修 士 学 位 論 文
半 導 体 集 積 自 己 補 対 レ ク テ ナ 応 用 に 関 す る 理 論 解 析
指 導 教 員 須 原 理 彦 教 授
平 成 30 年 2 月 16 日 提 出
首都大学東京大学院
理 工 学 研 究 科 電 気 電 子 工 学 専 攻 学修番号 16882301
氏 名 石 黒 裕 也
論文要旨
近年情報化社会の発展に伴い、個人単位でのスマートフォン・タブレット端末の利 用が普遍的になりはや数年が経過した。そこで扱われるコンテンツも 4K/8K 画質の 超高精細映像、ハイレゾと呼ばれる高解像度・高ビットレート音源などの高品質なコ ンテンツが配信され、扱うデータ容量は日々増大傾向にある。更に IoT(Internet of
Things) という言葉が一般的になっている今、 ” モノのインターネット化 ” が進み、今
まで以上にあらゆる製品がネットワークを介して相互に通信を行う未来が予想される。
また近年、環境無線発電と呼ばれる周囲を取り巻く余剰電波を検波し電力とする発電 方式が注目されており、前述の IoT 端末等におけるセンサネットワークの駆動電源へ の応用などが期待されている。
無線通信において単位時間当たりに伝送可能な情報量はキャリアとして用いる電波 の周波数の高さとその帯域幅によって決まる。例えば現在スマートフォンで広く利用 されている第 4 世代移動通信 (4G,LTE) においては 700MHz から 2.5GHz までの電波 を使用しており、 2020 年運用開始予定で研究開発段階にある第 5 世代移動通信 (5G) は第 4 世代より高い周波数領域を用い、 10Gbps 以上の伝送速度を目標として日々研 究が行われている。
こうした背景の中で我々はテラヘルツ帯という新たな周波数帯の通信応用を目指し ている。テラヘルツ帯は 100GHz から 10THz 程度の帯域を指し、この帯域で動作す るデバイス及びシステムは未だ産業化に至っていないため従来の通信よりも広い帯域 を利用できると考えられる。特徴として大気伝搬の減衰が大きく直進性が強いといっ たことが挙げられ、これらは通信応用には制約となりうるが前述の理由から従来より も 100 倍以上の伝送速度を実現し得ると考えられる。
我々は前述の移動通信とは異なり、より近距離の通信を想定し個人の端末に内蔵さ
れるような小型・簡易・低消費電力を特徴とする化合物半導体を利用したテラヘルツ 無線通信システムの実現を目指している。本システムの受信側デバイスにはアンテナ と検波用ダイオードを一体集積することでテラヘルツ波の検波・整流を同時に行うこ とのできる集積レクテナ (rectifying antenna) を提案する。集積レクテナには室温動 作可能な化合物半導体の整流ダイオードを採用し、 ” ゼロバイアス検波 ” という直流バ イアスの印加を必要としない検波方式を採用することで、受信システム全体の小型化・
簡易化・低消費電力化のみならず、直流バイアス由来のノイズの削減を期待する。
またゼロバイアス検波レクテナは冒頭に挙げた環境無線発電にも応用できると考え られる。環境無線発電デバイスにおいてはチップサイズによる制限からデバイスの小 型化が要求され、発電機という性質上低消費電力でなくてはならない。環境無線発電 においては、テラヘルツ帯ではなく現在携帯電話や無線 LAN で盛んに利用されてい る周波数帯である超短波から極超短波、数 GHz の周波数帯をターゲットとする。
このようなテラヘルツ無線通信システム及び環境無線発電システムの実現には、化 合物半導体においては µW 級と非常に微弱な出力電力のテラヘルツ波、周囲を取り巻 く微弱な環境余剰電波に対する高感度化が要求される。しかし未だに集積レクテナの 構造設計指針は明らかとなっておらず、受信アンテナに到達する電力の要求も明らか になっていない。
そこで本研究ではテラヘルツ通信システムと環境無線電波の双方をターゲットとし たゼロバイアス検波レクテナにおける構造設計指針を、システム送信側や環境無線到 来電波を包含した一体モデルを用いて明らかにすることを目的とした。
全 6 章から成る本論文の内容を以下に記す。
第 1 章は序論として無線通信技術の現在や環境発電 (energy harvesting) について 触れ、テラヘルツ帯無線通信と環境無線発電の位置付けや本研究の目的を述べる。
第 2 章では、本研究における提案デバイスである自己補対アンテナ集積一体型デバ イスの構造と動作原理について述べる。
第 3 章では、本研究において用いる電磁界シミュレーションにおける定常解析、時
間領域解析について述べそのモデルの妥当性を検証し、提案デバイスにおける電磁界
シミュレーションの解析例を示す。
第 4 章では、第 3 章でモデル化を行った定常解析、時間領域解析の結果を示す。定 常解析においてはボウタイアンテナ、ログスパイラルアンテナを対象とし、アンテナ 単体のインピーダンス・アドミタンス特性や集積レクテナにおける S パラメータ解析 の結果を考察する。また、時間領域解析においては集積レクテナの検波解析を行い、
出力線構造やダイオード特性による出力波形の違いを考察し、レクテナの高感度化に 向けた協調解析の必要性について述べる。
第 5 章では先行研究におけるレクテナ等価回路モデルの課題点を明らかにし、大信 号解析に向けた新たな等価回路を構築する。またシステム送信側を包含したデバイス 対抗通信解析モデルを電磁界シミュレーションから抽出した 2 ポートパラメータから 構築し、構築したレクテナ等価回路を用いた回路シミュレーションにより評価を行う。
環境無線発電に関しても同様に等価回路を用いて評価し、協調設計が可能となるよう な全体の設計シナリオ構築について述べる。
第 6 章では各章における結論を述べ、本研究における総括を行う。
目 次
第 1 章 序論 1
1.1 無線通信技術の現在 . . . . 1
1.2 テラヘルツ帯電磁波の特徴と無線通信実現へ向けた技術課題 . . . . . 3
1.3 センサネットワークとエネルギーハーベスト . . . . 5
1.4 本研究で提案するシステム及び技術課題 . . . . 7
1.4.1 テラヘルツ帯通信システム . . . . 7
1.4.2 マイクロ波帯エネルギーハーベスティング . . . . 8
1.5 研究目的及び本論文の構成 . . . . 9
第 2 章 本研究における提案デバイス構造と動作原理 11 2.1 アンテナ集積一体型デバイスについて . . . . 11
2.2 本研究で検討する整流素子と検波方式 . . . . 11
2.2.1 ゼロバイアス検波について . . . . 11
2.2.2 共鳴トンネルダイオードについて . . . . 12
2.2.3 バックワードダイオードについて . . . . 15
