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知識経営における知識流通システムに関する研究

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知識経営における知識流通システムに関する研究

神戸 雅一

電気通信大学

2011 年 3 月

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知識経営における知識流通システムに関する研究

神戸 雅一

電気通信大学大学院情報システム学研究科 博士 ( 工学 ) の学位申請論文

2011 年 3 月

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知識経営における知識流通システムに関する研究

博士論文審査委員会

主査 太田敏澄 教授

委員 大須賀昭彦 教授

委員 福田 豊 教授

委員 末廣尚士 教授

委員 渡邊俊典 教授

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著作権所有者 神戸 雅一

2011 年

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Knowledge Sharing System in Knowledge Management

Masakazu Kanbe Abstract

The purpose of this paper is to contribute to the knowledge management in companies by structuring knowledge sharing system. The knowledge sharing system is a model that has the framework composed of knowledge management strategy,

knowledge management process and knowledge management tasks. The knowledge sharing system circulates knowledge among employees with this framework.

In the midst of ongoing knowledge based economy, companies need to use the

knowledge both inside and outside of themselves. Knowledge oriented companies deploy many knowledge tasks. However, these knowledge management tasks have problems.

To deal with these knowledge management problems, I focused on three research items for this research, to structuralize the knowledge sharing system in a company, to confirm knowledge processes with CMC(Computer Mediated Communication) and to confirm knowledge creation office supporting knowledge process.

In first research item, I structuralized the knowledge sharing system of a company. The structuralized knowledge sharing system shows effects of synergetic effects among knowledge management tasks and so on.

In second research item, I proposed “intermediary knowledge model” developed from SECI model, and analyzed CMC based knowledge processes with this model. I dealt with two cases of CMC enterprise SNS Q&A functions and software development Wiki. I found that CMC tools have two types, one is discussion type such as the

enterprise SNS Q&A function, and another is publication type such as the software development Wiki. I also verified both tools improved the knowledge processes among employees.

In third research item, I dealt with the office that supports a concept called

“lifecycle of ideas.” I analyzed the data from thin client computer terminal logs and the results of questionnaire. I verified the office facilitated lively discussion and

concentrated works.

I confirmed CMC tools and knowledge creation office are knowledge management tasks which support the knowledge process layer activity in the

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structuralized knowledge sharing system. Consequently, the findings in structure of knowledge sharing system of this research are effective.

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知識経営における知識流通システムに関する研究

神戸 雅一 論文要旨

本研究の目的は,企業の知識経営における課題に対して,知識流通システムの構造化の 枠組みを検討し,知識経営の実態を把握することである.そのために本研究では知識流通 システムの構造化を通じ,知識経営の実態の把握を試みた.知識流通システムは,「知識 経営戦略」,「知識業務プロセス」,「知識経営施策群」を枠組みとし,知識を流通する システムである.

OECDの1996年のレポート「THE KNOWLEDGE-BASED ECONOMY」からの流れ を受け,経済の知識化が世界的に進展している.この経済の知識化を背景として,企業に はその内外にある知識を事業に活かすことが求められている.知識を活用する企業は,数 多くの知識経営施策を展開している.しかしこうした施策は必ずしも十分な効果を発揮す るとはかぎらない.この背景には,業務を行う現場とは異なる企業の企画部門等で,知識 経営施策の基本的な方針や知識経営施策の詳細が決定される場合があるという問題がある.

また,ある部門が実施した施策が他の部門が実施する施策と重複し利用者が混乱する場合 があることも問題となる.こうした問題を解決するために,本研究では,企業の知識流通 システムの構造化と知識経営施策の分析と検証を課題として設定した.

本研究は,知識経営における知識流通システムの構造化を行い,企業の知識経営の実態 を把握し,知識経営の管理と運営に貢献するという意義を持つ.本研究の具体的な研究項 目は,企業の知識経営を対象にした知識流通システムの構造化の研究,CMC(Computer Mediated Communication)を利用した知識業務プロセスの研究,知識創造オフィスによる 知識業務プロセス支援の研究の3つである.

知識流通システムの構造化の研究では,知識経営目標,知識経営調査結果,知識経営施 策をインプットとし,企業の知識経営状態を評価した.この評価結果に基づき知識経営戦 略,知識業務プロセス,知識経営施策群の関係を構造化し,知識流通システムの構造化と ロードマップの構築を実施した.構築されたロードマップは,施策間の相乗効果や重複す る施策,施策の実施順序の有効性,不足する知識経営を抽出するという成果をもたらした.

これらの成果は,知識経営の改善に対する企業の部門間の橋渡しや,知識業務プロセスの 調整,施策の妥当性の検証等に役立つことを確認した.また,知識流通システムの構造化 における知識業務プロセスとそれを支援する知識経営施策の具体的な関係を確認する必要 がある.そこで,CMCツールと知識創造オフィスという知識経営施策が,知識流通システ ムの構造化における知識業務プロセスを支援する具体例について分析,検証した.

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CMCツールを利用した知識業務プロセスの研究では,SECIモデルを拡張した仲介知モ デルを提案し,CMCを利用した知識業務プロセスを分析した.本研究で対象としたCMC ツールの事例は,企業内SNSのQ&A機能とソフトウェア開発に利用したWikiである.

仲介知モデルに基づいて,この二種類のCMCツールの特性を分析した結果,企業内SNS

のQ&A機能は議論型のCMCを支援する特徴を持ち,ソフトウェア開発Wikiは発信型の

CMCを支援する特徴を持つことを確認した.企業内SNSのQ&A機能の事例では,従業 員が新たな問題解決の形を,企業内SNSを用いて実施したことを確認した.具体的には,

ある従業員の問題提起に対して,組織階層を越えた複数の従業員が経験や過去に読んだ書 籍から得た知識を提示し問題解決を支援する成果を確認した.こうした組織を越えた議論 による問題解決の支援は,企業内SNSのQ&A機能の導入により新たに実現されたもので あると考える.ソフトウェア開発Wikiの事例では,Wikiの導入により,開発メンバーが 企業内の類型集や過去の個人的な開発経験,個人の作業の進行状況などをWiki上に知識と して流通させ開発を効率化するという成果を確認した.具体的にはWikiの導入で,知識の リスト化と収集,一般化されていない知識の共有,対面ミーティングの代替という新たな 知識業務プロセスが発生し,業務を効率化した.こうしたCMCツールの事例により,知識 経営施策が,知識流通システムの構造化における知識業務プロセスを具体的に支援してい ることを確認した.

