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知識流通システムの構造化の考察

3. 知識流通システムの構造化の研究

3.5 知識流通システムの構造化の考察

本節で,知識流通システムの構造化について考察する.考察のポイントは,知識流通シ ステム構造化の効果,限界,一般化および関連研究との比較である.

3.5.1 知識流通システムの構造化研究における効果

本研究においては,対象とした企業で実施されている知識経営の実態を把握することが できた.対象とした企業では,今回の分析対象として 30 の知識経営施策を実施していた.

しかしこの 30 の知識経営施策は個別に展開されていたため,包括的な管理を行うことがで きずにいた.本研究では,企業の知識経営に従事する従業員からタスクフォースの活動を もとに,企業の知識経営目標,知識経営の事実,知識経営施策から,知識流通システムの 構造化を通じ,当該企業の知識経営の実態を明らかにした.知識経営戦略,知識業務プロ セス,知識経営施策群の枠組みで知識流通システムの構造化を通じ,知識経営の実態を把 握することができた.知識経営の実態の把握は,ロードマップとして企業の知識経営のあ るべき姿として展開された.

本研究で実施した知識流通システムの構造化とロードマップ化により以下の(1)から(4)

の効果を確認した.ロードマップ上に表現されている知識経営施策の配置は,知識業務プ ロセスレイヤーの抽象化知識経営タスクの時系列的な順序にあわせたものであり,本研究 で実施した知識流通システムの構造化に従ったものである.実際の知識経営施策の実施状 況と知識流通システムの構造化によるロードマップとの対比により得られる効果をまとめ る.以下にあげる(1)から(4)の効果は,企業内において潜在的に存在するが,施策の 実施部門が異なることや開始時期が大きく離れているなどの理由で,施策間の関係を包括 的に管理することができなかった.また,施策のなかには,開始時の目的が時間の経過と ともに明瞭でなくなっているものもあった.本研究においては,全社的な視点で知識経営 施策を抽出し,その実施目的に基づいて構造化することで,施策間の包括的な関係を抽出 するという効果を得ることができた.

(1) 施策間の相乗効果

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作成したロードマップには施策間の相乗効果を確認する効果があった.キャリアイメー ジを従業員に提示する「人材育成プログラム」を実施した後に,「企業内コミュニケーシ ョンサイト」を導入することの相乗効果を確認した.「人材育成プログラム」は,従業員 が目指すべきキャリアイメージを通じ人材の育成を目指すプログラムであり,「知識ワー カーの協力体制の構築」という抽象化知識経営タスクを実現するタスクである.「人材育 成プログラム」で提示される人材像には,企業内の他の従業員と協力することがあげられ ている.「企業内コミュニケーションサイト」は,企業内SNSなど,従業員に広く公開さ れた知識流通の場を提供する施策を含む.従業員が企業内コミュニケーションサイトを用 いて,部門を超えて人材育成プログラムについての議論が行われていることを確認した.

これは,人材育成プログラムの現場レベルでの浸透に企業内コミュニケーションサイトの 効果があることを示している.ロードマップの表現する施策の時系列な順序が妥当である ことを示す事例である.

(2)施策の重複

企業から従業員に向けてのメッセージを提示する知識経営施策としての「社内ニュース サイト」,「社内メールマガジン」が重複し,その内容に調整が必要であることをロード マップから確認した.ロードマップ上ではこのふたつの施策は同じ知識業務プロセスレイ ヤーの抽象化知識経営タスクである#2.1 知識流通業務の円滑化を支援するため,同時期に 同じ目的で展開されることとなっている.しかし実際には「社内メールマガジン」が先に 実施されており,その後に,「社内ニュースサイト」が実施されていた.しかし,双方の 施策の実施にはその内容についての調整はされていなかった.実際に双方の記事を比較す ると掲載内容の重複が確認された.同時期に展開されていれば,双方の施策で配信する内 容について整理したうえでの施策の展開が検討されていた可能性がある.ロードマップに よる重複の確認によりふたつの施策での記載内容について調整を図る必要性を確認した.

(3)施策の順序関係の評価

「技術Q&Aサービス」と「技術知識共有サービス」は別々の部門が実施した施策であっ

た.「技術Q&Aサービス」は,従業員からの技術的質問に対し担当部署が回答し,その質 問と回答結果を公開するサービスである.「技術知識共有サービス」は,従業員からの技 術情報を登録,公開し共有するサービスである.ロードマップ上では,時系列的に,「技

術Q&Aサービス」が「技術知識共有サービス」の前方に位置している.この時系列的な前

後関係を解釈し,「技術Q&Aサービス」の内容を集約して,「技術知識共有サービス」に 公開する方法が有用であることを確認し検討することに至った.

(4)不足する施策の抽出

ロードマップから知識経営のパフォーマンス測定をする施策は,「システム利用調査」

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のみであることがわかる.「システム利用調査」は情報システムの利用状況を評価する施 策である.しかしロードマップの前方には,「システム利用調査」では評価できない,「知 識創造オフィス」,「人材育成プログラム」等の施策が存在している.「システム利用調 査」では測定できない知識経営施策の利用状況や効果を計測するための,知識経営状態を 測定する具体的な施策が必要であることをロードマップから確認した.

