第 8 章 中国の日本語教育における「ダロウ」の扱い
8.1 中国の日本語教科書における「ダロウ」の扱い
中国の大学専攻日本語教育のカリキュラムの中心を担う主幹科目は「総合日本語」39であ り、一般的には大学の1年次から4年次まで設置され、基礎段階(1年次と2年次)で週8
~10コマ(1コマ45分)、高学年段階(3年次、4年次)で週4~6コマ開設されている(堀
口2003、冷2005、金2011)。そのため、本研究では「総合日本語」の授業で使用されてい
る教科書を調査対象とすることにした。ただし、中国の日本語教育において、「ダロウ」は 基礎段階で導入されるのが一般的であり、高学年段階の「精読」の教科書の内容は日本の小 説などの文章を中心とするものであるため、本研究では基礎段階の「精読」の教科書のみを 取り上げて考察する。本研究の協力者のフェイスシートによると、CNは基礎段階の「精読」
の授業で主に『新編日語1―4』(上海外語教育出版社)という日本語教科書を使用している。
そのため、本節では『新編日語1―4』を調査資料とした。次の 8.1.1では『新編日語』と いう教科書について簡単に説明し、8.1.2では『新編日語』における「ダロウ」の扱いを詳 細に説明する。
8.1.1 『新編日語』について
『新編日語』は中国の大学日本語専攻の代表的な教科書として、90 年代から今日に至る まで最も広く使われており、現在中国の教育現場で教育活動している多くの日本語教師が 学んだ教科書である(劉2009:60)。また、2005年、中国の大学日本語専攻の典型的な教科書 として北京日本学研究センターが作成した教材コーパスに収録されている。そして、中国の 国情、教育方針に合致する教科書であり、中国人学習者向けの、日本語の理解をよりよく促 す教科書であると評価されている(周(2003)、張(2005)など)。
『新編日語』は全部で4冊あるが、第1冊と第2冊は20課からなり、第3冊と第4冊は
39 『精読』と呼ばれることもある。
124 18課からなる。第1冊と第2冊の各課は「前文」「会話」「ファンクション用語」「単語」「解 説」「読解文」「練習」の7項目から構成されており、第3冊と第4冊の各課は「本文」「会 話」「応用文」「単語」「言葉と表現」「ファンクション用語」「練習」の7項目から構成され ている。
本研究は『新編日語』のモデル会話ではどのような「ダロウ」が導入されているのか、ど のように説明しているのかを見るために、『新編日語』の第1、2冊の各課の「会話」と「解 説」及び第3、4冊の各課の「会話」と「言葉と表現」における「ダロウ」に関する内容を 取り出し詳しく分析した。その結果を次の節で詳しく述べる。
8.1.2 『新編日語』における「ダロウ」の扱い
『新編日語1―4』の中の「会話」及び「解説」、「言葉と表現」の内容を詳しく調査し、以 下の表52のような結果を得た。
表52 『新編日語』における「ダロウ」の扱い
用法 導入数 初出課 説明の有無 推量 41 第1冊・十六課 〇 丁寧さの加わった質問 45 第1冊・十六課 〇 命題確認の要求 45 第1冊・十六課 〇 引用表現と共起する「ダロウ」 5 第1冊・十七課 ✖ 知識確認の要求 25 第1冊・十八課 ✖ 不定推量 6 第2冊・三課 ✖ 弱い質問 8 第2冊・十課 ✖
合計 175
(〇:説明あり ✖:説明なし)
表52から分かるように、『新編日語』のモデル会話では「念押し確認用法」以外の「ダロ ウ」は漏れずに導入されている。導入数から見ると、「推量」「命題確認の要求」「丁寧さの 加わった質問」の「ダロウ」は多く見られる。また、集中的に同じ課で導入され、それらの 用法についての説明も見られる。一方、「知識確認の要求」「不定推量」「弱い質問」及び引 用表現と共起する「ダロウ」は、導入はされているが、それらの用法についての説明が見ら れない。次に、『新編日語』における「ダロウ」の導入順にその導入例及び説明について詳 しく見ていく。
8.1.2.1 『新編日語』における「推量」の「ダロウ」の導入
『新編日語』では、第1冊の十六課に初めて「推量」の「ダロウ」が導入されている。こ の課の「解説」では、まず、「ダロウ」を「動詞」「形容詞」などの形式に接続する方法が表 によって提示されている。そして、次の(235)のような中国人学生と日本人留学生との会
125 話に出現した「ダロウ」を「推量」の「ダロウ」として説明している。
(235) 李:もうすぐクリスマスですからね。日本では,クリスマスにお互いにプレゼン トをするでしょう。
吉田:はい。日本では,クリスマスに親しい人どうし,あるいは家族の間でプレ ゼントの交換が多いです。 (『新編日語1』16課:279(下線筆者による)
(235)での「ダロウ」の用法について、『新編日語』では以下のように説明している。
第一句的「でしょう」句尾语调要下降,读作「…でしょう↓」,表示讲话人的委婉断定 或推测。
【日本語訳:一番目の「でしょう」(筆者注:(234)での下線文)のイントネーションは下 降であり、「…でしょう↓」と読み、話し手の婉曲的な判断や推量を表す。】
(『新編日語1』16課:289(日本語訳筆者による))
また、下の(236)(237)のようなものを「推量」の「ダロウ」の例として挙げている。
(236) ―山田さんはどこにいますか。
―二階にいるでしょう↓。 (『新編日語1』16課:290)
(237) あなたの専攻は日本語でしょう↓。 (『新編日語1』16課:290)
さらに、「推量」の「ダロウ」と共起する副詞について、次のように説明している。
表示推测的「でしょう」常和陈述副词「たぶん」搭配使用,也和「きっと」一起使用。