また,知識創造オフィスの研究では,アイデアの着想,共創,出現,体感を支援するオ フィスを設計し分析した.分析には,能力成熟度モデルを基にしたワークプレイス活用レ ベルを設定し,会議室等のオフィスエリアに配置したシンクライアントのログとアンケー ト結果を用いて評価した.この結果,知識創造オフィスは,特にアイデアの共創と出現エ リアでの従業員の活動を支援し,アイデアの共創エリアでは従業員の活発な議論に,アイ デアの出現エリアでは従業員の集中作業に役立つことを確認した.知識創造オフィスの導 入事例によっても,知識経営施策が,知識流通システムの構造化における知識業務プロセ スを具体的に支援していることを確認した.

結論として,本研究は,知識流通システムの構造化を通じ,知識経営の実態を把握した.

また具体的な知識経営施策の効果を知識流通システム構造化の事例として位置付けたと考 える.

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i

目次

1. 序章 ... 1

1.1 はじめに ... 1

1.2 知識経営における知識流通システムの研究の背景 ... 2

1.3 知識経営における知識流通システムの研究の意義 ... 4

1.4 知識経営における知識流通システムの研究の目的 ... 5

1.5 知識経営における知識流通システムの研究の貢献 ... 5

1.6 知識経営における知識流通システムの研究の構成 ... 6

2. 知識経営の課題 ... 9

2.1 本研究における知識経営課題の前提 ... 9

2.2 本研究における知識経営課題 ... 9

2.3 関連研究のなかでの本研究の位置付け ... 10

2.3.1 課題 A: 知識流通システムの構造化の課題詳細化 ... 11

2.3.2 課題 B: 企業の知識経営施策の分析と検証についての課題 ... 12

2.4 本研究で解決すべき課題と研究項目の関係 ... 13

2.5 本研究における知識の定義 ... 14

3. 知識流通システムの構造化の研究 ... 17

3.1 研究の背景 ... 17

3.2 先行研究と本研究の位置付け ... 18

3.2.1 知識経営をサポートする研究 ... 18

3.2.2 ロードマップの構築方法に関する研究 ... 20

3.3 企業の知識流通システムの構造化 ... 21

3.3.1 知識流通システムと知識経営アーキテクチャー ... 21

3.3.2 知識流通システムの構造化のプロセスの概要 ... 25

3.3.3 知識流通システムの構造化のプロセスの詳細 ... 26

3.4 知識流通システムの構造化の事例研究 ... 30

3.5 知識流通システムの構造化の考察 ... 36

3.5.1 知識流通システムの構造化研究における効果 ... 36

3.5.2 知識流通システムの構造化研究における限界 ... 38

3.5.3 一般化に対する考察 ... 38

3.5.4 知識流通システムの構造化と関連研究との比較 ... 38

3.6 知識流通システムの構造化の結論 ... 40

(10)

ii

4. CMC を利用した知識業務プロセスの研究 ... 41

4.1 研究の背景 ... 41

4.2 先行研究と本研究の位置付け ... 42

4.3 CMC 知識業務プロセスの研究モデル ... 44

4.3.1 仲介知モデルの提案 ... 44

4.3.2 仲介知の知識変換モード ... 46

4.4 CMC を利用した知識業務プロセスの事例 ... 48

4.4.1 企業内 SNS の Q&A 機能についての事例分析 ... 48

4.4.2 ソフトウェア開発 Wiki についての事例分析 ... 49

4.4.3 企業内 SNS の Q&A 機能とソフトウェア開発 Wiki の比較 ... 51

4.4.4 企業内 SNS の Q&A 機能とソフトウェア開発 Wiki の比較の限界 53 4.5 Wiki を導入したソフトウェア開発事例研究 ... 54

4.5.1 ソフトウェア開発 Wiki についての事例研究の目的 ... 54

4.5.2 ソフトウェア開発 Wiki についての事例の概要 ... 54

4.5.3 ソフトウェア開発 Wiki についての事例の仮説検証 ... 55

4.5.4 ソフトウェア開発 Wiki についての事例研究の考察 ... 57

4.5.5 ソフトウェア開発 Wiki についての事例研究の限界 ... 59

4.6 知識流通システムの構造化における知識業務プロセスと CMC ツール 59 4.6.1 知識流通業務の円滑化と CMC ツールの関係について ... 59

4.6.2 知識ワーカーの協力体制の構築と CMC ツールの関係について ... 60

4.7 CMC による知識業務プロセス研究の結論 ... 61

5. 知識創造オフィスによる知識業務プロセス支援の研究 ... 65

5.1 研究の背景 ... 65

5.2 先行研究と本研究の位置付け ... 66

5.3 知識創造オフィスの提案 ... 67

5.3.1 アイデアのライフサイクル ... 67

5.3.2 知識創造オフィスの WS に基づく WP の設計 ... 69

5.3.3 WP 活用レベルの提案 ... 69

5.4 知識創造オフィスの実現方法 ... 70

5.4.1 アイデアのライフサイクルを実現するエリア ... 70

5.4.2 アイデアのライフサイクルを支援するシンクライアント ... 74

5.5 知識創造オフィス実験 ... 75

5.5.1 実験方法 ... 75

5.5.2 実験結果 ... 76

5.6 知識創造オフィス実験の考察 ... 83

5.6.1 WP 活用レベル 0 の評価 ... 84

(11)

iii

5.6.2 WP 活用レベル 1 の評価 ... 84

5.6.3 WP 活用レベル 2 および 3 の評価 ... 85

5.6.4 知識創造オフィス実験についてのまとめ ... 86

5.7 知識流通システムの構造化における知識業務プロセスと知識創造オフィ ス ... 87

5.7.1 知識流通業務の円滑化と知識創造オフィスの関係について ... 87

5.7.2 知識共有プロセスの体系化と知識創造オフィスの関係について ... 88

5.8 知識創造オフィスによる知識業務プロセス支援研究の結論 ... 88

6. まとめと考察 ... 90

6.1 知識流通システムの構造化について ... 90

6.2 企業の知識経営施策の分析と検証 ... 92

7. 結論 ... 95

8. 今後の課題 ... 98

謝辞 ... 100

参考文献 ... 101

(12)

iv 図目次

図 1-1 知識経営における知識流通システムの研究の構造 ... 7

図 2-1 本研究で解決すべき課題と研究項目の関係 ... 14

図 3-1 知識流通システムと知識経営アーキテクチャー ... 22

図 3-2 知識流通システムの構造化プロセス ... 25

図 3-3 知識流通システムの構造化とロードマップ ... 35

図 4-1 仲介知モデルの概念図 ... 45

図 5-1 アイデアのライフサイクル ... 68

図 5-2 ラウンジ ... 72

図 5-3 コ・クリエーション・エリア ... 72

図 5-4 シンキング・スペース ... 73

図 5-5 プレゼンテーション・エリア ... 74

図 5-6 共用エリアに置かれたシンクライアントの利用回数 ... 77

図 5-7 ユーザーごとの共用エリアのシンクライアント利用回数分析 .... 77

図 5-8 ワークプレイスごとのシンクライアントの利用回数 ... 78

図 5-9 ワークプレイスごとのシンクライアントの利用時間 ... 78

図 5-10 WS コンセプト:アイデアのライフサイクルの認知度 ... 79

図 5-11 利用者による WP の利用意識 ... 80

図 5-12 代表的な WP の利用頻度意識 ... 80

図 5-13 コ・クリエーション・エリアの作業内容 ... 81

図 5-14 コ・クリエーション・エリアの一日当たりの平均利用時間 ... 81

図 5-15 コ・クリエーション・エリアの可視性に関する意識 ... 82

図 5-16 シンキング・スペースでの作業内容 ... 82

図 5-17 シンキング・スペースの一日当たりの平均利用時間 ... 83

図 5-18 シンキング・スペースの利用者のメリット ... 83

(13)

