第 1 章 語りの様相の考察
4 三種類の語りの使われ方
4.1 Aの語りとBの語りが関係している場合
視覚的注意を喚起する表現がある場合、その近傍に作中人物が見た事物が語られること がしばしば見られ、そのときの語りは、作中人物の知覚を利用した語りとなる。
次の【26】では、1~3 が語り手の立場からの語りで、4~8 が健三の知覚・認識を利用し た語りである。
【26】1 何時もなら婢を呼び返して小言を云つて渡す所を、今の彼は黙つて手に持つたまゝ、
しばらく考へていた。2 彼は仕舞に其針をぷつりと襖に立てた。3 さうして又細君の方 へ向き直つた。
4 細君の眼はもう天井を離れてゐた。5 然し判然何処を見てゐるとも思へなかつた。
6 黒い大きな瞳子には生きた光があつた。7 けれども生きた働が欠けてゐた。8 彼女は
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魂と直接に繋がつてゐないやうな眼を一杯に開けて、漫然と瞳孔の向いた見当を眺めて ゐた。
(『道草』五十:151)
4 から作中人物の知覚を利用した語りになっているが、この 4 における転換は、前文 3 の
「向き直つた」という行為に理由があると考えられる。向き直ったあとに、次に視界に入 ったことが 4 以降語られているからである。この場合、「向き直つた」という表現は、<こ ちらに視線を移した>という意味も含んでいるように思われる。このように、知覚をとお して語られることを予想させるような行為があって、その後に具体的知覚内容が語られる パターンがよく見られる。
4.1.2 行為と知覚との関わり
作中人物の行為・動作は、客体的に語り手の語りとして語られるが、作中人物の知覚を 利用した語りと関係しあっていることが多い。
次の【27】において、1 は健三の行為についての語り手の立場での語りで、続く 2 以降は 健三の知覚を利用した語りになっている。
【27】 1 健三は細君の肩を揺つた。2 細君は返事をせずに只首丈をそろりと動かして心持 健三の方に顔を向けた。3 けれども其所に夫の存在を認める何等の輝きもなかつた。
「おい、己だよ。分るかい」
4 斯ういふ場合に彼の何時でも用ひる陳腐で簡略でしかもぞんざいな此言葉のうちに は、他に知れないで自分にばかり解つてゐる憐憫と苦痛と悲哀があつた。5 それから跪 まづいて天に祷る時の誠と願もあつた。
(『道草』五十:151-152)
ここでは、健三の行為のあとに、その後の健三の知覚した内容が語られている。細君を 揺するという健三の行為の後のことが、健三の知覚を利用して語られている。健三は自分 の行為のあと、その場の様子を注視していたことが認められる。結果的に、現場での具体 的知覚を利用した語りが行為の後に入ることによって、語り手の客体化した語りに変化を つけている。このように、作中人物について、語り手の立場での語りと作中人物の知覚を 利用した語りとの二つの面から語られていることがわかる。この【27】の例では、語り手 の立場の語りが先に語られ、その後に作中人物の知覚を利用した語りが語られている。
また、作中人物がある事物を知覚して、それによってその人物が行動する(反応する)
のを、語り手が客観的に語るという形式がある。つまり、知覚していた人物について語り 手が語るということである。次の【28】の 4 などがこれにあたる。
【28】 1 彼は仕舞に投げるやうに洋筆を放り出した。
「もう已めだ。何うでも構はない」
2 時計はもう一時過ぎてゐた。3 洋燈を消して暗闇を縁側伝ひに廊下へ出ると、突当 りの奥の間の障子二枚丈が灯に映つて明るかつた。4 健三は其一枚を開けて内に入つた。
5 子供は犬ころのやうに塊まつて寐てゐた。6 細君も静かに眼を閉ぢて仰向に眠つて
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7 音のしないやうに気を付けて其傍に坐つた彼は、心持頸を延ばして、細君の顔を上 から覗き込んだ。8 それからそつと手を彼女の寐顔の上に翳した。9 彼女は口を閉ぢて ゐた。10 彼の掌には細君の鼻の穴から出る生暖かい呼息が微かに感ぜられた。11 其呼 息は規則正しかつた。12 また穏やかだつた。
(『道草』五十一:154)
また、5 では、再度、語られた作中人物の知覚を利用した語りになるという連続が見られ る。5 は、4 で健三の行為を客観的に記述したあと、その行為のあとの健三の知覚・認識が 語られている。この場合は、「内に入つた」という動作のために場所が変わり、新しく目に 入った状態が語られている。【26】での転換とほぼ同じ形式である。
4、5 だけでなく【28】は大体において、この方法によって知覚を利用した語りと語り手 の立場の語りがときどき入れ替わりながら、語りが進んでいる。このような形式によって 作中人物を中心とした語りが進んでいくことになる。
このように、作中人物の行為を客観的に語ったあと、その人物の知覚・認識が語られ、
