第 9 章 ニュー・パブリック・ガバナンスに基づく地方自治体の業績向上と今後の課題
Ⅲ NPG による地方自治体の業績向上
第5章以降では、NPGの基本原則に沿って、第4の課題について検討を行った。
第5章では、NPGを論考する前提として、行政管理(Public Administration)、ニュー・
パブリック・マネジメント(New Public Management:NPM)、NPGへと変遷してきた 背景を整理し、地方自治体が提供する行政サービスのあり方が変化していることを確認し た。
行政管理において、既存制度の枠組みのなかで業務を遂行することが重視されており、
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①中央集権・行政主導、②法令遵守、③予算重視、④計画行政が特徴としてあげられる。
行政管理においては、制度的枠組みのなかで行政活動の手続きを重視する傾向にあり、そ の手続きを適正に行うことでガバナンスを機能させていることを指摘した。
NPM では、行政管理により肥大化した行政サービスをより効率的に提供することが重 視されており、①顧客志向、②戦略・ビジョン、③権限委譲・分権化、④競争メカイズム の活用、⑤成果志向、⑥説明責任が特徴としてあげられる。NPM が地方自治体にもたら した最も大きな影響は、マネジメント志向への転換であることを示した。
NPM は、行政サービスに大きな影響を与えたが、マネジメントとガバナンスの側面か ら NPM の課題を指摘できる。マネジメントの側面における課題として、地方自治体に NPM の基本原則とマネジメント・サイクルが十分に定着していないことを指摘した。す なわち、Plan(計画)、Do(実行)、See(評価)のマネジメント・サイクルが必ずしも有 効に機能していないことを指摘した。ガバナンスの側面における課題として、NPM が組 織内部マネジメント改革に過ぎないことを指摘した。ガバナンス論の変遷とともに、組織 外部の利害関係者との相互作用に着目し、組織外部の向けて働きかける必要性が生じてい る。
そのような視点から、オズボーン教授が提唱するNPGの概念に着目した。筆者は、2014 年3 月 10日に英国を訪問し、オズボーン教授にインタビュー調査を行った結果、①劇的 な環境変化に対応できるような柔軟性をもつこと、②行政サービスのイノベーション生成 を企図して、知識と経験の共有すること、③政策形成や政策的意思決定、その提供プロセ スに住民を関与させること、④関係性マーケティングによって組織間関係を調整すること、
⑤行政サービスの有効性を向上させるために、その提供プロセスとアウトカムを重視する ことというNPGの基本原則が示された。
第 5 章で考察した行政管理、NPM、NPGの変遷を整理すると図表 9-1 のように整理 できる。
図表9-1 行政管理、NPM、NPGへの変遷
(出所)筆者作成。
【NPM】
①顧客志向
②戦略・ビジョン
③権限委譲・分権化
④競争メカニズムの活用
⑤成果志向
⑥説明責任
【NPG】
①柔軟性
②知識と経験の共有
③住民の関与
④組織間関係の形成
⑤プロセス・アウトカムの重視
【行政管理】
①中央集権・行政主導
②法令遵守
③予算重視
④計画行政
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オズボーン教授が提唱するNPGの基本原則をもとに、第6章以降において、地方自治 体における業績向上について検討を行った。
第 6 章では、NPG の「柔軟性」の基本原則について検討を行った。柔軟性とは、行政 サービスの提供に関して、住民の発想を柔軟に取り入れ、行政サービスにイノベーション を生成させることである。第6章では、イノベーションの概念整理を行い、業務改善とイ ノベーションの関係を整理した。業務改善は過去の活動成果の延長線上にある変化であり、
イノベーションは過去の活動結果の延長線上にない変化として位置づけられることを確認 した。
英国地方自治体では、高度化する住民ニーズに対応していくためには、漸進的な業務改 善よりも、斬新的なイノベーションの必要性が指摘されている。英国政府は、イノベーシ ョンの研究機関であるNESTA(National Endowment for Science, Technology and the
Arts)を2010年に設置している。NESTAが公共サービスにおけるイノベーション指標と
そのフレームワークの開発を行っていることに着目し、公共サービスにイノベーションを 生成させるために、①組織業績への影響、②イノベーションに向けた活動、③内部組織と しての組織能力、④イノベーションを助長する外部環境という4つの指標から評価する方 向性を示していることを明らかにした。英国では、この4指標で公共サービスのイノベー ションを定量化する試みがなされている。ここで重要な点は、組織の業績を向上させるた めに、組織内部と外部の双方からイノベーション生成に向けて働きかけることの必要性が 示されていたことである。
英国地方自治体のイノベーション生成事例として、Tri-Borough Workingの実態調査を 行った。その結果、3 自治体が連携し、知識と経験を融合することで、公共サービスの間 接経費の削減効果を導出していることを示した。組織間における連携は、規模の経済を達 成するだけでなく、より有効な行政サービスを創造することができる。柔軟な知識と経験 を融合することによって、新たな手段を組織に取り入れることが可能となる。
