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修士学位論文
日本語非母語話者同士の接触場面における言語調整能力
―日本語を共通言語としたインフォメーションギャップタス クを用いて―
名塚公輔
目次
1. はじめに ... 1
1.1本研究の目的 ... 1
1.2本論文の構成 ... 2
2. 先行研究 ... 4
2.1言語調整行動に関する研究 ... 4
2.1.1接触場面研究について ... 4
2.1.2共生言語・共通言語としての日本語 ... 10
2.2第三者言語接触場面に関する先行研究 ... 14
2.3会話に現れる非対称性に関する先行研究 ... 16
2.4母語話者の言語調整行動と接触経験 ... 18
3. 先行研究で残された課題とリサーチクエスチョン ... 21
3.1先行研究で残された課題 ... 21
3.2本研究のリサーチクエスチョン(RQ) ... 21
3.3本研究の成果から得られる知見、およびその意義について ... 22
4. 調査方法 ... 23
4.1調査の概要 ... 23
4.1.1調査対象者 ... 24
4.1.2インフォメーションギャップタスク ... 24
4.1.3タスクの説明 ... 26
4.1.4本研究で使用するカテゴリー ... 27
4.1.5文字化の方法 ... 31
4.1.6コーディングの例 ... 31
4.2意識調査 ... 32
4.2.1事後インタビューの項目 ... 33
b
4.2.2インタビューの分析方法 ... 33
4.3インストラクションの方法 ... 33
4.4予備調査 ... 34
4.4.1予備調査対象者の属性 ... 34
4.4.2分析項目 ... 35
4.4.3意識調査 ... 42
4.4.4予備調査のまとめ ... 43
4.5本調査にかけての変更点 ... 44
4.6本章のまとめ ... 45
5. 本調査について... 47
5.1予備調査から本調査にかけての変更点 ... 47
5.2調査対象者の属性 ... 47
5.3調査の結果 ... 49
5.3.1情報やり場面 ... 49
5.3.2情報とり場面 ... 57
5.4意識調査 ... 62
5.4.1話者の意識面の分析について ... 62
5.4.2情報やり場面における、日本語母語話者・上級話者の意識面の分析 ... 63
5.4.3中級話者による日本語母語話者・上級話者の印象 情報やり場面 ... 66
5.4.4情報とり場面における、日本語母語話者・上級話者の意識面の分析 ... 68
5.4.5中級話者による日本語母語話者・上級話者の印象 情報とり場面 ... 70
5.4.6母語話者、上級話者に対する話しやすさの違い ... 72
5.5本章のまとめと考察 ... 75
5.5.1本章のまとめ ... 75
5.5.2考察 ... 76
6. 母語話者と非母語話者との間に存在する非対称性の分析 ... 77
6.1本章の目的 ... 77
6.2母語話者―中級話者の発話に見られる非対称性 ... 77
6.2.1< ほめ > ... 77
6.2.2< 励まし > ... 79
6.2.3< 適切な表現を求める発話> ... 81
6.3上級話者―中級話者の発話に見られる対称性 ... 84
6.3.1< 上級話者による自信のない語の補完 > ... 84
6.3.2< 中級話者による語の説明> ... 84
6.4本章のまとめと考察 ... 86
6.4.1本章のまとめ ... 86
6.4.2考察 ... 86
7. 総合的考察 ... 88
c
7.1第5章の結果のまとめ ... 88
7.2第6章の結果のまとめ ... 90
7.3本研究のオリジナリティ ... 91
7.4本研究の意義と日本語教育への示唆 ... 91
7.5本研究で残された課題 ... 93
おわりに ... 93
参考文献 ... 95
参考ウェブサイト ... 98
謝辞... 100
1
1. はじめに 1.1本研究の目的
2018年度には、在留外国人数は約260万人に上り、過去最高となった(法務省2019)
1。それに加え、2019年4月からは改正入管法が施行されたことに伴い、「特定技能2」 の受け入れが始まった。今後日本ではさらなる外国人労働者の増加が見込まれている。
しかしながらその実態について考えると、まだ受け入れ態勢は万全とはいいがたく、
外国人労働者、さらにはその児童に対する日本語教育の充実、日本語教育者の育成が 喫緊の課題であると考えられている(野山2019)。また、政治的動向に関していえば、
日本語教育推進法の成立により、海外での日本語教育の推進及び、国内の外国人等で ある幼児・児童・生徒等に対する日本語教育、外国人留学生、被雇用者等に対する日 本語教育の推進が図られている(文化庁2019)。
生活者の外国人を支えるための地域日本語教育においては、支援をボランティア任 せにしているという事実がある(池上2007、文化庁2015など)。地域日本語教育とは、
杉澤(2012)によると、言語教育の場としての機能と外国人住民が地域に参加してい ける場としての機能を持つ、「多文化共生社会の実現を目的とする市民参加による地 域の日本語教育活動およびそのシステム」と定義されている。そこでは、いくつかの 問題点が指摘されている。その問題点について、文化庁(2015)では、①ボランティ アの性質ゆえに支援者が安定的な支援体制に付けないこと、②一部のボランティアに は日本語教師が所属している場合もあるが、すべてのボランティアにおいてそれが実 現できているわけではなく専門性に欠けること、③ボランティアの高齢化であると述 べられている。上記のような現状において、筆者が主張したいことは、新たに来日し た日本語学習者を迎え入れるのは果たして日本語母語話者だけであろうか、というこ とである。日本語非母語話者も、非母語話者でありながら日本語および日本での生活 の支援者として、支援に加わることが考えられるのではないだろうか。
