• 検索結果がありません。

AFTA 構想と合意

ドキュメント内 助川, 成也 (ページ 44-50)

協力を前進させるべく、準備が整った国が先に進み、準備が整っていない国は整い次第参加 する 2プラス X方式を容認することで、経済協力における速度の維持に努めた。 2プラス X方式は、 2007年に署名され、翌2008年に発効したASEAN憲章のベースとなった賢人 会議(EPG)による ASEAN憲章作成に向けた提言書に、特定の協力フ。ロジェクトについ ては、 ASEANマイナスX、2プラスXなどの柔軟な参加方式を採用することが提言されて し、る 40

関税の引き下げや非関税障壁の撤廃に関する具体的な措置については、 1992年 1月 28 日に「ASEAN経済協力の強化に関する枠組み協定」と並んで採択された「AFTAのための 共通効果特恵関税(Common Effective Preferential Tariff : CEPT)協定」(AFTA・CEPT 協定)によって定められている 50AFTA‑CEPT協定は、 ASEAN域内の関税・非関税障壁 撤廃による自由貿易圏作りを目指す構想であるが、 CEPTの概念自体は 1990年 10月の第 22回ASEAN経済相会議で、 ASEAN域内での自由な物品の流れの促進を通じて、 ASEAN の貿易と投資を更に拡大する新しい措置として、採択、承認されている 6。これまでASEAN での PTA等では、輸入品に対して実際に適用される実行関税率から一定の特恵マージン

(Margin of Preference : MOP)を差し引し、た特恵関税率が適用されてきた口しかし、輸入 現場で適用される実行関税率は加盟国によって相当な格差があり、 MOPだけでは実際に適 用される特恵関税率がわかりにくかったにそれに対し CEPTでは、関税引き下げスケジュ ール、対象品目の割合、関税番号別に各々の特恵税率が明記されるなど、透明性と予見可能 性が向上したD

2.  AFTAの目的と背景

AFTAの主要な目的は、①ASEAN域内における水平分業体制を強化し、 ASEAN諸国の 地場企業の国際競争力を高めること、②市場規模を拡大しスケールメリットを確保し、外資

を呼び込むこと、および③世界的な白由貿易体制への準備、の 3点で、あった80

ASEAN Secretariat (2006b). 

AFTAの下で付与される特恵関税は当初、 AFTA‑CEPT協定による関税であったため「CEPT関税j 2010年にAFTA‑CEPT協定がASEAN物品貿易協定(ATIGA)に置き換わって以降は「ATIGA関税」

と呼ばれる場合もある。本論文では混乱を避けるため、「AFTA特恵関税」または「AFTA関税」と称する。

ASEAN Secretariat (1990). 

7箭内(2002b 71

8林(2001 36

AFTAの創設について、タイのアナン首相が 1991年 7月にバンコクで開催された第24 回ASEAN閣僚会議で正式に提案したえ尤もASEANにおける FTA構想、は、この時点が 最初ではない口 ASEANにおいて自由貿易のアイディアは1971年にフィリピンが提案して いる口 1971年にフィリピン・マニラで開催された第4回ASEAN閣僚会議(AMM)で挨 拶に立ったマルコス大統領は、「ASEAN共同市場確立の最終目標を実現するため、選択さ れた商品をベースに限定的な自由貿易地域(FTA)を早い段階で設立し、またASEAN域内 での決済同盟を設立するなど、大胆な一歩を踏み出すべきだと強調した」としている 100実 際にフィリピンは 1975年に域内経済協力の一環で FTA構築に踏み出そうとしていた口具 体的には、 1975年7月のASEAN‑CCI第2回会議でフィリピンはFTAによる関税切り下 げを提案、また同月に行われたタイ・フィリピン首脳会議の共同声明において「手始めに FTAを創設する」ことが述べられている 110 しかし残念ながら、 ASEANのFTA構築構想 はインドネシアの反対によって日の目を見ることはなかったロ同年に開催された初めての 経済相会議において、インドネシア・スハルト大統領は開会演説で、「貿易協力はそれぞれ の国の経済的利益を害さないように慎重になされるべきJ、「各国の異なった発展段階を考 慮、に入れることが重要」と FTAに強く反対したのである 120

それにも関わらず、 1990年代に入札 ASEANがFTAに踏み出した背景には、第一に集 団的外資依存輸出指向型工業化戦略の強化があげられる。 1991年にタイ・アナン首相が AFTAを提案したが、その際、タイ政府が作成・配布したディスカッション・ペーパーには

「ASEANの域内貿易自由化は、多国籍企業が工業品生産のグローパル化に対応した複数の 工場運営により、投資を誘致し、工業製品輸出を増加させる」と記載されていた 13口実際に、

AFTAに先立つて実施されたBBCスキームでは、域内貿易を拡大するとともに、前述の通 り、トヨタがフィリピン、マレーシアで自動車部品子会社を、シンガポールには相互補完統 括会社を、それぞれ設立したことに代表されるように、多国籍企業による新たな投資を ASEANにもたらした口第二に、世界が地域経済圏構築の潮流にあったことであるロ南米で はメルコスール(南米南部共同市場)が 1991年3月に合意、欧州|で、はマーストリヒト条約

Severino (2006), p. 223. 

10共同コミュニケで、の原文は次の通り。 Hestressed that to realize the ultimate goal of establishing  an ASEAN Common Market, the Association should take bold steps now by setting up at an early  stage a limited free trade area on a selective commodity basis and establishing a payments union  within the ASEAN region .

