今日の話題
782 化学と生物 Vol. 51, No. 12, 2013
光周期による花成ホルモン FT の発現メカニズム
植物はどのように季節変化を感じるのか
高等植物は,さまざまな外環境を感知し,同種の各個 体が同じタイミングで最適な時期に花を咲かせ,効率良 く次世代へと種子を残すことを可能にしている.植物が 栄養成長から生殖成長へと成長相を移行させる現象を花 成と呼び,特に日長(日照時間)の変化によって花成が 誘導される現象を光周性花成と呼ぶ.季節変化に伴う日 長の変化は一貫性があり毎年繰り返されるため,多くの 生物は,この最も信頼性の高い日長の情報を主に用い て,来たる季節変化を予知し,最も好ましいタイミング で花芽形成を行っているのである.
高等植物のモデル生物であるシロイヌナズナは,日が 長くなると花成ホルモン(フロリゲン)の実体である FLOWERING LOCUS T (FT) が蓄積し,花成が誘導 される長日植物である.一方で,短日条件下で生育させ た場合には花成が大幅に遅れるが,最終的には花成が起 こるので通性長日植物に分類される.花成ホルモンFT は長年探し求められていた花成を誘導する物質であり,
日長を感知する葉で合成された後,茎頂分裂組織に輸送 され花成を誘導する低分子のタンパク質である.花成ホ ルモンの性質・輸送・茎頂におけるシグナル伝達機構に 関してはほかの総説を参照してほしい(1). 遺伝子の 発現は日長の情報だけでなく,温度,成長段階(年齢), 植物ホルモンであるジベレリンなどによっても制御され ることが知られているが(2),光周性花成経路による転写 制御が基本的にドミナントに働いている.それでは日長 の情報はどのように感知され,定量的に花成ホルモン FTの発現量へ変換されているのだろうか? 本トピッ
クでは植物が日長の情報を感知して,花成を誘導する分 子機構について,シロイヌナズナにおける最新の知見を 紹介したい.
の遺伝子発現を活性化する光周性花成経路の転写 因子として CONSTANS (CO) が知られている. や の欠損変異体は常に遅咲きの表現型を示し光周性を 失う. mRNAの発現は朝に低く抑えられ,昼過ぎ から夜にかけて誘導されることが知られている.一方 で, mRNAは長日条件下で夕方にピークをもつ発 現パターンを示すことから,COタンパク質は長日条件 の夕方の時間帯のみで を転写活性化できることにな り,COは転写翻訳の後,厳格にその活性を制御されて いることが容易に推測される.実はCOタンパク質は暗 所下で非常に不安定であり,明所においてのみ蓄積し を転写活性化できるのである.この単純なメカニズ ムによって日長が長くなればなるほど,より高レベルの COタンパク質が蓄積し下流の を活性化できるので ある.それでは, の転写制御と光条件によるCOタ ンパク質の安定性制御メカニズムについて詳しく見てい きたい.
植物は生体内に一日を計測する概日時計機構を保持し ており,さまざまな遺伝子の発現を一日の特定のタイミ ングで常に発現することを可能にしている.したがって 概日時計機構の機能が損なわれると多面的な表現型が現 れるが,光周性花成の応答性に変化が現れることも多 い(3).概日時計機構に発現制御された遺伝子群 FLA- VIN-BINDING, KELCH REPEAT, F-BOX 1 (FKF1),
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GIGANTEA (GI), CYCLING DOF FACTOR (CDF)
は の転写を制御する主要な因子である.CDF因子群
(CDF1, CDF2, CDF3, CDF5) はDof型転写因子で朝に 蓄積し, 遺伝子のプロモーター領域に直接結合して の転写を抑制する.FKF1はE3リガーゼとして働く LOVドメインをもつ青色光受容体である.GIは核局在 性のタンパク質で,この2つの因子は長日条件下で午後 から夕方に共発現し,青色光依存的に複合体を形成す る.FKF1-GIのE3複合体はCDFsをポリユビキチン化 し分解へ導く.その結果,転写抑制が解除された 遺 伝子は午後から発現し始める(4).これまで 遺伝子の プロモーター領域に直接結合して の転写を制御する 因子はCDFs因子群のみであったが,近年筆者らは FLOWERING BHLH (FBH) と 名 づ け た Basic helix- loop-helix 型の新規転写因子群 (FBH1, FBH2, FBH3, FBH4) を報告した(5).FBH1は の転写開始点近傍に 存在するE-box配列に結合し転写を活性化する.FBH 因子群のそれぞれを過剰発現させた植物体では日長条件 にかかわらず mRNA の発現量が大幅に上昇し,早
咲きの表現型を示すことがわかった.興味深いことに,
mRNA 発現量(振幅)は野生株に比べて10倍以上 に上昇していたにもかかわらず, 遺伝子に特徴的な mRNAの発現パターンは変化しなかった.FBH1過剰 発現植物体においてFBH1タンパク質は構成的に高レベ ルで蓄積していたことから,FBH1の機能は翻訳後の何 らかの修飾,あるいは機能を調節するほかの因子によっ て制御されていることが考えられるが,そのメカニズム はいまだ明らかにされていない. 四重変異体におい ては, の発現量が低下したが完全になくならなかっ たためFBHとは別の未知の転写活性化因子が機能して いることが考えられる.イネやポプラのFBHホモログ 因子をシロイヌナズナにおいて過剰発現させると,
mRNAの発現上昇が観察されたことから,FBH因子群 はほかの植物種においても普遍的に保存されていること が示唆された.