2.3 自己補対アンテナについて . . . . 17
2.3.1 自己補対アンテナの広帯域性原理 . . . . 18
2.3.2 自己補対アンテナの入力インピーダンス . . . . 19
第 3 章 COMSOL Multiphysics における集積レクテナ特性解析
のためのモデル化と解析例 21
3.1 はじめに . . . . 21
3.2 電磁界解析における解析条件 . . . . 22
3.3 提案デバイス構造のモデリング . . . . 22
3.3.1 テラヘルツ帯レクテナの特性解析 . . . . 23
3.3.2 マイクロ波帯レクテナの特性解析 . . . . 24
3.4 定常解析 . . . . 26
3.4.1 励振設定と Lumped ポートの設定 . . . . 26
3.4.2 デバイスを取り囲む空間と境界条件 . . . . 27
3.5 時間領域解析 . . . . 28
3.5.1 平面照射の為の TEM 波伝搬路のモデリング . . . . 29
3.5.2 電界の入射面定義 . . . . 30
3.6 集積ダイオードの解析 . . . . 31
3.7 デバイス単体の解析例 . . . . 33
3.7.1 周波数領域定常解析 . . . . 33
3.7.2 時間領域過渡解析 . . . . 34
3.8 対向通信モデル解析例 . . . . 35
第 4 章 電磁界シミュレーションにおける集積レクテナの特性解 析 37 4.1 はじめに . . . . 37
4.2 時間領域解析に使用するダイオード . . . . 38
4.2.1 テラヘルツ帯 . . . . 38
4.2.2 マイクロ波帯 . . . . 40
4.3 自己補対アンテナ単体の特性解析 . . . . 40
4.3.1 アドミタンスのサイズスケーリング特性 . . . . 41
4.3.2 放射効率 . . . . 43
4.3.3 折り返し自己補対アンテナに関する考察 . . . . 43
4.4 提案集積レクテナの特性解析 . . . . 47
4.4.1 テラヘルツ帯集積レクテナ . . . . 47
4.4.2 マイクロ波帯 . . . . 49
4.5 まとめ . . . . 49
第 5 章 集積レクテナの構造設計指針確立のための解析モデル構 築 51 5.1 はじめに . . . . 51
5.2 集積レクテナの等価回路モデリング . . . . 52
5.2.1 先行研究モデルにおける問題点 . . . . 52
5.2.2 等価回路同定手法 . . . . 53
5.2.3 ボウタイアンテナの等価回路モデリング . . . . 53
5.2.4 半導体メサの等価回路モデリング . . . . 56
5.2.5 出力線路の等価回路モデリング . . . . 57
5.2.6 提案レクテナの等価回路モデリング . . . . 59
5.3 Tx-Rx 間の伝送効率 . . . . 63
5.3.1 フリスの伝送公式の拡張 . . . . 63
5.3.2 Tx-Rx 対向解析モデルにおける S パラメータの扱い . . . . . 64
5.3.3 COMSOL における各パラメータの対応 . . . . 66
5.3.4 提案集積レクテナモデルの組み込み . . . . 67
5.4 大信号解析 . . . . 68
5.4.1 Rx アンテナメサ部に与えられる電圧の計算 . . . . 68
5.4.2 解析モデル . . . . 70
5.4.3 テラヘルツ帯模擬通信回路解析結果 . . . . 71
5.4.4 エネルギーハーベスターの電圧感度解析結果 . . . . 73
5.4.5 提案デバイスにおける最適構造設計 . . . . 75
5.5 本研究において提案する集積レクテナの高感度化設計シナリオ . . . . 79 5.6 本章のまとめ . . . . 80
第 6 章 総括 83
謝辞 89
図目次
1.1 日本における電波の使用状況 . . . . 2
1.2 テラヘルツ波の周波数領域 . . . . 3
1.3 変調方式の違いによる占有帯域幅と受信回路の消費電力の関係 . . . . 4
1.4 本研究における検波システムのブロック図 . . . . 7
2.1 バイアス検波とゼロバイアス検波 . . . . 12
2.2 TBRTD の熱平衡状態のバンド図 . . . . 13
2.3 TBRTD の順バイアス状態のバンド図 . . . . 14
2.4 TBRTD の逆バイアス状態のバンド図 . . . . 14
2.5 TBRTD の J-V 特性 . . . . 15
2.6 BWD の熱平衡状態のバンド図 . . . . 15
2.7 BWD の順バイアス状態のバンド図 . . . . 16
2.8 BWD の逆バイアス状態のバンド図 . . . . 16
2.9 BWD の J-V 特性 . . . . 17
2.10 補対関係にある 2 種類のアンテナ . . . . 18
2.11 サイズ無限大の理想的な自己補対アンテナ . . . . 19
2.12 解析対象とした自己補対アンテナ . . . . 20
3.1 先行研究におけるレクテナモデル . . . . 22
3.2 テラヘルツ帯レクテナの概略図 . . . . 23
3.3 メサ領域及び出力端の概略図 . . . . 23
3.4 テラヘルツ帯レクテナモデルの材料指定領域 . . . . 24
3.5 マイクロ波帯レクテナの概略図 . . . . 25
3.6 マイクロ波帯レクテナモデルの材料指定領域 . . . . 25
3.7 Lumped ポートの設定 . . . . 26
3.8 放射空間と PML 領域及びそのメッシングイメージ . . . . 28
3.9 Tx-Rx 間対向定常解析モデル . . . . 29
3.10 TEM 導波路 . . . . 30
3.11 到来電波に対する解析対象レクテナの配置 . . . . 31
3.12 整流素子構造モデルのインピーダンス計算結果 . . . . 32
3.13 実測データのアドミタンス虚部 ( 実線 ) と実測データから抽出した C を設定した電磁界解析より計算されたアドミタンスの虚部 ( 破線 ) . . 32
3.14 集積レクテナにおける S パラメータの計算例 . . . . 33
3.15 単体ボウタイアンテナ (D=30mm) における放射特性の計算例 . . . . 34
3.16 提案レクテナに平面波を照射した際の入力電界及び出力電圧波形 . . 35
3.17 ボウタイアンテナ対の S パラメータ . . . . 36
3.18 ボウタイアンテナ単体 (D=300µm) のアドミタンスと放射特性 . . . 36
4.1 DU963 のコンダクションバンド図 . . . . 38