11清水(1998)35

12清水(1998)35‑36

13 Severino (2006), p. 223. 

が 1992年2月に調印され、欧州連合(EU)が誕生した口これに対して米国は、欧州の要 塞化すなわち EUが内向きの保護主義的な経済ブロックを形成するのではないかと懸念す るとともに、自らも北米での自由貿易地域形成に向かった140北米では、米国とカナダとが 1989年に自由貿易協定を締結、 1990年のメキシコとの予備交渉を経て、 1991年に三国間 での北米自由貿易協定(NAFTA)交渉を開始し、翌1992年 12月に調印した白米国は更に NAFTAの中南米への拡大を企図して、一時、南北アメリカ全体で米州自由貿易圏(FTAA) の創設を目指したD

また、多角的貿易自由化交渉GATT(関税と貿易に関する一般協定)ウルグアイ・ラウン ドにおいては、 1991年 12月に最終合意文書案ダンケル・ペーパー15が提示された。また、

同ラウンドでGATTは世界貿易機関(WTO)に発展改組されることが決定された口

一方、 ASEANに近接する東アジアでは、中国最高指導者で、あった郵小平が 1992年初め に深別、珠海、上海等を訪問し、社会主義市場経済への転換を提唱した口改革開放路線を押 し進める方針を最高指導者が示したこの南巡講話により、外資導入の本格化や市場経済の 加速化に期待が集まり、中国投資ブームが起こったロ

これら世界情勢の劇的なうねりを受け、 ASEANは「大規模且つ統合された地域市場化に よって効率性を実現しない限り、ASEAN加盟国が市場と投資の面で効果的に立ち向かう能 力が大幅に阻害されるJ16と危機感を強めたことが、 ASEANがAFTAを構築した理由であ

る口

3.  AFTAの対象品目とスケジュール

当時、 AFTA‑CEPT協定の対象は、資本財、農水産加工品を含めた全ての製造品であり、

関税番号HSコード 01〜24に含まれる農水産関連品目は対象外であった。これら AFTA‑

CEPT協定の対象品目を、大きく①(関税削減・撤廃適用)対象品目(InclusionList : IL、)

②一般的除外品目(General Exception List、以下、 GEL)として国家安全保障、公共の道 徳、人間・動植物の生命と健康の保護、芸術・歴史及び考古学上の価値を有する産品の保護 のために必要な手段と考えられるもの、そして ILへの準備が整わない③一時的除外品目

14青木(2001 15

15当時の GATTダンケル事務局長が提示した最終合意文書案で、①市場アクセスの改善(農業・繊維)、

②既存のルール強化、③3つの新分野に関する規定、が示された。

16 Severino (2006), p.223. 

(Temporary Exclusion List : TEL)とに分けた口

1993年当時、 ASEAN加 盟 6カ国は高い関税障壁を設けていた口世界銀行によれば、

ASEANの最恵国待遇(MostFavored Nation : MFN)税率は、タイが最も高く 45.6%、 これにフィリピン(同22.6%)、インドネシア(同 19.4%)、マレーシア(同 14.3%)が続 いた 170

当時のASEAN加 盟6カ国は、翌 1993年から関税削減を開始したが、当初の目標は 15 年後の2008年までにILの関税率を0〜5%以下に削減することであった 18aAFTA開始当 初、関税削減対象品目について、期限よりも早く域内関税を削減するファストトラックと、

通常の期限までに削減するノーマルトラック、とに分けていた。これら対象品目は 1992年 1月に開催された第4回ASEAN首脳会議で選定され、ファストトラックは 15分野が対象 となった口具体的には、 HS6桁で植物油、セメント、化学品、医薬品、肥料、プラスチック 製品、天然ゴム・ゴム製品、革・皮革製品、パルプ、繊維、セラミック・ガラスウェア類、

宝石・宝飾品、陰極鋼、電子製品、木製・篠製家具、である。ファストトラックは、関税率 20%以上の品目について、 0〜5%化を 2003年 1月までの 10年間で、また関税率 20%以 下で、あった品目のO5%化を2000年 1月までの 7年間で、それぞれ実現することを目指

した 190

通常のスケジュールが適用されるノーマルトラックでは、関税率 20%以上で、あった品目 は5〜8年以内に20%に、そして2008年 1月を期限として 7年間でO〜5%以下にまで関 税を削減する。関税率が既に20%以下になっている品目は、 2003年 1月までの 10年間で 関税率をO〜5%以下に削減することを目指した口

4.  AFTAの加速化と拡大

1994年9月に開催された第5回AFTA評議会では、早くも関税削減の目標年次を2008

17世界銀行ウェブサイト(http://siteresources.worldbank.org/INTRES/Resources/469232

1107449512766/tar2010.xls201657日閲覧)。

18 AFTA‑CEPT協定では関税の削減方法について、まず931月から58年以内に20%以下に削減す ることを目指した。具体的に、 20%まで毎年均等((X‑20%)/5〜8年)に削減する。 20%もしくはそれ 以下から O〜5%への削減は、 7年以内に亘り連続して関税削減することが求められるが、 1回の削減ご とに少なくとも 5%の幅での削減が推奨されたが、その削減方法については各国に一任されており、開始 時に公表することになっていた。一方、 1993年 1月時点で現行の関税が 20%もしくはそれ以下の場合 も、その削減方法については各国に一任されており、同様に開始時に公表されるとされた。

19 ASEAN Secretariat (1992). 

ドキュメント内 助川, 成也 (ページ 44-50)