今日の話題
656 化学と生物 Vol. 51, No. 10, 2013
真菌選択的ミトコンドリア阻害薬− T-2307 −
真菌ミトコンドリアは , 抗真菌剤の標的になりえるのか?
「カビ」や「酵母」と呼ばれる微生物である真菌は自 然界に広く存在し,チーズや酒などの醗酵食品の生産 や,ペニシリンをはじめとして,その二次代謝産物が医 薬品にも利用されている.真菌の大多数は人間に対して 無害であるが,ある種の真菌は人間に感染し真菌症を発 症させることが知られている.真菌症については,その 感染部位により表在性真菌症と深在性真菌症に分けられ る.前者は主に皮膚,粘膜または爪などに感染し,主要 なものとしては,「水虫」などが知られている.後者に ついては,抗がん剤による治療,エイズなどで免疫力の 低下した宿主の血液ならびに肺,肝臓,腎臓,脳など,
体の深部に真菌が侵入し感染を起こす疾患であり,多く の場合,重篤で急速に症状が悪化する.
深在性真菌症の治療薬としては,これまでにアゾール 系,ポリエン系,キャンディン系抗真菌薬が上市されて いる.1990年代に比べれば治療の選択肢は広がったと 言えるが,薬剤種はほぼこの3系統に限られており,依 然として限定された抗真菌スペクトルやブレイクスルー 感染症,耐性菌の出現や再燃などの課題も多いことか ら,新しい系統の抗真菌薬が必要とされている.
新しい抗真菌薬の開発が抗細菌薬に比べ難しい理由の 一つとして,真菌と宿主の細胞が同じ真核生物であるこ とから,選択毒性の期待される真菌特異的な作用部位が 限られる点が挙げられる.これまでも,抗真菌活性を示 す多くの化合物が国際学会などで報告されているが,実 際の臨床試験まで到達するものは少なく,この領域の薬 剤開発の困難さを物語っている.
我々は自社化合物ライブラリーの中から,既存の抗真 菌薬とは異なる化学構造ならびに作用機序を有する新規 抗真菌薬T-2307を創製した.本薬は現在,米国で臨床 第一相試験を実施している.本薬の化学構造上の特色 は,他の抗真菌薬にはないアリールアミジン構造であ る.本薬は,深在性真菌症の主要な原因菌であるカンジ ダ,クリプトコッカスおよびアスペルギルスに対して強 い抗真菌活性と幅広い抗真菌スペクトルを示す(図1) とともに,既存の薬物耐性株や低感受性の株にも同様の 活性を示す.これらの の強い抗真菌活性を反映 し,本薬はマウス感染モデルにおいても良好な治療効果 を示すことが(1, 2),また最近の検討ではマラリア原虫(3)
やニューモシスチスに対しても薬理作用を示すことが確 認されている.
本薬の作用機序は,真菌のミトコンドリア機能の阻害 である.これまでの検討で,本薬は真菌より抽出したミ トコンドリアの膜電位を阻害するが,哺乳動物(ラッ ト)由来のミトコンドリアの膜電位をほとんど阻害せ ず,その選択性は1,000倍以上であることを,また生細 胞を用いた検討でも真菌のミトコンドリアの機能を阻害 することを確認している(4).
さらに,本薬は真菌の膜に存在するポリアミン輸送経 路を介して能動的に取り込まれるが,哺乳動物由来細胞 には取り込まれにくく,その選択性は100倍以上である ことも確認されている(5) (図2).興味深い知見として は,本薬と構造類似体であり,ニューモシスチスに対す る治療薬として使用されているペンタミジンは,真菌ミ
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トコンドリアに対する膜電位阻害作用が本薬と同程度で あったにもかかわらず,試験管内での抗真菌活性は 1/100以下であったことから,両薬物の化学構造のわず かな違いが,真菌のトランスポーターの認識に影響を及 ぼしていると考えている(図3).
以上,本薬は真菌の能動輸送系を介して細胞内に選択 的に取り込まれ,ミトコンドリアの膜電位を阻害するこ
とで真菌の生育を停止させる.真菌への取り込みとミト コンドリアの選択性を乗じた総体の選択性は10万倍以 上である.本薬の作用機序解析によって,同じ真核細胞 でも真菌と哺乳細胞のミトコンドリアに違いがあること が示唆され,化学合成により得た化合物でありながら真 菌の能動的なトランスポーターを利用していることも興 味深い知見である(図2).
今後,さらなる本薬の真菌選択的な作用機序などの解 析を行っていきたい.
O
NH2 NH O
N H
N H2
N N
H N
H2 O O
NH2 NH
図3■T-2307とペンタミジンの化学構造式
ポリアミン トランスポーター
ミトコンドリア膜電位阻害濃度
(μM)
図2■T-2307の作用機序と真菌選択性
T-2307は,真菌細胞に130倍特異的に取り込まれ,真菌のミトコ ンドリアを1,000倍以上選択的に阻害する.
図1■ 抗真菌活性:抗真菌
スペクトル
T-2307は,深在性真菌症の主要な起 因菌であるカンジダ,クリプトコッ カス,アスペルギルスに対して幅広 い抗真菌スペクトルを有し,特に酵 母状真菌には強い抗真菌活性を示す.
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658 化学と生物 Vol. 51, No. 10, 2013
1) J. Mitsuyama : , 52,
1318 (2008).
2) E. Yamada : , 54,
3630 (2010).
3) A. Kimura : , 56,
2191 (2012).
4) T. Shibata : , 56,
5892 (2012).
5) H. Nishikawa : , 65, 1681
(2010).
(野村伸彦,満山順一,富山化学工業)
プロフィル
野村 伸彦(Nobuhiko NOMURA)
<略歴>1988年大阪大学大学院薬学研究 科修士課程修了/同年富山化学工業入社 綜合研究所勤務/1991年東京大学農学部 発酵学研究室出向(〜1994年)/1996年博 士取得(農学,東京大学)/同年富山県立 大バイオテクノロジーセンター出向(〜
1998年)/2000年富山化学工業綜合研究 所第三研究部主任研究員/2010年同第三 研究部部長/2013年同薬理研究部第三グ ループグループマネージャー,現在に至る
<研究テーマと抱負>新規抗感染症薬(細 菌,真菌,ウイルス)の創薬および特徴化 に関する研究<趣味>ウオーキング,テニ ス,ゴルフ
満山 順一(Junichi MITSUYAMA)
<略歴>1983年東京農業大学農学研究科 農芸化学専攻修士課程卒業/同年富山化学 工業株式会社入社綜合研究所配属/1984
〜 1985年千葉大学薬学部微生物薬品化学 研究室出向/1993 〜 1994年東邦大学医学 部微生物学研究室出向/2000年博士(医 学)(東邦大学:主査 山口惠三教授),富 山化学工業株式会社綜合研究所第三研究 部部長/2006年 Infection Control Doctor
(ICD)/2010年富山化学工業株式会社綜合 研究所副所長/2011年富山化学工業株式 会社事業戦略部担当部長 兼 富士フイルム 株式会社医薬品事業部担当部長,千葉大学 医学部真菌医学研究センター非常勤講師/
2013年富山化学工業株式会社臨床開発室 副室長,現在に至る<研究テーマと抱負>
新規抗菌薬,抗真菌薬,抗ウイルス薬の創 薬研究<趣味>読書,音楽鑑賞