4.2 DU963 の実測直流 I-V ,J -V 特性 . . . . 39
4.3 BWD の実測直流 I-V ,J-V 特性 . . . . 40
4.4 解析対象アンテナを上面から見た概略図 . . . . 41
4.5 自己補対アンテナのアドミタンスの計算例 . . . . 42
4.6 自己補対アンテナのサイズスケーリング特性 . . . . 42
4.7 提案テラヘルツ帯集積レクテナにおける放射効率 . . . . 43
4.8 提案エネルギーハーベスターにおける放射効率 . . . . 44
4.9 折り返しボウタイアンテナの概略図 . . . . 45
4.10 ボウタイアンテナとダイポールアンテナの折り返し構造による高イン ピーダンス化 . . . . 46
4.11 折り返しボウタイアンテナの細部構造による高インピーダンス化傾向
の違い . . . . 46
4.12 アンテナ単体及び整流素子単体のインピーダンス特性と集積レクテナ
のインピーダンス特性 . . . . 47
4.13 時間領域解析における入力電界波形 (300GHz) . . . . 48
4.14 提案テラヘルツ検波デバイスにおける出力電圧の直流成分の周波数特性 48 4.15 エネルギーハーベスターにおける出力直流電圧の周波数及び入力電力 依存性 . . . . 50
4.16 エネルギーハーベスターにおける電圧感度と整合感度 . . . . 50
5.1 等価回路モデリングを行う解析モデルの概念図 . . . . 54
5.2 ダイポールアンテナの等価回路と入力アドミタンス . . . . 54
5.3 テラヘルツ帯検波レクテナにおける新たに構築したアンテナの等価回路 55 5.4 テラヘルツ帯検波レクテナにおけるアンテナ等価回路のフィッティング 55 5.5 先行研究における半導体メサの等価回路 . . . . 56
5.6 テラヘルツ帯検波レクテナにおける半導体メサ部等価回路のフィッ ティング . . . . 56
5.7 分布定数線路の等価回路 . . . . 57
5.8 テラヘルツ帯検波レクテナにおける新たに構築した出力線路の等価回路 57 5.9 テラヘルツ帯検波レクテナにおける出力線路等価回路のフィッティン グ結果 . . . . 58
5.10 テラヘルツ帯検波レクテナにおける新たに構築した提案レクテナの等 価回路 . . . . 59
5.11 テラヘルツ帯検波レクテナにおけるレクテナ等価回路フィッティング 結果 . . . . 60
5.12 拡張した新たに構築した出力線路の等価回路 . . . . 61
5.13 エネルギーハーベスターにおけるレクテナ等価回路フィッティング結果 62 5.14 Tx-Rx デバイス間対向解析ブロック図 . . . . 64
5.15 シグナルフローチャート . . . . 65
5.16 集積レクテナにおける伝送利得 . . . . 68
5.17 新たな電圧源を定義した Tx-Rx 間対向解析モデル . . . . 69
5.18 Tx-Rx デバイス間対向検波解析ブロック図 . . . . 71
5.19 テラヘルツ帯模擬通信回路解析における出力電圧波形の例 . . . . 72
5.20 テラヘルツ帯模擬通信回路解析における出力電圧の直流成分の周波数 特性とそのデバイス外形サイズ依存性 . . . . 72
5.21 エネルギーハーベスターにおける出力直流電圧のデバイス設置面電力 密度依存性 . . . . 73
5.22 エネルギーハーベスターにおける電圧感度の周波数特性 . . . . 74
5.23 出力端位置による出力電圧の違い . . . . 76
5.24 出力端位置によるレクテナインピーダンスの違い . . . . 77
5.25 出力線位置による伝送特性の違い . . . . 78
5.26 出力線位置による出力直流電圧の違い . . . . 78
5.27 本研究で構築した設計シナリオ . . . . 79
表目次
3.1 テラヘルツ帯レクテナモデルの材料定数 . . . . 24
3.2 マイクロ波帯レクテナモデルの材料定数 . . . . 25
5.1 テラヘルツ帯検波レクテナにおけるアンテナ等価回路のパラメータ . 55
5.2 テラヘルツ帯検波レクテナにおける半導体メサ等価回路のパラメータ 57
5.3 テラヘルツ帯検波レクテナにおける出力線路等価回路のパラメータ . 58
5.4 テラヘルツ帯検波レクテナにおけるレクテナ等価回路のパラメータ . 59
5.5 エネルギーハーベスターにおけるレクテナ等価回路のパラメータ . . 61
5.6 ゲインの比較 . . . . 67
5.7 偏波整合効率 . . . . 68
第 1 章
序論
1.1 無線通信技術の現在
無線通信技術が現代人である我々の暮らしに欠かすことのない基盤技術であること は明らかである。無線通信が我々の生活環境に深く浸透している理由はもちろん、線 をつながなくても通信ができるという「コードレス性」に他ならない。 1990 年代には ポケベルや携帯電話などといった移動体通信が普及し始め、 2000 年代にはノート PC の売り上げ増加に伴った無線 LAN の普及とともに、いわばインフラとしての無線通 信が確立された。また身近な製品にも無線通信を利用した機能を持つ製品が登場して おり、日々高機能化・多機能化が進んでいる。個人単位でのスマートフォン・タブレッ ト端末の利用が普遍的になりはや数年が経過し、そこで扱われるコンテンツも 4K/8K 画質の超高精細映像、ハイレゾと呼ばれる高解像度・高ビットレート音源などの高品 質なコンテンツが配信され、扱うデータ量は日々増大しつつある。更に IoT(Internet
of Things) という言葉が一般的になっている今、 ” モノのインターネット化 ” が進み、
今まで以上にあらゆる製品がネットワークを介して相互に通信を行う未来が予想され る。以上のことから、日々無線を介し伝送される情報量は増加の一途を辿り、大容量 のデータをストレスなく利用することを可能にする高速無線通信へのニーズは高まり 続けると予想される。
無線通信において短時間あたりに伝送可能な情報量はキャリアとして用いる電波の
周波数の高さとその帯域幅によって決まる。例えば現在スマートフォンで広く利用さ
れている第 4 世代移動通信 (4G,LTE) においては 700MHz から 2.5GHz までの電波
を使用しており、 2020 年運用開始予定で研究開発段階にある第 5 世代移動通信 (5G)
は第 4 世代より高い周波数領域を用い、 10Gbps 以上の伝送速度を目標として日々研
図 1.1 日本における電波の使用状況
