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PTA から BBC に移行する域内関税削減

ドキュメント内 助川, 成也 (ページ 33-41)

これまで見てきた通り、国連報告に示された 3つの政策、すなわちASEANの集団的輸入 代替重化学工業戦略を担うことが期待されてきたAIP、AIC、そしてそれを支える PTAは、 期待された成果をあげることが出来ず、そのほとんどが頓挫した。 ASEANの域内経済協力 は実践面からみれば最初の 10年は「挫折の 10年J38で、あったロ頓挫した理由は前節で述べ てきたが、これらは各々の適用条件が厳しかったことも少なからず影響している。そのため 条件を緩和した新たな政策として、 ASEAN商工会議所(ASEAN‑CCI)の提案を基に ASEAN工業合弁事業(AIJV)が策定され、 1983年 11月のASEAN特別外相会議で「AIVJ 基本協定jが署名されたロここではASEAN‑CCIが提案してきた小規模プロジェクトを推 進すべく、条件を、①参加国は2カ国以上、②域内企業による最低出資比率 51%、へと緩 和した。特にASEAN域外資本が 49%出資可能になり、外資に門戸が聞かれることになっ た。恩典とし4年間に亘り最低でも 50%の特恵マージンが付与されるが、新規事業の場合 は更に 3年間の独占生産権が付与される口独占生産権について、仮に他社が域内で同様の 事業を行う場合、少なくとも生産の 75%についてASEAN域外への輸出を求めた。

AIJVについて清水(1998)は、それまでの集団的輸入代替重化学工業化戦略に基づく政 策とは別のものであるが、依然として外資が過半数の資本を取得することが出来ず、また各

36 Pangestu, Suesastro andAhmad (1992), p. 335. 

37 ASEAN Secretariat (1995a). 

38清水(1998 67

国の外資政策が緩和された訳ではないため、「同戦略の全面転換を意味するもので、はなかっ た」と結論付けた。 1987年時点でASEANは15のプロジェクトを認可し、 4つの小規模な プロジェクトが稼動したものの、規模、数ともに ASEAN経済に与えるインパクトは限定

されたものにとどまった口

1980年代に入札集団的輸入代替重化学工業化戦略の見直しが迫られる環境変化が起こ った。第一に、世界的不況と資源節約型イノベーションによる一次産品価格の下落である口 これにより ASEANの経済成長率は、 85年で 0.5%、86年で 3.7%にとどまるなど、経済 的停滞が明らかになった口清水(1998)はこの状況を、「一次産品の輸出が成長の牽引役で あったASEANは、世界の構造変化に合わせて、新たな発展・成長戦略の模索を迫られたJ とし、「とりわけ、一次産品の輸出を武器に先進国に対峠してきたNIEOの決定的破綻、並 びに外資を排除する NIEO型の発展・成長戦略の決定的破綻を意味するもので、あったJと する 390 これを受けて ASEAN各国は、先行して外資を活用した輸出指向型成長戦略を取 り入れていたアジアの新興工業経済地域(NIES)を参考に、自らも外資政策の緩和に乗り 出し門戸を開くとともに、更に外資優遇措置を講じていくことになるロ実際に、松下電器産 業(現パナソニック)はASEANの生産拠点、まずシンガポールとマレーシアの生産拠点を 内需指向型から輸出指向型(グローバル輸出拠点)機能の設置・併存に転換を図ったロ 1970 年代は、シンガポールは冷蔵庫用コンプレッサー(1972年)、音響機器と電子部品(1977 年)、 トランジスタ(1978年)、またマレーシアはエアコンと電子部品(1972年)、につい

てそれぞれ輸出拠点とした。 1980年代以降は、シンガポールとマレーシアに加え、他の ASEAN諸国でも輸出指向型機能を設置したロシンガポールで、テレビシャーシ(1987年)、 マレーシアでコンプレッサーとモーター(1988年)、テレビ(1988年)、音響機器・ビデオ (1990年)、で、あったが、タイで、冷機デバイス(1989年)、インドネシアで電池(1987年)、 ビデオ(1991年)、について、それぞれ輸出指向型生産拠点とした400

第二に、 1985年9月、米国ニューヨークで聞かれた先進 5カ国中央銀行・蔵相会議、い わゆるプラザ合意により、急激に円高ドル安が進行したことである。これにより ASEANを 取り巻く外部環境が大きく変化した口国際通貨基金(IMF)によれば、 1985年における日 本の期中平均為替レートは 1985年で238.54円で、あったが、翌1986年には 168.52円へと 40%超切り上がった。以降も円高傾向が続き、 1988年には 128.15円となった口これに対

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40パナソニック(タイ)へのヒアリング(2017822日 201893日)に基づく。