v 表目次

表 2-1 関連研究と本研究で解決する課題 ... 11

表 3-1 知識経営アーキテクチャー ... 23

表 3-2 知識経営の事実の抽出 ... 31

表 3-3 知識経営の事実による知識経営目標の評価 ... 32

表 3-4 知識流通システムの構造化のためのマトリックス ... 33

表 4-1 仲介知モデルの知識変換モード ... 46

表 4-2 企業内 SNS の Q&A 機能の知識変換モードの分類 ... 49

表 4-3 ソフトウェア開発 Wiki の知識変換モードの分類 ... 50

表 4-4 企業内 SNS の Q&A 機能とソフトウェア開発 Wiki の知識変換モ ードの出現頻度 ... 51

表 4-5 ソフトウェア開発に利用されたコミュニケーション手段 ... 55

表 5-1 アイデアのライフサイクルを実現するオフィスの要件 ... 69

表 5-2 知識創造オフィスの設計の特徴 ... 71

(14)

1

1. 序章

1.1 はじめに

企業内での知識流通は大きく変わりつつある.知識流通の変化は,企業の知識経営を実 践するための活動の現れである.知識経営実践のため,企業は多くの知識経営施策を実施 している.知識流通を円滑に行うためのルールの制定と実践,従業員の生産性を向上させ る適正な知識流通や情報漏えい対策のためのルールの制定と実践,これらを実現する情報 システムや物理的なオフィスの導入が施策として実施されている.電子メールの導入,

SNS(Social Networking Service)やWikiなどの導入が知識流通を活性化させるための情報 システムの代表的なものである.こうした情報システムを利用したコミュニケーションの 活性化のほか,従業員の知的生産性を向上させる物理的なオフィスの設計と導入も行われ ている.会議の参加者に対し資料を閲覧できる情報端末を用意して,効果的なプレゼンテ ーションを行う会議室の設計と運用もこうした取り組みの一環である(桑名ら1995).また,

従業員に対して,部署,グループや役割に基づいた固定的な座席を用意する従来のオフィ スのレイアウトも変化しつつある.フリーアドレスオフィスの導入は,その具体的な例で あり,従業員たちは着席する際に自由に席を選び,ノートPCと業務に必要な書類を持って 作業を行う(山田2007).フリーアドレスオフィスは,従業員たちの座席を固定しないこと によって部署やグループを越えたコミュニケーションや知識流通を意図して導入されてい る.こうした情報システムやオフィスの運用には,企業内の知識流通を合理的にするため に,ルールやガイドラインが設けられる.これらは従業員たちの活動を制約することを主 眼に実施されているものばかりではない.彼らの知的生産性を向上させるために導入され る情報システムやオフィスの設計の要件として利用されるものもある.

このように,企業では従業員や顧客,ビジネスパートナーも含めた知識を活用するため に,多様な知識経営施策を実施している.知識経営施策とは,先にあげたように,知識経 営のルールやガイドラインの展開,知識経営のための情報システム,オフィスの提供など が相当する.しかし,企業全体で見ると,こうした知識経営施策の策定および運用は,合 理的に行われていない可能性がある.企業には,企画,営業,製造,運用などを担当する 部署やそれらを統括する部署があり,その個々の活動は,実際には十分な連携を取らずに 独立して行われていることも多い.このような部署での個別の活動を支援する知識経営施 策は,他部署との関連性を十分に考慮していないことも多い.その結果として,企業全体 で見ると知識経営施策の十分な成果は発揮されていない可能性がある.このように企業内 で実施される個別の知識経営施策の展開に整合性はない場合もある.しかし,企業の業務 に関わる従業員やビジネスパートナーなどの専門家の知識を扱い,知識経営を実践するこ とが必要とされている.そこで,企業全体として,企業内で実施中の知識経営施策を構造

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2

化する必要がある.そのために本研究では,知識流通システムを分析する枠組みを提示す る.そして,その枠組みに基づいた企業の知識流通システムの構造化を通じ,知識経営の 実態を把握する.構造化された知識業務プロセスと知識経営施策の関係を具体的に検証す ることで企業の知識経営のあるべき姿の一端を示すことを意図する.

1.2 知識経営における知識流通システムの研究の背景

1996年にOECDが発表したレポート「THE KNOWLEDGE-BASED ECONOMY」

(OECD 1996)は,知識を源泉とした経済活動の重要性を主張している.これは,企業の競 争力の源泉は,知識となることが,世界的に認知されていることを示している.企業は,

その内外の知識を活用し,事業に活かすことが市場から求められている.知識活用の要求 に対応するため,企業は知識を重要視した取り組みを行うようになった.企業経営におけ る知識の重要性は,ドラッカーも主張している.ドラッカー(1988)は「情報が組織を変える」

というレポートのなかで,企業の情報化を提唱しているが,その内容は単なる情報という よりも,企業の知識の活用を強く主張するものであった.ドラッカーは,まず人口構造の 変化において,「被用者の中心は知識労働者へと移行している」ことを主張している.企 業で働く従業員のうち,ルーティンワークに従事する者は減り,知識を活用することで顧 客に対する価値創造をするものが主流になることを予見していると言ってよい.従業員は その専門性を発揮することで知識労働者としての価値を高める.経済の動きとしては,「大 企業がイノベーションと起業家精神を不可欠とする」ことを述べている.ドラッカー(1985) は,イノベーションに必要なものは,「才能,創意,知識と,目的意識を伴う激しく集中 的な労働である」としている.企業の経営目標や個人の自己実現を伴った知識活用が,大 企業内におけるイノベーションには必要であると考えられる.また,企業内で起業家精神 を維持するために,従来の組織階層的な知識流通のみならず,組織横断的でフラットな知 識流通が必要であると考えられる.部署や役職,時には単一企業の枠を越えた組織横断的 なフラットな知識流通が,従業員の専門性を高く保ち,起業家精神の維持にとって重要と なる.またドラッカー(1988)は情報技術の発展においては,「意思決定のプロセス,経営陣 の構造,仕事の処理の仕方が変わる」と主張している.従業員の専門的な知識をくまなく 活用するための意思決定の方法やそれをサポートする経営陣の役割も当然変化する.ひい ては従業員の業務も,高度で専門的な知識に裏付けられた判断を求められるようなものと なる.

