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今日の話題

348 化学と生物 Vol. 51, No. 6, 2013

新気孔シグナル分子

8- ニトロ -cGMP

気孔は植物葉表面に存在する小さな孔で,この孔を通 して光合成に必要な二酸化炭素が取り入れられる一方,

水分と酸素が放出される.このように植物の生存を左右 する気孔の開閉は極めて巧緻に制御されている.さまざ まなシグナル分子が気孔閉鎖をもたらすことが知られて いるが,そのなかでも一酸化窒素は近年注目されている ものの一つである.一酸化窒素は細胞膜透過可能な活性 ラジカルで動物では数多くの研究がなされ,1998年に はその生体機能の発見者にノーベル賞が授与されてい る.植物の一酸化窒素研究の歴史は動物に比べ10年の 遅れはあるが,根の伸長,細胞壁のリグニン化,セネッ センス,葉緑素合成,病害抵抗性誘導,気孔閉鎖などに 一酸化窒素が関与していることが次々と明らかにされつ つある(1)

しかし,一酸化窒素が植物体で作用していることに疑 義を唱える人もいないわけではない.その理由は,第一 に,信頼のおける一酸化窒素測定法がないことである.

動物では通常グリース法が用いられるが,これは一酸化 窒素が酸化されて生じる亜硝酸と硝酸を測定する方法で あり植物では使えない.植物は肥料として硝酸を大量に 吸収し還元酵素によって亜硝酸もまた多く生成するため バックグラウンドが高くなってしまう.また,ある処理 で硝酸が増加したとしても,一酸化窒素発生によるもの か硝酸吸収能が増強したものかの区別ができない.電極 法は感度が低く培養細胞を別にすれば使いづらい.蛍光 色素の DAF (Diaminofluorescein) を使う測定法もある が,特異性はそれほど高くない.第二に,一酸化窒素合

成酵素が植物ではいまだ発見されていない.第三に,動 物一酸化窒素シグナル伝達経路の主要なメンバーである cGMP依 存 性 タ ン パ ク 質 キ ナ ー ゼ が 未 確 認 で あ る,

等々.2002年に,一酸化窒素がアブシジン酸による気 孔閉鎖のセカンドメッセンジャーとして働いていること が報告(2)  されたが,ここでも矛盾する結果が報告され ている.cGMP合成酵素であるグアニレートシクラーゼ の阻害剤は気孔閉鎖を阻害するのに,その産物のcGMP は気孔を閉鎖しない.それどころか,暗所下での気孔開 口を促進してしまう.この矛盾は10年以上の永きにわ たって未解決のままであり,一酸化窒素が実際に植物で セカンドメッセンジャーとして機能しているのかと疑わ れる一因となっている.このたび,筆者らは,酵素は必 須なのにその産物は機能しないというこの謎を解明する 手がかりを得たので紹介したい(3)

筆者らは,まず,グアニレートシクラーゼが気孔閉鎖 に関与しているかを調べてみた.本酵素の阻害剤である ODQとLY83586はともにアブシジン酸と一酸化窒素に よって誘導されるシロイヌナズナの気孔閉鎖を阻害す る.また,本酵素の欠損変異体でも気孔閉鎖は起こらな い.すなわち,本酵素が気孔閉鎖のシグナル伝達に関与 していることを示している.前述したように,この酵素 の産物であるcGMP単独では気孔閉鎖を起こさないが,

cGMPにアブシジン酸あるいは一酸化窒素を同時に投与 すると気孔は閉鎖する.さらに,そこに一酸化窒素消去 剤を添加すると気孔閉鎖は阻害される.すなわち,

cGMPと一酸化窒素が同時に存在すれば閉鎖シグナルは

(2)

今日の話題

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化学と生物 Vol. 51, No. 6, 2013

伝達されていく.

cGMP,一酸化窒素 ──→ ──→気孔閉鎖

これには,いくつかの可能性が考えられる.①cGMP経 路と一酸化窒素経路が並行に走っていて,それぞれの下 流のシグナル分子がともに存在したときに気孔は閉じ る.②cGMPと一酸化窒素とが反応しその産物がシグナ ル分子として機能するなどの可能性が考えられる.

