ るようになった。平成13年(2001)にこのモデル事業は完了し、これで 山形市は「人々に見える下水道として特に優れたもの」として平成14年 9月5日に国土交通大臣賞(いきいき下水道賞)を受賞した。
イ 嶋堰せせらぎ緑道
山形市嶋地区は近年住宅団地の造成や大型ショッピングセンターの進 出など開発が目覚ましい。ここには嶋遺跡があり、古墳時代の集落跡が
第11回いきいき下水道賞受賞 大坊川せせらぎ公園