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1. 三性説の萌芽形態について

1.1 三性説の萌芽形態と『解深密経』の三性説

1.1.3 三相の相互関係と三性説の萌芽形態

  ここまでに確認した『解深密経』の遍計所執相、依他起相、円成実相はそれぞれ、言語 的なものを特徴とする諸法、縁起なる諸法、そして諸法の真如であると規定されている。

これら三相の相互の関係を以下に確認する。

yon tan 'byung gnas de la mtshan ma dang 'brel ba'i ming la42 brten nas ni kun brtags pa'i mtshan nyid rab tu shes so // gzhan gyi dbang gi mtshan nyid la kun brtags pa'i mtshan nyid du mngon par zhen pa la brten nas ni gzhan gyi dbang gi mtshan nyid rab tu shes so // gzhan gyi dbang gi mtshan nyid la kun brtags pa'i mtshan nyid du mngon par zhen pa med pa la brten nas ni yongs su grub pa'i mtshan nyid rab tu shes so //43

功徳林よ、そのうち、相(*nimitta)と結び付いた名前に依拠して、遍計所執相は了知 されるのである。依他起相において遍計所執相に執着することに依拠して、依他起相 は了知されるのである。依他起相において遍計所執相に執着しないことに依拠して、

円成実相は了知されるのである。

  下線部には、依他起相において遍計所執相に執着しないことが円成実相を了知すること だとされており、三相の相互関係が端的に示されている。この三者の関係は『解深密経』

以降の『摂大乗論』や『唯識三十頌』といった、唯識思想と結びついた三性説にも継承さ れている44

  そして、『菩薩地』に見られる三性説の萌芽形態の3つの概念が、実際にここまで確認し た『解深密経』の三相それぞれの定義、および相互関係と、内容、構造の点で類似してい

42 la DL : las P

43 SNS VI-10 D15a5–7, P16b3–4, Lamotte 63.11–17

44 MSg II-4 D13b2–3, P14b7–8, Nagao 59–60

de la yongs su grub pa'i mtshan nyid gang zhe na / gang gzhan gyi dbang gi mtshan nyid de nyid la don gyi mtshan nyid de gtan med pa nyid do //

そのうち、円成実相とはいかなるものか。その同じ依他起相において、その[外]境を特徴と するもの(遍計所執相)が完全に存在しないことである。

TrK.21 Lévi 14.13–14

paratantrasvabhāvas tu vikalpaḥ pratyayodbhavaḥ / niṣpannas tasya pūrveṇa sadā rahitatā tu yā //

一方、依他起性は分別であり、縁から生じるものである。一方、円成実[性]は、およそ、そ

[の依他起性]に前のもの(遍計所執性)が常に欠けていることである。

ると考えられる。三性説の萌芽形態が具体的にどのように用いられているのかは、本研究 第3章において考察する(3.1『菩薩地』「真実義品」における三性説の萌芽形態の論理)。

1.1.4「一切諸法無自性」の密意としての三無自性説

『解深密経』第7章「無自性相品」には三無自性説が説かれている。世尊が説いた「一切 諸法無自性、不生不滅、本来寂静、自性涅槃」という教説には、三無自性説が密意されて いると『解深密経』は解釈する。この三無自性説は『解深密経』だけではなくその他の文 献においても、それぞれが定義される際に三性説のそれぞれと同格で置かれて説明される。

このことから、三無自性説と三性説とは表裏の関係にあると指摘されている45。このように、

『般若経』に説かれる既存の「一切諸法無自性」という教説が三無自性説として解釈され、

三無自性説と三性説とが対応させられていることから、「一切諸法無自性」が間接的に三性 説へ影響を与えていると考えられている。以下は「無自性相品」の導入部である。

...bcom ldan 'das kyis ci las dgongs nas

chos thams cad ngo bo nyid ma mchis pa / chos thams cad ma skyes pa / ma 'gags pa / gzod ma nas zhi ba / rang bzhin gyis yongs su mya ngan las 'das pa

zhes bka' stsal pa'i don de nyid bcom ldan 'das la bdag yongs su zhu lags so //46

...don dam yang dag 'phags ngas chos rnams kyi ngo bo nyid med pa nyid rnam pa gsum po 'di lta ste / mtshan nyid ngo bo nyid med pa nyid dang / skye ba ngo bo nyid med pa nyid dang / don dam pa ngo bo nyid med pa nyid las dgongs nas

chos thams cad ngo bo nyid med pa'o

45 竹村[1995: 8]は「三性と三無性とは、各々一つの事柄の両面であり、常に同時に成立しているも

のである。我々は三性説を考えるとき、常にその無自性性についても考慮すべきであろう」と述べる。

  『菩薩地』「真実義品」に対応する「摂決択分」中「菩薩地真実義品」においても、三性説と三無 自性説とが対応せられている。たとえば、遍計所執性と相無自性性とは次の通りである。

ViSg D22b5–7, P24b4–7, Takahashi 144–145

ngo bo nyid gsum dang / ngo bo nyid med pa nyid gsum po mtshan nyid ngo bo nyid med pa nyid dang / skyes pa ngo bo nyid med pa nyid dang / don dam pa ngo bo nyid med pa nyid de la / mtshan nyid ngo bo nyid med pa nyid kyis ni kun brtags pa'i ngo bo nyid ngo bo nyid med pa yin no //

