418 化学と生物 Vol. 53, No. 7, 2015
魚に効くプロバイオティクス
茨城県霞ケ浦 ・ 北浦におけるコイ養殖業への利用の可能性
近年,水産物は保存技術や流通網の発達,魚食によ る健康志向などにより世界的な需要が高まっている.
FAOの2012年統計によると,世界の漁業・養殖業生産 量は約1億5,800万トンであり,このうち養殖業は約 6,660万トンと全体の約42%を占め,計画生産が可能な 養殖業への注目が高まっている(1)
.
ところで,世界で最も養殖されている魚類は何かご存 じだろうか? 実は目にすることの多い海産のサケ科魚 類などではなく,内水面での飼育管理が容易なコイ科魚 類(ハクレン,コクレン,ソウギョ,コイ,フナなど)
の生産量が最も多いのである(1, 2)
.世界の内水面養殖生
産 量 は,2007年 の 約2,990万 ト ン か ら2012年 に は 約 4,190万トン(140%増)と増加傾向にあり,日本の水産 技術がリードする配合飼料などの研究・開発や簡易な養 殖技術の普及などに伴い,今後もアジアやアフリカ諸国 を中心に持続的な発展・成長が見込める分野と考えられている(1, 2)
.
一方,日本国内の内水面養殖生産量は,人口構成変動 や食生活の変化などによる国内消費の低迷を受け,1988 年の約10万トンをピークに減少傾向にある(3)
.コイ養
殖業が盛んな茨城県の霞ケ浦・北浦周辺地域でもコイ食 文化の衰退が懸念されているほか,近年は飼料や燃料費 の高騰などの影響でコイ養殖業の経営は厳しい状況にあ る.霞ケ浦・北浦産のコイは,古くから貴重なタンパク源 として利用されており,甘辛く煮付けた甘煮(うまに)
や鯉のあらい,鯉こくなどとして供され,縁起物として
現在も親しまれている.霞ケ浦・北浦のコイ養殖業は,
1960年代後半から陸上池に比べ生産効率の高い網いけ す養殖技術や自動給餌機,配合飼料の普及などにより全 国1位の生産地にまで成長した(生産ピーク:1982年,
生産量8,641トン,生産額約33億円)(3)
.ところが,2003
年にコイに致死的なダメージを与えるコイヘルペスウイ ルス(KHV)病が発生し,霞ケ浦・北浦のコイ養殖業 は休止を余儀なくされた.これに対し,筆者らはKHV が30 C以上では増殖できないことを利用して,感染後 のコイに間歇昇温処理を施すことにより,KHVに対す る免疫を獲得したコイ種苗の作出技術を開発した(4).こ
れにより2009年4月からコイ養殖業は再開されたが,「薬用魚」と呼ばれるほど魚類の中では栄養価が高い種 であるにもかかわらず,コイ需要の低下は続いており,
消費者にアピールできる新たなコイ養殖の手法が強く求 められている.そこで,筆者らはプロバイオティクスに 着目し,コイ用プロバイオティクス乳酸菌の実用化を目 指した研究に取り組んでおり,その現状と展望について 紹介する.プロバイオティクスを用いることで,高品質 なコイを安全かつ効率的に養殖できる可能性があり,ポ ジティブイメージを有する地域ブランドの創出も期待さ れる.
まず筆者らは,年間の水温が3〜30 Cと大きく変化す る霞ケ浦の養殖コイの消化管内優占乳酸菌叢の季節変化 を調べた.その結果,夏季は が,冬 季は が優占乳酸菌種であり,水温15 C前 後を境にして春と秋に優占種の交替が起こっていること
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を明らかにした(5)
.春と秋は魚病の発生や斃死が多く見
られる時期でもある.霞ケ浦・北浦のコイ養殖業では,5月初旬に採卵後,おおむね1年半から2年の飼育を経 て出荷(1〜2 kgサイズ)されるので,春と秋を少なく とも3回は経ることとなるため,プロバイオティクス乳 酸菌の投与により消化管内乳酸菌叢を調節することで,
コイ養殖の効率化が可能と考えられた.
そこで,夏季および冬季の優占乳酸菌種の中から胆 汁酸抵抗性や各種魚病原因菌に対する抗菌活性に優れた 菌株のスクリーニングを行い,夏季優占種から h2株(夏株)
,冬季優占種から
h47株(冬 株)を得てプロバイオティクス候補株とした(6).これら
菌株を用い,霞ケ浦湖内に設置した茨城県水産試験場内 水面支場の網いけす養殖施設(3 m×3 m区画,おおむ ね1,000尾収容)において,養殖現場規模での長期投与 試験を2回実施した.飼料は魚体重の2%重量(低水温 期は1%)を毎日与え,菌株投与区画では週のうち2日 間だけ,両株の凍結乾燥菌体(マルハニチロ株式会社中 央研究所の協力で調製)をそれぞれ飼料1 g当たり108個混合した.