究が行われている [ 1] 。また Wi-Fi 規格の無線 LAN で使用されている電波は 2.4GHz や 5GHz が代表的であるが、これら既存の通信で用いられている周波数帯はすでに数 多くの用途に割り当てられている。図 1.1 は 2016 年 3 月現在における日本国内で電 波法で規定されている長波 (30kHz 〜 300kHz) からミリ波 (30GHz 〜 300GHz) までの 周波数割り当てである [ 2] 。着色部は既に使用されている帯域を示しており、 30GHz 以下の帯域に多いてはほぼ全ての帯域が使用されていることが分かる。
一方、 30GHz 以上の高周波領域では用途の割り当てがなされていない帯域が存在し
ており、特に 275GHz 以上の帯域 ( いわゆるテラヘルツ帯 ) は現在全く利用されていな
い。この帯域を利用した通信は、従来の通信よりも高周波なキャリアを使用し、使用
帯域を広くとれることから、より高速な無線通信が実現可能である。
1.2 テラヘルツ帯電磁波の特徴と無線通信実現へ向けた 技術課題
線
図 1.2 テラヘルツ波の周波数領域
電波や光波を利用した技術が社会生活に深く浸透する中、図 1.2 に示すような電波 と光波の遷移領域にあたる周波数領域である「テラヘルツ帯」は、今日まで産業応用 されていない手つかずな周波数資源となっている。具体的な周波数領域の明確な定義 はされてないが、およそ 100GHz から 10THz 、波長では 30µm から 3mm の電磁波を さし、また電波法では 3THz までの電磁波を電波と定めている。
テラヘルツ波を用いた大容量無線通信の実用化はキャリアとなる周波数が高く帯域 幅を広くとれることから、現行の周波数の逼迫や高速無線通信へのニーズに対する解 決策になり得る。一般論として、大容量無線通信を実現する為の方針は大きく分けて 以下の 2 つの方針がある。 1) キャリア周波数を上げ、広い帯域幅を確保する、 2) 高度 な通信方式を用いる 実際にはこれらの両方を組み合わせて所望のビットレートを確保 していくことが努力目標となるが、同じビットレートを達成するにはキャリア周波数 が高いほど簡易な通信方式となり、高度な通信方式を用いるならばキャリア周波数を 低くできる。
図 1.3 に大まかな通信方式における占有帯域幅と受信回路の消費電力の違いを示す。
[ 3] この図から読み取れるように同じ伝送容量で無線通信を実行する際には、その通信
方式によって消費電力は大きく作用され、 QAM と ASK の場合では消費電力が 10 倍
以上異なる。個人が所有するような小型端末における無線通信を考える場合にはバッ
MIMO OFDM OFDM
OFDM
QAM
QPSK
BPSK
ASK
(OOK)
narrow wide
1 10 100 1000
Bandwidth P ow er c ons um pt ion of re ce ivi ng c irc ui t [pJ /bi t]
簡易 高度
図 1.3 変調方式の違いによる占有帯域幅と受信回路の消費電力の関係
テリーの問題を考慮し、大容量無線通信は広帯域を用いて簡易な通信方式を採用する 方が望ましいと言えよう。
一方、テラヘルツ波は大気中の水分子に吸収され著しく減衰してしまうという特徴 を持つ。しかし大気中での減衰定数は周波数に対し、単調増加するわけではなく減衰 しやすい帯域と比較的減衰しにくい帯域、 「窓領域」が交互に現れることが知られてい る [ 4] 。そのため、基本的には窓領域を通信に用いることが考えられている。窓領域 の中でも周波数によって減衰定数には違いがあるため当然伝送可能な距離は異なって おり、より高周波を利用する場合には近距離なアプリケーションに用途が限定される。
また、高周波化に伴いテラヘルツ波は電波から光に近い性質を示す様になり、直進性
が強く障害物などで反射を起こしてしまうようになるため、アプリケーションとして
は見通し内通信、すなわち障害物のない上空での中距離電波伝搬や同室内での近距離 高速無線通信が具体的なターゲットとなっている。
以上の事から、テラヘルツ波無線通信においては、目的とするアプリケーションに 対し、 1) 必要なビットレート、 2) 伝送距離、 3) 消費電力の要求を明確にし、最も適し たキャリア周波数及び変調方式を決定していく事になる。
1.3 センサネットワークとエネルギーハーベスト
無線通信は様々な場面で利用されているが、全ての場面において高速大容量無線通 信が適用される訳ではない。 1.1 節で触れた IoT という言葉であるが、我々の身近な IoT 製品と言えば家庭内における電化製品が挙げられるだろう。今日家電量販店にて 販売されている製品には外出先からのコントロールや、稼働状況が分かる製品などが 存在する。医療現場においては、病院や自宅にある医療機器がインターネットに接続 される事で患者の情報が共有される。物流現場においては、在庫状況や輸送トラック の移動状況などをネットワークを介して管理することにより、物流コストの削減や安 定供給に繋がる。これらの例に代表されるように、複数のセンサ付き端末を空間に散 在させそれらが協調して環境や物理的状況を採取する無線ネットワークをセンサネッ トワークと呼ぶ。これらのネットワークにおいては必ずしもハイエンドな無線通信シ ステムは必要とされず、システムは低消費電力であるべきであろう。
近年、物流や安心・安全な社会環境をもたらすキー技術としてセンサネットワーク への期待が高まっている。しかし前述のとおりセンサネットワークは、いわば小型低 廉化したセンサ付きの無線通信可能な計算機 ( センサノード ) を生活空間中に「ばらま く」ことであり、その展開と運用にはそれぞれ大きなコストが発生する。展開コスト とはセンサノードの価格そのものであり、運用コストはセンサノードを常時稼働させ る為のバッテリーの交換コストである。価格コストは半導体技術の進歩により年々降 下していくが、交換コストに関しては未だに根本的な解決に至る案が存在せず、セン サネットワークの産業展開への大きな障壁になっている。
そこで注目されているのが、エネルギーハーベストと呼ばれる技術である。エネル
ギーハーベストとは周囲を取り巻く環境中に存在する各種のエネルギーを収穫 ( ハー
ベスト ) し電力に変換する技術を指し、ユキビタスネットワーク向け端末の給電技術 として注目されている。環境中に存在するエネルギーには太陽光・熱エネルギー・振 動エネルギー・風力・水力・潮力・電波など様々なものがあり、環境中に配置された センサノードがこうした環境エネルギーから発電することできれば、バッテリー交換 の必要がない、半永久的に自立駆動が可能なワイヤレスセンサネットワークが構築で きる。本研究においてはこれらのエネルギー源のうち電波による給電技術、環境無線 発電に注目する。
