今日の話題
348 化学と生物 Vol. 52, No. 6, 2014
細菌の生育に必須な遺伝子群の発現制御に関する新しい知見
主要シグマ因子の発現を支配する ECF シグマ因子
遺伝子発現の開始段階である転写はDNA依存性RNA ポリメラーゼ(以下RNAポリメラーゼ)によって行わ れる.細菌のRNAポリメラーゼコア酵素は4種類5つ のサブユニット (
α
2,β
,β
′,ω
) から構成され,DNAを鋳 型にRNAを合成する活性を有する.転写開始時にRNA ポリメラーゼは標的遺伝子のプロモーターに結合する が,このステップにはシグマ因子と呼ばれるもう一つの サブユニットが必須である.ほとんどの細菌は認識プロ モーター配列が異なる複数のシグマ因子をもち,これら を使い分けることによって細胞の生理状態に応じた遺伝 子発現を可能にしている.シグマ因子はその構造や機能 により,いくつかのファミリー,サブファミリーに分類 されているが,σ
70 ファミリーに属する主要シグマ因子 はすべての細菌のゲノムにコードされている.主要シグ マ因子はハウスキーピング遺伝子(常に発現され細胞機 能の維持や増殖に必要な遺伝子)の転写を司るため,生 育に必須である.一方,主要シグマ因子以外のシグマ因 子は,基本的に特定の条件で発現する遺伝子の転写に関 与し,置換型シグマ因子と呼ばれる.置換型シグマ因子 の中でも最大のサブファミリーを形成するのが,ECF(extracytoplasmic function) シグマ因子であり,外部環 境変化に適応するための遺伝子を転写させるものが多く 知られている.主要シグマ因子をコードする遺伝子は,
通常の生育時において,主要シグマ因子自身を含む RNAポリメラーゼによって転写されることが複数の細 菌種において明らかにされており,このシステムはすべ ての細菌において普遍的であると考えられてきた.しか
しながら,これには当てはまらないケースがあることが 最近明らかになった.放線菌 では,
通常の生育時において,主要シグマ因子をコードする遺 伝子がECFシグマ因子を含むRNAポリメラーゼによっ て転写されていたのである(1)
.
放線菌は主に土壌に生息する細菌で,カビのように菌 糸状に生育し,空中に伸ばした気中菌糸の先端に胞子を 形成するという形態分化を行う.また,抗生物質をはじ めとした多種多様な生理活性物質を二次代謝産物として 生産する能力に長けており,産業微生物として重要な菌 群である.放線菌の形態分化・二次代謝の制御機構に関 する研究は基礎・応用の両面で重要であり,世界中で盛 んに行われてきた.これまでに,気中菌糸形成に必須な ECFシグマ因子
σ
AdsA/BldN や胞子形成に必須なσ
WhiG な ど,放線菌の形態分化に複数のシグマ因子が関与してい ることが明らかになっている.ゲノム解析によって,ス トレプトマイシン生産放線菌 は39個のECF シグマ因子を含む52個のシグマ因子を有することが明 らかにされたが,そのほとんどは機能不明であった.こ れらのシグマ因子の中で, 属放線菌に高く 保存されたシグマ因子は 属放線菌に特徴 的な生理機能(たとえば形態分化や二次代謝)に重要で ある可能性が高いと考えられるが,主要シグマ因子σ
HrdB を含む6つのシグマ因子が,
A3(2), において アミノ酸配列相同性が90%以上で保存されている.こ のうちの4つ (
σ
HrdB,σ
AdsA/BldN,σ
WhiG,σ
R) は主に今日の話題
349
化学と生物 Vol. 52, No. 6, 2014
A3(2) で解析され,それぞれ重要な機能を有する ことが明らかにされていた.そのため残る2つ (
σ
ShbA とSGR3370)に着目して遺伝子破壊実験が行われた.その結果, 遺伝子破壊株は野生株と同様の表 現型を示すのに対し, 遺伝子破壊株では生育が極 端に悪くなることが明らかにされた(図
1
A).ECFシ
グマ因子であるσ
ShbA の欠損により,通常の培養条件に おける菌の生育そのものに大きな影響が出たことは,そ れまで考えられていた置換型シグマ因子の機能では説明 できない驚くべき結果と言える.つづいて,σ
ShbA の生 産量が低下している株のトランスクリプトーム解析を糸 口にして生化学的・遺伝学的解析が行われ,主要シグマ 因子σ
HrdB をコードする の主要な転写をσ
ShbA が 司っていることが明らかにされた(図1B).
