第2章 動詞文・テイル文・デアル文(タ形と非タ形)が語りの表現に与える影響
2 小説テクストにおける、文末形式による表現効果
2.5 推量系文末のタ形と非タ形の使用による文章特性
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小説テクストの地の文には、推量の文末形式をとる文は少ない。しかし、その少ない例 の中でも、これまで検討してきたタ形と非タ形の違いが観察できる。本節では、いくつか の推量系の文末の文を取り上げ、その表現上の特徴を観察する。
2.5.1 本節で扱う推量系文末の範囲
地の文のなかには、「ようだ【推量】」「だろう」「らしい」「う」「まい」「にちがいない」
「かもしれない」といった推量判断系の文末の文がある。しかし、テクストによってその 文の現われ方が異なる。そこで、これらの文がそれぞれの文章中でどのように現れるかを 観察し、その結果から考えられるこれらの文の機能について考察する。
本節で扱う推量判断系文末は、「ようだ【推量】」「ようである【推量】」「ようであった【推 量】」「だろう」「であろう」といった「である」系文末と、「う【推量】」「まい【推量】」「ら しい【推量】」「らしかった【推量】」である。「にちがいない」「かもしれない」等の複合辞 の文末は、今回は扱わなかった。
取り上げたテクストは、これまでと同様で夏目漱石『三四郎』『道草』である。用例収集 のための調査範囲は、『三四郎』と『道草』の地の文全体(『三四郎』4692 文、『道草』3337 文)である。
2.5.2 推量判断の文末のタ形
「ようだ【推量】」「だろう」「らしい」「にちがいない」「かもしれない」といった推量判 断の文末形式をもつ文におけるタ形は、これまで述べたタ形と非タ形の相違と同様に考え ることができる。しかし、前接する語が名詞か活用語かの違いがある。次の用例の下線部 は非タ形である「知らない」に「らしかった」が接続している。
【51】 其時突然奥の間で細君の唸るやうな声がした。健三の神経は此声に対して普通の 人以上の敏感を有つてゐた。彼はすぐ耳を峙てた。
「誰か病気ですか」と島田が訊いた。
「えゝ妻が少し」
「左右ですか、それは不可せんね。何処が悪いんです」
島田はまだ細君の顔を見た事がなかつた。何時何処から嫁に来た女かさへ知らない らしかつた。従つて彼の言葉にはたゞ挨拶がある丈であつた。健三も此人から自分の 妻に対する同情を求めやうとは思つてゐなかつた。
(『道草』四十九:148)
【51】は、物語世界の今と考えられる部分の描写であるが、下線部を含む文は語り手が 物語世界内のその現場で今知覚しているかのような語りとは感じられない。これは、「タ」
がつくことによって「らしい」という判断が対象化されているためだと考えられる。表現 者が現場にいるかのような立場で語るのであれば、通常、判断を対象化する表現はなされ ない。
下線部のような「らしかった」文末をもつ文は、日常の「報告」のテクストであれば、
通常過去の事態を語る表現となる。もしこの文が日常の「報告」のテクストであれば、「何
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時何処から嫁に来た女かさへ知らないらしい」という当時の島田の状態を回想して語って いると考えることができる。また、タの位置を変え「・・・知らなかつたらしい」とすると、
「知らなかつた」というそれまでの状態を、語っている現在に推量しているということに なる。
しかし、「語り」のテクストにおける「らしかった」文末の文は、この例文のように回想 でない表現であっても使用される。このとき、表現者は事態全体をまとめてとらえて対象 化して語るので、表現者が現場で知覚しているかのように語る必要はなくなる。「…知らな いらしい」「…知らなかつたらしい」というその場での判断を表現するのではなく、「…ら しい」という状態を対象化してまとめて語る表現となる。この「らしい」と「らしかった」
の関係は、「テイル―テイタ」、「デアル―デアッタ」の関係と等しい。
