788 化学と生物 Vol. 55, No. 12, 2017
糖鎖アレイは何に使えるのか
糖鎖との相互作用解析法
生体内において細胞表面は糖鎖と呼ばれる単糖が数個 から数十個(場合によっては数百個)つながったもので 覆われている.つまり細胞と外界との接触には糖鎖が介 在すると考えられる.実際,細胞接着や細胞認識や細胞 のがん化,病原菌やウイルスによる感染などに糖鎖が大 きく関与していくことがこれまでの研究で明らかになっ
ている(1〜7).その現場には糖鎖を認識するタンパク質が
存在する.たとえば,糖鎖構造を認識し結合するレクチ ンやがんマーカー,ウイルスの表面タンパク質であるヘ マグルチニンなどの生理機能において重要な因子として 注目される分子が関与している.この糖鎖とレクチンの 特異性研究を行う際,最もネックとなるのはリガンド側 である糖鎖の供給法である.糖鎖は遺伝子の2次産物で あり,遺伝子やタンパク質のように大腸菌などで増やす ことができない.糖鎖を入手するには,1. 有機化学的手 法を用いて合成する(8〜10),2. 糖転移酵素と糖ヌクレオ チドを使って酵素化学的に合成する(11〜13),3. 天然物
(鶏卵や牛肝臓など)や市販の糖タンパク質(フェツイ ンや卵白アルブミンなど)から糖鎖を切り出して精製す るなどの方法(14〜16)が考えられる.それぞれメリット,
デメリットがある.まず,1. の方法では,大量に合成す ること(gからkgスケール)は可能であろうが,多種 類の糖鎖を入手するには,手間とコストがかかる.2.
の方法では,多種類の糖鎖を入手することは可能である が,少量(ngから
μ
gスケール)しか入手できないう え,糖ヌクレオチドを利用するためコスト高となる.3.の方法は,量的にはある程度の量を入手可能ではあるが
(mgからgスケール),切り出された糖鎖が多様な構造 をしており,それを分離精製しなければならず,手間と コストがやはりかかる.また,天然にほとんどないよう な糖鎖構造を入手することは不可能である.
近年では,これらの糖鎖調製法を組み合わせ,糖鎖ア レイと呼ばれるものが開発された.糖鎖アレイは,糖鎖 がガラスまたは樹脂基板上に高密度で化学的に固定され たものであり,溶液中のウイルスやビオチン化したレク チンと反応させたのちに蛍光標識された特異抗体やアビ ジンと反応させることで結合特異性を測定することがで きる.この糖鎖アレイを作製する際に利用されるスポッ ター(アレイヤーとも呼ばれる)は,DNAアレイや抗 体アレイに用いられるものとほぼ同じものであり,1 cm 平方当たり300個程度のスポットが可能である(17).つま り,少量の試料溶液で300種類の糖鎖との相互作用を同 じ条件(スポットの上で反応させることができるので,
温度,緩衝液,試料濃度,反応時間などがすべて同じに なる)で測定することが可能になる.これまで糖鎖とレ クチンの相互作用測定装置として用いられてきた表面プ ラズモン共鳴(ビアコア)や等温滴定型カロリメトリー
(iTC)に比べ,そのスループットが格段に上昇するこ とから,研究ツールとしていろいろなものに利用される ことが期待される.この糖鎖アレイの実用化したのがア メリカのConsortium for Functional Glycomics(CFC)
であり,現在も糖鎖アレイを作製し,主にアメリカ国内 の研究者に供給している.固定化されている糖鎖の種類 は600種類以上あり,糖鎖アレイの最も大きな供給源で
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ある.この糖鎖アレイ(CFG型糖鎖アレイ)に固定さ れている糖鎖はスペーサーを介して基盤と結合している.
このようなタイプの糖鎖アレイは,数社の企業から販売 されている(表1).CFG型糖鎖アレイはウイルス研究 者にもよく利用されており(18〜22),特にインフルエンザ ウイルスに関する知見がホームページ上でも公開されて おり,その測定法についても詳しいプロトコルが作成さ れている(23).そのプロトコルでは,試料のウイルスの量 は25 HAU(hemagglutinin unit: 血球凝集力価)以上のも のを利用し,1. 試料をアレイ上で1時間ほど反応(湿潤 箱に入れ試料が蒸発しないようにする),2. 界面活性剤 入り緩衝液で洗浄後,緩衝液で洗浄,3. 抗ウイルス抗体
(1次抗体)と反応,4. 界面活性剤入り緩衝液で洗浄後,
緩衝液で洗浄,5. ビオチン化抗IgG抗体と反応,6. 界面 活性剤入り緩衝液で洗浄後,緩衝液で洗浄,蛍光標識化 ストレプトアビジンと反応,7. 界面活性剤入り緩衝液で 洗浄後,緩衝液で洗浄,8. 水で洗浄後,乾燥,9. 蛍光ス キャナーを使って蛍光強度を測定,というような手順と なっている.試料や抗体などの濃度,液量に関しても詳 しい設定がなされており,初めて利用する研究者にも簡 便に利用できるように工夫されている.また,レクチン の特異性を測定する際も同様の方法をほぼ用いることが 可能である.このように600種類以上の糖鎖,利用しや すいプロトコル,これまでの結果をホームページ上で公 開していることなどからCFG型糖鎖アレイの有用性は明 らかである.しかしながら問題点も存在する.それは,
その感度の低さである.インフルエンザウイルスの場合,
ウイルスを単離後,培養細胞などに感染させウイルスを 増殖させる手法がとられる.こうして増殖させたウイル スを,超遠心機などで分離濃縮させた場合に得られるウ イルスの量が25 HAUであり,これ以上になると鶏卵に 感染させる方法がとられる.また,レクチンの場合も数 十µgから数百µg必要であり,CFG型糖鎖アレイの問題
点でもある.この問題点の原因として考えられるのがそ の洗浄工程にあると考えられる.抗体と抗原タンパク質 の相互作用の場合,解離定数は10−8から10−9 Mとなる.