環境に存在する電磁エネルギーを電気エネルギーに変換する技術はその性質からい くつかに分類することができる。
日本電気株式会社 (NEC) は 2006 年に蛍光灯から発生する電磁ノイズから電磁誘導
で最大 250mW のエネルギーを得て電子タグを動作させる製品を発表している [ 5] 。
また家庭内製品において電力配線に生じるノイズを用いて RFID を動作させることな ども考えられている [ 6] 。これらの技術において利用しているエネルギーは近傍電磁 界であり、発生源から距離が離れるにつれ急速に減衰するため広い面積をカバーする ことを難しい。
それに対し、電波による無線電力伝送と呼ばれる技術も存在する [ 7] [ 8] [ 9] 。無 線電力伝送は従来宇宙空間で太陽光発電したエネルギーを地球に送電するための技術 として活発に研究が行われてきたが、近年においては小型の電気機器の給電用など、
個人単位で使用することを意識した製品も登場している。 2010 年に Wireless Power
Consortium が携帯電話やスマートフォンを対象として無線給電の国際標準規格の Qi
を策定し、様々なスマートフォンにワイヤレス給電機能が搭載された。しかし給電時 の発熱性などの問題もありここ数年はあまり耳にしなくなったが、 2017 年に Apple
社の iPhone シリーズの新機種に搭載され、再び話題になったことは記憶に新しい。
電波は共有資源としての性質が非常に強く、電界強度は規則により細かく制限され
ている。よって給電のみを目的として環境中に強い電磁界を発生させることは社会的
な困難が伴う。そのため、環境に既に存在する余剰電波をターゲットとし、電磁エネ
ルギーを電気エネルギーに変換する技術が近年注目されている。放送通信用電波は人
間が活動する空間において広い領域をカバーするように設置されているため、これを
ターゲットとしている研究も活発に行われている [ 10] 。各家庭や公共施設、あるいは 街中における無線 LAN の設置が当たり前になっている世の中においては無線 LAN をターゲットとすることも容易に考えられるであろう。
1.4 本研究で提案するシステム及び技術課題
Ambient EH wave
Rectifying OOK
modulation wave
図 1.4 本研究における検波システムのブロック図
1.4.1 テラヘルツ帯通信システム
本研究では前節までに述べた背景の中でテラヘルツ無線通信の実現を目指している。
我々の目指す通信システムは移動通信とは異なり、近距離の端末間での通信を想定し
ており適用されるアプリケーションは例えるならばキオスクモデルに似たモデルを想
定している。個人の端末と各所に設置されたターミナル端末とテラヘルツ波を利用し
た通信を行うことにより、大容量のデータを瞬時にダウンロードできる、というビジョ
ンを目指している。しかし現状においてはテラヘルツ波においては室温で動作する化
合物半導体のテラヘルツ帯出力電力は µW 級と微弱である。またシステム受信側につ
いてもその動作限界は未だ明らかとなっておらず、通信システムの実現を目指すに当
たっては、発振素子・送信デバイスにおいて高周波・高出力化を目指すだけでなく、検
波素子・受信デバイスにおいて到来テラヘルツ波をどれだけ微弱な信号まで検波可能
か、という点を含めた総合的なシナリオ構築を行って行くことが不可欠である。
本研究では図 1.4 上部に示すようなシステムを対象とし、システム最後段における 受信デバイスの高感度検波の実現に着目した。テラヘルツ波の高感度検波の実現を目 指す研究領域では、ショットキーバリアダイオード (Shottky Barrier Diode:SBD)[
11] [ 12] [ 13] やバックワードダイオード (Backward Diode:BWD)[ 14] [ 15] 、三重 障壁共鳴トンネルダイオード (Triple Barrier Resonant Tunneling Diode:TBRTD) [ 16] といった検波素子単体の高周波動作化・高検波感度化を目指した研究が盛んに行わ れている。
一方でそれら検波素子を通信に使用するにあたり、アンテナを含めた外部構造との 一帯集積に関する明確な設計指針は確立されていない、そのため受信システムとして の性能限界が明らかになっておらず、送信側システムに対する要求する性能値を明瞭 化できていないことが通信システム実現の妨げとなっていることが考えられる。その ため、受信システム全体としての限界性能を明らかにする必要がある。
対象システムにおいては、テラヘルツキャリアを送信デジタル信号で変調した波形 が受信デバイスに到来する。本研究の検波方式は整流検波方式であり、到来波形をア ンテナで検波し整流素子により直流成分の生じた整流波形に変換する。以上の機能に ついてアンテナ・整流素子を同一基板上に集積する構造について検討を行った。ゼロ バイアス検波はバイアス印加のための回路が不要であるため、小型・簡易構成化に繋 がり、バイアス電圧由来のノイズも抑制できるため微弱なテラヘルツ波の検波に適し ている。ゼロバイアス検波、自己補対アンテナに関する原理は 2 で述べる。レクテナ
とは Rectifying antenna の略語で、アンテナと整流素子を一体集積し、到来電波に対
して出力として直流成分が生じているか否かで信号の有無を検出するアンテナである。
同一基板上にアンテナと検波素子を一体集積することから、受信デバイスの小型・簡 易化につながり、我々の目指す通信システムに適する。
1.4.2 マイクロ波帯エネルギーハーベスティング
各家庭や公共施設、あるいは街中における無線 LAN の設置が当たり前になってい
る世の中においてはあらゆる場所で余剰な電力が飛び交っていると考えられるであろ
う。そこで我々は無線 LAN における周波数帯 (2.4GHz 〜 5GHz) をターゲットとして
マイクロ波帯エネルギーハーベスティングデバイス(エネルギーハーベスター)に着 目した。
本研究では図 1.4 下部に示すようなシステムを対象とした。ハーベスターは機能と しては発電機であり、発電機という特性上それ自体は低消費電力でなくてはならず、
周囲を取り巻く余剰な電力を収集するため微弱な信号を高感度に検出する必要がある。
また微弱信号であるため損失は可能な限り少ない方が良い。少しでも多くの電力を集 めるため、広帯域が好ましい。そのためハーベスターにはテラヘルツ帯デバイスと同 じく、ゼロバイアス検波素子と自己補対アンテナを用いた集積アンテナが適すると考 えられる。
1.5 研究目的及び本論文の構成
本研究ではテラヘルツ帯通信システムにおける受信デバイス及びマイクロ波帯エネ ルギーハーベスターの双方をターゲットとし、微弱なテラヘルツ波や環境無線電波を 高感度に検波する受信デバイスを提案し、システム受信側における高感度化を目指し た構造設計シナリオを明らかにすることを目的とする。
