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AFTA の各国産業への影響と対応

ドキュメント内 助川, 成也 (ページ 66-71)

アジア通貨危機時、前述の通り 「ASEAN諸国は自らの『員』に引き篭もり、 AFTAは頓 挫する」 5との大方の予想、を裏切り、 ASEANは自由化の加速化を打ち出した口その結果、

ASEANに対する国際的信頼は高まり、またAFTAは途上国中心のFTAにも関わらず、例 外品目の少ない高い自由化水準を目指すFTAとして評価が高まった。 しかし全ての園、全 ての産業が AFTAによる域内貿易自由化に賛成しているとは限らず、国内産業保護を求め

る声も高まった。

例えばマレーシアは本来、自動車関連品目について2003年までにTELから ILへの移行 が求められていたが、国民車構想、の生みの親であるマハティーノレ首相の下、前述の通り、

ASEANに対し AFTAからの脱退をちらつかせて、その期限延長を強く求めた口もともと マレーシアは1980年代、マハティール首相が国民車構想、を提唱、プロトン社を立ち上げた。

『通商弘報』 201351日号。タイで生産された自動車でi)エンジン排気量1,500cc以下の乗用 車、品)ピックアップトラック、品i)ダブルキャブタイプのピックアップトラックを購入する場合、物品税 が最大10万パーツ還付された。

Severino(2006), pp. 225226.

同社は三菱自動車工業から技術協力を受け、 1985年から国民車の生産を開始したロまた、

1994年にはダイハツ工業が支援する形で、第2国民車プロドゥア社が生産を開始した口マハ ティール首相の下、マレーシアにとって圏内自動車産業の保護・育成は最優先事項で、あった。

マレーシアは 1999年9月に実施された第31回ASEAN経済相会議で、完成車(CBU、) ノックダウン車(CKD)、自動車部品について、 2003年が期限となる O〜5%以下のAFTA 特恵関税の付与につき、 2年間延長して 2005年にするよう強く主張した口それに対し ASEANは、 2000年5月にヤンゴンで開催されたASEAN非公式経済相会議で、マレーシア の主張を渋々容認、同分野のAFTA特恵関税引き下げを 2005年 1月へと 2年間の延期を 認めた。 TELについて限られた柔軟性を認めることで合意したので、ある 60

これに対して、 ASEAN最大の自動車生産国タイは、 2000年 10月の第 14回AFTA評議 会で補償措置を求めたD ASEANはAFTA・CEPT協定において、マレーシアを先例とし、

例外を求める動きが拡がることを懸念した。例外が続出した場合、域内外から ASEANの 域内経済協力に対する失望の声が高まることは避けられず、ASEANの直接投資に対する求 心力にも影響しかねなかった口このためASEANは、同年 11月のASEAN非公式経済相会 議で、補償調整措置について盛り込まれた「CEPT措置の一時的除外品目リスト実施に関す る議定書」を採択した7。ここでは、加盟国がTELに組み込まれている品目のILへの移行 やIL品目の関税削減・撤廃について、一時的留保を認める一方で、、その留保によって他の ASEAN加盟国が被る損害を補償する補償調整措置を明記した。ここで加盟国は自由化留保 措置として、①TELのILへの移行期限を一時的に延期すること、②ILに移行し関税削減

を実施している品目について特恵関税供与を一時的に停止すること、を容認したa ASEAN  は留保措置を認めることを通じて各加盟国の国内経済・産業への影響に配慮する一方、補償 調整措置を整備することで、 AFTAの骨抜き化や過度な自国中心主義、例外要請・対応の拡 散、等の抑制を図ったのである 8

6林(2001 52

CEPT措置の一時的除外品目リスト実施に関する議定書j 2000 5月にヤンゴンで聞かれた ASEAN特別経済相会議で導入が検討され、同年 10月のチェンマイでの経済相会議で取りまとめられ、

同年11月の第4回非公式ASEAN首脳会議で署名された。

8同議定書自体は、 20105月に発効したASEAN物品貿易協定(ATIGA)に取って代わられた。この 要素はATIGA23条に引き継がれている。ただし一部の加盟国で、スケジュール通り関税撤廃は実行 するものの、新たに非関税障壁を設けて輸入を抑制する動きが出ている。例えば、ベトナム商工省は2018 年の関税撤廃を目前に控えた201710月、政令116号を告示し、輸入ロット毎且つ車両仕様毎で排気 量や安全性能などサンプノレ検査を義務付け、更に生産国政府発行の車両形式認証(VTA)提出を義務付け

最大の利害関係国タイは、同議定書に則り、 2001年より二国間協議を開始した 9。その 協議は難航し、交渉は期限を超えて長期化したロ当初、マレーシアは2003年が期限となっ ていたTELから ILへの移行を、 2年間の延期を認めさせたものの、域内各国からの批判も あり、 1年前倒す形で2004年 1月 1日にILに移行、 CBUおよびCKDのAFTA特恵関税 率を40〜190%(改定前60〜300%)に、更に2005年には20%に、そして翌2006年3月 に5%以下にまで引き下げたロこれを受けて 2005年9月のAFTA評議会では、マレーシア がCBUとCKDを2005年より TELから ILに移行させたことを、また2006年8月の同 評議会では、 CBUとCKDのAFTA特恵税率を0〜5%以下に削減したことを、それぞれ歓 迎した100