2012〜2013年と2013〜2014年の長期投与試験では,
ほぼ同様の結果が得られた.図
1
には2013〜2014年の結 果を示したが,菌株投与区画の平均魚体重は対照区画に 比べ夏株投与区画で20.3%,冬株投与区画で6.3%上 回った.さらに投与区画では,対照区画に比べ魚体サイ ズの均質性が顕著であった.生残率については,2014 年は細菌性の穴あき病と見られる魚病が湖内各地で発生 する悪条件下だったため対照区画では52.7%にとどまっ たが,夏株投与区画で76.7%,冬株投与区画では81.1%と大幅な改善が見られた.その結果,各区画の12カ月 時点での魚体総重量は対照区画が123.6 kgであったの に対して,夏株・冬株投与区画ではそれぞれ218.8 kg, 191.7 kgと,約1.6〜1.8倍にも増大した.肉質分析や食 味試験の結果では,菌株投与区画の明確な優位性は認め られなかったものの,乳酸菌投与が悪影響を与えること は全くなかった.
さらに,前述の間歇昇温処理によるKHV病耐性コイ の作出手法では,昇温開始のタイミングが適切でないと 図1■霞ケ浦由来プロバイオティクス乳酸菌を用いた飼育試験
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抗KHV抗体を獲得できず,生存率が著しく低くなると いう問題点があった.しかし,プロバイオティクス乳酸 菌の事前投与により,昇温のタイミングが最適でない場 合にも耐性コイとなる割合が増大する,すなわち免疫賦 活効果を示唆する結果が再現性をもって得られている.
以上のように,プロバイオティクス乳酸菌をコイ養殖 に用いることの有用性が示された.今後,地元養殖業者 と共同で飼育試験を実施し,実用性を検証のうえ,多く の養殖業者や周辺市町村とも連携し,霞ケ浦・北浦の養 殖業や地域振興への貢献を図っていきたいと考えている.
謝辞:本稿で紹介した研究の一部は,文部科学省特別電源所在県科学技 術振興事業「霞ケ浦由来のプロバイオティクス乳酸菌などを用いたコイ 養殖技術に関する試験研究」による成果である.
1) FAO: The State of World Fisheries and Aquaculture 2014, http://www.fao.org/3/a-i3720e.pdf, 2014.
2) JAICAF:世界漁業・養殖業白書2014年,http://www.
jaicaf.or.jp/fileadmin/user̲upload/publications/FY2014/
SOFIA2014-J.pdf, 2014.
3) 農林水産省:漁業・養殖業生産統計年報,http://www.
e-stat.go.jp/SG1/estat/List.do?bid=000001024930&cycode=0, 1965‒2012.
4) 根本 孝:農林水産技術研究ジャーナル,33, 24 (2010).
5) T. Hagi, D. Tanaka, Y. Iwamura & T. Hoshino:
, 234, 335 (2004).
6) T. Hagi & T. Hoshino: , 73, 1479 (2009).
(丹羽晋太郎
*
1,星野貴行 *
2, *
1 茨城県水産試験場内水 面支場,*
2 筑波大学大学院生命環境科学研究科)プロフィル
丹羽 晋太郎(Shintaro NIWA)
<略歴>2006年東京農業大学生物産業学 部食品科学科卒業/2008年筑波大学大学 院生命環境科学研究科博士前期課程修了/
2009年茨城県庁入庁/2011年同県水産試 験場内水面支場,現在に至る<研究テーマ と抱負>プロバイオティクス乳酸菌を用いた コイ養殖技術開発,アユの資源動態研究,
内水面魚種の産卵場造成技術開発<趣味>
釣り,料理<所属研究室ホームページ>
http://www.pref.ibaraki.jp/nourinsuisan/
suishi/shijo/top.html
星野 貴行(Takayuki HOSHINO)
<略歴>1975年東京大学農学部農芸化学科 卒業/1980年同大学大学院農学研究科農芸 化学専攻博士課程修了(農学博士)/同年 日本学術振興会奨励研究員/1981年通産省 工業技術院微生物工業技術研究所研究員/
1985年同主任研究官(1985〜1986年コロラ ド大学客員研究員)/1989年筑波大学応用 生物化学系助教授/2001年同教授(組織改 定により生命環境系(大学院生命環境科学 研究科)教授),現在に至る<研究テーマ と抱負>魚類・水圏の応用微生物学,霞ヶ 浦でプロバイオティクス乳酸菌によるコイ のブランド化と微生物発電によるイルミ ネーションを実現することが夢(抱負では あ り ま せ ん が)<趣 味>釣 り(catch and eat),山菜・キノコ採り,NFL観戦(Bron- comania)
Copyright © 2015 公益社団法人日本農芸化学会 DOI: 10.1271/kagakutoseibutsu.53.418