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440 化学と生物 Vol. 55, No. 7, 2017

生合成仮説に基づいたナフトキノン二量体天然物の全合成

天然物化学における有機合成化学の役割

全合成研究は天然から得られる有機化合物(天然物)

を入手容易な化合物から人工的に合成する研究である.

20世紀に花開いたこの研究分野から,これまで数多く の天然物の全合成が達成され,またその過程でさまざま な反応が開発されてきた.天然から得られる化合物をな ぜわざわざ合成する必要があるのか?̶化合物の構造決 定,微量天然物の供給,新規反応の開発などさまざまな 目的が考えられる.そのなかで本稿では化合物の構造決 定に注目する.天然物を植物や微生物から直接単離する 際,得られるサンプル量はしばしばごく微量となる.そ の貴重なサンプルを用いて正確に構造を決定するのは至 難の業である.特に自然界は,右手と左手のように鏡写 しの関係にある構造(鏡像異性体)のうちどちらか一方 のみを生産している場合が多く,単離した天然物が右 手・左手どちらに相当するのか(絶対立体配置)を直接 決定するのは困難を極める.X線結晶構造解析*1, (1〜3), 円二色性(CD)もしくは振動円二色性(VCD)励起子 キラリティー法(4〜6)など,絶対立体配置を決定する手法 はいくつか存在する.しかしこれらを適用できずに絶対 立体配置が未決定なままの天然物も多い.一方,全合成 では単純な原料から段階的に天然物の骨格を構築するた め,目的の天然物だけでなく合成過程で得られる安定な 中間体を用いて詳細な構造決定を行うことが可能であ る.本 稿 で は,最 近 筆 者 ら が 達 成 し たJuglocombin  A (1),B (2),およびJuglorescein (3)の初の全合成

と絶対立体配置の決定について紹介する(7)

筆者らが注目したJuglocombin A (1),B (2)および Juglorescein (3)は2005年に放線菌から単離されたナ フトキノン二量体天然物である(8)(図1A).これら天然 物は,核磁気共鳴(NMR)を中心とした各種スペクト ルデータを詳細に解析することで,平面構造が決定され ている.一方,天然物のCDスペクトルなどから立体化 学の決定が試みられたが,相対および絶対立体配置の決 定には至っていない.そこでこれら天然物の全合成を行 い,絶対立体配置を決定しようと考えた.

今回われわれは天然物1~3の生合成仮説に着目し,合 成計画を立案した.天然物1~3は同種の放線菌より単離 されたナフトキノン天然物Juglomycin C (4)の二量化 反応を経て生合成されると推定されている(図1B).こ の生合成仮説に基づき,天然物4あるいはその誘導体を フラスコ内で二量化させることができれば,天然物1~3 の骨格を効率的かつ立体選択的に構築できると考えた.

ここで天然物1~3の絶対立体配置は未決定であるが,天 然物4の絶対立体配置は 体であることが報告されてい

(9, 10).そこで,天然物4と同様の絶対立体配置を有す

る基質を用い合成を行った.実際の合成経路を図1Cに 示す.

まず2つの既知化合物56をカップリングして化合 物7を得た.その後化合物7の酸化を行い,Juglomycin  C誘導体(8)を得た.ここで合成に用いた化合物6L- アスパラギン酸より合成しており,これを用いて合成し た化合物8の絶対立体配置はJuglomycin C (4)と同じ

*1試料の結晶化を必要としない結晶スポンジ法も開発されている.

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化学と生物 Vol. 55, No. 7, 2017

体である.この化合物8を用いて鍵反応である二量化 反応を検討したところ,酸素雰囲気下に塩基(ジアザビ シクロウンデセン;DBU)を作用させることで所望の 二量化反応が進行し,化合物9を立体選択的に与えるこ とを見いだした.この二量化反応は括弧内に示すよう

に,安定な五員環配座(中央)を経由して立体選択的に 進行していると考えられる.