mRNAの発現のタイミングと同時に,COタンパ ク質の翻訳後の制御機構も 遺伝子の長日依存的な発 現に非常に重要である.COタンパク質の安定性はさま 図1■シロイヌナズナにおける と 遺伝子の発現制御機構
詳細は本文参照.
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784 化学と生物 Vol. 51, No. 12, 2013
ざまな光シグナルによって制御されている.暗所下では Ring finger タイプのE3リガーゼである CONSTITU- T I V E P H O T O M O R P H O G E N E S I S ( C O P 1 )- SUPRESSOR OF PHYA-105 (SPA1, SPA3, SPA4) 複合 体によって積極的にCOタンパク質は分解されている.
2種類の赤色光受容体フィトクロム (PHYA, PHYB) は 拮抗的にCOの安定性を制御している.朝方は phyto- chrome (PHYB) が赤色光依存的にCOを分解に導 く.一方,PHYAは長日条件下において午後から夕方 にCOの安定性を高めている.青色光受容体であるクリ プトクロム (CRY1, CRY2) は青色光依存的にSPA1と 結 合 しCRY1はCOP1-SPA1の 複 合 体 形 成 を 阻 害 し CRY2はCOP1-SPA1の機能を直接的に阻害することで COを安定化していることが報告されている(6).このよ うにCOタンパク質の安定性を制御するさまざまな因子 が同定されていたが,COタンパク質を安定化するPHY やCRYは一日を通して常に発現しているため,長日条 件における夕方の時間帯にのみCOが特に安定化する分 子機構については最近まで不明であった.最近になって の転写制御機構で紹介したFKF1がCOタンパク質 と直接相互作用してCOを安定化していることを筆者の 共同研究グループが報告した(7).FKF1内のLOVドメ インが青色光を受容すると,FKF1-COの相互作用は促 進されることが見いだされ,構成的にFKF1を発現させ た形質転換体では,日中のあらゆる時間帯においてCO タンパク質の安定化が観察された.これによりFKF1の 夕方特異的な遺伝子発現パターンと光シグナルによる CO-FKF1の相互作用の促進機構が,COタンパク質の 蓄積のタイミングを決定しているメカニズムであること が示された.FKF1がCOタンパク質を安定化させるメ カニズムについては,今後明らかにしていく必要があ る.
, 遺伝子は植物種を超えて広く保存されてお り, のmRNA発現パターンもよく似ている.今後は FBH, CDFと他の未知の の転写調節因子を含めてさ らに理解を進めることで,さまざまな植物の 遺伝子 を自在に制御して花成時期を可能になることが期待され る.
1) F. Andrés & G. Coupland : , 13, 627
(2012).
2) Y. H. Song, S. Ito & T. Imaizumi : , 18, 575 (2013).
3) D. H. Nagel & S. A. Kay : , 22, R648 (2012).
4) M. Sawa, D. A. Nusinow, S. A. Kay : , 318, 261 (2007).
5) S. Ito, Y. H. Song, A. R. Josephson-Day : , 109, 3582 (2012).
6) M. Piñeiro & J. A. Jarillo : , 198, 98 (2013).
7) Y. H. Song, R. W. Smith, B. J. To : , 336, 1045
(2012).
(伊藤照悟,名古屋大学大学院生命農学研究科)
プロフィル
伊藤 照悟(Shogo ITO)
<略歴>2003年名古屋大学農学部応用生 物科学科卒業/2005年同大学大学院生命 農学研究科生物機構・機能科学専攻博士課 程前期課程修了/2008年同博士課程後期 課程修了,博士(農学)/同年4 〜 10月名 古屋大学大学院理学研究科生命理学専攻研 究員/同年11月〜 2012年3月 University of Washington Department of Biology Research Associate(アメリカワシントン 州)/この間2009年4月〜 2010年9月日本 学術振興会 特別研究員 (PD)/2012年4月 名古屋大学高等研究院特任助教,同大学大 学院生命農学研究科生物機構・機能科学専 攻特任助教兼任,現在に至る<研究テーマ と抱負>高等植物における概日時計機構と 光周性花成機構の解析<趣味>ゴルフ,料 理