第 7 章では、NPG の「知識と経験の共有」の基本原則について検討を行った。知識と 経験の共有は、住民が行政サービスの計画や提供といったプロセスに関与し、異分野の知 識やノウハウを援用することで、行政サービスにイノベーションを生成させることである。
第7章では、異分野の知識やノウハウとして、官官連携による知識と経験の共有を取り上 げ、表彰制度の考察を行った。表彰制度の意義と目的を整理し、知識や経験が表彰制度を 通して、他の組織や部門に伝播されることによって、イノベーション生成が促進されるこ
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英国地方自治体における表彰制度として、ビーコン・スキーム、Local Innovation Awards、
LGC Awardsを考察し、2014年3月11日にLGC Awards 2014の現地調査と、LGC Awards の責任者であるニック・ゴールディングへのインタビュー調査をもとに表彰事例の分析を 行った。表彰事例の分析結果から、LGC Awardsが英国地方自治体におけるイノベーショ ン普及に寄与していることを明らかにした。すなわち、他の自治体の知識と経験を共有す ることで、自らの自治体にイノベーションが普及し、業績向上を実現することが可能にな ることを示した。
地方自治体における表彰制度には、イノベーションの生成に加え、組織学習の促進や称 賛を通じて、改善・改革に向けて職員を動機づけるといった特徴があることを確認した。
表彰制度を通して、改善・改革に向けて職員を動機づけることは、改善文化を醸成してい くうえで重要になる。
第8章では、NPGの「住民の関与」「組織間関係の形成」の基本原則について検討を行 った。住民の関与は、受益者たる住民との合意形成を得ることを目的として、住民を政策 形成やその意思決定のプロセスに関与させることである。組織間関係の形成は、地方自治 体と多様な主体との協働に向けて、互恵的な関係を形成することである。具体的には、住 民との合意形成に基づくネットワークを形成することによって、住民に求められる持続可 能な公共サービスの提供と、地域連携における地方自治体の役割について検討を行った。
コ・プロダクションの概念に着目し、英国地方自治体の官民連携の取り組みの実態調査を 実施することで、地方公共サービスのあり方について検討を行った。
先行研究をレビューすることで、コ・プロダクションの概念を、公共サービスの生産性 を高めるために、地方自治体と住民がともに知識や資源を持ち寄り、それらを効果的に活 用するよう、公共サービスの利害関係者すべてが当事者意識を持って活動することと整理 した。欧州諸国を対象としたコ・プロダクションに関する調査では、半数以上の住民が公 共サービスの提供に関与した経験があり、コ・プロダクションの概念が浸透していること に言及した。
コ・プロダクションは、単に住民が公共サービスの提供プロセスに関与することだけで なく、対話や協議を通して、組織間関係の形成を基礎とする概念である。地方自治体の業 績向上には、地方自治体が、多様な主体とパートナーシップを形成することで、ともに業 績向上に向けた活動を実践していくことが重要であることを示した。
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筆者は、2015年7月にFamily Nurse Partnership National Unit、ランベス・ロンド ン特別区、ダーリントン市、ダラム県を訪問し、コ・プロダクションに関して実態調査を 行った。その結果、コ・プロダクションは、アウトカムの創出に向けて、ともにサービス の提供に関与するコ・デリバリー、対話を通してサービスを創り出すコ・コミッショニン グ、地域コミュニティーによる連携を支援する自己組織化、計画策定をともに行うコ・デ ザインといった官民連携の形態が存在しており、住民や地域コミュニティーとの合意形成 を基礎としたネットワーク・ガバナンスを図っていることを示した。
コ・プロダクションにおける地方自治体の役割は、住民を動機づけ、地域コミュニティ ーを活性化させることである。地方自治体には、住民と地方自治体、あるいは、地域コミ ュニティーの良好な関係性を形成することが求められることを示した。地方自治体主導に よるサービス提供では、多様化する住民ニーズを満たすことが困難になっており、住民の 関与や地域コミュニティーの活性化が重要となる。
第5章から第8章までの検討によって、わが国地方自治体の業績向上には、外部組織に 働きかける NPG の概念を取り入れる必要があることを示した。サービス提供に多様な主 体が関与することで、多様な主体が有する知識や経験を取り入れることが可能となる。よ り一層多様化・高度化する住民ニーズのすべてを地方自治体のみでを満たすことは困難で あり、住民を公共サービス提供のパートナーと位置づけ、互恵的に公共サービスの有効性 を高めていく方策を講じる必要がある。「柔軟性」「知識と経験の共有」「住民の関与」「組 織間関係の形成」「プロセス・アウトカムの重視」というNPGの基本原則に沿うことによ って、地方自治体は業績を向上させることができ、そのためには、サービスの受益者かつ 評価者になる住民や地域コミュニティーとの連携が不可欠になる。地方自治体の業績向上 には、NPGの概念を導入する必要がある。