1980年代のドラッカーの主張は,経済の知識化を予見するものであり,企業は高度な専 門家を束ねる集合体となることを予想している.こうした組織が維持される条件は,目標 の必要性と情報に対する責任とされている.目標の必要性とは,企業が経営に知識を活用 するには,従業員間で具体的な行動に翻訳できる明確で単純な共通の目的が存在しなれけ ればならないということである.情報に対する責任とは,全員が組織内の情報の持ち主と

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3

の依存関係を把握することが重要ということである.従業員の持つ情報は,その目的性か ら知識と言い換えることができる.知識経営の実践においては,企業内に存在する知識に 従業員がその専門性に応じて責任を持つ必要がある.企業の従業員は知識労働にシフトし ている.専門家である従業員が持つ知識を企業として活用することが,企業経営に求めら れている.こうした知識を重視した概念の実現が,企業経営のなかでの知識経営の位置付 けであると言える.

企業は,知識を活用するための施策を実施している.企業が,市場に投入した製品やサ ービスに対する顧客の意見を,その改善や新規開発に活用するために,CGM(Consumer Generated Media)を導入する事例がある.このほかに,企業が従業員に向けて企業内ポー タルサイトを作成し,業務に必要な情報を一元して提供する事例もある.また,企業内の 文化醸成のために,ニュースサイトを作成したり,メールマガジンを流したりする事例も ある.

企業はこのような施策により知識経営を実践する.知識経営施策は企業内外の専門家の 知識を用いて,企業の業務上の問題解決をするために実施される.こうした企業内の専門 家による業務上の問題解決は,人工知能の研究領域における問題解決と対応関係にあると 言える.人工知能分野での問題解決については,新田(2002)が知識と推論を人工知能研究の 基本的な概念として論じている.本研究では,企業内の問題解決に対する知識と推論のう ち,従業員が業務遂行に利用する知識について着目した.これは,企業が対峙する顧客の 要求が多様化し,これに対応するために企業内外に偏在する多種多様な知識を収集し,問 題解決に利用することを企業が重視しているからである.企業内外に偏在する多種多様な 知識を問題解決に利用するために企業はさまざまな知識経営施策を展開している.

しかし,こうした知識経営施策は,必ずしも企業の経営戦略や企業内で是とする業務プ ロセスと合致しているとはかぎらない.社内ニュースサイトと社内メールマガジンは,従 業員向けに提供する内容は類似したものである.しかし,両者の使い分けは明確には規定 されていない.ニュースサイトは従業員が意図的にアクセスし知識を取得するプル型メデ ィアであり,メールマガジンは従業員に知識を送付するプッシュ型メディアであり,この 双方を用意しているに過ぎない.知識経営施策間でコンフリクトがある例もある.情報セ キュリティの厳格化を徹底する一方で,企業グループ間での知識共有を促進するなど,ケ ースバイケースの現場での判断を求められる例がそれにあたる.また,企業内SNSは,企 業の組織構造をベースにした垂直型コミュニケーションのほかに,組織横断的な水平型コ ミュニケーションを支援するために提供される施策である.この企業内SNSという同一の ツールを利用した場合であっても,異なるタイプの業務プロセスを支援する場合もある.

企業内SNSは,従業員同士での端末機器操作コマンドの利用方法に関する知識を共有させ たという事例もあれば(青木2009),本研究で事例として示すように従業員が抱える現行業 務上の問題に対し,他の複数の従業員が自らの経験や学術的な知見に基づく知識を提供し,

問題解決を支援した事例もある.

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4

このように個々の知識経営施策の展開は他の知識経営施策との整合性が取られていると はかぎらない.しかしながら,企業は知識経営施策を展開し,従業員を中心とした業務に 関わる人々の持つ知識を有効に利用する必要がある.こうした知識の利用がなければ,企 業は厳しい経営環境を勝ち残るための競争力を維持し発展させることができないからであ る.

このような背景から,企業で行われる知識経営施策と,企業の経営戦略や業務プロセス の関連性を明確にする必要がある.よって企業の知識経営戦略,知識業務プロセス,知識 経営施策群の関係を構造化するための枠組みが必要となる.本研究では知識経営における 構造化の枠組みとして知識流通システムを提示する.

1.3 知識経営における知識流通システムの研究の意義

本研究の意義は,知識経営における知識流通システムの構造化を通じ,企業の知識経営 の実態を把握することで,知識経営の管理,運営に役立てることである.知識流通システ ムは,知識経営戦略,知識業務プロセス,知識経営施策群を枠組みとして知識を流通する システムである.知識流通システムにおける知識経営戦略は,企業の経営戦略に基づいた 知識活用のための戦略である.本研究における知識経営戦略とは,企業で業務を遂行する 従業員の知識流通を支援するためのビジョンの提示やサポートを行う活動を指す.知識経 営戦略には,M&A(Mergers and Acquisitions)や戦略的業務提携などの高度の経営判断を要 するものもあるが,本研究においてはこれを対象としない.変動する社会情勢のなか,企 業の従業員が行う業務レベルでの問題解決を行うための知識流通を支援する知識経営戦略 を対象とする.知識流通システムにおける知識業務プロセスは,こうした知識経営戦略に 基づき,業務遂行現場での知識を活用した業務の遂行スタイルを実践する活動である.知 識流通システムにおける知識経営施策群は,知識業務プロセスを支援するためのルールや ツールなどの施策の集まりである.本研究では,企業の知識経営を,「知識経営戦略」,

「知識業務プロセス」,「知識経営施策群」からなる3階層として捉え,その関係性を分 析することで,知識流通システムを構造化する.そして,企業の知識経営に対しあるべき 姿を提示し,知識経営を管理,運営することが重要であると考える.本研究での知識流通 システムとは,従業員が知識の生産者と消費者という立場を絶えず入れ替わることで知識 を流通する機能を持つ.企業は,業務上の問題解決のために,従業員間での時間と空間に 制約されない知識流通を重視している.本研究における知識流通の概念と,物流や商流と いった領域での流通という概念に対しての相違について以下のように考える.物流や商流 といった領域において,流通元にあった流通対象は,流通先に移動することで,流通元に は存在しなくなる.しかし,知識流通おいては,対象である知識が流通しても流通元にも 流通先にも知識は存在する.知識流通においては,流通対象である知識の共有化について の議論が必要な点に特徴があると考える.

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5 1.4 知識経営における知識流通システムの研究の目的

本研究においては,企業で実施されている知識経営の実態を把握することを目的とする.