和「きっと」一起使用时表示委婉的断定。
【推量を表す「でしょう」は陳述副詞「たぶん」とよく一緒に使用され、「きっと」と も一緒に使用されている。「きっと」と一緒に使用される時、婉曲的な判断を表す。】 (『新編日語1』16課:290)
下の(238)(239)は『新編日語』で挙げられている「推量」の「ダロウ」の副詞と共起する 例である。
(238) あしたはたぶん雨が降るでしょう。 (『新編日語1』16課:290) (239) 日本語の専攻ですから、卒業してきっと通訳か翻訳者になりたいのでしょう。
(『新編日語1』16課:290)
上の引用から分かるように、『新編日語』では(235)の中の「ダロウ」文を「推量」の「ダ
126 ロウ」として扱っている。しかし、(235)は中国人学生が「ダロウ」文によって自分で捉え た日本についてのことを日本人の相手に提示している場面であり、「推量」ではなく、「命題 確認の要求」の「ダロウ」としても差し支えないと思われる。また、『新編日語』では「推 量」の「ダロウ」の使用例として挙げられている上の(237)は下降調を取っても、具体的 な文脈がないため、「推量」ではなく、「命題確認の要求」或いは「知識確認の要求」と無理 なく解釈できるだろう。さらに、上の引用から分かるように『新編日語』では「推量」の「で しょう」が婉曲的な判断を表すと説明されている。『新編日語』では、下の(240)のように、
「推量」の「ダロウ」は学生が先生に対してする発話に導入されている。
(240) 李:先生は朝が早かったので、さぞお疲れでしょう。
田中:いいえ、それほど疲れていません。
李:途中いかがでしたか。
田中:ええ、好天に恵まれて、とても快適でした。
李:そうですか。それは何よりでした。ところで、先生は、上海は初めてでいらっ しゃいますか。
田中:いいえ、二十年ほど前に、一度上海に来たことがありますが、そのときはたし か今の空港じゃなかったように思います。前のは小さい感じでしたが。
李:おっしゃる通りです。前のはたぶん虹橋空港でしょう。この浦東国際空港は十 数年前に新しくできたものです。 (『新編日語2』14課:290)
しかし、前に何度も取り上げた安達(1997)では、「推量」の「ダロウ」は婉曲的なニュ アンスを持たず、逆に聞き手の考えを無視して一方的に決めつけるというニュアンスを持 ちやすく、目上の人に対して使うのが不適切であると指摘されている。蓮沼(2016)でも「ダ ロウ」は婉曲表現としての用法を有さないと考えている。このように、『新編日語』では「推 量」の「ダロウ」について説明はされているが、その使用制限や使用場面について全く触れ ていない。
また、『新編日語』のモデル会話に導入されている41例の「推量」の「ダロウ」を詳しく 見ると、次の表53に示したように、「推量」の「単純ダロウ」がほとんどであるが、「推量」
の「複合ダロウ」も一定数盛り込まれている。
表53 『新編日語』における「推量」の「単純ダロウ」と「複合ダロウ」
推量単純ダロウ 推量複合ダロウ
31 10
『新編日語』のモデル会話に導入されている「推量複合ダロウ」の使用例を見ると、下の
(241)のような「ね」と共起するのが9例で、下の(242)のような「な」と共起するのが
127 1例のみであり、JPに比較的多く使用されている「し」「けど」などの形式と共起する「複 合ダロウ」はまったく導入されていない。
(241) 李:先生、この広告の文章。難しいですね。「ビジュアル・コミュニケーションを 広げる」「システムソリューション」「アプリケーション・プロセッサー」……
意味がわかるようなわからないような。
北村:そうねえ。車もそうだけれど、コンピューターとかITに関する用語は、英語
のまま使われる場合がほとんどだから、ある程度は仕方がないけれどね。
李:興味のある人とか詳しい人がわかればいいということでしょうね。
(『新編日語3』16課:355) (242) 妻:あなたがおもちゃを捨てれば、わたしも洋服を捨てるわ。
夫:でも、あまり捨てると、市役所がゴミ処理に困るだろうな。
妻:そうね。じゃ、捨てないことにしましょう。
(『新編日語4』8課:182)
また、第4章で見たように、親しいJP同士の会話では、「推量」の「複合ダロウ」では確 かに「ね」と共起するものが最も多く見られる。しかし、(241)は先生(北村)と学生(李)
の会話であり、学生(李)が先生(北村)に対して「でしょうね」を使用している。安達(1997)
では「でしょうね」は丁寧度が低いため、目上の人に対して使うのは不適切であると指摘さ れている。
このように、『新編日語』では「推量」の「ダロウ」は多くモデル会話に導入され、それ について説明されている。しかし、挙げられている例は曖昧であったり、場面的に不適切で あったりする。このような導入は、CNの「推量」の「ダロウ」に対する理解と運用を妨げる 可能性があると考えられる。
8.1.2.2 『新編日語』における「丁寧さの加わった質問」の「ダロウ」の導入
表51から、「推量」の「ダロウ」と同じく第1冊の16課で導入されている。下の(243)
(244)は16課の「会話」に使用されている「丁寧さの加わった質問」の「ダロウ」である。
(243) 李:クリスマスのプレゼントはどんものが多いでしょうか。
吉田:たぶん身につけるものや文房具などクリスマス向きのものが多いでしょう。
(『新編日語1』16課:279) (244) 李:先生から何かいただきましたか。
吉田:ええ、先生から英語の辞書をいただきました。ところで、中国でも、クリス マスにお互いにプレゼントをするでしょうか。
李:ちょっと日本と違います。学生はクリスマスによくプレゼントをしますが、