cGMPのグアニル基がニトロ化された8-ニトロ-cGMP が動物一酸化窒素シグナル伝達分子として機能している ことが,2007年澤らによって示された(4).植物でも一 酸化窒素依存性のcGMPニトロ化が起こり,その産物で ある8-ニトロ-cGMPが閉鎖シグナル分子として機能し ている可能性(前述の可能性②)を検討してみることに した.まず,cGMPのニトロ化は植物細胞でも起きるの か? 筆者らは2つの手法を用いて,8-ニトロ-cGMPが 植物孔辺細胞に存在すること明らかにした.まず,シロ イヌナズナ葉抽出液の質量分析を行うと8-ニトロ-cGMP 標品と同じプリカーサーイオンとプロダクトイオンを示 す化合物が検出できた.また,8-ニトロ-cGMPに対する モノクローナル抗体を用いて蛍光免疫染色すると,アブ シジン酸や一酸化窒素処理した孔辺細胞中に本化合物が 存在することを確認することができる.

次に8-ニトロ-cGMP生成パターンを調べた.蛍光免 疫染色法を利用して各種処理による孔辺細胞中の8-ニト ロ-cGMP含量の変化を見てみた.アブシジン酸および2 種の一酸化窒素発生剤で処理すると孔辺細胞の蛍光強度 は約2倍となり,一酸化窒素吸収剤や一酸化窒素合成酵 素阻害剤を同時に投与すると蛍光強度は減少した.ま た,グアニレートシクラーゼ阻害剤をアブシジン酸や一 酸化窒素と同時に与えても蛍光強度は減少するが,そこ にcGMP  を加えると今度は蛍光強度が増大する.すな わち,一酸化窒素およびcGMP依存的に本化合物の合成 が起こっている.これらの結果はすべてアッセイの結果 と一致する.つまり,8-ニトロ-cGMP生成の条件と気孔 閉鎖の条件は同じなのである.LC-MS/MSを利用した  MRM (multiple reaction monitoring mode) 法を用いて 8-ニトロ-cGMP生成のタイムコースを調べた.そうする と,アブシジン酸処理5分後に8-ニトロ-cGMP含量増加 が認められ,15分でピークに達した.筆者らのアッセ イ条件下では気孔は15分程度で閉鎖を始めるから,気

孔閉鎖前に本化合物が生成されていることになる.

一酸化窒素依存的にcGMPがニトロ化されると述べた が,一酸化窒素単独ではグアニル基をニトロ化すること は難しく,何らかの形で一酸化窒素が酸化されることが 必要である.一酸化窒素と活性酸素が反応してできる パーオキシライト (ONOO) がグアニンをニトロ化す ることは以前から知られており(5),8-ニトロ-cGMP  の 生合成に一酸化窒素とともに活性酸素が関与しているこ とは容易に想像できる.活性酸素は酸素の還元された一 連の活性分子で生体に非特異的な損傷をもたらすことか らしばしば悪玉として扱われるが,必ずしもそうではな く各種シグナル伝達経路の一員として生命維持に極めて 重要な役割を果たしている.植物でも活性酸素は根の発 達,根の重力屈性,種子発芽や病害抵抗性誘導発現に重 要な因子として働いている.気孔シグナル伝達において も同様で,アブシジン酸,ジャスモン酸,UV,暗黒,

二酸化炭素などによる気孔閉鎖にも活性酸素が関係して いる.しかも,いずれの場合も一酸化窒素の発生を伴っ ている.アブシジン酸処理孔辺細胞での活性酸素と一酸 化窒素の発生をモニターすると,活性酸素は処理後3分 以内に発生が増加し5分でピークに達する.一酸化窒素 も同じく3分以内に発生が増加し,その後,ゆっくりと 増加していく.活性酸素と一酸化窒素の発生時期はほぼ 一緒であり,しかも,8-ニトロ-cGMP生成に先立って発 生する.各種活性酸素発生阻害剤はアブシジン酸による 活性酸素発生を抑制し,かつ,アブシジン酸による8-ニ トロ-cGMP生成を抑制する.しかも,活性酸素の一種,