知識経営を指向する企業は,さまざまな知識経営施策を実施している.しかし,実施され ている複数の知識経営施策に基づく知識経営の実態を把握し記述する研究はない.知識経 営を指向する企業は,知識経営施策を展開する.知識経営施策は,知識の多様性を重視し 全社的に展開されるものも多い.全社的に展開される知識経営施策であっても,施策の立 案は,経営陣や企画部門,事業部門等などさまざまな部門が主体となり行われる.本来で あればこうした個々の知識経営施策により実現される知識経営の実態を把握することが企 業全体として重要であるが,実際には行われていない.知識経営施策間の相乗効果の確認 や実施における課題などは,知識経営の実態の把握に基づいて行う必要がある.本研究は 知識流通システムの構造化を通じ,企業の知識経営の実態を把握する記述的研究である.

本研究では,知識経営のうち特に企業が従業員の知識流通を改善するものを対象とする.

企業は,従業員が利用可能な社内外の知識を集約することで,企業がその競争力を維持し 発展する経営を重視している.本研究は,知識流通システムの構造化を通じ,知識経営の 実態を把握することを目的とする.知識経営を実践するための施策は数多く導入されてい るが,その状態は混沌としている.1.2で示したように,ある部門の業務を個別最適化する ために導入された施策は必ずしも他の部門の業務を促進するとはかぎらない.かえって悪 影響を及ぼす場合もある.具体的には,部門間ファイル共有システムのアクセス権の例が 考えられる.情報システム部門が導入した部門間ファイル共有システムのアクセス権が,

ある特定の部門の業務役割に基づいて設計されていたものであったとする.そのため他部 門でファイル共有が可能なアクセス権を持った従業員がごく一部しか存在しないという非 効率的な事態が発生する.このように企業の知識経営施策単体であっても,その運用が部 門を越えることで問題が発生することもある.また,複数の施策間の相乗効果や,施策の 重複による非効率性や副次的影響も十分に検討されないまま,施策が実行されることがあ る.さらに,施策の導入による効果が明確には測定されず,従業員が一向に利用しない知 識経営のルールや情報システムが企業内に存在し続けることもある.

本研究では,こうした知識経営の混沌とした状態を構造化し,実態を把握することを目 的とする.具体的には,知識流通システムの枠組みを踏まえ,知識経営戦略,知識業務プ ロセス,知識経営施策群を構造化し,その具体的な成果について検証する.

1.5 知識経営における知識流通システムの研究の貢献

本研究の貢献は,企業の知識経営状況を分析し,その結果に基づいて企業の知識流通シ ステムを構造化することである.構造化のために,企業が実施した知識経営調査結果や企 業が実施中の知識経営施策を評価した.この評価を通じて,知識経営の実態に即した形で

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6

の知識流通システムの構造化を実施している.また,本研究では知識経営施策の実施状況 の分析と検証に貢献している.知識流通システムにおいて構造化された知識経営施策と知 識業務プロセスとの関係を,事例に基づいて具体化している.さらに知識経営施策のうち,

CMCツールと知識創造オフィスの利用状況を分析,検証し,企業の知識業務プロセスを改 善するための知識経営施策としての効果を明らかにしている.CMCツールの事例において は,仲介知モデルを用い,新たなCMCツールの有効性を示している.また知識創造オフィ スの事例においては,知識創造オフィスの導入による知的生産活動支援の有効性について 事例を通じ示している.

1.6 知識経営における知識流通システムの研究の構成

以下に本論文の構成を示す.図1-1は本研究の構成を示したものである.第2章では,

知識経営の現状を議論し,知識経営分野における先行研究を整理し,本研究で解決すべき 課題を提示する.さらに,本研究の課題と企業の知識経営事例に基づいた第3章,第4章,

第5章の研究項目を関連付ける.また,本研究における知識経営という観点での知識の定 義も合わせて行う.

第3章では,知識流通システムの構造化について説明する.具体的には,実際の企業で 実施されている知識経営施策を対象に知識経営ロードマップを作製しそのプロセスや効果,

限界について考察する.

第4章では,知識流通システムの構造化の対象となった知識経営施策のうち,CMCツー ル導入の分析と検証を行う.分析は,伝統的な企業の知識創造モデルであるSECIモデルを 拡張し新たに提案した仲介知モデルに基づいて行った.このモデルを用いたCMCツールの うち企業内SNSのQ&A機能を用いて行われた組織横断的な問題解決の事例分析と,企業 の新規事業開発部門で行われたソフトウェア開発に利用されたWikiの事例分析を行い,

CMCツールの効果と限界について考察した.このCMCツールの事例により知識流通シス テムの構造化における知識業務プロセスと知識経営施策の関係を具体的に示す.

第5章では,知識流通システムの構造化の対象となった知識経営施策のうち,知識創造 オフィスについて分析と検証を行った.知識創造オフィスは,「アイデアのライフサイク ル」というコンセプトに基づいた物理的オフィスレイアウトと情報システムを組み合わせ たオフィスである.知識創造オフィスの効果の測定モデルとしてワークプレイス活用レベ ルを設定し,知識創造オフィスの効果について考察した.この事例によっても,知識流通 システムの構造化における知識業務プロセスと知識経営施策の関係を具体的に示す.第6 章で3章,4章,5章の研究結果を踏まえたうえで,本研究の知識経営の課題に対する成果 のまとめと考察を行う.第7章で結論を主張し,第8章で今後の課題について述べる.

(20)

7

本研究の背景,意義,目的、貢献

知識流通システムの構造化

知識創造オフィスによる知識業務プロセス支援

CMCを利用した知識業務プロセス

知識流通システムの構造化とロードマップ化の実施

知識創造オフィスにおける知識業務プロセス の分析と検証

第1章

知識経営の課題 第2章

4 5

第6章

まとめと考察

第7章 今後の課題

第3章

第8章 結論

CMCを利用した知識業務プロセスの 分析と検証

図 1-1 知識経営における知識流通システムの研究の構造

(21)

8

主要参考文献

第3章

Masakazu Kanbe and Shuichiro Yamamoto, “A Design Method for the Enterprise Knowledge Management Architecture”, Proceeding of the 2008 conference on Knowledge-Based Software Engineering, pp.433-442, 2008.

第4章

Masakazu Kanbe & Shuichiro Yamamoto, “An Analysis of Computer Mediated Communication Patterns”, The International Journal of Knowledge, Culture and Change Management, Vol. 9 , No.3, pp.35-48, 2009.

Masakazu Kanbe, Shuichiro Yamamoto and Toshizumi Ohta, “A Proposal of TIE Model for Communication in Software Development process”, New Frontiers in Artificial Intelligence Lecture Notes in Computer Science, 2010, Volume 6284/2010, 104-115, 2010.

Shuichiro Yamamoto and Masakazu Kanbe, “Knowledge Creation by Enterprise SNS”, The International Journal of Knowledge, Culture and Change Management Vo1. 8, No.1, pp.255-264, 2008.