筆者がこのように考えるようになった背景には、筆者の海外留学経験と日本語ボラ ンティアでの経験がある。筆者は2018年10月から2019年1月にかけて韓国へ留学した。
その際、韓国語が分からない筆者に対し、教会で韓国語を教えてくれるというボラン ティアがあったが、ボランティアの韓国語が理解できず、そこに「韓国語ができる韓 国人」と「韓国語を教えてもらう筆者」の二項対立が存在していたことに違和感を覚
1 法務省(2019)「平成30年末現在における在留外国人数について」
<http://www.moj.go.jp/nyuukokukanri/kouhou/nyuukokukanri04_00081.html>
(2019/09/28)
2 特定産業分野に属する相当程度の知識又は経験を必要とする業務に従事する外国人 向けの在留資格である「特定技能1号」、特定産業分野に属する熟練した技能を要す る業務に従事する外国人向けの在留資格である「特定技能2号」の二種類が創設さ れた。出入国管理庁「新たな外国人材の受入れ及び共生社会実現に向けた取組」
<http://www.moj.go.jp/content/001293198.pdf>を参照(2020/01/09)。
2
えた。また、難しい言い回しをいきなり使われて困惑するといった経験から、学習者 としての経験がある非母語話者の方がコミュニケーションを遂行しやすいのではない かと考えたことが、筆者が非母語話者の支援者としての有効性について考えたきっか けの一つである。
もう一つの経験は、筆者が中学生に日本語教えるボランティアを行っていたところ、
近隣の大学から留学生の支援者が来ており、それがきっかけで日本語非母語話者であ る中学生が生き生きと勉強を行うようになっていった様子を見たことである。その事 実から、日本語非母語話者が支援者として携わることの意義を考えるようになった。
これまでの日本語学習者への受け入れ態勢に関しては、受け入れる側としての日本 人の側面が多く取り上げられ、「『地域社会の共通言語』としての『やさしい日本語』
(庵2014など)」を使用して生活者としての外国人を支援するなどと書かれた書籍や ポスターが近年多く見られるようになってきた。それに加え、これまで日本で暮らし てきた、日本語を母語としない日本語非母語話者も生活の支援者として関わっていく ことが求められている(御舘2010, 2019)。しかしながら、上記に挙げた「やさしい日 本語」などに見られる日本語における言語調整行動は主に支援者としての日本語母語 話者が中心として捉えられており、日本語非母語話者の支援者としての能力、つまり 非母語話者による言語調整行動に関しては、いまだ明らかになっていない点が多いと いえる。
本研究ではそのような現状を踏まえ、日本に滞在している日本語非母語話者が支援 者としてどのような能力を有しているのかを、言語調整行動に着目し、明らかにする ことを目的とする。
1.2本論文の構成
本研究は全7章で構成されている。本章に当たる第1章では、日本において増加する 日本語学習者に関する状況と、国際化が発展する中で地域日本語教育が抱えている課 題について概観し、筆者の問題意識から、本研究の目的を述べる。
第2章では、これまでの先行研究と、これまでの先行研究で残された課題について述 べ、本研究での研究課題を述べる。第2章第1節では、これまでの接触場面における言 語調整行動についての先行研究を概観する。その後、第2章第2節では、日本語が共通 言語として使用される場面である「第三者言語接触場面」についての研究を概観し、
第三者言語接触場面における言語調整行動の特徴は、いまだ明らかになっていない点 が多く、今後、研究が求められていることを述べる。
その後、第3章では、本研究の研究課題を述べる。続く第4章では、本研究で行う調 査について述べる。後述することになるが、本研究ではインフォメーションギャップ タスクを用いて会話を行いてそれを録音する。その後、使用意識を調べるために各話 者にインタビューを行う。また、その際の実験の手法や、インタビューの質問項目に ついて述べ、行った予備調査と、その問題点を述べた後、第5章で行われる本調査での 変更点を記す。
3
第5章では、調査で出現した発話を各コードに割り当て、どのような発話が現れてい るのかを分析する。その後、インタビューによって得られたデータを基に、言語調整 行動の使用意識を明らかにする。
第6章では、第5章で行われた分析で得られた結果を基に、会話の中で現れる話者の 非対称性・対称性について分析する。なぜ日本語非母語話者と日本語母語話者では、
話しやすい相手として母語話者が選択されるのかを出発点として、実際の会話で現れ ている母語話者と非母語話者の間に存在する非対称性に着目する。そして、非対称性 もしくは対称性が見られた部分を、事例を基に考察していく。
第7章では、第5章、第6章の結果をまとめ、その結果に基づき、日本語非母語話者の 支援者としての能力及び、地域日本語教育における今後の支援の在り方を考察してい く。その後、本研究のオリジナリティおよび本研究の意義を述べ、最後に日本語教育 への示唆を述べる。
以上、全7章で本論文は構成される。続く、第2章では、言語調整行動ならびに、共 生言語、共通言語としての日本語について述べる。
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2. 先行研究
本章は、大きく分けて4節に分類される。まず、第1節では、これまでの言語調整 行動についての先行研究を概観する。そこでは、これまでの接触場面研究について述 べ、「フォリナー・トーク」、「コミュニケーションストラテジー」といった概念とそれ らの問題点について述べる。続く第2節においては、日本語が共通の言語として使用 される場面である「第三者言語接触場面」の先行研究について述べる。