しかしながら,糖鎖(リガンド)とレクチン(レセプ ター)の場合,解離定数は,最も高いと思われるコンカナ バリンA(タチナタマメのレクチン)であっても10−4 M程 度である.つまり,未反応の試料を除去するために洗浄 工程を繰り返した場合,弱い結合しているレクチンまで 糖鎖から外れてしまい,結合しているレクチンの数が減 り,結果として感度が下がることが考えられる.実際 に,インフルエンザウイルスのように,ウイルスの測定 を行う場合の方が(レセプターであるヘマグルチニンが ウイルス表面上でポリバレントな状態で存在する),高 感度に検出する場合もあり,植物レクチンのようなオリ ゴマーのほうが,動物レクチンのようなモノマーよりも 高感度に検出できるという結果からも示唆される.
CFG型糖鎖アレイのように糖鎖を直接基板上に固定す るのではなく,タンパク質やポリアクリルアミドのような 高分子の土台を介して,基盤に固定化している糖鎖アレ イも開発されている.これは複合糖質型糖鎖アレイ(Neo- glycoconjugate array; NGC型糖鎖アレイ)とも呼ばれる タイプの糖鎖アレイである.このタイプの糖鎖アレイは,
調製した糖鎖を,糖鎖をもたないタンパク質の代表例であ り,安価で市販されているウシ血清アルブミンやポリアク リスアミド,ポリグルタミン酸などの高分子ポリマーに化 学的に固定化し,糖鎖ポリマーとして,基板上に固定化し たものを指す.NGC型糖鎖アレイは,研究室レベルで報 告されているものが多く(24, 25),実用化段階には程遠い部 分はあるが,ポリアクリルアミドに単糖から2〜3糖程度 の糖が結合したものが,すでに市販されており,これをス ポッターでアレイ基板にスポットすれば簡単に作製するこ とが可能であることや,すでにこれらをガラス基板に固定 化されたものが販売されていることから,今後各所で利用 表1■現在市販されている糖鎖アレイ
メーカー名 商品名 スポット数 URL
(CFG型糖鎖アレイ)
Z BIOTECH Glycan microarray 100 http://www.zbiotech.com/services.html
Ray Biotech Glycan array 100 100 http://www.raybiotech.com/products/arrays/glycobiology-arrays/
glycan-arrays/
Glycan array 300 300
住友ベークライト 糖鎖固定化アレイ 28 https://www.sumibe.co.jp/product/s-bio/glycan/glycanarray/index.html
糖脂質糖鎖固定化アレイ 24
(CFG型糖鎖アレイ)
レクザム Bio-REX 糖鎖チップ100 16 http://www.wako-chem.co.jp/siyaku/kiki/molecule/Scan200/index.htm
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されると考えられる(表1).
舘野らはポリアクリルアミドに固定化された糖をエポ キシコートガラスに固定化し,これを市販のビオチン化 レクチン,アビジン化Cy3と反応させ,エバネッセント スキャナーと呼ばれる蛍光スキャナーで測定を行った(24). その結果,数ng/mLの濃度のレクチンで特異性を十分 に分析することができた.ここで測定に用いられたエバ ネッセントスキャナーとは,エバネッセント光(ガラス にある角度で光を入射させたときに発生する近接場光)
によって励起した物質の蛍光を測定する装置である.こ の装置の大きな利点は,近接場光で励起するため,ガラ スの表面近くに存在するものの蛍光しか観察されない
(図1).そのため,溶液中に存在する多くの蛍光物質は 全く励起されない.つまりガラス表面に存在する糖鎖と 結合しているレクチン上の蛍光物質しか励起できないた め,バックグランドを低くすることができる.その結 果,この測定法を利用した場合,CFG型糖鎖アレイで は必ず必要であった.洗浄工程を行わなくても糖鎖と結 合しているレクチンの検出を行うことができる(26).こ の方法を使った論文はCFG型糖鎖アレイに比べれば,
まだ少ないが最近では結果が少しずつ報告されてだして
いる(27〜29).しかしながら,NGC型糖鎖アレイの場合,
糖鎖を精製したのち,タンパク質やポリアクリルアミド のようなポリマーと結合させてからアレイ化するため,
作製が煩雑となり,多種類の糖鎖ポリマーを作製するこ とが難しい.また,導入する糖鎖の構造や大きさの違い によってポリマーの物性が変わるため,安定したアレイ 作製の条件を設定することが難しいことから量産化の足 かせになっている.実際に市販化されているNGC型糖 鎖アレイに結合している糖は単糖から3糖程度の大きさ
のものであり,糖鎖の種類も16種類程度である.