第5章

神戸雅一,桑田喜隆,本橋賢二,小豆川裕子,箱守聰,シンクライアント環境を用いた次 世代型ワークスタイルとワークプレイス,” シンクライアント環境を用いた次世代型ワー クスタイルとワークプレイス”,情報処理学会論文誌 第49巻1号, pp.116-129, 2008.

(22)

9

2. 知識経営の課題

企業では知識経営の実践を試みており,知識経営についての多くの研究がされている.

しかし,企業における知識経営の実践や知識経営の研究でも解決できていない課題は存在 する.

2.1 本研究における知識経営課題の前提

第1章で説明したOECDのレポートTHE KNOWLEDGE-BASED ECONOMYやドラ ッカーの1980年代のレポートが示すように,知識を重視する経済や経営の重要性は以前か ら認知されている.OECDのレポートは,知識は「生産性と経済成長の推進力」であると している.ドラッカーは,情報組織化を目指した企業経営について従業員の知識活用の重 要性を説いている.またイノベーションの方法論のなかでも知識の重要性を説いている.

こうした動きと並行して,野中ら(1996)による知識創造企業の提言や,ダベンポート(2000) のワーキング・ナレッジの概念などを通じ,企業内での知識活用の重要性が事例をもとに 紹介されている.しかし,企業が実践している知識経営施策の構造化および知識業務プロ セスへの効果の分析を行った例は少なく,知識を重視する経営の具体化は十分に検討され ていない.本研究では企業で展開される知識経営の具体的な分析と検証を行う.

2.2 本研究における知識経営課題

第1章で示したように,企業の知識経営施策は業務を行う現場のプロセスや経営戦略と 合致しているわけではない.これにはふたつの理由があると考えられる.ひとつ目の理由 は,知識経営施策が業務を行う現場の実態を把握せずに展開されていることに起因すると 思われる.業務遂行の現場での知識経営のルールやガイドラインの制定に,実際の業務遂 行に関わる部署や人物が関与するわけではない.たとえば,企業の情報セキュリティポリ シーなどは,セキュリティ推進部門が制定するものであり,情報セキュリティポリシーが 現場の業務プロセスの遂行とコンフリクトを起こすこともある(杉浦2010).企業の経営陣 は,情報セキュリティの推進を意図しているのであり現場の業務の遂行を阻害することは 意図していない.しかし結果として現場の業務遂行を阻害することはあり得る.また,知 識経営施策のうち,情報システムの構築が必要なもののなかには,多大なコストがかかる ものがある.企業全体に向けたポータルサイトや全社的な規模でのファイル共有システム などは,堅牢性や収容できるファイルの容量などの点から,多大なコストがかかることが 予想される.こうしたコストのかかる情報システムの仕様は,経営企画部門や情報システ ム部門が決定するものであり,実際の業務を遂行する部門や人物が関与する機会はあまり ない.その結果,現場での業務の遂行に有効でないメニュー構成になったポータルサイト

(23)

10

や,フォルダーの構成ルールやアクセス権の設定ルールがわかりづらく,利用しづらいフ ァイル共有システムが導入されることになる.このように企業の知識経営施策は,業務を 遂行する人の意図を反映したものとはならないこともある.

ふたつ目の理由は,知識経営施策の導入を業務遂行の現場が主導的に行った場合であっ ても,他の現場の実態を把握せずに展開されていることに起因すると思われる.ある部署 で成功した知識経営施策の制度やルール,情報システムを,成功した部署とは異なる業務 プロセスを遂行している部署にそのまま導入しても,その効果が同じように現れることは ないこともある.また,ある部署の知識経営によってもたらされた業務の個別最適化が,

企業の業務の全体最適化を阻害する場合もある.知識経営施策は,知識業務プロセスを支 援するものであり,知識経営戦略によりサポートされる必要がある.よって,企業全体の 知識経営戦略,知識業務プロセスの包括的設計と運用が必要である.さらに個別の知識経 営施策がどのような知識業務プロセスを活性化するのかを分析し検証する必要がある.

こうした前提条件に基づいて,本研究では,以下の課題A,課題Bの2つの知識経営課 題に着目した.

課題A 知識流通システムの構造化

知識経営戦略,知識業務プロセス,知識経営施策群を,知識流通システムとして構造化 する必要がある.

課題B 企業の知識経営施策の分析と検証

知識流通システムに構造化されたルールやツールとして導入された知識経営施策が,ど のように知識業務プロセスを活性化しているかを分析し検証する必要がある.

2.3 関連研究のなかでの本研究の位置付け

2.2で知識経営に関する課題Aと課題Bを設定した.本節では,この課題に関連する先 行研究と本研究で解決すべき具体的な課題について説明する.表2-1は本研究における知識 経営課題と,本研究の課題に関連する代表的な先行研究の内容とを整理し,本研究で解決 すべき具体的な課題を示したものである.本研究で解決すべき課題は以下の4つである.

課題A1:個別の知識経営施策を起点とした知識流通システムの活用は検討されていない

課題A2:知識経営施策が,知識業務プロセスに与える効果を具体的に検証できていない

課題B1:CMCツールの導入による知識業務プロセスの成果は明らかになっていない

課題B2:物理的レイアウトと情報システムを融合したオフィス導入による知識業務プロセ

スの効果は明らかになっていない 以下にその内容について説明する.

(24)

11

表 2-1 関連研究と本研究で解決する課題

知識経営 の課題

関連研究 関連研究で

解決された事項

本研究で 解決すべき課題

課題A.

知識流通システ ムの構造化

Knowledge Management Toolkit

(A. Tiwana, 2000) 新規の知識経営施策の検討や単体の知識

経営施策評価のためのツールを提案した (A1)個別の知識経営施策を起 点とした知識流通システムの活 用は検討されていない

Technology Road Mapping Method(Parnell et al., 1998)など

技術開発と事業戦略の関係によるロードマッ ピングの手法を提案した

Knowledge Networks for Business Growth (Enkel et al, 2007)

知識経営モデルの提案とM&Aなどを契機と したトップダウンからの知識経営事例の分析 をした

(A2)知識経営施策が,知識業 務プロセスに与える効果を具体 的に検証できていない

Knowledge Management Maturity Model

(Kulkarni et al,.,2004)

測定項目を開発し,改善すべき企業の知識 経営状態の改善点を明確化した

課題B.

企業の知識経営 施策の分析と 検証

SECIモデル (野中ら1996)

企業組織における知識創造事例を,暗黙知,

形式知の知識変換モードで説明した (B1)CMCツールの導入による 知識業務プロセスの成果は明 らかになっていない

gIBIS(Conklin et.al, 1998)など ソフトウェア設計の決定経緯を記録し,設計

過程を追跡する効果を示した シングルディスプレイグループ

ウェアについての研究(Tse et al., 2004)など

情報システムを中心とした高度な知的生産 環境の作業性について,被験者に課題を与 えて評価した

(B2)物理的レイアウトと情報シ ステムを融合したオフィス導入 による知識業務プロセスの成 果は明らかになっていない

セキュリティを評価したシンクラ イアントソリューション(新井ら 2006)

シンクライアントの導入に対するフロアス ペースや管理コストの削減の効果を確認し

2.3.1 課題 A:知識流通システムの構造化の課題詳細化

表2-1に,課題A,課題Bを解決する上で調査した本研究との関連研究の代表的なもの および本研究で対象とする課題をあげた.先行研究と本研究での課題解決の方向性につい て説明する.