3.5.2 知識流通システムの構造化研究における限界

本研究で実施した知識流通システム構造化の限界について述べる.本研究における知識 流通システムの構造化の対象は,日本の情報サービス企業の一事例のみである.さらにタ スクフォースのメンバーが知りえる実施中の知識経営施策が改善の対象であった.知識流 通システムの構造化を実施した期間も約3カ月と短期間である.当該企業の継続的な調査 を実施するほか,他の企業,他の業種を対象にした知識流通システムの構造化を実施し,

一般性を検討していく必要がある.

3.5.3 一般化に対する考察

本研究で実施した手続きには,3.5.2で記したような限界があり,一般化には制約がある ことを認識している.本研究の手続きについては,Parnellらが国家戦略を実現するための 技術項目をロードマップ化した手続きとして合理性が認められたものを踏まえ,実施して いる.本研究は,この手続きを企業の知識経営という領域に適応し実施した点に意義があ る.また本研究で利用した知識経営アーキテクチャーに示した方法論である抽象化知識経 営タスクや,構造化を実施する表3-4に示した整理用のフォーマットは,他の事例にも適用 できる可能性がある.しかし対象とする事例によっては制約を受ける可能性がある.考え られる制約条件があてはまる事例は,企業の知識流通の改善意識が未成熟であり知識経営 施策の展開が十分に行われていない事例,企業の規模が小さく知識流通に参加する従業員 が少ない事例,顧客接点に接する機会が少ないなどの理由で企業外部の変動要因の影響が 少なく業務が定型化している事例などである.さらに,本研究で対象とした知識経営施策 の包括的な管理以外の活用方法として,企業が重視する知識業務プロセスを選定するため にこの手続きを利用することも考えられる.すなわち企業が重視する知識業務プロセスを 選定することで,アウトソーシングする業務を決定することにも利用できる可能性がある.

3.5.4 知識流通システムの構造化と関連研究との比較

(1)知識ネットワークとの比較

Enkelらの研究では,企業成長のための知識ネットワークを提案し,M&Aを契機に発生

した経営トップからの新規の知識経営施策の展開を分析している.本研究では,企業で実 施中の知識経営施策の効果的な展開と改善を支援するために,企業の知識経営状態を評価 し,知識経営を実現するための施策のロードマップ化を行った.本研究ではEnkelらの研 究の対象となっていない企業で実施中の知識経営施策を対象にしている.Enkelらが実施し

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た知識ネットワークによる経営トップからの知識経営の分析と施策の展開は,実施中の知 識経営施策の改善を図る本研究と相互補完的な関係となる.

(2) Knowledge Management Toolkitとの比較

Tiwanaが提案したKnowledge Management Toolkitは,新規の知識経営施策の展開や,

知識経営施策の評価をするためのツール群である.このツール群は企業が知識経営施策を 刷新し新規に実施する場合に有効であり,企業ですでに実施中の知識経営施策を対象にす ることは十分に考慮されてはいない.本研究では実施中の知識経営施策を改善するための 知識流通システムの構造化とロードマップの構築を行った.そして構築したロードマップ に基づいて,知識経営施策の改善方法を検討可能とする効果を確認した.本研究における 実施中の知識経営施策の改善方法の検討と,Knowledge Management Toolkitにおける新 規知識経営施策の考案および評価方法は相互補完的な関係にあると言える.

(3) Knowledge Management Maturity Modelとの比較

Knowledge Management Maturity Model (KMMM)は,企業の知識経営成熟度を測定し,

企業の知識経営の改善点を抽出可能なモデルであるが,具体的な知識経営施策や改善方法 を提案することを対象にしていない.本研究では,新規の知識経営調査を行わずに,過去 に行われた知識経営調査結果をもとに,企業の知識経営状態を分析し具体的な知識経営施 策の改善点や課題を明らかにし,改善方法を提示できることを確認した.企業の知識経営 成熟度を継続的に測定する KMMM の概念は本研究で行う知識経営状態の評価に有効であ ると考える.

(4) 技術ロードマップ構築法との比較

Parnell らの研究による技術ロードマップ構築法は,国家の目指す将来像を実現するため

の技術展開方針策定の手法である.技術ロードマップ構築法はParnell らの研究をはじめ とし多くの研究がされている.しかし,企業の知識経営を対象にしたロードマップの構築 を研究した例はない.本研究では,Parnell らの手法にある準備段階,アイデア創造段階,

同化段階,操作分析段階といった段階を,企業の知識経営状態の評価や施策の分析に応用

した.Parnell らの研究に代表される技術ロードマップ構築法は技術経営の分野で有効性が

確認されている.本研究では,こうした手続きを,企業の知識経営の分野に適用した.本 研究では,知識経営の現状分析に基づいた知識経営のあるべき姿に,技術ロードマップ構 築法を有効に利用した事例を示したと考える.