その後、第3節では、日本語母語話者と日本語非母語話者の間に現れる非対称性に 関する先行研究を述べる。その後、第4節では、言語調整行動を行う際に考慮する必 要のある、母語話者による非母語話者との接触経験について述べる。
2.1言語調整行動に関する研究
2.1.1接触場面研究について
ここでは、言語調整行動に関する先行研究を概観する。具体的には、これまでの研 究で扱われてきた、「フォリナー・トーク」「コミュニケーションストラテジー」「やさ しい日本語」など、日本語母語話者、日本語学習者が用いる言語調整行動3についてま とめていくことにする。
言語調整行動に関して、第二言語習得の分野では学習者の理解可能なインプットを 促進するための「フォリナー・トーク」、学習者が用いる、言語能力の不足を補うため の方略としての「コミュニケーションストラテジー」が注目を集めてきた。そのよう な背景には、「接触場面のインターアクションが言語習得を促進する」という「インタ ーアクション仮説」(Long1983a, 1983bなど)に基づき、フォリナー・トーク、コミ ュニケーションストラテジーの特徴を明らかにし、それを言語教育に生かそうとする 考えがあった。
また、社会言語学の分野においては、スクータリデス(1981)、ロング(1992)な どで扱われているように、言語使用域(レジスター)によって選択される言語変種の 一つとしてその特徴が研究されてきた。
まず、ここでは「フォリナー・トーク」「コミュニケーションストラテジー」につい て概観することにする。
2.1.1.1フォリナー・トーク
ネウストプニー(1981)によって提唱された「接触場面」または「外国人場面」は、
母語話者と非母語話者が参加する場面を指す。そこでは、母語話者、非母語話者双方 にコミュニケーション上の特徴が見られるとされている(ネウストプニー1981, 1995)。
3 研究によって「言語的調整」「言語的調節」などとも呼ばれるが、本研究において は「言語調整行動」として統一する。
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そのような場面では、お互いがコミュニケーションを行うために、言語調整行動4が用 いられる。「接触場面」とは、ネウストプニー(1981, 1995)によると、話し手すべて が日本語母語話者である「母語場面」と比較し、日本語のコミュニケーションが限定 的である話者と日本語母語話者がコミュニケーションを行う場面であるとされている。
そこでは、大きく分けて2種類の、母語場面とは異なる特徴が見られるとされている。
一つは、非母語話者が日本語の規則を適用できない等の、非母語話者側の特徴、も う一つは、日本語母語話者からのフォリナー・トークの使用であるとしている。さら に接触場面研究においては、非母語話者が母語話者のルールに則ってコミュニケーシ ョンを遂行できているのか、どのような問題が起きるのかという部分に焦点を当て、
非母語話者がどうすれば準母語話者(母語話者に近いレベルの話者)になることがで きるかという点で教育的な示唆を与えている。
上記のネウストプニーの研究から始まった接触場面研究では、「フォリナー・トーク」
「コミュニケーションストラテジー」が言語調整行動として注目を集めてきた。
まずは「フォリナー・トーク」の定義について述べることにする。「フォリナー・ト ーク」とはFerguson(1971)で提唱された、ある言語の母語話者が、その言語にお けるコミュニケーション能力が十分ではないと考えられる話者に対して行う調整であ り、言語変種の一つであるとされている。フォリナー・トークは、簡略化された言語 目録(simplified registers)として社会言語学の分野で扱われ、baby talk(幼児相手
談話)、foreigner talk(外国人相手談話)、retarded talk(障害者相手談話)は個別の
分野で研究されていたが、どの談話もすべて話し手が聞き手の言語能力にある限界を 感じ、それに適応させるために簡略化されたものであるという特徴を持っているとさ れている(スクータリデス1981)。
日本語におけるフォリナー・トークは、スクータリデス(1981)によって提唱され、
日本語教育の分野に持ち込まれた。スクータリデス(1981)は、日本語にも見られる 普遍的なフォリナー・トークの特徴として、以下の6つをあげている。
①ゆっくりとした言葉の拍子、語または節、文の間に見られる長いポーズ助詞。
②助詞、助動詞、動詞語尾の強調。
③文法的には正しいが、非常に短い文、語学の教科書に見られる「基本文型」そのま まの単純な文構造。
④「鍵(キー)」となる語または節の繰り返し。
⑤相手の母国語を用いること。
⑥語彙の訂正。最初に使用された語をより「簡単な」語彙項目にその場で置き換える。
(スクータリデス1981、pp.57-58を筆者が一部改変)
また、スクータリデス(1981)では、日本語独自のフォリナー・トークの特徴とし
6 て以下の3つをあげている。
①簡単な文法を用い、基底構造を変形せずに表現したため重複の多い文となったも の。
「オーストラリアに来る前…東京にいる時…私は車を持っていました」
②非常に詳しい、少し丁寧すぎると思われる表現。
「私は1969年の7月から1973年の11月までアメリカにおりました。」
③日本語では普通省略される一人称代名詞の多用
「私は…日本の私の会社から派遣されて…アメリカへ行ったわけなんですけれど も、…私が…滞在した所はアメリカのニュー・ヨークです。」
(スクータリデス1980, p59を筆者が一部改変)
以上のようにスクータリデスの研究は日本語にも英語と同様にフォリナー・トーク が存在することを示している。しかし、対象はオーストラリアに在住していた日本人 に限られていたため、実際に日本でも同様の傾向が現れるかどうかは明らかにされて いなかった。