糖鎖アレイは,まだ開発段階にある研究ツールではあ るが,今後いろいろな研究に利用される可能性をもって いる.特に,これまで糖鎖認識機構があまり解明されて いなかったウイルスの研究においては大きな役割を果た すに違いないと考えられる.現在,アレイのフォーマッ トは基礎研究に対応した形(反応槽が1個から数個,糖 鎖の種類が10種類以上)になっている.たとえば,イ ンフルエンザウイルスに特化した場合,反応槽を100個 以上にし,糖鎖の種類を
α
2→3結合したシアル酸をもつ 糖鎖(トリ型ウイルスが認識する構造)とα
2→6結合し たシアル酸をもつ糖鎖(ヒト型ウイルスが認識する構 造)の2種類のみにすれば,トリ型からヒト型に変異し たウイルスの検索をハイスループットで行える可能性が ある.このようなことからも,糖鎖アレイの今後の可能 性に期待したい.1) J. Etulain & M. Schattner: , 24, 1252 (2014).
2) D. Compagno, F. M. Jaworski, L. Gentilini, G. Contrufo, I.
González Pérez, M. T. Elola, N. Pregi, G. A. Rabinovich &
D. J. Laderach: , 14, 630 (2014).
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Du: , 29, 599 (2012).
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, 22, 570 (2012).
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& T. S. Dermody: , 12, 739 (2014).
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, 12, 527 (2005).
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, 17, 1030 (2013).
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11) H. Abe, K. Tomimoto, Y. Fujita, T. Iwaki, Y. Chiba, K. I.
Nakayama & Y. Nakajima: , 11, 1248 (2016).
12) H. Ito, Y. Chiba, A. Kameyama, T. Sato & H. Narimatsu:
, 478, 127 (2010).
13) M. Gotoh, T. Sato, T. Akashima, H. Iwasaki, A. Kameya- ma, H. Mochizuki, T. Yada, N. Inaba, Y. Zhang, N. Kiku-
chi : , 277, 38189 (2002).
14) M. Maeda, M. Tani, T. Yoshiie, C. J. Vavricka & Y.
Kimura: , 435, 50 (2016).
15) M. Maeda, T. Tanaka, M. Kimura & Y. Kimura:
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16) N. Jia, W. S. Barclay, K. Roberts, H. L. Yen, R. W. Chan, A. K. Lam, G. Air, J. S. Peiris, A. Dell, J. M. Nicholls
: , 289, 28489 (2014).
17) J. Hirabayashi, M. Yamada, A. Kuno & H. Tateno:
図1■エバネッセントスキャナーによる測定原理
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化学と生物 Vol. 55, No. 12, 2017 , 42, 4443 (2013).
18) A. K. Sauer, C. H. Liang, J. Stech, B. Peeters, P. Quéré, C.
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19) S. Gulati, Y. Lasanajak, D. F. Smith, R. D. Cummings &
G. M. Air: , 14, 43 (2014).
20) J. Stevens, O. Blixt, L. M. Chen, R. O. Donis, J. C. Paulson
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21) R. P. de Vries, X. Zhu, R. McBride, A. Rigter, A. Hanson, G. Zhong, M. Hatta, R. Xu, W. Yu, Y. Kawaoka :
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22) http://www.functionalglycomics.org/glycomics/publicdata/
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23) http://www.functionalglycomics.org/glycomics/publicdata/
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24) H. Tateno, A. Mori, N. Uchiyama, R. Yabe, J. Iwaki, T.
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Nakayama : , 113, 11579
(2016).
(中北愼一,香川大学総合生命科学研究センター)
プロフィール
中北 愼一(Shin-ichi NAKAKITA)
<略歴>1998年大阪大学大学院理学研究 科修了/1999年同大学大学院理学研究科 助手/2004年香川大学総合生命科学実験 センター客員准教授/2008年同大学総合 生命科学研究センター准教授,現在に至る
<研究テーマと抱負>鳥類の卵に発現して いる糖鎖の生物学・進化学的意味を知りた い<趣味>映画をみること
Copyright © 2017 公益社団法人日本農芸化学会 DOI: 10.1271/kagakutoseibutsu.55.788
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