第5章 富山の配置薬産業の史的分析
第 9 節 先用後利のビジネスモデルの展開
「先用後利」「配置販売」という独特の商法システムは、日本財団の資金援助を通して2004 年より行われ、東南アジア諸国で利用が広がっている。成功例としてはモンゴルの例があげ られる(古川勝,2009, pp.25-33)。モンゴルでは地方への遊牧で生計を立てている人々が数 多くいる。医療施設のある市街地から遠く離れた草原で生活しており、年に数回の現金収入 にたよっている。日常の生活の中で病気にかかったり、ケガをしたりした場合、必要な医療 サービスを受けられない。このため、モンゴル国内では配置薬の普及が進められ、現在では 1万世帯が配置薬システムを利用している(富山県,2010)。胃腸薬、風邪薬、解熱剤、下痢 止めなど12種類のモンゴル伝統薬のほか、アルコール、脱脂綿、包帯、体温計、薬の使用 説明書を試験的に配布したところ大変重宝がられている。また、モンゴルでは国立病院の医 療関係者が配置業務を行っているのが大きな特徴である。遊牧民族からは、キットの薬は値 段が安く経済的負担がない、必要なときにすぐに使える、と喜ばれている。
またタイでは2008年から、ベトナムでは2009年から配置薬システムの試用が始まり「先 用後利」の精神が国際的に広がってきている(富山県,2010)。
富山の配置販売の「先用後利」システムを、現代のニーズに合うようにアレンジした例と しては、江崎グリコがあげられる。事業所やオフィスを対象に「オフィスグリコ」という名 称で、嗜好品販売ビジネスを行っている(オフィスグリコ,2017)。2002年3月から東京都 内・大阪府内でビジネスを開始し、以来首都圏・近畿地区内・愛知県内・広島県内・福岡県 内へと事業展開している。2016年6月江崎グリコの子会社グリコチャンネルクリエイトが 置き菓子サービスを展開している(オフィスグリコ,2017)。
江崎グリコと契約すると、リフレッシュボックスというプラスチック製の引き出しの付 いたボックスが事業所やオフィスに無償で貸与される。菓子の専用ボックスだけでなく、ア イスクリーム・飲料の冷凍冷蔵庫もある。代金は1個100円(税込価格)で、購入者はボ ックス上部の代金箱へその都度代金を個人で支払う。代金回収時、金額と品物の個数が合致 しなくても不足分はグリコが負担し、設置会社へは一切請求しない。実際の代金回収率は約 95%である。設置した事業所やオフィスには、サービススタッフが直接訪問し、賞味期限の ある菓子の入れ替えや商品補充、代金の回収を行う。通常は 1 週間に一度の訪問ペースだ が、営業店舗の展開が限定されているため 2 週間に一度の訪問となる場合もある。代金箱 はカエルの形をしていることが特徴である(オフィスグリコ,2017)。
職場でのリフレッシュやストレス軽減、残業時の空腹を満たすなど、オフィスでの一服が 手軽にできるという利便性がある。会社ではなくあくまでも個人が対象である。そのため会 社に売り込むのではなく、個人が買いやすいように販売方法が改良された点が特徴である。
購入者が必要性を感じたその時すぐに利用できる。店舗に行く手間を省き、また店舗では気 兼ねしてしまうが、欲しいものを一つだけ手軽に購入できるというメリットもある。買いや
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すさや親しみやすさなどが工夫された、現代のニーズに合わせた新しいサービスである。首 都圏・愛知県内・近畿地区内・福岡県内の、オフィスを中心として展開している。主にグリ コ製品のビスケット・チョコレート類を中心としているが、購入者のリクエストに対応した り、自社商品だけでなく、「でん六豆」や「亀田のお煎餅」「Calbeeのポテトチップス」な ど馴染みのある他社銘菓とのコラボレーションを行ったりしている。顧客の 7 割が男性で あり、女性の多い職場や猛暑の夏場には飲料などを中心とした展開をしている。福利厚生と しての利用は少なく、あくまでも事業所内の個人を対象とした先用後利のビジネスモデル である。2002年の売上高は 3億円である。2012年8月時点での販売センターは 51 拠点 で、販売用運搬ワゴン約90,000台、年商約30億円を超え、販売スタッフも約650名とな っている。2015年には、売上高は53億円となり、大きく飛躍している。顧客の立場に立っ て考えられた先用後利のビジネスモデルの成功例でもある(オフィスグリコ,2017)。