その三自性と三無自性性、[すなわち]相無自性性と生起無自性性と勝義無自性性のうち、相 無自性性として遍計所執性は無自性である。

46 SNS VII-1 D16b4–5, P18a3–4, Lamotte 66.30–34 玄奘訳『解深密経』T16.693c27–694a4(全文)

世尊。復説一切諸法皆無自性無生無滅本來寂靜自性涅槃。未審世尊。依何密意作如是説。一切 諸法皆無自性無生無滅本來寂靜自性涅槃。我今請問如來斯義。惟願如來哀愍解釋。説一切法皆 無自性無生無滅本來寂靜自性涅槃所有密意。

zhes bstan to //47

…世尊は何を意図して「一切諸法は無自性であり、一切諸法は不生不滅であり、本来 寂静であり、自性涅槃である」とおっしゃったのか、他ならぬその意味を私は世尊に お尋ねしたいのでございます。

…勝義生よ、私は諸法の無自性性は三種であると、すなわち相無自性性と、生無自性 性と、勝義無自性性とを意図して、「一切諸法は無自性である」と説示したのである。

  下線部において、世尊の文言として「一切諸法は無自性であり、一切諸法は不生不滅で あり、本来寂静であり、自性涅槃である」という文章が引用されている。この文言と若干 の表現の違いはあるものの、類似する表現が『般若経』にトレースされることから、高橋

[2012: 98]は三性説にとって『般若経』の影響は看過できないとする48。また、あくまで

47 SNS VII-3 D17a1–2, P18a8–b1, Lamotte 67.26–30 玄奘訳『解深密経』T16.694a13–15

勝義生當知。我依三種無自性性密意。説言「一切諸法皆無自性」。所謂相無自性性。生無自性 性。勝義無自性性。

48 この「一切諸法無自性」等の文言と完全に一致するものは『般若経』には確認できないことが袴谷

[1994: 49 fn.15]に明らかにされている。ただし、類似する文言が何箇所か確認されるとして、『大

般若波羅蜜多経』「初会」などを指摘する。

玄奘訳『大般若波羅蜜多経』「初会」T6.1038b8–12

於樹林等内外物中。常有微風互相衝撃。發起種種微妙音聲。彼音聲中説一切法皆無自性。無性 故空。空故無相。無相故無願。無願故無生。無生故無滅。是故諸法本來寂靜自性涅槃。若佛出 世若不出世法相常爾。

  『大般若波羅蜜多経』には他にも「第二会」(T7.414a28–b5)と「第三会」(T7.751a13–18)がある といい、高橋[2012: 98]も同箇所を指摘する。その他、無羅叉訳『放光般若経』(T8.136b20–23)、

鳩摩羅什訳『摩訶般若波羅蜜経』(T8.409a19–22)、チベット訳『二万五千頌般若』第 66 章、チベッ ト訳『一万八千頌般若』第77章が袴谷氏によって指摘されている。

  また、袴谷氏は文脈が異なるとした上で類似するサンスクリット文を『集論』に見出している。

AS Gokhale 35.15–18, Pradhan 84.11–16, T1605.31.687c29–688a6

yad uktaṃ vaipulye ... niḥsvabhāvaḥ sarvadharmā iti ... anutpannā aniruddhā ādiśāntā prakṛtiparinirvṛteti

袴谷訳1994: 127

『方広[経]』(すなわち『般若経』系の大乗経典を指す)において説かれている。「一切法は 無自性である。」と。…「[一切法は]無生であり、無滅であり、本来寂静であり、本性として 完全に開放されたもの(自性涅槃)である」と。

  なお、『荘厳経論』の偈頌にもこの文言は見られ、『摂大乗論』がこの偈頌を引用する。この『摂大 乗論』を長尾[1982: 387–388 fn.6]は解説するにあたり、特定の経典からの引用ではなく、〈阿含経〉

や『般若経』など方々に説かれた無自性などの教説を『解深密経』がまとめたものだろうと指摘する。

影響が漠然と指摘されるのみであるが、斎藤[2010]によっても三性説への影響が指摘さ れている。

  そして、波線部においてこの『般若経』の文言が三無自性説として解釈されている。こ こでは「諸法の無自性性」(chos rnams kyi ngo bo nyid med pa nyid)と表現され、相無自性 性(*lakṣaṇaniḥsvabhāvatā)、生無自性性(*utpatti°)、勝義無自性性(*paramārtha°)の3つ が挙げられている。

  下線部に引用される『般若経』の文言は、chos thams cad ngo bo nyid ma mchis paとchos thams cad ngo bo nyid med paという表現である。ma mchis paはmed paの敬語表現であるた め 、 想 定 さ れ る 梵 語 は ど ち ら も 同 様 に 、dharma と niḥsvabhāva と が 同 格 で 置 か れ た

sarvadharmā niḥsvabhāvāḥだと考えられる。しかし波線部でこの文言が解釈されると、chos

rnams kyi ngo bo nyid med pa nyidという表現になっていることに気が付く。想定される梵語

は、属格のdharmaと抽象概念を作る接尾辞のtā / tvaが付されたniḥsvabhāvatāとからなる

dharmānāṃ niḥsvabhāvatāだと考えられる。また、三無自性説のそれぞれも接尾辞のtā / tva

が付された表現になっていると考えられる。

  本研究では、教義として言及する際には三無自性説とし、個々の3 つの概念に言及する 際には、たとえば相無自性性というように接尾辞を訳して表現する。この言い換えの理由 については本研究第4章で考察し(4.2「一切諸法無自性」から「諸法の無自性性」への言い換え)、 今はこの三無自性説が『般若経』の影響を受けていると考えられるため、表裏の関係にあ る三性説もまた間接的に『般若経』の影響を受けていると考えられていることを確認する にとどめる。