その後、ロング(1992)では、日本国内で道聞きを行い、自然に使用されるフォリ ナー・トークに関するデータを収集している。結果として、国外でデータを収集した スクータリデス(1981)などと、談話の内容、参加者の関係、談話の長さ等が異なる 条件であっても同様の傾向が見られたことが分かっている。また、ロング(1992)の データにおいては、格助詞の省略が顕著であったこと、聞き手の理解確認を繰り返し 行うなど、スクータリデス(1981)で明らかになった特徴とはとは異なるものも見ら れている。
第二言語習得の分野においては、スクータリデス(1981)は、習得の観点から、フ ォリナー・トークの各段階の特徴を生かした教材の開発、いつティーチャートークか ら自然な発話に移行するべきか、など、第二言語習得分野におけるフォリナー・トー クの重要性も示している。その後、フォリナー・トークが、日本語習得のための理解 可能なインプットを引き出すことができるかといった観点からの研究(町田1997な ど)や、フォリナー・トークを使用される学習者の意識に関する研究(坂本他1989)
が行われている。
特に坂本他(1989)では、日本語学習者の言語能力が高くなるほどフォリナー・ト ークに対する好感度が低くなるとされており、一概にフォリナー・トークを用いてコ ミュニケーションを行うことが学習者にとって望ましいことではないという結果を示 している。また、坂本他(1989)の結果に関しては、上級の日本語学習者が、自分よ りも習熟度の低い日本語学習者と日本語でコミュニケーションをする際に、フォリナ ー・トークの使用を控えるという可能性も考えられ、単にコミュニケーションのため にフォリナー・トークが有効ではないことを示す点で示唆に富むものであるといえる。
7
2.1.1.2コミュニケーションストラテジー
続いて、コミュニケーションストラテジー(以下、CS)についての概観を述べる。
Canale and Swain(1980) で は 、Hymes(1972) で 提 唱 さ れ た 伝 達 能 力
(communicative competence)を「文法能力(grammatical competence)」、「社会言 語能力(sociolinguistic competence)」、「方略能力(strategic competence)」の3つ に分類し、方略能力を「言語運用上の諸問題や不十分な伝達能力に起因するコミュニ ケ ー シ ョ ン に お け る 挫 折 を 修 復 す る (to compensate for breakdowns in communication due to performance variables or to insufficient competence)力5」 と述べている。その後、Faerch and Kasper(1983)では、CSの分類に関して、CS は「達成ストラテジー」と「回避ストラテジー」に分類されるとしており、達成スト ラテジーは何らかの方法でコミュニケーションの問題を解決しようとする際に用いら れる方略、回避ストラテジーは、コミュニケーション上の問題を回避しようとする際 に用いられる方略であるとされている。
上述したフォリナー・トークとの関連を踏まえ、母語話者が用いる、非母語話者に 対して行われる言語調整行動は「フォリナー・トーク」、非母語話者によって使用され る、コミュニケーションを遂行しようとする方略は「コミュニケーションストラテジ ー」と扱われている(橋内1999)。
また、Faerch and Kasper(1983)による達成ストラテジーは、尾崎(1993)が提 唱し、許(2013)でも使用されている「聞き返しストラテジー」と、許(2010)の「発 話ストラテジー」の二つに分類される。以下はそれぞれ許(2010,2013)で示された発 話ストラテジーと聞き返しストラテジーの分類である。
5 訳は、達川(2007)によるもの。
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表 1 発話ストラテジーの分類 発話
スト ラテ ジー
自己 解決 型
非目標言語指向 Aコードスイッチ 母語(その他の外国語の使用 も含む)を使用する。
B逐語訳 目標言語以外の言葉に逐語 訳する
目標言語指向 C一般化 言葉が思い出せないときに、
より一般的な言葉を使用す る。
Dパラフレーズ 語彙レベルで言い換えたり、
文レベルで説明的に言い換 えたりする。
E造語 既知の語から必要な語を作 り出し、L2のある規則を過剰 に使用する。
F再構築 当初考えていた文法・文型が 作れないために、途中で他の 文法・文型に変えて、文を構 成し直すことで文を完成す る。
共同 解決 型
G確認要求 語彙や形の確認要求を行う。
上昇イントネーションを用 いることが多い。
H理解の確認要求 伝達レベルでの容認可能性 についての確認を求める。
I間接的アピール 間接的に相手に助けを求め る。文を途中まで言ったり、
言いよどんだりして、運用力 の限界を示すことによって、
開き手から必要な表現を引 き出したり、発話の完成を手 伝ってもらうなど。
J直接的アピール わからない単語や表現を開 き手に明示的に尋ねる。
(許2010, p.112を基に筆者が一部改変)
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表 2 聞き返しストラテジーの分類
単純エコー型 単純エコー型(確認) 同じ言葉を繰り返すもの。
単純エコー型(訂正) 間違った言葉を繰り返してその後訂正 する必要があるもの。
複合エコー型 複合エコー型(確認)、 「~ですか?」等の確認を求めるもの。
複合エコー型(繰り返し) 「好きなビールの何?」などの部分的な 繰り返しを求める。
