第 4 章 有効性重視と行動的管理会計
Ⅳ 行政サービスの有効性向上に向けた方策
ラドナーの整理をもとに業務改善の成功要因を整理したが、他の成功要因も存在してい る。たとえば、ウォマックとジョーンズは、組織においてリーン・アプローチを効果的に 実行させるためには、上級管理者の意思決定、コミットメントおよび外部専門家の支援が 必要であると述べている46。アンソニーは、シックスシグマの実行で明らかになった成功 要因として、トップ・マネジメントの関与、プロジェクト実行基盤の整備、職員の能力開 発、顧客志向の醸成、すべての組織階層におけるコミュニケーション、十分な組織の準備 および強力なリーダーシップを強調している47。ダルガードとダルガード・パークは「TQM、 リーン・アプローチ、シックシグマの本質は、リーダーシップ、顧客重視の経営、組織下 位層への権限委譲、職員間の連携として整理することができる48」と言及している。アン ソニーやダルガードらによって強調される要因は、多くの研究者の主張と共通している。
そのなかでも最もよく主張されている成功要因がリーダーシップである。
このように、業務改善の成功要因は、その組織が置かれている状況や、これまでの取り 組んできた業務改善の背景によって異なる。ここで取り上げた成功要因以外にも、PDSサ イクルといった構造的な問題解決アプローチの導入、中間管理職の役割、職員の報酬制度 と表彰制度がある。業務改善を継続的に実行していくためには、複数の成功要因を考慮す る必要があるといえる。特に表彰制度は、組織内や組織間の情報共有を可能とし、業務改 善を支援する仕組みとして強調することができる。表彰制度は、改善の取り組みを賞賛す ることによって、改善活動の継続性を高める重要な手段であるといえる。
業務改善における阻害要因は、成功要因と同様に、その組織が置かれている状況や、こ れまでの業務改善の背景によって異なる。そのため、組織が置かれている状況や、組織が 有する経営資源を把握し、組織目標の実現に向けて、どのように業務改善に取り組んでい くかといった組織体制の整備が重要である。
地方自治体には、継続的な業務改善に向けて考慮すべき、固有の阻害要因が存在する。
特に考慮すべき阻害要因は、地方自治体固有の文化、顧客志向・プロセス志向の欠如、バ ラツキの理解不足および投資水準の低さである。多種多様な分野で不特定多数の住民を対 象とする地方自治体にとって、法令遵守が公平かつ公正な行政サービスを担保することに なるため、定められたルールに沿って保守的に業務を遂行することは、業務改善へのイン センティブを抑制している。そのため、これらの阻害要因にどのように対応していくかが、
継続的な業務改善の実行には重要である。
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特に、命令と管理によるタテ割りの命令系統は、改善活動に向けた職員の自発性を抑制 することになる。地方自治体では、提供すべき行政サービスが法令によって規定されてい るため、行政サービスの質は定量的にも定性的にも明確にする必要性が乏しい一面がある。
しかしながら、行政サービスを公平かつ公正に提供しているとしても、サービスの質に バラツキが生じることは不適切である。そのため、ムダな作業やコスト、時間をできる限 り削減することで、安定したサービスを提供し、有効性を向上させるように改善活動に取 り組む必要がある。
さらには、職員の能力開発に対する投資は、長期的な視点で組織文化を醸成するために 重要な要因である。少なくとも職員への投資は、結果として職員間に伝播させることが可 能であり、相乗効果を組織にもたらす可能性がある。職員の能力開発とともに、知識と経 験の蓄積が行われ、継続的な業務改善につながる。
業務改善の成功要因と阻害要因を考慮したうえで、継続的な業務改善に取り組んでいく ことが、行政サービスの有効性の向上につながる。コムとマサイセルは、業務改善の持続 可能性を「組織が経済的に繁栄し、重要な使命を継続的に担うための戦略的な資源開発」
と定義している49。つまり、組織が経済的に発展するためには、戦略的に資源を投資し、
改善・改革に取り組む必要性を示している。
図表4-1 業務改善の持続可能性に関するプロセス
(出所)Lucey, J., N. Bateman and P. Hines, “Why Major Lean Transitions Have Not Been Sustained,” Management Services, Vol.49, No.2, 2005, p.9.