本論文は 6 章から成り、各章の概要は以下の通りである。
第 2 章では、本研究における提案デバイスである自己補対アンテナ集積一体型デバ イスの構造と動作原理について述べる。
第 3 章では、本研究において用いる電磁界シミュレーションにおける定常解析、時 間領域解析について述べそのモデルの妥当性を検証し、提案デバイスにおける電磁界 シミュレーションの解析例を示す。
第 4 章では、第 3 章でモデル化を行った定常解析、時間領域解析の結果を示す。定 常解析においてはボウタイアンテナ、ログスパイラルアンテナを対象とし、アンテナ 単体のインピーダンス・アドミタンス特性や集積レクテナにおける S パラメータ解析 の結果を考察する。また、時間領域解析においては集積レクテナの検波解析を行い、
出力線構造やダイオード特性による出力波形の違いを考察し、レクテナの高感度化に 向けた協調解析の必要性について述べる。
第 5 章では先行研究におけるレクテナ等価回路モデルの課題点を明らかにし、大信
号解析に向けた新たな等価回路を構築する。またシステム送信側を包含したデバイス 対抗通信解析モデルを電磁界シミュレーションから抽出した 2 ポートパラメータから 構築し、構築したレクテナ等価回路を用いた回路シミュレーションにより評価を行う。
環境無線発電に関しても同様に等価回路を用いて評価し、協調設計が可能となるよう な全体の設計シナリオ構築について述べる。
第 6 章では各章における結論を述べ、本研究における総括を行う。
第 2 章
本研究における提案デバイス構造と動作 原理
2.1 アンテナ集積一体型デバイスについて
テラヘルツ帯といった超高周波における通信デバイスでは、電磁波の送受信や信号 の伝送を行う際の伝送損失が非常に大きい事から、金属アンテナと半導体デバイスを オンチップで集積する際には、それぞれを導電線を介さずに接続する集積一体化構造 が望まれる。送信側においては、発信デバイスとアンテナを一体集積することで、発 振信号の生成、電磁波としての放射を行うようなデバイス、受信側においては、整流 ダイオードとアンテナを一体集積することで電磁波の受信、検波・整流を同時に行う ようなデバイスが考えられる。本研究室においては、共鳴トンネルダイオードと呼ば れる半導体デバイスと自己補対アンテナと呼ばれるアンテナと呼ばれるアンテナの一 種であるボウタイアンテナの一体集積デバイスを提案している [ 17] 。
この時、マイクロ波帯以下で用いられるモノリシックデバイスのようにアンテナと 半導体デバイスの個別設計ができず、また双方を繋ぐ整合回路を含まないデバイス構 成となるため、デバイスの高性能化のためには、アンテナ、半導体デバイスそれぞれ の高性能化と同時に集積状態での協調設計が必要となることが考えられる。
2.2 本研究で検討する整流素子と検波方式
2.2.1 ゼロバイアス検波について
整流ダイオードによる検波には、バイアス検波とゼロバイアス検波という 2 つの検
波方式が存在する。図 2.1 にそれぞれの方式の比較を示す。
Voltage [V]
Curre nt [A ]
input signal rectified output current
On Off
On Off
(a)
バイアス検波Voltage [V]
Curre nt [A ]
input signal
rectified output current
On Off
On Off
(b)
ゼロバイアス検波図 2.1 バイアス検波とゼロバイアス検波
バイアス検波は閾値の大きいダイオードを用いた検波方式で、入力信号に直流電圧 を印加し、ダイオードの I-V 特性の非線形が強い点を動作点として検波を行う方式で ある。ゼロバイアス検波は直流電圧を印加しない方式であり、閾値が低くゼロバイア ス近傍で強い非線形性及び非対称性を持つダイオードが望まれる。ゼロバイアス検波 はバイアス回路の付与が不要であることから、システムの小型・簡易構成化、低消費 電力化、直流バイアス由来のノイズの低減といった利点を有する。
2.2.2 共鳴トンネルダイオードについて
共鳴トンネルダイオード (Resonant Tunneling Diode:RTD) とは、異種の化合物半
導体を分子エピタキシャル法 (Molecular Beam Epitaxy:MBE) や有機金属気相成長
法 (Metal Organic Chemical Vapor Deposition:MOCVD) といった結晶成長法を用
いて数原子層オーダーで積層し、そのバンドギャップの違いから複数のポテンシャル
障壁を形成する半導体ヘテロ構造による 2 端子デバイスである。ポテンシャル障壁間
の量子井戸領域で生じる「量子閉じ込め効果」 、及びポテンシャル障壁を電子が透過す
る「量子トンネル効果」を利用し、トンネルしてきた電子のエネルギーがポテンシャ
コレクタ エミッタ
図 2.2 TBRTD の熱平衡状態のバンド図
ル障壁間に閉じ込められる電子の取りうるエネルギー値と一致した際に非常に低損失 で障壁を通り抜けることのできる「共鳴トンネル効果」と呼ばれる現象を基本原理と しており、バイアス印加時に微分負性抵抗 (NDR) 領域を持つことや、トンネル効果 による電子の輸送を行うために超高速動作可能である、といった特徴を持つことから、
次世代のテラヘルツ波の発生・増幅・検知に用いられる電子デバイスとして注目され ている。
本研究においては特に三重障壁共鳴トンネルダイオード ( 以下、 TBRTD) を解析対 象とする。 TBRTD は熱平衡状態において図 2.2 のようなバンド構造を持つ。 2 つの 量子井戸には井戸幅に応じた量子準位が形成されるが、それらは井戸内への閉じ込め 効果の有限性や、散乱、接合界面の不均一さによる幅を持つ。熱平衡状態ではエミッ タからコレクタへ移動する電子、コレクタからエミッタへ移動する電子それぞれの数 が等しいために正味の電流量はゼロとなる。
順バイアス状態の動作原理
ここに順方向の電圧を印加すると、図 2.3 のようにバンドが曲がり、左右の準位が
共鳴することでトンネル効果による電流が流れやすい状態となる。よって、エミッタ
とコレクタの電子の分布の差に応じてエミッタからコレクタへ多くの電子が移動する
こととなり、電流はコレクタからエミッタの向きに流れる。
逆バイアス状態の動作原理
逆方向の電圧を印加すると、図 2.4 のようにバンドが曲がり、左右の順位が遠ざか ることでトンネル効果による電流が流れづらい状態となる。
図 2.3 TBRTD の順バイアス状態のバンド図
図 2.4 TBRTD の逆バイアス状態のバンド図
従って、ゼロバイアス近傍において TBRTD は図 2.5 のように順逆非対称な J -V