複合エコー型(説明) 「~は何ですか」などの説明を求める。
非エコー型 感動詞型 「え?」「はい?」など、感動詞を用い て尋ねるもの。
言い換え型 「銘柄」が分からず、「好きなビールの 名前ですか?」など、言い換えを行い相 手に尋ねる。
その他型 「わからない」など、上記に当てはまら ないもの。
(許2013を基に筆者が表を作成)
2.1.1.3これまでの分類の課題と本研究で扱う概念
CSは、再定義が行われており、尾崎(1993)では、会話を円滑化させるための「円 滑化のストラテジー」も研究対象とすべきであるとし、会話参加者の属性や役割に関 わらず会話をどのように調整していくのかを広く研究すべきであると主張している。
藤井(2000)では、意識的か無意識的かに関わらず、会話参加者が共同で会話を構築 していくための方策としてCSをとらえることの重要性を述べている。森(2004)に おいても、母語話者の発話にも非母語話者によるCSと同様の特徴が見られたことか ら、コミュニケーションストラテジーを非母語話者だけの特徴であると断定すること に警鐘を鳴らしている。
以上のことを踏まえ、本研究においては、母語話者・非母語話者の共通の言語とし ての日本語を捉えるうえで、日本語非母語話者による調整を「コミュニケーションス トラテジー」、母語話者による調整を「フォリナー・トーク」としてそれぞれを別個の ものとして考えるのではなく、包括的に、参加者がどのように会話を調整していくの かに着目する必要があると考える。そこで、栁田(2015)で用いられている、「コミュ ニケーション方略」という定義を援用することにする。
内容については本章第4節において後述するが、栁田(2015)では、コミュニケー ション方略を「コミュニケーションの目的を達成する過程において、参加者が共同で コミュニケーションを構築するために用いる調整の手段」としており、母語話者・非 母語話者など参加者の属性や役割の違い、無意識・意識的かどうかに関わらず、会話
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参加者のやりとりを包括的に記述することができる、という点で非常に有効であると 考える。この定義は、日本語母語話者、習熟度の高い日本語非母語話者による日本語 の調整は、単に学習者の習得を促進するために存在するのではなく、円滑なコミュニ ケーションを通して互いを理解するための共通言語として捉える必要性を考慮してい るといえる。
筆者がこの概念を援用するのは、本研究で着目する言語調整行動は、日本語母語話 者・上級話者どちらの話者も使用するものであり、前述した、「フォリナートーク」「コ ミュニケーションストラテジー」等の、使用者が母語話者か非母語話者か、という点 で分類することができないためである。本研究で明らかにしていく、上級話者による 言語調整行動に関して、上級話者も母語話者と同様に何らかの言語調整行動を行うと すれば、そこに、非母語話者であるから「コミュニケーションストラテジー」を、母 語話者であるから「フォリナートーク」を、といった分類をすることはできないとい える。そのため、話者の属性を越えた包括的な概念である「コミュニケーション方略」
を援用することにする。
2.1.2共生言語・共通言語としての日本語
本節からは、ここまでで触れた「フォリナー・トーク」「コミュニケーションストラ テジー」、「コミュニケーション方略」を踏まえ、「母語話者のための日本語」ではなく、
母語話者と非母語話者の間に存在する、「共生を促進するための日本語」、その後、日 本語非母語話者同士で使用される、「共通言語としての日本語」に関する先行研究を概 観していく。
2.1.2.1やさしい日本語
近年日本語教育関係者以外の間でも聞かれるようになった言葉として「やさしい日 本語」がある。「やさしい日本語のニュース6」など、日本語学習者や日本での生活者 に向けたサービス近年生まれている。「やさしい日本語」は、1995年の阪神淡路大震 災を受けて、被災者の中でも日本語が理解できなかったために被災してしまった被災 者がいたこと、被害を大きくしてしまったことの反省から、災害時の外国人への情報 提供を分かりやすく簡易な表現で伝える、という目的で始まった。現在でも、どのよ うに日本語で災害情報を提供すべきか、という観点で研究が進んでいる(佐藤 2004, 松田他2000など)。
言語を媒介として情報を伝える手段として、国際語として英語が存在しているが、
実際には日本に住む外国人に対しての情報提供は英語よりも、日本語の方が効率が良 いことが指摘されている(岩田2010)。また、ロング(2012)は、緊急時に通訳者を すぐに読んで対応できないという「即時性」や、変化する状況に適した情報をすぐに
6 NEWS WEB EASY等を参照。https://www3.nhk.or.jp/news//easy/
(2019/12/17)
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伝達できないという「柔軟性」、英語の語彙が高度であると、周りの日本人がそれを理 解できずに助けることができないといった「応用性」等の観点から、語彙や文法を単 純化した日本語で災害情報を伝えることの重要性を主張している。災害時の「やさし い日本語」は、2011年に起きた東日本大震災の生活者としての外国人への影響を鑑み、
その重要性が再認識されている。
「やさしい日本語」をどう作るのかという点に関しては、弘前大学社会言語学研究 室のホームページにおいて、やさしい日本語にするための12の規則が示されている。
以下にそれを示す。
(1)難しいことばを避け、簡単な語を使ってください
(2)1文を短くして文の構造を簡単にします。文は分かち書きにしてことばのまと まりを認識しやすくしてください
(3)災害時によく使われることば、知っておいた方がよいと思われることばはその まま使ってください
