7. 総合的考察
7.5 本研究で残された課題
最後に本研究で残された課題を述べる。本研究で残された課題は大きく分けて三つ ある。一つ目は、調査対象者の属性に関してである。本研究で対象として扱った上級 話者は全て中国語母語話者であり、コミュニケーション方略の使用が、非母語話者で あるからなのか、母語や文化的背景が異なるものであるかは明らかにすることができ なかった。また、母語話者の属性に関しても、接触経験の多い母語話者と比較すると どのような方略の違いが出てくるのかは明らかにすることができなかった。これらの 属性に着目し、多様なデータを収集していくことで、フォリナー・トーク研究及び、
第三者言語接触場面の研究についての新たな知見が得られると考える。
二つ目は、どのように学習者の母語話者信仰を取り払っていくのかについてである。
本研究では、上級話者が相手となることで、非対称的な会話参加が対称的に変容する ことを明らかにしたが、それに関して中級話者は否定的な捉え方をしていた。地域日 本語教育においても、中級話者もしくは母語話者の中に、母語話者信仰が存在する場 合、支援者として非母語話者が関わったとしても、非母語話者同士の軋轢を生んでし まう可能性は否定できない。そこで、どのように母語話者信仰を取り払い、共生の場 を創出していくのかについては、今後の研究が期待される。
最後に、地域日本語教育以外の場での応用性についてである。日本語を学ぶ場は多 様化しており、公立の学校においても、日本語指導を必要とする児童が年々増加して きている。そのような背景のなかで、日本語指導が必要な児童・生徒に対し、日本語 非母語話者が支援者としてどのように関わっていけるのか、母語が異なっていたとし ても、支援者としてどのように携わることができるのかを明らかにすることが求めら れる。今後、量的、質的に、日本語が用いられる様々な場において行われる非母語話 者同士のコミュニケーションの様相を明らかにしていくことで、共生に求められる視 点を育んでいけるのではないだろうか。
おわりに
筆者が本研究を行おうと考えたきっかけは、筆者が3か月間、韓国へ短期留学をし た際の経験からであった。韓国語が全く話せなかった筆者は、ある日「教会で韓国語 が無料で学べ、食事も無料で付いてくる」という情報を耳にし、週に一回教会で韓国 語を学習するようになった。そこで、韓国語を学習していた際に、韓国語母語話者の 説明が全く理解できずに困っていた。そこで、もしかしたら非母語話者の方が簡単に 説明をしてくれるのではないか、という発想が発端となり、本研究を始めることとな った。
その後、筆者は韓国生活での恩返しと将来の展望から、地域日本語教育で学生ボラ ンティアとして支援に入り、主に日本語指導が必要な小・中学生の学習支援及び日本 語支援を行っていた。そこで、日本人のボランティアスタッフが、日本語指導が必要 な中学生に対し「勉強しなさい」と言ったり、支援後のミーティングにおいて、「彼は
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扱いが大変なんですよ。見てもらって感謝しています」「あまりやる気がないんですよ ね」と私に語っていたことに強い違和感を覚えた。地域の日本語教育は学習者にとっ て安心・安全な場であり、支援者も学ぶ場であるのにかかわらず、支援者が母語話者 として権力を振りかざしてしまっているのではないか、と強い疑問を抱かずにはいら れなかった。また、非母語話者の支援者が少ないことにも疑問を抱き、地域の日本語 教室をもっと多様性であふれた場所にしたいと願うようになった。
それに加え、筆者は、小学校や中学校にボランティアとして日本語支援に入り、日 本語が分からないというだけで、孤独を味わい、国に帰りたいとつぶやく児童・生徒、
理由もわからずに教員から叱責をうけ、目に涙を浮かべながらこちらを見てくる児童・
生徒を見てきた。彼らは今もなお、異なる文化・言語・環境のはざまで、もがき、苦 しんでいる。そのような子どもが、自己実現を行えるような支援の在り方を再考する うえで、「外国人の先輩」は大きな力を役割を果たすのではないかと思うようにもなっ た。
本研究では、日本語非母語話者が支援者として参加し、対等な関係を築いていくこ とが必要であると指摘したが、それと同時に、「母語話者」「非母語話者」という枠を 超えた人間交流を行えるような空間を作っていくことも求められる。この課題は非常 に困難であり、一筋縄では解決できないようなものにも思われる。そのようなことを 考えていると、筆者、以前一度お会いした、在日コリアンの牧師の説教を思い出す。
その牧師は、「文化や言語の異なる人同士が共生していくことは非常に難しいことで す。しかし、『対話』をすること、それとともに、常に自分の中に『問い』を持ち続け ることが、共生に最も重要なことなのではないでしょうか。」と語っていた。
どのようにすれば異質な他者が、異質でありながら受け入れられ、自己実現を行っ ていけるのだろうか。そして、異質な他者を受け入れる感性を身に付ける場を、どの ように創出していけばよいのだろうか。その問いを常に自分自身に問い続けていきた いと思う。
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