次にまた、その人物について客観的に語るという連続になっている場合は多く見られる。
4.1.3 語りの様相と発言
発言が語りの様相の転換点になることがある。
前掲の【28】の 1、4、7、8、10 は語り手としての語りであり、2、3、5、6、9、11、12 は健三の知覚を利用した語りである。
2 は、発言の直後に健三の知覚・認識を利用した語りがきている例である。『道草』では、
このように発言の後に作中人物の知覚を利用した語りが続くことが多い。発言は作中人物 の生の声の引用であり、その人物の立場からなされるものである。そのため、次の文がそ の作中人物の知覚・認識を利用した語りである場合、作中人物の立場が続いているといえ る。つまり、前の発言をきっかけにしてその人物の知覚・認識になったとみなすことがで きるのである。そして、【28】の例の場合は、次の 3 までそれが続いている。
また、次の【29】の 2~4 ように、発言連続の途中に地の文が挿入されている場合に、発 言の最中に前後の状況説明や、または発言者や周りにいる人物の心理状態などが、語り手 の立場から説明されることがある。
【29】1 三四郎は広田の机の上を見て、すぐ与次郎の話を思ひ出した。
「御邪魔なら帰ります。別段の用事でもありません」
「いや、帰つてもらふ程邪魔でもありません。此方の用事も別段の事でもないんだ から、さう急に片付ける性質のものを遣つてゐたんぢやない」
2 三四郎は一寸挨拶が出来なかつた。3 然し腹のうちでは、此人の様な気分になれた ら、勉強も楽に出来て好からうと思つた。4 しばらくして、斯う云つた。
「実は佐々木君の所へ来たんですが、居なかつたものですから……」
「あゝ。与次郎は何でも昨夜から帰らない様だ。時々漂泊して困る」
「何か急に用事でも出来たんですか」
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「用事は決して出来る男ぢやない。たゞ用事を拵へる男でね。あゝ云ふ馬鹿は少な い」
5 三四郎は仕方がないから、
「中々気楽ですな」と云つた。
(『三四郎』七の一:458-459)
【29】の 2 の場合は、前文と前々文が発言のみで成り立っている文になっており、引用 を示す地の文「と言った」などはない。そして、次の 2 では、語り手の立場からその発言 の後の三四郎の状態が語られている。ここでは、発言と語り手の立場の語りにより、事態 が客観的に淡々と語られていく。これに比べて、【28】の 2 は、発言の後に、発言した作中 人物の知覚を利用した語りが続くことによって、事態が淡々と進むように語られなくなっ ている。発言を含めたその人物の知覚による世界が描かれることになり、人物の思考が加 味されるからである。このように、発言・会話と語り手の立場からの語りが連続すること により、展開が淡々と語られていくことがある。これは、この後に述べる、作中人物の意 識の流れに沿って語られているのと対照的である。
また、【29】の 5 のように発言を引用している文は、多くの場合語り手の立場からの語り になっている。これらの文において、「と言った」「と聞いた」というような引用を示す表 現が用いられる場合、作中人物が「と言う」「と聞く」というように事態を客体化して思考 していないのが普通だからであろう。この場合も、発言という事態の進行が淡々と示され る。
4.1.4 心理の表現のされ方
また、作中人物の心理の記述は、多くの場合語り手によって客体化されて表現されるの で、語り手の立場からの語りになる。つまり、語り手が作中人物の心理状態を客観的に語 っていくのである。そして、その心理描写の途中や前後に作中人物の知覚・認識が混じる 場合が多い。前掲の【28】の 10 から 11 にかけてはこの例である。10 で語り手の立場から 健三の知覚についての語りがあり、11 と 12 では健三の知覚を利用した語りになっている。
このような現象は、上に述べた、作中人物の行為についての語り手の立場の語りと作中人 物の知覚・認識を利用した語りがときどき入れ替わるのと類似の現象である。
作中人物の行為、作中人物の心理が語り手の立場から語られ、そこに具体的な現場に密 着した作中人物の知覚・認識を利用した語りや発言が加わり、作中人物を焦点として物語 世界の具体的場面を語っていくという構造ができていると考えられる。
また、パターンとして、事態や状態(人物の行為、人物の知覚した事物)が語られ、次 にそれに関連した人物の心理が語られ、またそれに関連した事態や状態(人物の行為、人 物の知覚した事物)が語られるという連続も多くみられる。
4.1.5 Aの語りとBの語りが関係している場合のまとめ
作中人物の知覚を利用した語りは、その場での知覚を語るので、具体的場面における時 間の流れを感じさせる表現になっている。そのため、物語世界のその場面に密着した語り ということができる。語り手が事物を客体化して語る中に、作中人物の知覚を利用した語