また、第3章第4節において、「置き薬」を現代のニーズにマッチさせた、先用後利を実 践している配置薬販売の事例として、株式会社サプリを紹介している(pp.75-76)。
第10節 小括
富山売薬は「越中富山のくすり売り」といわれ、歴史と伝統のある薬の配置販売が、代表 的な地場産業である。富山の売薬は、薬をあらかじめ預け置き、代金は使用した分だけ支払 うという「先用後利」という独特の商法をとり、その形態は今日まで 300 余年も脈々と続 いている。江戸の中期、小藩の富山藩から売薬という薬を全国に展開し発展した。立山信仰 を広める配札旦那廻りという、立山修験者による全国への流布が行われた。藩主前田正甫に よる薬製造・販売の奨励があり、藩の政策に「他領商売勝手」(領地以外商売してもよい)
がある。1960年、江戸城中で他藩の大名が腹痛を起こした際に、前田正甫が持っていた「反 魂丹」を飲ませたところ、たちどころに腹痛が回復した。それにより越中から諸藩へ売薬の 藩を超えて行商が許された。江戸時代、藩を超えて商売することは厳しく規制されており、
国を超えて薬の販売許可がされたのは画期的なことであった。「北前船」による流通手段を 用い、昆布を使って薩摩藩との関係改善強化を図った。
富山売薬4人祖の前田正甫・万代常閑、松井屋源右衛門・八重崎屋源六ら、先駆者の存在 が富山売薬の産業としての基礎を築いた。また、富山藩は代々藩主が薬に興味を持ち研究熱 心であった。
信用販売である「先用後利」の徹底には、品質管理に重点を置き、組織の強化に対する努 力があった。富山売薬が全国から信用されるようになるには、長い間の官民あげての地道な 研究と努力が不可欠であった。売薬の薬種の品質管理の布告を出し、そのための役人を売薬 業界から選んでいる。「懸場帳」によるマーケティングリサーチの確立と継承も行われた。
「懸場帳」はお互いの信頼と信用の上に成り立った、画期的な長期信用取引商法の証といえ る。また富山売薬はおまけ商法の「元祖」ともいわれ、置き薬の発展に大きく貢献し、継続 的な取引と信頼関係の構築に結び付いた。
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富山県は産官学の連携に重きをおいている。全国で薬業振興を県が行っているのは、富山 県のみである。日本で初めての薬学校の設立を行い、現代でもくすり政策課や薬業部物産課 の設置など、薬業行政の厚みがある。新産業創造型企業の受託生産の増加があり、2015年 医薬品生産高は日本一となった。
以上のように江戸時代から「富山のくすり売り」と全国の人々に信用を得て利用されるよ うになったのは、官民あげての長い年月をかけた取り組みがあったからこそ発展したので ある。このことから富山の医薬品産業は、富山の売薬からの発展による産地型、産業集積と 位置づけられる。
1 山裾に位置し、3 社の中で一番平野部に近く一番手前に建立している。
2 立山信仰を勧めて全国をまわる人々。
3 熊の胆のこと。
4 地獄谷の硫黄をうすい板につけたマッチのようなもの。
5 蚕(かいこ)の卵。和紙(蚕種台紙)に雌の蚕が多数の卵を産みつけた製品である。一 つ一つの卵は小さく、1枚の台紙から多数の蚕がふ化する。養蚕業の繁栄期には、多数の 台紙からふ化した大量の蚕がつくられた。
6 簡便で実用向きの処方集。江戸天保版医学書。
7 頭痛・発熱・のどの痛み・筋肉の痛み・咳・くしゃみ・鼻水・鼻づまりなどの,かぜ症 候群(普通感冒)の諸症状の緩和に効果を出すように解熱剤(解熱鎮痛剤)と鎮咳去痰。
薬・抗ヒスタミン剤などを複合した医薬品。
8 村長。
9 自作農。
10 新しく配置薬を置く、得意先を拡張する。
11 医薬品、化粧品、洗剤等の研究開発・製造技術に関する日本最大の専門技術展。
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