遺伝 子破壊株では,σ
HrdB の生産量が低下するために多くの ハウスキーピング遺伝子の転写が十分に起こらず,生育 が極端に悪くなっていたというわけである.σ
ShbA がな くても, プロモーターから非常に弱い転写が起 こっているが,これはおそらくほかのシグマ因子によっ て プロモーターが認識されているためであると思 われる.通常の生育時における主要シグマ因子σ
HrdB の 遺伝子発現がECFシグマ因子であるσ
ShbA によって支配 されているという発見は,主要シグマ因子をコードする 遺伝子のプロモーターは主要シグマ因子を含むRNAポ リメラーゼによって認識されるという,それまでの常識 を打破するものであった.プロモーターの配列や
σ
ShbA のアミノ酸配列は 属放線菌において高度に保存されているた め,この制御システムは 属放線菌に広く 保存されたものであると考えられるが,その意義は何で あろうか.この疑問に答えるため,ほかの細菌と同様に 主 要 シ グ マ 因 子 遺 伝 子 ( ) が 主 要 シ グ マ 因 子(
σ
HrdB) を含むRNAポリメラーゼによって転写される 株が作製され,その表現型が詳細に解析された.たいへん興味深いことに,この株では定常期での
σ
HrdB の存在量が減少するとともに,細胞死のタイミングが早 まることがわかった.また,ストレプトマイシン生産量 の著しい減少と形態分化の遅延も観察された.これらの 結果から,この放線菌特有の主要シグマ因子遺伝子発現 制御システムは,定常期での細胞の生存,抗生物質生産 や形態分化に重要であることが示唆された.一方,この 実験では細胞の増殖時における本システムの利点は見い だされなかったが,σ
ShbA は細胞増殖の「緊急ブレーキ」として機能している可能性が考えられる.もし何らかの 刺激によって
σ
ShbA の活性が失われることがあるとする と, 細胞内ではσ
HrdB の存在量が一気に減少 し,ハウスキーピング遺伝子の転写が一斉に滞って生育 が停止すると考えられる.今後, 遺伝子の転写制 御,転写後あるいは翻訳後制御に関して,その有無を含 めて詳細に解析していくことで,このハウスキーピング 遺伝子群の新しい発現制御機構の意義が明らかになって いくと考えられる.野生株 shbA遺伝子破壊株
主要シグマ因子 主要シグマ因子遺伝子
ハウスキーピング遺伝子
主要シグマ因子 主要シグマ因子遺伝子
ハウスキーピング遺伝子
ECFシグマ因子
多くの細菌 Streptomyces 属放線菌
(A)
(B) 図1■放線菌 における新
規ECFシグマ因子σShbAの機能
(A) 遺 伝 子 破 壊 株 の 表 現 型.
遺伝子破壊株は著しく小さいコ ロニーしか形成できない.なお,液 体培養においても, 遺伝子破壊 株の生育は極端に悪いことが示され ている.(B) 多くの細菌では主要シ グマ因子をコードする遺伝子のプロ モーターは主要シグマ因子を含む RNAポリメラーゼによって認識され る.一 方, 属 放 線 菌 で は,ECFシ グ マ 因 子σShbAを 含 む RNAポリメラーゼによって認識され る.
野生株 shbA遺伝子破壊株
主要シグマ因子 主要シグマ因子遺伝子
ハウスキーピング遺伝子
主要シグマ因子 主要シグマ因子遺伝子
ハウスキーピング遺伝子
ECFシグマ因子
多くの細菌 Streptomyces 属放線菌
(A)
(B)
今日の話題
350 化学と生物 Vol. 52, No. 6, 2014
1) H. Otani, A. Higo, H. Nanamiya, S. Horinouchi & Y. Ohni shi : , 87, 1223 (2013).
(大谷啓志,大西康夫,東京大学大学院農学生命科学 研究科)
プロフィル
大谷 啓志(Hiroshi OTANI)
<略歴>2007年東京工業大学生命理工学 部卒業/2009年東京大学大学院農学生命 科学研究科修士課程修了/2012年同大学 大学院農学生命科学研究科博士課程修了/
同年カナダ・ブリティッシュコロンビア大 学博士研究員,現在に至る<研究テーマ と抱負>Actinobacteriaの分子生物学<趣 味>世界のバー巡り
大西 康夫(Yasuo OHNISHI)
<略 歴>1991年 東 京 大 学 農 学 部 卒 業/
1996年同大学大学院農学生命科学研究科 博士課程修了/日本学術振興会特別研究 員を経て1997年東京大学大学院農学生命 科学研究科助手/2002年同助教授/2007 年同准教授/2010年同教授,現在に至る
<研究テーマと抱負>放線菌の形態分化と 二次代謝の制御機構,微生物を用いた有用 物質生産.基礎と応用の両面から微生物研 究を行いたいと考えている<趣味>スポー ツ観戦