(4)カタカナ外来語はなるべく使わないでください
(5)ローマ字は使わないでください
(6)擬態語や擬音語は使わないでください
(7)使用する漢字や、漢字の使用量に注意してください。すべての漢字にルビ(ふり
がな)を振ってください
(8)時間や年月日を外国人にも伝わる表記にしてください
(9)動詞を名詞化したものはわかりにくいので、できるだけ動詞文にしてください
(10)あいまいな表現は避けてください
(11)二重否定の表現は避けてください
(12)文末表現はなるべく統一するようにしてください
(弘前大学社会言語学研究室7)
上記のように、どのように「やさしい日本語」を作成できるのか、という手順も作 成されており、実際に災害情報の書き換え等が行われている。
さらに、近年では、「やさしい日本語」の定義が拡大されてきており、庵(2014)、 庵他編(2013)などで、災害情報のみならず、平時にも使用されると考えられる、広 義の「やさしい日本語」が提案されている。そこでは、「やさしい日本語」の性格の一 つとして、「『地域の共通言語』としての『やさしい日本語』」が述べられている。この 考え方は、後述する岡崎(1994)で述べられている「共生言語」の考え方と共通する ものであるといえる。ここには、非母語話者に対して一方的にネイティブレベルの日 本語習得を求めるのではなく、日本人側が非母語話者の日本語を理解し、自らの日本 語を調整したうえで、共通言語として成立させるべきである、という主張も含まれて
7 http://human.cc.hirosaki-u.ac.jp/kokugo/EJ9tsukurikata.ujie.htmを参照。
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いる。また、広義の「やさしい日本語」の展望として、徳永(2009)、庵他編(2013)、 野田(2014)では、母語話者が非母語話者に歩み寄り、共生していくために、母語話 者に対して言語調整能力を身に付けさせる教育をしていく必要性があると述べている。
最後に一つ断っておく点として、ここでいう「地域社会の共通言語としての<やさ しい日本語>」は母語話者が非母語話者に対して言語調整行動を行うという点におい て、別の表現や外来語への言い換え、繰り返し、質問や確認の多用や文法の簡略化等 が現れる。その点において、接触場面における「フォリナー・トーク」と「「『地域の 共通言語』としての『やさしい日本語』」は、ほぼ同義であるとされている(栁田2013)。 佐藤(2004)などで定義されている「減災のためのやさしい日本語」の目的は、日常 的なコミュニケーションではなく、緊急時における情報の伝達である。そのため、「『地 域の共通言語』としてのやさしい日本語」は、フォリナー・トークの再定義として捉 えることもできるといえる。
2.1.2.2共生言語
岡崎(1994)では、日本語の国際化に関して、日本語母語話者と非母語話者双方が コミュニケーションの経験を通じて相互的に調整しながら共通の言語を形成していく 過程を言語内共生化と呼び、「共生言語」としての日本語のあり方を述べている。
そこでは、コミュニケーションを成立させるための様々な言語調整行動、母語話者 が非母語話者に対して素直に意見を述べるなどの配慮行動、日本語非母語話者が母語 話者に対して直接的な断りを避けるなどの円滑化行動が創り出されていると述べてい る。言語的調整行動については、大きく分けて3つの種類があるとされており、A意 味に関わる相互的調整(双方での意味の確認など)、B 理解に関わる相互的調整行動
(母語話者の理解確認、非母語話者の不理解表明など)、C話題に関わる相互的調整行 動(身近なトピックの選択、一つの話題を短く取り上げる、話題の放棄、話題の突出、
話題のスイッチを受け入れるなど)があるとしている。
このように、岡崎(1994、2003)で述べられている共生言語という考え方は、日本 語非母語話者の言語習得のために必要であった「フォリナー・トーク」、非母語話者が コミュニケーションを成立させるための「コミュニケーションストラテジー」を分け て考えるのではなく、母語話者、非母語話者のインターアクションを通じて行われる 相互的調整によって形成されていく共通言語として捉えている点で、これからの日本 語のあり方を考える際に示唆に富む概念であるといえる。
上記の共生言語の考えを基に、日本語母語話者の接触経験が非母語話者に対する言 語調整行動にどのような影響を与えるのかについて研究がなされており(増井2005、
筒井2008、栁田2015など)、日本語母語話者による非母語話者の言語調整行動を分
析するうえで、「共生言語」という概念はそのベースになっているといえる。
しかしながら、「共生言語」という概念は、カテゴリーに分類することのできる方略、
というよりはむしろ、理念的側面が強いと考えられる。そのため、本研究では共生言 語の考え方を基軸とはしながらも、そこで使用される方略に焦点を当てることを目的
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とするため前述した栁田(2015)の「コミュニケーション方略」を援用する。
以上で述べたように、近年では「日本語母語話者、日本語非母語話者が創り出す共 生のための言語」としての日本語の研究が行われており、日本語非母語話者に対する 一方的な日本語習得を求めるだけではなく、日本語母語話者に対して、言語調整能力 を教育すること、それを行うためのシステム構築が求められている(徳永2009)。ま た、徳永(2009)は、「対外国人場面における日本語を母語話者同士で使用する日本語 とは別に捉えた上で、適切な運用にはその習得が必要であるという認識を共有するこ とから始めなければならない。」と述べ、日本語母語話者による日本語運用能力につい ての研究が行われる必要性を主張している。