この用例の場合は、作中人物の「…らしい」という知覚・認識を情報源として、語り手 が想定される聞き手に対して「…らしかつた」と語っている。
次の用例でも同様のことが言える。
【52】この女の小説の話は、日常使はれる文学といふ言葉とは縁がないもののやうに聞え た。婦人雑誌を交換して読むくらゐしか、この村の人との間にさういふ友情はなく、
後は全く孤立して読んでゐるらしかつた。選択もなく、さほどの理解もなく、宿屋の 客間などでも小説本や雑誌を見つける限り、借りて読むといふ風であるらしかつたが、
彼女が思ひ出すままに挙げる新しい作家の名前など、島村の知らないのが少くなかつ た。
(『雪国』:37)
上の【52】の下線部は、タ形になることで「~らしい」という内容をひとまとまりのも のとして対象化するという働きがなされていることがわかる。また、この下線部の「~ら しかった」の文では、「~らしい」という判断部分は作中人物の判断であるが、「~らしか った」というタ形であるために、語り手が外から対象化した文だと認定される。
2.5.3 推量系文末のテクストでの使われ方 2.5.3.1 文章中での機能の分類
地の文一文一文の文章中で担っている機能を検討してみたい。今までの用例調査などか ら、あらかじめ大枠の分類をした。物語世界の事態の時間的進行に関わるものを「事象の 語り」とする。「事象の語り」は、いわゆるストーリー展開に関するものである。時間的進 行に関わらないもののうち、物語世界の状態を表すものを「状態描写」と呼び、状態を表 すのではなく物語世界の解説として機能しているものを「説明」と呼ぶこととする。
2.5.3.2 「だろう」「であろう」文末(総称して「だろう」文末)の文
「だろう」「であろう」文末の中で、作中人物の疑問を直接表したものが『三四郎』に 2 例、『道草』に 3 例ある。また、語り手の疑問を表したものが『道草』に 1 例ある14)。疑問 以外で引用に近いものが『三四郎』に 3 例ある。「だろう」文末の文 29 例(『三四郎』25 例、
『道草』4 例)のうち、この 9 例を除いた 20 例が推量の用例であった。『道草』の「だろう」
103 文末の文はすべて疑問の用法である。
次の【53】の下線部の例は、具体的な物語場面において作中人物が知覚・認識した状態 をもとにして推量している場合であった。
【53】 髭を濃く生してゐる。面長の瘠ぎすの、どことなく神主じみた男であつた。たゞ 鼻筋が真直に通つてゐる所丈が西洋らしい。学校教育を受けつゝある三四郎は、こん な男を見ると屹度教師にして仕舞ふ。男は白地の絣の下に、丁重に白い襦袢を重ねて、
紺足袋を穿いてゐた。此服装から推して、三四郎は先方を中学校の教師と鑑定した。
大きな未来を控へてゐる自分から見ると、何だか下らなく感ぜられる。男はもう四十 だらう。是より先もう発展しさうにもない。
(『三四郎』一の五:284-285)
【53】の下線部は物語世界のその現場で男を知覚して、その男の性質・属性を推量して いる。文章中では、男についての「説明」として機能している。現場での臨場感のある描 写である。
【53】の例を除いた 19 例の内訳は、「からだろう、ためだろう」文末の文が 4 例、「ので あろう」文末の文が 10 例、「ものであろう」文末の文が 1 例、仮定の文15)が 3 例、表現者 が物語世界の出来事に対する主観的見解を明らかにした文が 1 例(下の【54】の用例)で ある。
次の【54】下線部の用例は、その場で見て推測し説明しているような語りで、現場での 臨場感のある用例である。
【54】振り返つた女の眼に応じて、四角のなかに、現はれたものもなければ、これを待ち 受けてゐたものもない。三四郎は其間に女の姿勢と服装を頭のなかへ入れた。
着物の色は何と云ふ名か分らない。大学の池の水へ、曇つた常磐木の影が映る時の 様である。それを鮮やかな縞が、上から下へ貫ぬいてゐる。さうして其縞が貫ぬきな がら波を打つて、互に寄つたり離れたり、重なつて太くなつたり、割れて二筋になつ たりする。不規則だけれども乱れない上から三分一の所を、広い帯で横に仕切つた。