AFTAには相互譲許原則があり、自国が当該製品のAFTA特恵税率を20%以下に引き下 げれば、同製品を輸出する際に相手国のAFTA特恵税率が自動的に享受できる 110 マレー シアは2005年以降、自国のAFTA特恵税率を 20%に引き下げたことを踏まえ、マレーシ ア製自動車を域内各国に輸出する際、 AFTA特恵関税の享受を期待した白しかし、 ASEAN 最大の自動車産業と市場を抱えるタイが、「マレーシアの輸入許可証(AP)制度は実質的な 輸入制限」として、マレーシア車の輸入に対し AFTA特恵税率の付与を拒否した。また、

マレーシアが AFTA特恵関税を引き下げる一方で、国民車と競合する車種については物品 税を引き上げたことなども、タイが「実質的に非関税障壁によって輸出が阻害されている」

と主張する理由となった 120

タイとマレーシアとで断続的に二国間協議が行われてきたが、マレーシアがAP制度の運 用見直しを提示したことで事態は漸く収束に向かった 2007年6月になってタイがマレー シア製自動車に対しAFTA特恵関税(5%)の適用を認め、更に 2006年3月に遡って実施 することを決定した 130

また、域内での関税削減を巡る紛争は、自動車分野にとどまらなかった。タイとフィリ ピンとでは米の AFTA関税適用を巡り対立した 14a両国間のコメ紛争は、フィリピンが関 税方針を変更したことに端を発した。 ASEANは米と砂糖に関し、 2007年8月の経済相会

9この問題ではタイに加えインドネシアも補償を求めた。インドネシアとの補償交渉は早々に決着した。

10  『通商弘報』 2006823日号。

11 AFTA‑CEPT協定の第 2条 7項に相互譲許についての記載がある。また AFTA‑CEPT協定に取って代 わったASEAN物品貿易協定(ATIGA)では、第22条第1項に同記載がある。

12  『通商弘報』 2006823日号。タイ商務省貿易交渉局へのヒアリング(20067月)に基づく。

13川田敦相(2007

14  『日本経済新聞』(夕刊) 2009 112日

議でAFTA‑CEPT協定や議定書の義務免除要求を可能にした「米と砂糖のための特別な配 慮付与の議定書」に署名したロこれを踏まえ、米についてはインドネシア、マレーシア、フ ィリピンで、スケジュールD (旧センシティブ品目)、またはスケジュールE (旧高度セン シティブ品目)に組み込み、 5%を超える AFTA特恵関税の適用を容認した。フィリピンは 当時40%の米輸入関税を2010年から 20%に半減させる約束をしていた口しかし一転、フ ィリピンは米の特恵関税を 35%にとどめると表明、補償措置としてタイに5万トンの無税 枠の提供を提示した。一方のタイは、無税枠40万トンを求め、フィリピン側提案を拒否し た 15口その後も二国間協議を続けた結果、最終的にAFTA特恵税率を2014年まで40%を 維持し、 2015年に35%にする代わり、フィリピン国家食糧庁(NationalFood Authority)  が政府間ベースでタイからコメを年間36万7千トンの特別アクセスを付与することで合意

した。 2010年 4月にベトナム・ハノイにおいて、タイとフィリピンとが覚書を締結した上 で、大統領令として発布された 16ロこのタイとフィリピンの米を巡る対立は、 2009年に署 名されたASEAN物品貿易協定(ATIGA)発効時期と重なったことから、フィリピンの米 について 2010年以降の関税削減スケジュールが決まらず、 ATIGA発効が遅れるなど、そ の影響はASEAN全体に及んだ。 ATIGAは加盟国すべての批准を前提に、遅くとも 10年 1月 1日に発効することが協定で明示されていたロ

また、石油製品分野についても、各国は経済発展を目指す上での最重要インフラのーっと して同産業の育成を目指す傾向にある。石油化学品は、重化学工業の中でも、産業全体への 波及効果が期待出来る戦略産業である。 ASEANの中で、同分野はシンガポーノレ、タイの競争 力が強い口

フィリピンは、2003年のAFTA特恵税率O〜5%化を前に、2002年 9月の第 16回AFTA 評議会で石油化学関連製品をTELへ編入し、関税削減対象品目から除外するよう繰り返し 求めてきた。同評議会では、閣僚間で合意には至らなかったものの、フィリピンの要請につ いて議論を続けていくことになった 17。当時、フィリピンにはナフサ分解施設等石油精製施 設がなく、それら精製をシンガポール等国外に依存していた口本来であれば、 2003年 1月 に0〜5%以下への削減を求められていたが、 2003年 1月9日付大統領令(EO) 161で、

15フィリピン側は当初提案した無税枠5万トンでは折り合えず、続いて20万トンで、の妥結を探った。

16 2010618日大統領令EO (Executive Order)  894 (http://tariffcommission.gov.ph/eo894) は、同年630日に官報に掲示された。

17 ASEAN Secretariat (2002). 

ドキュメント内 助川, 成也 (ページ 66-71)