2.1.2.3日本語非母語話者による支援という観点
上記に関連して、地域日本語教育の場においては、母語話者と非母語話者の間に存 在する「母語話者の優位性」をなくすために、非母語話者が支援者として関わること が求められてきている。
森本(2009)は地域日本語ボランティアにおける、日本語母語話者の発話から無意 識のうちに生じる支援者と参加者の権力関係に警鐘を鳴らしている。森本(2009)は、
地域日本語ボランティアの支援者のミーティングにおける語りから、ボランティアと 学習者が「先生-生徒」というカテゴリーが表出されていること、「ボランティア」=
「日本人」カテゴリー化が、「日本語を完璧に操れる能力」を持っている「先生」とし ての自己カテゴリー化と結びついていることを批判的に述べている。また、それが外 国人を「非日本人」として、覆すことのできない、固定的な「先生-生徒」という権 力関係を構築していると指摘している。そのことから、(森本2009)は日本語母語話 者が一人の人間として、共に相互行為の実質的内容や方向づけを行い、地域日本語ボ ランティアの中で、学習者と平等な関係性を築いていくことの必要性を述べている。
御舘(2010、2019)においては、その一つの方法として外国人支援者を地域日本語ボ ランティアのシステムの中に組み込んでいくことの重要性が述べられている。
御舘(2010)では、地域ボランティアの日本語支援に関して、支援者としての外国 人を対象に、インタビュー及び支援の観察を行っている。インタビューからは、外国 人が地域の日本語支援を行う意義として、同じ経験を共有できること、外国人支援者 が新しく来日した人にとってのロールモデルになれること、が明らかになっている。
実際の支援の観察からは、母語による詳細な説明、学習者の言語使用環境にあった適 切な説明を行えること、学習者からの言語の適切さに関する質問や、生活上で直面す る問題に関する質問があり、それに対するアドバイスを行えるなど、母語が異なって いるとしても、外国人支援者が日本語教室で支援を行うメリットを明らかにしている。
ここまで、「共生化」という点に関して、先行研究を概観してきたが、上記で述べた ような、支援者としての日本語非母語話者の意義について、日本語非母語話者による 言語調整行動の視点から述べている研究は多くない。加えて、日本語非母語話者同士 のコミュニケーションを対象とした研究の蓄積もあまりなされているとはいいがたい。
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そこで、次節では、まずこれまで行われている日本語非母語話者同士による、共通 言語としての日本語が使用される場面である「第三者言語接触場面」について述べた 後、第三者言語接触場面における言語調整行動について考えていくことにする。
2.2第三者言語接触場面に関する先行研究
2.1でも挙げたが、「接触場面」とは、ネウストプニー(1981, 1995)によると、話 し手すべてが日本語母語話者である「母語場面」と比較して、日本語のコミュニケー ションが限定的である話者と日本語母語話者がコミュニケーションを行う場面である。
それに加え、ファン(1999)では、日本語非母語話者同士が日本語で会話する場面を
「第三者言語接触場面(以下、第三者場面)」と呼び、ファン(2003)では、第三者場 面に加え、参加者のどちらかの母語を使用する場面を「相手言語接触場面(以下、相 手場面)」、お互いの母語でコミュニケーションをする「共通言語接触場面(以下、共 通場面)」と分類し、以下の例とともにまとめている。
第三者場面:国際会議で日本人と香港のビジネスマンが英語で交渉する場面 相手場面:アメリカの留学生がホームステイ先の日本人家族と英語または食事中会 話をする場面
共通場面:スペインで旅行中のイタリア人観光客が母語で地元のマーケットで買い 物をする場面
(ファン2003, p.3) 上述したファン(1999)では、日本語中級レベル以上の外国人学部生2名と短期留 学生6名の8名、計12の初対面会話を対象に日本語学習者同士の会話の様相を記述 している。そこでは、お互いが中間言語の規範に基づいてコミュニケーションを行う ため、造語を使用する等の言語規範の拡大が起こることが分かっている。また、非母 語話者同士では、言語ゲスト、言語ホストの関係が成立しないために、言語問題を共 同して解決しようとする姿勢が見られたこと、コミュニケーションの問題が生じた際 に、それらをすべて解決しようとはしないことも分かっている。つまり、非母語話者 同士のコミュニケーションにおいては、相手の日本語を訂正するというよりも、共同 でコミュニケーションを遂行しようとする傾向が見られたとされている。そのことか ら、非母語話者同士のコミュニケーションでは、お互いに共同して会話を構築してい くといった意識が見られ、母語話者と非母語話者間のコミュニケーションとは異なっ た特徴が見られることが確認されている。
近年では外国人労働者、日本に住む日本語非母語話者の増加に伴い、日本語が共通 言語(リンガフランカ)として用いられるようになってきているという事実を踏まえ、
ファン(2011)では、今後日本語教育において日本語非母語話者同士による第三者言 語接触場面研究の必要性を唱えている。
そこで、近年の第三者言語接触場面に関する研究においては、日本語非母語話者同
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士による対話に現れる対称性を会話のイニシアチブの視点から論じている岩田
(2006)、第三者言語接触場面の会話に現れる成員カテゴリーを分析している赤羽
(2017)、第三者場面における、「デスマス体」から「非デスマス体」へのスピーチレ ベルシフトの研究をしている髙橋他(2017)などが見られる。