つづいて立体選択的に得られた二量体9を共通中間体 としてJuglocombin A (1),B (2)とJuglorescein (3

の合成を行った.まず化合物12を合成するに当たり,

図1A)ナフトキノン二量体天然物Juglocombin A 1),2)およびJuglorescein 3).(B)天然物1~3の推定生合成.(C

天然物1~3の全合成.(D)化合物12CDスペクトル

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442 化学と生物 Vol. 55, No. 7, 2017

鍵中間体9の2,3-位エポキシドの還元を検討した.種々 の還元条件(酢酸中亜鉛粉末を用いる条件や,トルエン 中でモリブデンヘキサカルボニルを作用させる条件な ど)を検討したが,一般的な手法はどれもうまく進行し なかった.さらなる検討の結果,ニコチンアミド誘導体

10および11を用いる条件でエポキシドの還元的開環̶

脱水̶生じたナフトキノンの還元を連続的に行うことに 成功し,安定な中間体12へと導くことができた.

ここで中間体12のCDスペクトルを測定し,合成品の 絶対立体配置を決定した(図1D).まず中間体12には 合計8種類の立体異性体が考えられるが,二次元NMR スペクトル解析(ROESY)から相対立体配置を決定し,

2種類まで絞り込むことができた.つづいて2種類の立 体異性体[(2′ ,3′ ,9 )-12および(2′ ,3′ ,9 )-12]につ い て 計 算 化 学 的 手 法(時 間 依 存 密 度 汎 関 数 法;

TDDFT)(11)を用いてCDスペクトルを予測した.そし て計算により得られたCDスペクトルと実測のCDスペ クトルとを比較することで,中間体12の絶対立体配置 を(2′ ,3′ ,9 )-12と決定した.

つづいて化合物12より4段階の官能基変換を行い,

Juglocombin A (1),B (2)の初の全合成を達成した.

また合成した1および2は単離者らの報告と同様に非常 に不安定であったため,単離文献に従い対応するジメチ ルエステル誘導体2′へと変換し構造決定を行った.合成 した誘導体2′の各種スペクトルデータは天然物誘導体の データと一致し,また比旋光度も一致したことから,天 然物の絶対立体配置を決定した.

つづいてもう一つの天然物Juglorescein (3)の合成に 移る.まず鍵中間体9より側鎖第一級アルコールをカル ボン酸へと酸化した後,さらに酸処理を行うと2,3-位エ ポキシドが開環し分子内でラクトンを形成した化合物 13が得られた.このとき酸で活性化したエポキシドの 背面から上部側鎖のカルボン酸が付加してエポキシドが 開環しラクトンが形成されると考えられる.そのため化 合物13の2 位 C‒O結合と3 位水酸基の間の立体化学は となる.以上の結果から化合物13の絶対立体配置 を2 ,3 ,2′ ,3′ ,9 であると決定した.最後に化合物13

よりラクトンの加水分解を行うことで,Jugloresce- in (3)の初の全合成を達成した.また合成品の各種ス ペクトルデータは天然物のデータと一致し,さらに比旋 光度の値も一致したことから天然物の絶対立体配置を決 定することができた.

以上のように,生合成仮説に基づいた合成経路を設計 することで,天然物Juglocombin A (1),B (2)および Juglorescein (3)を効率的に合成することに成功した.

特に全合成に推定生合成反応を取り入れることで,多数 の不斉点を有する天然物骨格を効率的かつ立体選択的に 構築することができた.その結果,全合成に必要な工程 数を大幅に減らすことに成功した.さらに合成品の絶対 立体配置を決定し,天然物のスペクトルデータと比較す ることで,これまで未決定であった天然物の絶対立体配 置を明らかにした.今後は合成品を用いた生物活性評価 や構造活性相関研究へと研究を展開していく予定であ る.

  1)  田村千尋:化学と生物,18, 128 (1980).

  2)  Y. Inokuma, S. Yoshioka, J. Ariyoshi, T. Arai, Y. Hitora,  K. Takada, S. Matsunaga, K. Rissanen & M. Fujita: 

495, 461 (2013).

  3)  猪熊泰英,藤田 誠:化学,68, 35 (2013).