して、 ASEANの中でもいち早く直接投資の受け入れ先となったタイは、タイ投資委員会 (BOI)認可統計によれば、 1985年に日本からの投資認可額が20億 9300万ドルで、あった が、翌 1986年は約 7倍の 145億 1,300万となった。プラザ合意により円高がピークを迎 えた88年では751億 2200万ドルを記録、日本企業が円高を受けてラッシュ的にタイに進 出した口その進出案件の多くは、円高により日本からの輸出競争力が喪失した汎用品の生 産・輸出拠点の移管であり、 ASEANを新たな第3国輸出拠点に位置付けるものである。

ASEANは、主にこれら二つの環境変化を受け、新たな域内経済協力戦略として外資依存 型かっ輸出指向型工業化に適合した戦略を採用するようになった。世界経済の環境変化を 受け、 ASEANは 1987年に 10年ぶりに開催したASEAN首脳会議で、域内経済協力の転 換・再編成が図られることになった。首脳会議で発出された「マニラ宣言」では、域内経済 協力について「加盟国は、域内の貿易と開発の可能性を最大限に引き出すため、 ASEANの 経済協力を強化し、保護主義との戦いとその効果に対抗する ASEANの効果を高めるJこ

とが表明されているロ

同会議で「マニラ宣言jとともに発出された共同コミュニケでは、「資本流入と近代技術の 効果的な源泉としての外国投資の役割を認識し、首脳は、 ASEANへの外国直接投資を誘発 する措置を採用し、域内投資を推進し、 ASEAN諸国における投資機会を促進する合意を確 認した」 41として、外国投資の重要性とその積極的な誘致を表明した。 また「首脳は、外資 誘致のための ASEAN域内貿易協力を強化する必要性に合意し、 ASEANは長期的な目標 としてASEAN域内貿易の大幅な拡大に向けて努力すべきことに合意した」とした。ASEAN の域内経済協力の目的の一つに明確に外国投資誘致があげられ、その方策が域内貿易拡大 に資する PTAの改良であり、 AI7の制度改善であったD PTAの改良については、第 1節 2 (3)にて記述した通りであるが、マニラ宣言で打ち出された 5年間の実施事項を以下に 再掲する。

①加盟国各国の除外品目リストを、 ASEAN域内貿易額の 50%以下、総品目数の 10%以 下へ削減。

②除外品目リストから新たにPTA対象に移行した場合、最低特恵マージン25%を付与口

③(現在、特恵マージンが 25%の) PTA対象品目は、今後5年間で50%へと拡大口

④原産地規則によるASEANの域内調達比率をケースパイケースで引き下げ口

41 ASEAN Secretariat (1987a). 

一方、 AIJVについては、制度の柔軟化、迅速な実施、制度の魅力改善を目指し、主に以 下を掲げたロ

①AI瓜7において、 1990年末までに、非ASEAN資本を49%から 60%に容認420 参加 するASEAN諸国の出資比率は最低5%ロ

②最低特恵マージンを75%から 90%へと深掘りD

これらを実現すべく、首脳会議に合わせ物品貿易面では「ASEANの PTA特恵関税拡大 の改善に関する議定書」、「ASEAN加盟国間の非関税障壁にかかる現状維持(スタンドステ イノレ)・撤回(ロールパック)の覚書」を、工業合弁事業については「AIJVに関する修正基 本協定」を締結した。その一方で、、第3回首脳会議では、 1976年の「ASEAN協和宣言J の中でも域内経済協力を象徴し、集団的輸入代替重化学工業化戦略の根幹を成していたプ ロジェクト AIP、AICについては一切言及されておらず、域内経済協力戦略が大きな転換 点を迎えた口

この「マニラ宣言jを機に域内経済協力の戦略転換が図られたが、清水(1998)は新たな 戦略の特徴として、①各加盟国だけではなく ASEANという単位で外資を呼び込み、②外 資の活動を支援し、③同時にそれを突破口として統合された域内市場の形成を目指し、④輸 出可能な工業力をASEANに創出せんとするもの、と特徴付け、これを「集団的外資依存輸 出指向型工業化戦略」と称した430

従来、 ASEANの域内経済協力は、政府の主導のもとでASEAN地場企業に一定程度配慮、

する形態が採られてきたが、第 3回ASEAN首脳会議における「マニラ宣言」を機に、外 資系企業のイニシアチブを容認するべく変化を遂げようとしていた。マニラ宣言には記載 されていないが、第3回ASEAN首脳会議では、三菱自動車工業が提案していたASEAN におけるブランド内での部品流通補完計画(BBCスキーム)を推進することについて合意、

具体的に各国代表で構成する専門家会議で検討することとなった 44c BBCスキームとは、

ブランド保有者とブランドに関係する相手先ブランド製品(OEM)製造業者が、特定自動 車モデ、ルの特定部品加盟国間の取引に関して、①国産化認定の特典と、②最小 50%の特恵 譲許が与えられるものである。ただ、し、 BBC製品の ASEAN各国における付加価値率は 50%以上でなければならないつまり各メーカーのブランド内における部品のASEAN各

42 199310月のAFTA評議会において、 AI7ASEAN側最低出資比率を40%とする規定を96 末まで3年間の延長に合意している。

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44清水(1998 103

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