ルーシーは、業務改善の持続可能性に関するプロセスを図表4-1のように示している50。 図表 4-1 に示されるように、過去の失敗を起因とした学習が業務改善の持続可能性に重 要であることが示されている。業務改善が継続的な取り組みにするためには、改善後の新
過去の失敗からの学習
職員への フィードバック
貢献度の評価 モニタリング
当事者意識の醸成
改善実行
標準化
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たな水準に業務を標準化させ、すべての職員が新たな水準を満たせるようにトレーニング することが必要である。職員が、組織や住民にどのように貢献しているかを評価し、時系 列に成果をモニタリングすることで、職員に当事者意識を醸成することが可能となる。
このように継続的な業務改善は、失敗を認める組織文化に依拠していると指摘できる。
改善活動を実行するのは、職員であり、その職員の自発的な改善活動を支援するよう組織 文化を醸成していかなければならない。つまり、継続的な業務改善には、人的資源が重要 な要素であり、改善・改革に向けて職員を動機づけ、組織として職員の改善活動を支援す る仕組みを構築することが求められる。
フォレスターは、リーン・アプローチを継続するために、人的資源を十分に考慮すべき として、次のように主張している。「組織は、職員を中心に据えたサービス提供体制を整え ている。その提供体制によって、職員は動機づけられ、チームに参加することで権限が委 ねられる。委ねられた権限のなかでも改善リーダーの役割が重要である。サービス提供は、
組織階層ではなくプロセスに重点を置く、よりフラットな組織構造を構築すべきである。
チームの役割およびメンバーの選定は、改善リーダーの人材管理スキルに基づく。チーム メンバーがチーム全体の責任を有し、選定されたメンバーは適切な役割を担う。組織開発 プログラムに職員個々の能力開発プログラムを組み入れることで、チームメンバーのスキ ルを向上させる。業務改善に関するトレーニングは、職員個々が有する課題解決に向けた 洞察力の向上につながる51」。
ラドナーは「リーン・アプローチの適用は、伝統的な命令と管理といった統制システム と異なり、不確実性を組織にもたらす。なぜなら、リーン・アプローチの持続可能性は、
組織と職員との強固な信頼関係に左右されるからである52」と言及している。ラドナーは
「リーン・アプローチが一つのシステムとして実行されるのではなく、一つの考え方を追 求する理念として、向上心のあるチームのなかで確認される。リーン・アプローチは、既 定の最終目的地を目指すというよりもむしろ、永続的な旅(Journey)とも考えられるべ きである53」と言及している。リーン・アプローチの実行を永続的な旅として表現するこ とは、業務改善が永続的な取り組みであることを意味している。
パークスは、トヨタがトヨタ生産システムを開発するのに 20 年かかったことを明らか にしている54。ベイルとレニエは、医療現場でリーン・アプローチが安定して機能するの に 3 年かかったことを強調している55。ハインズは、一般的にリーンシステムの開発に 3 年から5年かかり、実施に5年から7年かかると主張している56。このように、行動的管
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理会計手法を適用し組織内に改善活動を浸透させるためには、複数年の期間が必要である とされている。その期間に、職員の業務改善への意識が醸成され、行動的管理会計手法も 研ぎ澄まされていくことになる。
このように、継続的な業務改善には、人的資源に着目し、改善・改革に向けた組織文化 を醸成していくことが重要である。長期的なビジョンをもって人的資源に投資し、過去の 経験に起因した学習によって、職員の自発的な改善活動を促す仕組みを構築する必要があ る。ラドナーらが言及しているように、行動的管理会計手法の適用を通じて、行政サービ スの有効性を向上させるためには、複数年の期間を要することになる。そのため、行政サ ービスの有効性を向上させるためには、人的資源に着目したリーダーシップや組織文化の 醸成が継続的な業務改善の基盤となる。
(注)
1 第3章を参照されたい。
2 ラドナーは、業績管理(Operation Management)を専門とする研究者であり、英国において、
行政組織の業績管理を研究する第一人者である。2012年2月のインタビューを実施した際は、カ ーディフ・ビジネススクールに所属していたが、2013年4月にラフバラ大学ビジネススクールに 転勤された。
3 Bateman, N., “Sustainability: The Elusive Element of Process Improvement,” International Journal of Operations and Production Management, Vol.25, No.3, 2005, pp.261-276.
Bateman, N. and N. Rich, “Companies Perceptions of Inhibitors and Enablers for Process Improvement Activities,” International Journal of Operations and Production Management, Vol.23, No.2, 2003, pp.185-199.
Fillingham, D., “Can Lean Save Lives?,” Leadership in Health Services, Vol.20, No.4, 2007, pp.231-241.
Hines, P. and S. Lethbridge, “New Development: Creating a Lean University,” Public Money and Management, Vol.28, No.1, 2008, pp.53-56.
4 Radnor, Z., P. Walley, A. Stephens and G. Bucci, Evaluation of the Lean Approach to Business Management and Its Use in the Public Sector, Scottish Executive Social Research, 2006, p.126.
5 Radnor, Z. and G. Bucci, Evaluation of Pacesetter, Lean, Senior Leadership and Operational Management within HMRC Processing, 2007.
6 Taner, M. T., B. Sezen and, J. Antony, “An Overview of Six Sigma Applications in Healthcare,”
International Journal of Healthcare, Vol.20, No.4, 2007, p.339.
7 Dedhia, N. S., “Six Sigma Basics,” Total Quality Management, Vol.16, No.5, 2005, p.573.
8 Smith, B., “Lean and Six Sigma: A One-Two Punch,” Quality Progress, Vol.36, No.4, 2003, p.41.
9 Do Carmo Caccia-Bava, M., V. C. K. Guimaraes and T. Guimaraes, “Empirically Testing Determinants of Hospital BPR Success,” International Journal of Health Care Quality Assurance, Vol.18, No.6/7, 2005, p.554.
10 Bateman, N. and N. Rich, op.cit., p.196.
11 Radnor, Z., P. Walley, A. Stephens and G. Bucci, op.cit., p.123.
12 カイゼン・イベントとは、改善活動の報告会を意味している。改善活動に期間を設定し、その設 定期間の終了後に、情報共有を目的に報告会が開催されている。
13 Ibid., pp.30-31
14 Taner, M. T., Sezen, B. and, Antony, J., “An Overview of Six Sigma Applications in Healthcare”, International Journal of Healthcare, Vol.20, No.4, 2007, p.339.
O'Rourke, P., “A Multiple Case Comparison of Lean Six Sigma Deployment and
Implementation Strategies,” ASQ World Conference on Quality and Improvement Proceedings,