4. CMC を利用した知識業務プロセスの研究
4.4 CMC を利用した知識業務プロセスの事例
本研究ではCMCツールとして,企業内SNSのQ&A機能とソフトウェア開発Wikiを事 例とし,分析と考察をする.企業内SNSのQ&A機能とソフトウェア開発Wikiともに,
第3章で紹介した情報サービス企業で利用されたものである.
4.4.1 企業内 SNS の Q&A 機能についての事例分析
事例の対象となった企業内SNSのQ&A機能は,約8000名の従業員の約3/4の社員が 登録する企業内SNSの機能である,この機能を利用し,ある従業員が,「利用頻度が低い 状況を打開したいので,システムが使われない理由を原因分析された方はいませんか?」
と質問した.この質問は企業内SNSを利用する不特定多数の従業員が目にするものである.
質問に対する複数の従業員による知識流通の過程を付表4-Aに示す.付表4-Aは,企業内
SNSのQ&A機能での知識流通の分析結果であり,従業員の発言内容の一部を示している.
従業員の企業内SNSのQ&A機能の発言はこの付表4-Aで時系列に並べられている.Q0 の質問に対し,C1からC19までの19個が発言されている.この19個の発言が従業員の 仲介知である.19個の発言は,質問者QとAからJまでの合計11名の従業員が書き込ん でいる.AからJの従業員は9つの異なる部門に所属していた.質問から最後の回答まで 約50時間をかけて議論された.付表4-Aから仲介知に関する5種類の知識変換モードすべ てが観測された.ひとつの発言にふたつの内容が含まれる場合もあり,19個の発言に対し,
22個の知識変換モードが確認されたことがわかる.なお,仲介知の知識変換モードの分類 は,複数の評価者の合議により実施された.企業内SNSのQ&A機能の知識変換モードの 分類を表4-2に示す.
49
表 4-2 企業内SNSのQ&A機能の知識変換モードの分類 知識変換
モード
数 比率 特徴
公開化 10 45% 自らのシステムの利用向上の経験を公開する 断片化 2 9% 書籍の内容を紹介する
協働化 5 23% 自らの意見を主張し問題解決に貢献する 共鳴化 4 18% 他者の意見に納得する
洗練化 1 5% 発言内容とキーワードを明示的にリンクする
企業内SNSのQ&A機能の知識変換モードでは,公開化が最も多く10件ある.公開化 は,従業員が個人の暗黙知を公開することである.従業員が問題解決のために自らの経験 を公開化している.付表4-AのC7の「これまでの経験から感じていることを」という表現に 続く知識は公開化の代表的なものだ.次に断片化は2件ある.断片化は自分が読んだ書籍 などの形式知の情報を断片的に提示することである.C16の「とある教科書のなかで,L 先生が」に続く発言は断片化の例である.次に協働化は5件ある.協働化は質問者の問い かけに対し,自らの意見を発言し問題解決に協力することである.C3の「使う人の立場に たった分かりやすい説明があればいいかもしれません」は,質問者とともに考える従業員 による協働化を示している.次に共鳴化は4件ある.共鳴化は,他の従業員の仲介知を理 解して自らの暗黙知に変換することである.C17は質問者Qが,他者の発言に共鳴化した ことを示している.洗練化は1件ある.洗練化とは仲介知を洗練させ形式知を作ることで ある.今回の分析では,C12が洗練化の例である.C12では,C10で公開されたXサービ スを,企業内SNSの持つキーワードタグ機能を使い,キーワードWに紐付けたことを報 告している.これを洗練化の事例とした.この企業内SNSのQ&A機能の事例では暗黙知 と形式知に関する4つの変換モードである共同化,表出化,連結化,内面化が直接観察で きる発言はなかった.公開化,共鳴化,断片化,洗練化によって仲介知を介して暗黙知や 形式知との相互変換が発生することがわかる.
また,企業内SNSのQ&A機能が,企業内の部門を越えた問題解決に対する効果を与え ることを確認した.
4.4.2 ソフトウェア開発 Wiki についての事例分析
ソフトウェア開発Wikiの事例として,9人の開発メンバーで利用されたWiki上でのコ ミュニケーションについて説明する.Wikiとは複数人が共同でWebサイトを構築するため のツールである.Wikiの閲覧者が執筆者として簡単にページを修正したり,新しいページ を追加したりできるようになっている.参加者が閲覧者,執筆者の役割を切り替え,協働 でコンテンツを作成し共有することができる.9名のメンバーはふたつの組織に所属し,共
50
同でシステム開発を行っている.このシステム開発はドキュメント作成とプログラムのコ ーディング,試験のプロセスを持つ.ふたつの組織は離れた場所にあり,週に一度のペー スで対面ミーティングを行っていた.しかし,このミーティングおよびその他のコミュニ ケーション手段だけでは,コミュニケーションミスが何件か発生した.これを改善するた めにコミュニケーション手段として新たにWikiを導入した.付表4-Bにこのソフトウェア 開発Wikiの活動の分析結果を示す.ソフトウェア開発Wikiは13のページから構成され る.13のページにはW1からW21までの21個の記載項目があった.付表4-Bには,Wiki への記載内容の概要と知識変換モードを記載している.