特性を示し、ゼロバイアス検波素子に用いるために必要な整流効果を持つ。
図 2.5 TBRTD の J-V 特性
2.2.3 バックワードダイオードについて
図 2.6 BWD の熱平衡状態のバンド図
バックワードダイオード (Backward Diode:BWD) はトンネル効果を動作原理とし
たトンネルダイオードの一種であり、ともに縮退した p 型と n 型の半導体を接合する
ことで超高速なトンネル効果を可能としている。熱平衡状態において図 2.6 のような
バンド構造を持つ。
順バイアス状態の動作原理
ここに順方向 (p 型に正のバイアスがかかる方向を順方向とする ) の電圧を印加する と図 2.7 のようにバンドが曲がり、電子の分布に差が生じるが、 n 型半導体の伝導帯 の底が p 型半導体の価電子帯の頂上よりもエネルギー的に高くなると、行き先が禁制 帯中となってしまうために電子は n 型側から p 型側に移動できなくなり、電流が流れ ない。
図 2.7 BWD の順バイアス状態のバンド図
逆バイアス状態の動作原理
逆方向の電圧を印加すると図 2.8 のようにバンドが曲がり、電子の分布が生じる差 に応じてトンネル電流が流れる。
トンネル効果
図 2.8 BWD の逆バイアス状態のバンド図
従って、ゼロバイアス近傍においてバックワードダイオードは図 2.9 のように順逆 非対称な J-V 特性を示す。熱平衡時における p 型半導体の価電子帯の頂上と n 型半 導体の伝導体のそこの差が小さいほど、ゼロバイアス近傍での非対称性が強まる。逆 に、熱平衡状態においてこの差が大きいと、順方向の電圧を印加してもしばらく n 型 半導体の伝導帯が p 型半導体の禁制帯と重ならず、ゼロバイアス近傍での非対称性は 弱くなる。
図 2.9 BWD の J -V 特性
2.3 自己補対アンテナについて
集積するアンテナに求められる特徴としては、 1) マイクロメートル級サイズである こと、 2) 平面型構造を有すること、 3) 広帯域特性を有すること、の 3 点が挙げられる。
1) は例えばダイポールアンテナでは、アンテナサイズが実行波長の 1/2 倍に等しい場 合に最も効率良く電磁波の送受信が可能であることから、テラヘルツ帯の波長に対し
て数 100µm 級サイズのアンテナが望まれる。 2) は集積デバイスの形成過程において、
半導体メサに対して金属蒸着等の電極形成プロセスによってアンテナを集積一体化さ
せることが考えられるため、平面型構造を有するアンテナが望まれる。 3) は、簡易な
通信方式を用いた通信システムを目指している事から、アンテナには超高帯域特性が
求められる。既存の 通信から概算すると、 の通信速度を得るためには
1.4THz 程度の帯域が必要となる [ 18] ことが考えられる。本研究ではこれらの要項を 満たすアンテナの一つである平面型自己補対アンテナに着目し、半導体デバイスに集 積するアンテナとして提案する。
2.3.1 自己補対アンテナの広帯域性原理
(a)
ダイポールアンテナ(b)
スロットアンテナ図 2.10 補対関係にある 2 種類のアンテナ
図 2.10 に補対関係にある 2 種類のアンテナを示す。アンテナにおける補対関係と は、金属部分と非金属部分がそれぞれ反転した状態のダイポールアンテナとスロット アンテナの関係を指し、補対関係のアンテナはバビネの原理 (Babinet’s Principle) に より、ダイポールアンテナの電界成分 E
Dとスロットアンテナの磁界成分 H
S、及 びダイポールアンテナの磁界成分 H
Dとスロットアンテナの電界成分 E
Sが同様の フィールドパターンを取る。この時
E
D= ± Z
0H
S(2.1)
H
D= ∓ 1 Z
0E
S(2.2)
Z
0=
√ jωµ
jωϵ + σ (2.3)
である。
ここで、ダイポールアンテナの給電端電圧と電流を 、 、スロットアンテナの
給電端電圧と電流を V
S、 I
Sとすると、二つのアンテナの電圧、電流の間には、式 2.1 、 式 2.2 を用いて
V
D= − lim
c2→0
∫
C2
E
D· dl = − lim
c2→0
∫
C2
Z
0H
S· dl = − Z
0I
S2 (2.4)
V
S= − lim
c2→0
∫
C2
E
S· dl = − lim
c2→0
∫
C2
Z
0H
D· dl = − Z
0I
D2 (2.5)
の関係式が成立する。この時、ダイポールアンテナの入力インピーダンス Z
Dとス ロットアンテナの入力インピーダンス Z
Sとの間には、式 2.4 、式 2.5 を用いて
Z
D· Z
S= V
DI
D· V
SI
S= ( Z
02 )
2(2.6) が成り立つ。自由空間中で 2.3 式は単純に大気の波動インピーダンス Z
0= 120πΩ で あるため、 2.6 式は
Z
D· Z
S= (60π)
2(2.7)
と書きなおせる。結論として、補対関係にある2つのアンテナの入力インピーダンス の積は一定の値となる。
2.3.2 自己補対アンテナの入力インピーダンス
図 2.11 サイズ無限大の理想的な自己補対アンテナ
自己補対アンテナとは、図 2.11 に示すようなアンテナの金属部分と非金属部分が同
形状で、 °回転させると完全に金属部分と非金属部分が入れ替わる形を持つアンテ
ナである。この形状は自己補対形状と呼ばれ、ダイポールアンテナとスロットアンテ ナのどちらにも見なす事ができ、形状が同じであるため入力インピーダンスは等しく、
かつその時の各アンテナのインピーダンスは式 2.7 を満たす。そのため自己補対アン テナの入力インピーダンス Z
inは、
Z
in= √
Z
D· Z
S= Z
D= Z
S= 60π (2.8)
と定数になり、周波数に対して無依存となることが報告されている。この定イン ピーダンスを与える式 2.8 は虫明の関係式 (Mushiake s Relationship) 、自己補対形 状が定入力インピーダンスを持つ性質は自己補対の原理、とそれぞれ呼ばれる。これ らの原理は平面型アンテナでサイズが無限大の理想自己補対アンテナの場合において 適用できるものである。
(a)
ボウタイアンテナ(b)
ログスパイラルアンテナ図 2.12 解析対象とした自己補対アンテナ
本研究においては図 2.12 に示す比較的設計が容易な平面型自己補対アンテナの一種 であるボウタイアンテナとログスパイラルアンテナを解析対象とする。
なお、アンテナの入力インピーダンスが周波数無依存となるのはアンテナの大きさ
が波長に対して無限大とみなせる理想自己補対の時であるが、本研究で設計を行うア
ンテナは µm 級の有限サイズであるため、周波数選択性が生じることが定性的に予測
できる。
第 3 章
COMSOL Multiphysics における集
積レクテナ特性解析のためのモデル化と 解析例