Tiwana(2000)の提案したKnowledge Management Toolkitは,企業内で新たに知識経営 を実現するツールや制度の構築とその評価方法に関するツール群の研究である.このツー ル群は企業で新規に知識経営施策を検討することや単体の知識経営施策を評価するには有 効である.しかし,企業内で実施中の知識経営施策の分析や,知識経営施策間の相互作用 による効果や課題の抽出の実施を対象としていない.本研究では,企業で実施中の知識経 営施策の改善と施策間の関係性分析を目的とした知識流通システムの具体的な活用の課題 に貢献する (課題A1) .

また,企業が知識流通システムを用いて知識経営を構造化し,知識経営施策の時系列的 展開を基準に,知識経営施策を評価することで,知識経営施策の効果や課題の抽出を行う ことができる.そのためには知識経営施策のロードマップ化が必要である.Parnellら(1988) に代表されるロードマップ構築法研究の多くは,組織の将来的な技術戦略を対象にしたも のであり,企業で実施中の知識経営施策を対象にしたものではない.本研究では企業で実 施中の知識経営を対象にロードマップ化し,知識流通システムを具体的に活用する際の課 題に対し貢献する(課題A1).

またEnkelら(2007)の研究では,知識ネットワークのリファレンスモデルを提案してい

る.知識ネットワークのリファレンスモデルは,企業内の知識経営を,経営の視点,知識 プロセスの視点,知識経営を支援する制度や情報システムの視点で階層化している.Enkel

(25)

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ら(2007)はこのモデルを利用し,M&Aなどの企業の経営トップからの知識経営戦略の見直 しを契機とする知識経営制度や情報システムの新規構築指針を提示した.しかし,経営ト ップの指針が大きく変化することはなくても,企業の知識経営の改善は必要である.本研

究では,Enkelらの知識ネットワークリファレンスモデルをベースにし,知識流通システム

として企業の知識経営を分析する枠組みを提示する.さらに,この知識流通システムを用 い,企業の知識経営目標に対して知識経営状態を把握し,知識業務プロセスや知識経営施 策を構造化することで,知識流通システムの具体的な活用の課題に貢献する(課題A1).

知識流通システムを用いることで,企業の知識経営は構造化される.Enkelら(2007)の研 究では,知識経営施策が知識業務プロセスに与える具体的な効果の検証は行っていない.

本研究においては,知識流通システムの構造化における知識経営施策が,具体的にどのよ うに知識業務プロセスをサポートするのかを,知識経営施策の効果の分析と検証を通じ明 らかにする(課題A2).

また,課題Aの関連研究としてKnowledge Management Maturity Model(KMMM)があ る(Kulkarniら 2004).このモデルは,組織のプロセス改善手段である能力成熟度モデルで あるCMM(Capability Maturity Model)やCMMI (Capability Maturity Model

Integration)を知識経営の分野に応用したものである.KMMMの研究では,知識経営成熟

度の測定項目を開発し,企業の知識経営状態の改善点を明確にした.しかし,KMMMの研 究では改善点を明らかにしているが,知識経営を改善する具体的な方法の提示はされてい ない.本研究では知識業務プロセスをサポートする具体的な知識経営施策の分析を行い,

知識経営施策が知識業務プロセスに与える効果を明らかにする(課題A2).

2.3.2 課題 B:企業の知識経営施策の分析と検証についての課題

課題Bの関連研究としてSECIモデル(野中ら1996)がある.SECIモデルは,企業組織 における知識創造事例を,暗黙知と形式知,それらを変換する知識変換モードで説明した.

知識変換モードには,共同化(Socialization),表出化(Externalization),連結化

(Combination),内面化(Internalization)の四種類がある.しかし,SECIモデルが提案す る暗黙知と形式知および知識変換モードでは,新たな知識創造の場であるCMCツールを利 用した従業員による組織横断的で迅速な知識流通を十分に説明することはできない.本研 究では,CMCツールを用いた知識流通を,SECIモデルを拡張した仲介知モデルを提案し 説明する.また,このモデルを通じた分析によりCMCツール導入による具体的な知識業務 プロセスの成果を明らかにする.(課題B1)

また,ソフトウェア開発における設計の決定経緯の記録を対象とした研究に,gIBIS

(Conklinら1998)の研究がある.gIBISは,ソフトウェア開発プロセスで生じた議論の経

緯を記録し構造化することで,ソフトウェア開発プロセスの効率化を試みるものである.

gIBISは,Kunzら(1970)が提案したIBIS(Issue Based Information System)というモデル に基づいてソフトウェア開発の設計方針の決定経緯をグラフィカルに記録し,開発の効率

(26)

13

化を目指している.しかし,開発者が行う完全な議論内容の記録と構造化や,それを参照 する開発者の検索や利用にコストがかかることが予想される.本研究では,CMCツールに より,コミュニケーションを通じて知識を流通させるソフトウェア開発の事例を分析し,

CMC導入の具体的な効果について分析,検証する.(課題B1)

本研究における知識創造オフィスとは,物理的オフィスレイアウトと情報システムの融 合した従業員の知的生産活動を支援する新たなオフィスである.知識創造オフィスの先行 研究には,新たな情報システムとしてシンクライアントを導入したオフィスの研究がある

(新井ら,2006).シンクライアントとは,ハードディスクなどの補助記憶装置を持たないコ

ンピュータークライアントであり,ネットワーク上に格納されているプログラムを提供す るコンピューターサービスである.新井ら(2006)の研究では,シンクライアントの導入につ いてのフロアスペースの効率的な利用やクライアント機器の管理コストの削減効果を確認 している.しかし,利用者である従業員の知的生産活動支援への効果は確認されていない.

本研究では,物理的オフィスレイアウトとシンクライアントを組合せ設計した知識創造オ フィスの導入が及ぼす従業員の活動支援への効果について分析,検証する.(課題B2)

また,先進的な知的作業環境の研究のなかで,複数名でシングルディスプレイを利用す る作業環境が考案され,その効果が検証されている(Tseら 2004など).しかし,こうした 研究は,実験室における少人数,短期間での実験であるため,実際の業務への効果を十分 に把握することはできない.本研究では,知識創造オフィスを実際の業務の現場に適用し その効果を分析,検証する.(課題B2)

本研究の課題Bを解決するために分析するCMCツールと知識創造オフィスは,知識経 営施策である.これらの施策を事例として,知識流通システムにおける知識経営施策が知 識業務プロセスをサポートすることを具体的に示すことも,本研究で実施する(課題A2).