帯の感じには暖味がある。黄を含んでゐるためであらう。
(『三四郎』三の十三:340-341)
下線部は「ためであろう」という形式であることからも、前文についての理由を説明し ているといえる。
【53】【54】の用例は、作中人物が推量していたが、次の【55】の下線部は語り手の推量 である。
【55】 「昨夜、そこに轢死があつたさうですね」と云ふ。停車場か何かで聞いたものら しい。三四郎は自分の経験を残らず話した。
「それは珍らしい。滅多に逢へない事だ。僕も家に居れば好かつた。死骸はもう片 付けたらうな。行つても見られないだらうな」
「もう駄目でせう」と一口答へたが、野々宮君の呑気なのには驚ろいた。三四郎は
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此無神経を全く夜と昼の差別から起るものと断定した。光線の圧力を試験する人の性 癖が、かう云ふ場合にも、同じ態度であらはれてくるのだとは丸で気が付かなかつた。
年が若いからだらう。
(『三四郎』三の十一:334-335)
【55】は三四郎が「丸で気が付かなかつた」ことについて語っている部分であるが、文 脈からみて推量している主体は語り手としか考えられない。語り手が、三四郎の「丸で気 が付かなかつた」理由を推量して説明している。ここの場合、理由の「説明」であるので 特に現場で状態を知覚していなくても語れるため、語り手が現場にいるかのような語りで あるかどうかは問題にならない。しかし、語り手が自分の主観的判断を語っており、語り 手の存在が前面に出ている。ここでは、物語世界のことは何でも知っているという語り手 の立場が与えられておらず、語り手は自分の判断をしている。
以上のように、「だろう」文末の文は、ほとんどの場合は作中人物の知覚・認識による推 量であった。作中人物の推量の場合は現場で知覚・認識しながら説明する場合が多いが、
語り手はそのような制約はない。いずれにしても、「だろう」にタ形がないため、表現者の 判断が対象化されずにそのまま表現されるので、表現者の存在が意識されやすい。
2.5.3.3 「う」文末の文、「まい」文末の文
「まい」文末の文は『三四郎』だけに 2 例あり、いずれも引用に近い文であった。
「う」文末の文は『三四郎』に 6 例、『道草』に 4 例ある。この中で、『三四郎』には引 用に近い文が 2 例、『道草』には、疑問が 1 例あり、これら 3 例は検討対象としない。
『三四郎』の他の 4 例は、【56】の下線部のように、語り手もしくは作中人物が物語世界 の出来事に対する主観的見解を明らかにしたものであった。『道草』の 3 例は仮定して推測 する文であった。
【56】野々宮君の話によると此所は昔はかう奇麗ではなかつた。野々宮君の先生の何とか 云ふ人が、学生の時分馬に乗つて、此所を乗り廻すうちに、馬が云ふ事を聞かないで、
意地を悪くわざと木の下を通るので、帽子が松の枝に引つかゝる。下駄の歯が鐙に挟 まる。先生は大変困つてゐると、正門前の喜多床と云ふ髪結床の職人が大勢出て来て、
面白がつて笑つてゐたさうである。其時分には有志のものが醵金して構内に厩をこし らへて、三頭の馬と、馬の先生とを飼つて置いた。所が先生が大変な酒呑で、とうと う三頭のうちの一番好い白い馬を売つて飲んで仕舞つた。それはナポレオン三世時代 の老馬であつたさうだ。まさかナポレオン三世時代でも無からう。然し呑気な時代も あつたものだと考へてゐると、さつきポンチ画をかいた男が来て、
「大学の講義は詰らんなあ」と云つた。
(『三四郎』三の二:312-313)
【56】の下線部の「う」も、「だろう」と同様に判断を表出する文であり、文章中では馬 の「説明」として機能している。ここでの用例は三四郎の内省で内的独白に近い。語られ ている内容は、三四郎が現場で知覚していることではない。そのため、文章中では、事態 の状態を描写するのではなく、事態や事物の原因・理由・属性などの「説明」として機能