付表4-Bから,仲介知に関する3種類の知識変換モードを観測した.ソフトウェア開発 Wikiの知識変換モードの分類を表4-3に示す.ひとつの記載項目に対して,複数の知識が 書き込まれる.その内容により知識変換モードが異なることもあり,21件の記載項目に対 して25個の知識変換モードを観測した.仲介知の知識変換モードの分類は,複数の評価者 の合議により実施された.
表 4-3 ソフトウェア開発Wikiの知識変換モードの分類 知識変換
モード
数 比率 特徴
公開化 18 72% 必要な事項(決定事項、ノウハウなど)を公開する 断片化 5 20% 文書から確認すべき事項(To Do)を抜き出す 協働化 2 8% 基本方針や開発状況についての議論を行う 共鳴化 0 0% Wiki以外のツールで実施
洗練化 0 0% Wiki以外のドキュメントとして生成
事例としたソフトウェア開発Wikiの知識変換モードでは,公開化が18件と最も多い.
W1,W2の設計ドキュメント一覧表は,開発メンバーがこのシステムの開発に必要とする
ドキュメントのリストを思案し公開化したものである.W3の課題も開発メンバーが認識す る課題を公開化したものである.このほか試験項目の考え方(W5,W7),試験密度の算出(W6,
W9),グラフ描画機能仕様策定(W14)などはこの開発に対して個々のメンバーが思案しソフ トウェア開発Wikiに書き込んだ知識である.W15の開発ノウハウとW16のプロジェクト 管理上の要改善項目は,開発メンバーの過去の経験や知識を公開化したものである.W15 の開発ノウハウは,すでに類似したシステムの開発に携わったメンバーから,新たに開発 に加わったメンバーへのノウハウの公開である.W16はプロジェクトマネージャーとして,
プロジェクト管理におけるコミュニケーションの仕方についての留意事項である.暗黙知 から公開化された仲介知の多くは,ソフトウェア開発Wikiで公開された後に,形式知であ る正式な開発ドキュメントに反映されている.ソフトウェア開発Wikiを利用して,正式な 開発ドキュメントを作成する前に,開発メンバーが仲介知を発信,共有していることがわ
51
かる.知識の断片化は5件ある.W12,W13の開発会議資料は,この会議に必要な資料一 覧を,組織内の開発実施規定から抽出したものである.よって形式知の一部を断片化した ものと言える.W19のデモンストレーション検討の作業内容には,過去に開発した類似ア プリケーションの画面イメージへのリンクが提示されている.またW20,W21には,開発 メンバーで合意済みの成果物一覧から,確認が必要な成果物の名称が抜き出されている.
これらも形式知の断片化である.さらに成果物の名称一覧には,開発者が進行中の作業状 況などを書き込んでおり,こうした書き込みは暗黙知を公開化した仲介知と解釈できる.
これは断片化した仲介知に対して知識を公開化する例である.知識の協働化は2件あった.
W8はW7に公開化された試験項目に関する考え方に対するコメントである.あるメンバー が試験項目の抽出条件と網羅性について記述した.それを見た他のメンバーが,試験方式 の決定時期について危惧を抱き,ソフトウェア開発Wikiを使ってコメントしている.W19 は開発メンバーが,フェーズ分割されたデモンストレーションの開発状況について他のメ ンバーと議論している.このようにソフトウェア開発Wikiでは,形式知である開発ドキュ メントを作成する前に仲介知として私案を公開化することもある.また,To Doリストとし て実施すべき項目を断片化し,それについて進行状況という知識を公開化することもある.
ソフトウェア開発Wikiにおいては共鳴化と洗練化については観測されなかった.
4.4.3 企業内 SNS の Q&A 機能とソフトウェア開発 Wiki の比較
仲介知モデルを用いて,企業内SNSのQ&A機能とソフトウェア開発WikiというCMC ツールの特性を対比し,考察する.企業内SNSのQ&A機能とソフトウェア開発Wikiの 知識変換モードの出現頻度の比較を表4-4に示す.
表 4-4 企業内SNSのQ&A機能とソフトウェア開発Wikiの知識変換モードの出現頻度
知識変換 モード
企業内SNSのQ&A機能 ソフトウェア開発Wiki
公開化 自らの経験を披露する記述 (45%)
形式知作成のための知識とノウハウ (72%)
断片化 外部知識の断片の提示 (9%)
規定からの確認項目の抜き出し (20%)
協働化 他者の発言に対する意見・議論 (23%)
作業方針や状況に関する調整 (8%)
共鳴化 他者の意見への納得 (18%)
Wiki以外の手段で実施 (0%)
洗練化 形式知へのリンク (5%)
成果物の作成として実施 (0%)