3.1 はじめに
本研究では、自己補対アンテナ集積デバイスの特性を明らかとするため、テラヘル ツ帯及びマイクロ波帯における電磁界シミュレーションによる特性解析が不可欠であ る。ただし、提案レクテナはアンテナと整流素子を集積した構造であるため、一般的 なアンテナの基礎特性解析のみではデバイスの特性を把握することは難しい。本章で は汎用物理シミュレーションソフトウェアである COMSOL Multiphysics ⃝
R( 以下、
COMSOL) を用いた電磁界シミュレーションによって提案デバイスにおける特性解析
が可能となるように、先行研究 [ 19] のモデルに則り解析モデルの構築を行う。
本章の構成を以下に示す。
3.2 節では、本研究において使用する COMSOL のモジュール及びその支配方程式 について述べる。
3.3 節では、本研究における対象デバイス構造のモデリングと、材料特性の設定など について述べる。
3.4 節では、対象デバイスの周波数領域における特性を把握するため、定常解析に向 けたモデル化を行い、設定条件や境界条件について述べる。
3.5 節では、対象デバイスの検波特性を明らかにするため、時間領域における検波解 析に向けたモデル化を行い、設定条件や解析条件について述べる。
3.6 節では、整流素子単体の解析モデルにおける定常解析の解析例を示す。
3.7 節では、提案レクテナにおける本研究で対象とした電磁界解析における各種解析 例を示す。
3.8 節では、デバイスの対抗解析モデルにおいて、ボウタイアンテナ単体モデルを対 象とした解析結果を示す。
3.2 電磁界解析における解析条件
本論文中の電磁界解析は、 COMSOL の RF (高周波)モジュールを使用して行っ
た。 COMSOL の RF モジュールでは、 CAD データでデバイス構造を作製し、各媒質
を導電率 σ 、比誘電率 ϵ
r、比透磁率 µ
rの 3 つの材料定数により定義し、ヘルムホル ツ方程式
∇ × (µ
−r1∇ × E) − k
02ϵ
rE = 0 (3.1)
を支配方程式として定義媒質内の電磁界伝搬を有限要素法により解析することが可能 である。
3.3 提案デバイス構造のモデリング
100µm 100
µm 1.1µm
0.6µm
x y z
1.1µm 3µm2µm
3µm 0.4µm
Au Insulator
Semiconductor mesa
Au
(a)
先行研究1
S. I. InP Au SU-8
TBRTD
Rout
Rout
Output Voltage
SU-8 Au
x z y
3μm
Bowtie Antenna Reflector Insulator
Substrate 3μm
8μm
0.7μm 0.4μm
(b)
先行研究2 図 3.1 先行研究におけるレクテナモデル
提案デバイスにおける 3 次元の電磁界解析を行うために、 COMSOL の CAD 上で
デバイス構造のモデリングを行い、各種材料定数を決定していく。図 3.1 に先行研究
で提案されたデバイスモデルの概略図を示す [ 19][ 20] 。先行研究においてはテラヘル
ツ帯通信をターゲットとしており、キャリア周波数を 1THz として設定し、構造設計 を行なっていた。本研究においては第 1 章で述べたようにテラヘルツ帯通信デバイス においては 300GHz 、マイクロ波帯エネルギーハーベスティングデバイスとしては数 GHz をターゲットとしている。そのため先行研究とはアンテナの外形サイズや、メサ 領域の構造が異なってくる。
3.3.1 テラヘルツ帯レクテナの特性解析
100μm 5μm 3μm 2μm
Semiconductor mesa region
Output line 3μm
図 3.2 テラヘルツ帯レクテナの概略図
0.42μm 50nm 4.53μm 50nm
0.7μm
2.66μm 2.66μm
(a)
メサ領域30 μ m 3 μm
(b)
出力端図 3.3 メサ領域及び出力端の概略図
図 3.2 に COMSOL の CAD 上で作成した提案テラヘルツ帯レクテナの概略図を示
す。デバイス構造は先行研究のモデルとは異なり、半導体メサ部の構造が変わってい
る。これにより従来のモデルとは違い左右のアンテナアームの高さが揃っている。半 導体プロセスの都合上、デバイス最下部には半導体基板が存在し、その上に順に構成 されていく。デバイスの心臓部となる半導体メサは S.I-InP 基板上に結晶成長により 形成され、各種プロセスによりメサ形状が形作られたのちに金属薄膜を蒸着しアンテ ナを形成するような工程を想像しデバイスのモデリングを行なっている。アンテナと 基板の間は絶縁層としてベンゾシクロブテン (Benzocyclobutene 、以下 BCB) で埋め られている。表 3.1 に本解析で使用する各領域の材料及びその材料定数を示す。また、
図 3.4 には実際の COMSOL において材料を指定する領域を示す。
表 3.1 テラヘルツ帯レクテナモデルの材料定数
材料名 導電率 σ[S/m] 比誘電率 ϵ
r比透磁率 µ
r(a)Au( アンテナアーム , 出力線等 ) 4.5 × 10
71 1
(b)BCB( 絶縁層 ) 0.4 2.7 1
(c)S.I InP( 基板 ) 1 × 10
−69.52 1
(d)InGaAs( 縦メサ部分 ) 32 (σ(V )) 13.94 1
(d)n++InGaAs( 横メサ部分 ) 3.2 × 10
513.94 1
(a)
(b)
(c)
(a)
(e) (e)
図 3.4 テラヘルツ帯レクテナモデルの材料指定領域
3.3.2 マイクロ波帯レクテナの特性解析
図 3.5 に示すマイクロ波帯エネルギーハーベスティング集積レクテナモデルはプロ
トタイプとして市販の基板の表面を金属加工しアンテナを形成する手法を採用してい
18μm 800μm Semiconductor
mesa region Output line
0.5mm
14.5mm 0.5mm
図 3.5 マイクロ波帯レクテナの概略図
る。また整流用ダイオードはアンテナ中央部にパッケージ化し、貼り付ける想定でモ デリングを行なっている。表 3.2 に本解析で使用する各領域の材料及びその材料定数 を示す。また、図 3.6 には実際の COMSOL において材料を指定する領域を示す。
表 3.2 マイクロ波帯レクテナモデルの材料定数
材料名 導電率 σ[S/m] 比誘電率 ϵ
r比透磁率 µ
r(a)Cu( アンテナアーム , 出力線等 ) 5.998 × 10
71 1
(b)RO4003( 樹脂基板 ) 5.998 × 10
−153.38 1
(c)InGaAs( 半導体チップ ) 32 (σ(V )) 13.94 (ϵ
r(V )) 1
(a) (b)
(a) (c)