岩田(2006)では、留学生同士の会話に着目し、10名の中級学習者を対象にイニシ アチブレスポンスの分析を行い、6種類のターン展開の分類を行っている。そこでは、
ターンの展開に対称性8が見られ。同一の機関に所属する留学生同士という関係性の中 で、知識と経験を共有して会話を進める、という特徴が見られたとされている。トピ ックの展開に関しては、主に、①あいづち・最小応答、②相手の発話を踏まえて新情 報を付加するパターン、③内容に関する質問が多く見られることが明らかになってい る。
赤羽(2017)では、参加者がどのようなカテゴリーに属して発話し、どのように相 互行為が続いていくのかを、Sacksによって提唱された、成員カテゴリー化分析を用 いて分析している。その結果、①参加者同士が同じカテゴリーにカテゴリー化される、
②参加者同士がそれぞれ異なるカテゴリーにカテゴリー化される、③「韓国人」「中国 人」などの「出身国人」カテゴリー対と『外国人』カテゴリー集合が現れることによ って対称的なやりとりが継続されていることを明らかにしている。
髙橋他(2017)では、中上級レベルのJSL学習者16名を対象に、相手言語接触場 面(母語話者と日本語で会話する場面)および、第三者言語接触場面におけるスピー チレベルシフトの実態を調査している。そこでは、スピーチレベルシフトの機能のバ リエーションが、相手との言語能力の差や親疎関係などによっても影響を受けること が示唆されており、非母語話者であっても相手に合わせたスピーチレベルを調整する ストラテジーを用いることが明らかになっている。
また、第三者場面での心理面に関する研究では、赤羽(2014)、新井(2012)が見 られる。
新井(2012)では、中級日本語学習者一人につき、対話者が同じ中級学習者の場面 と対話者が日本人である場合の 2 つの日本語会話データを収集している。そこでは、
留学生の対話者が留学生の場合のペアを15組、日本人学生のペアを30組、計45組 作り、それぞれの自由会話および、アンケート調査を行い、会話の内容・印象を分析 している。その結果、学習者同士の場面では、情報要求と意味交渉が多く、日本人と の場面では、情報提供が多く発話されていたことが分かっている。そのことから、日 本語母語話者と学習者が話す場面では、母語話者が主に学習者に対して質問を行い、
8 ここでの「対称性」はどちらか一方の話者が偏ったやりとりを行わずにやりとりを 遂行していることを指す。例を挙げると、どちらか一方だけが相手の発話を遮って自 分のターンを進めるなどのやりとりが見られない、もしくは少ない等である。一方 で、「非対称性」は、やりとりの内容に偏りがあり、一方が主導権を握り、相手の発 話を遮って自らの発話を行うなどが見られることを指す。
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学習者が情報を提供するという、やりとりの偏り、つまり、非対称な関係性が見られ ることが明らかになっている。また、学習者によるそれぞれの話者との会話の印象に ついては、母語話者相手よりも留学生同士の方が話しやすい、ということはなく、対 話者とのやりとりによってどのような発話をしたのかが重要であるとされている。会 話の話しやすさや自由さの点で言えば、数量的に違いは見られないものの、母語話者 との会話は、学習者同士の会話と比べ、「日本語で言えなかった」という発話の困難さ を感じる傾向があることが分かっている。つまり、「話しやすさ」「自由さ」に関して 対話者が母語話者であるのか、非母語話者であるのかに関係はないが、「話しにくさ」
「困難さ」に関しては母語話者相手の方が感じるという結果になっている。
赤羽(2014)では、74 名のアジア系留学生を対象に、会話に必要な注意や気遣い を、対話者が日本人/留学生の2場面でどの程度行っているかについて、質問紙調査 を行っている。そこでは、対話者が日本人の場面では、相手の様子に注意を払い、対 立や問題を避けようと意識するが、留学生同士の場面では、自己表現を積極的に行い、
話の内容を深めようと意識していることが明らかになっている。また、そのことが、
上述した、ファン(1999)において、「日本人と話すときは緊張する」「留学生同士で 話すとリラックスして話せる」という形で留学生が語っていることと結びついている ことを指摘している。
以上のように、第三者言語接触場面においては、非母語話者同士が比較的対称的な 関係な関係の中でやりとりを遂行する傾向があることを示している。一方で、非母語 話者と母語話者の間には非対称的なやりとりがなされる、ということも指摘されてい る。そこで、次節では、会話に現れる非対称性に関する先行研究について触れること にする。
2.3会話に現れる非対称性に関する先行研究
母語話者と非母語話者の間に存在する非対称的な関係は、これまでの研究において 指摘されており、それが共生を困難にするものであると指摘されている。
会話の中で顕在化する母語話者と非母語話者の非対称性は、Ohri(2005)、杉原
(2007)などで述べられている。
Ohri(2005)では、批判的談話分析(CDA9)の枠組みを用いて、日本語母語話者
と日本語非母語話者の非対称性に関して考察がなされている。CDAは、野呂(2009)
によると、「一定の理論的モデルや方法論をもつ 1 つの学派をさすのではなく、現代 社会と不平等な力関係を内包した談話を批判的に分析するという認識のもとで発達し てきた一連の談話分析研究をさすものである(野呂2009, p17)」とされている。そこ では、主に、談話の中であるいは、談話を通して目に見えない形で発信され受け入れ られる支配的イデオロギーや社会的不平等を問題とし、そこに異議を唱えることが目 標とされている。Ohri(2005)では、日本語母語話者8名、日本に定住している日本
9 Critical discourse analysisの略称。