2.4 本研究で解決すべき課題と研究項目の関係

図2-1に,2.3に記した本研究で解決すべき課題と本研究の研究項目の関係を示す.課題 A1に対しては,企業の知識経営を題材に知識流通システムの構造化を実施する.第3章で は,企業の知識経営における知識流通システムの構造化を実施した.実際の企業の知識経 営状態を分析し,知識流通システムの枠組みで構造化することで知識経営のあるべき姿に ついて報告する.課題A2については,課題A1で構造化した知識流通システムに対して,

企業内で利用したCMCツールと知識創造オフィスという知識経営施策が,知識流通システ ムの構造化における具体的な事例としてどのように知識業務プロセスを支援する効果があ るかを明らかにする.課題B1については,CMCツールとして企業で利用されたSNSと Wiki上でのコミュニケーションを分析し,CMCツールの導入が与える知識業務プロセス の成果を分析し,検証する.この内容は第4章で説明する.課題B2については,企業の研 究開発部門に導入された,物理的オフィスレイアウトと情報システムを融合した知識創造

(27)

14

オフィスの設計と運用,その効果について分析し検証する.この内容は第5章で説明する.

第4章,第5章の内容は,第3章で構造化した知識流通システムにおける知識経営施策の 実施状況を具体的に分析し,その効果と知識業務プロセスとの関係の検証を含むものであ る.

課題A.

知識流通システムの 構造化

課題B.

企業の知識経営施策 の分析と検証

知識経営の課題 (A1)個別の知識経営施 策を起点とした知識流 通システムの活用は検 討されていない

(A2)知識経営施策が,

知識業務プロセスに与 える効果を具体的に検 証できていない

(B2)物理的レイアウトと 情報システムを融合し たオフィス導入による知 識業務プロセスの成果 は明らかになっていな

(B1)CMCツールの導入 による知識業務プロセ スの成果は明らかに なっていない

本研究で解決 すべき課題

1.知識流通システムの構造化 企業の知識経営の構造化とロード マップ構築を実施する (3)

3.知識創造オフィスによる知識業務 プロセス支援

知識創造オフィスの設計,構築と導入 効果を,実際のオフィスの活用状況を 分析し検証する (5章)

研究項目

2. CMCを利用した知識業務プロセス

CMCを利用した従業員の活動を分析し,

企業の知識業務プロセスの成果につい て分析し検証する (4)

図 2-1 本研究で解決すべき課題と研究項目の関係

2.5 本研究における知識の定義

本研究における知識について定義する.定義に際して,過去の知識に関する研究につい てまとめる.本研究における知識の定義は,本研究の対象である知識経営の文脈で定義す る.

ミンスキー(1986)は知識のモジュール性の概念において,「モジュール化された知識を通 じて世界を把握することができる大人のみが,事実を容易に認識することができる」とし ている.すなわち,大人は,その経験により知識がモジュールとしてすでに構築化されて おり,事実の認識には,その構築された複数の構造を結びつけるのみでよいとしている.

この知識のモジュール性の概念では,「知識の部品は簡単に描写することができるが,部 品の集大成としての知識にこうした知識の部品が取り込まれる様子は隠蔽されているので,

知識のモジュール性の形成は見かけ以上に簡単ではない」としている.この概念に従うと,

知識というものはある一定の経験を経ることで構築される事象の集まりであると言える.

(28)

15

また,Starbuck(1992)は,「知識は経験の蓄積であり,情報の流れではない」としており,

加えて「知識は深遠な専門性に重きを置くべきである」としている.Starbuckの知識の定 義は専門性に重きを置いていることが特徴的である.Duncan & Weiss(1979)は組織的知識 の特性として,「伝達性(communicable),合意性(consensual),統合性(integrated)」の3 つをあげている.伝達性とは,原則として組織内の他のメンバーが理解できる状態にある という性質である.合意性とは,知識の妥当性と有用性の点で組織間でのメンバーが合意 するという性質である.統合性とは,組織内の知識体系(body of knowledge)を意味し,組 織内で通用する一連の行為と結果の相互関係性を示す性質である.統合性という特性のあ る知識に従うことで,企業内で違和感のない目的的な行為が生ずるとしている.Duncan &

Weissはこうした特性をあげながらも,すべての企業での意思決定は,こうした組織的知識

に基づいて行われるものではなく,個人的な知識で判断を下すこともあるとしている.ま た,Ackoff(1989)は,「データ」,「情報」,「知識」について考察し,「データとはすな わちシンボルでしかない.情報とは,利用可能に処理されたデータであり,データ間の関 係性が含まれる.知識とは,意図的に利用可能な状態にしている情報の適切な集まりであ る.」と定義している.Ackoffの知識の定義は,データや情報のモジュール化とも考えら れ,ミンスキーの主張した知識のモジュール化形成の概念と関係深いと思われる.また,

ダベンポート(2000)は,「情報を伝えられるもの」と定義し,「知識を使われるもの」と定 義している.ダベンポートはその著書のなかで,実際的な知識の定義として以下のように 記している.

「知識とは,反省されて身についた体験,さまざまな価値,ある状況に関する情報,専門 的な洞察などが混ぜ合わさった流動的なものであり,新しい経験や情報を評価し,自分の ものとするための枠組みを提供する.それは,人の心に発し,人の心に働きかける.組織 において知識は,文書やファイルのなかに存在するだけでなく,組織の日常業務,プロセ ス,慣行,規範のなかに埋め込まれているのである.」

ダベンポートはこのように定義しながらも,「この定義からもわかるように,知識とは これだ,と簡単に割り切れるものではない.」としている.

これらの先行研究で主張されている知識の特性を踏まえた上で,本研究での知識を次の ように定義する.

知識とは,専門性を持った人に対する意図的に利用可能な情報の集まりである.知識は組 織内で伝達し,合意形成を促し,組織内の活動に行動と結果を与えるものである.

この知識の定義に基づき,第3章,第4章,第5章で企業内の知識流通についての研究 を説明する.また,本研究が対象とする知識とは,従業員が知識業務プロセスを遂行する ためのコミュニケーションを通じて流通するものを指す.第3章の知識流通システムの構 造化についての研究は,企業内の知識流通を有効に経営に活用する知識流通システムの構

(29)

16

造化についての研究である.第4章のCMCを利用した知識業務プロセスの研究は,業務上 の問題解決のために知識を流通させるCMCツールの効果を分析し検証する研究である.第 5章の知識創造オフィスによる知識業務プロセス支援の研究は,従業員の知識業務プロセス を支援し,目的的に知識の創造を支援するオフィスの設計と運用について分析し検証する 研究である.

参照

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