  4)  N. Harada & K. Nakanishi:  Circular Dichroic Spectros- copy:  Exciton  Coupling  in  Organic  Stereochemistry,   University Science Books, 1983.

  5)  原田宣之,中西香爾: 円二色性スペクトル̶有機立体化

学への応用̶, 東京化学同人,1982.

  6)  T. Taniguchi & K. Monde:  , 134, 3695  (2012).

  7)  S. Kamo, K. Yoshioka, K. Kuramochi & K. Tsubaki: 

55,  10317  (2016);  Highlighted  in  , 12, 1000 (2016).

  8)  H.  Lessmann,  R.  P.  Maskey,  S.  Fotso,  H.  Lackner  &  H. 

Laatsch:  , 60b, 189 (2005).

  9)  H.  Lessmann,  J.  Krup,  H.  Lackner  &  P.  G.  Jones: 

44b, 353 (1989).

10)  S. Kamo, S. Maruo, K. Kuramochi & K. Tsubaki: 

71, 3478 (2015).

11)  堀 憲次,山本豪紀: Gaussianプログラムで学ぶ情報化

学・計算化学実験, 丸善株式会社,2006.

(加茂翔伍*1,2,吉岡 快*1,倉持幸司*2,椿 一典*1

*1 京都府立大学大学院生命環境科学研究科,*2 東京理 科大学理工学部)

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化学と生物 Vol. 55, No. 7, 2017 プロフィール

加茂 翔伍(Shogo KAMO)

<略歴>2014年京都府立大学生命環境学 部生命分子化学科卒業/2016年同大学大 学院生命環境科学研究科博士前期課程修 了/同年同大学大学院生命環境科学研究科 博士後期課程入学,現在在学中/同年日本 学術振興会特別研究員DC1<研究テーマ と抱負>1,4-ナフトキノン二量体天然物の 全合成研究と活性機能評価<趣味>野球観 戦,散歩

吉 岡  快(Kai YOSHIOKA)

<略歴>2016年京都府立大学生命環境科 学科生命分子化学科卒業/同年同大学大学 院生命環境科学研究科応用生命科学専攻博 士前期課程入学,現在在籍中<研究テーマ と抱負>1,4-ナフトキノン天然物群の系統 的合成法の開発研究,スペルミン・スペル ミジンを検出する蛍光応答性試薬の開発研 究<趣味>スポーツ観戦

倉持 幸司(Kouji KURAMOCHI)

<略歴>2002年東京大学大学院農学生命 科学研究科応用生命化学専攻博士課程修 了/同年東京理科大学ゲノム創薬研究セン タ ー ポ ス ト ド ク ト ラ ル 研 究 員/2004年 エール大学分子細胞発生生物学部博士研究 員/2005年東京理科大学理工学部応用生 物科学科助教/2008年京都府立大学大学 院生命環境科学研究科准教授/2016年東 京理科大学理工学部応用生物科学科准教授

<研究テーマと抱負>天然有機化合物の全 合成・活性探索・作用機構解析,化学の視 点で生命現象を理解・考察できる学生を育 てる<趣味>お酒,北海道旅行<所属研究 室ホームページ>http://www.rs.tus.ac.jp/

kuramoch/

椿  一 典(Kazunori TSUBAKI)

<略歴>1987年京都大学工学部合成化学 科卒業/同年藤沢薬品工業(株)新薬研究所 研究員/1996年京都大学大学院薬学研究 科博士後期編入学/1998年京都大学化学 研究所助手/2005年同助教授/2008年京 都府立大学大学院生命環境科学研究科教授

<研究テーマと抱負>構造有機化学,超分 子化学,素反応開発,天然物合成,面白 か っ た ら な ん で もOK<趣 味>お 酒, ジャレ,ラッパ吹き<所属研究室ホーム ペ ー ジ>http://www2.kpu.ac.jp/life̲envi- ron/syn̲chem̲fm/index.htm

Copyright © 2017 公益社団法人日本農芸化学会 DOI: 10.1271/kagakutoseibutsu.55.440

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