過酸化水素は8-ニトロ-cGMPの生成を誘発することか ら,活性酸素も一酸化窒素と同様に8-ニトロ-cGMPの 合成に関与していることは明らかである.従来,一酸化 窒素シグナルと活性酸素シグナルとはクロストークして いると予想されていたが,その関係は不明であった.し かし,この結果から,活性酸素シグナルと一酸化窒素シ グナルは8-ニトロ-cGMP合成で出会い統合されること が示された(図1

さて,今までの結果で,8-ニトロ-cGMP生成のパター ンはアブシジン酸シグナル伝達カスケードの一員として 備えるべき性質をもっていることは示されたが,シグナ ル伝達因子として欠かせない重要なもう一つの性質は,

8-ニトロ-cGMPは気孔を閉じるか? ということであ る.実際,表皮組織を溶液中に浮かべ8-ニトロ-cGMP を添加してみると気孔を閉じる.今まで述べてきた結果

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今日の話題

350 化学と生物 Vol. 51, No. 6, 2013

は,本化合物がシグナル伝達因子として備えるべき性質 を備えていることを示しており,8-ニトロ-cGMPをアブ シジン酸/一酸化窒素/活性酸素シグナル伝達因子とし て結論づけることができる.8-ニトロ-cGMPの下流に は,カルシウムとスロータイプのアニオンチャンネルが 位置していることを,阻害剤および突然変異体を用いて 明らかにした(図1).また,暗所でサイトカイニン,

オーキシンや利尿ペプチドは一酸化窒素非依存性のグア ニレートシクラーゼを活性化してcGMP合成を誘発する が,この条件下では一酸化窒素発生が抑制されcGMPの グアニル化は起こらず,裸のcGMPが気孔開口を誘発す ることが知られている.8-ニトロ-cGMPには気孔閉鎖能 力はあるが気孔開口能力はなく,植物は,この2つの類 縁体を全く正反対の作用に使い分けている.cGMPのグ アニル基のニトロ化反応は気孔を開口から閉鎖へと切り 替える重要なスイッチと考えられる.Neillらによって 10年以上前に提出された謎は筆者らの今回の報告に よって解決されたものと思われる.また,cGMPのグア ニル化は一酸化窒素依存的に生成されるので,今回の結 果は,一酸化窒素が植物でセカンドメッセンジャーとし て機能していることをも示すものでもある.

ここでは,ニトロcGMPの気孔シグナルとしての役割 を紹介したが,一酸化窒素と活性酸素がともに発生する

各種シグナル伝達経路においては,本化合物が生成,機 能している可能性があり,今後,その方面の研究が進展 することを願っている.

  1)  L. Lamattina, C. García-Mata, M. Graziano & G. Pagnussat :   , 54, 109 (2003).

  2)  S.  J.  Neill,  R.  Desikan,  A.  Clarke  &  J.  Hancock : , 128, 13 (2002).

  3)  T. Joudoi, Y. Shichiri, N. Kamizono, T. Akaike, T. Sawa,  J.  Yoshitake,  N.  Yamada  &  S.  Iwai : , 25,  558 (2013).

  4)  T. Sawa, M. Zaki, T. Okamoto, T. Akuta, Y. Tokutomi, S. 

Kim-Mitsuyama,  H.  Ihara,  A.  Kobayashi,  M.  Yamamoto, 

S. Fujii  : , 3, 727 (2007).

  5)  V. Yermilov, J. Rubio, M. Becchi, M. D. Friesen, B. Pig- natelli & H. Ohshima : , 16, 2045 (1995).

(岩井純夫,鹿児島大学農学部)

プロフィル

岩井 純夫(Sumio IWAI)    

<略歴>1971年九州大学農学部農芸化学 学科卒業/1973年同大学農学研究科農芸 化学専攻修了/同年日本専売公社(現 日 本たばこ産業株式会社)入社/1997年同 社退社/同年鹿児島大学農学部教授,現在 に至る<研究テーマと抱負>気孔のシグナ ル伝達,植物の環境応答<趣味>とりたて てありませんが,休日は読書と庭仕事と温 泉で過ごしています

図18-ニトロ-cGMP孔辺細胞シグ ナル伝達モデル

乾燥 アブシジン酸

ニトロ化 活性酵素,NO

GTP

オーキシン cGMP

Ca2+

アニオンチャンネル

気孔閉鎖 気孔開口

8-ニトロ-cGMP

参照

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