第4章 地の文と発言との関係
3 独立発言
3.2 発言挿入を示す指標がない場合
発言を指し示す指示語も発言の引用を示す動詞句もないまま独立発言が現れることもよ くある。この場合は、発言の引用を示す動詞句があるときよりも発言がより独立していて、
発言が持っている情報や役割は他の部分で示されていないし、もちろん発言は地の文の中 に取り込まれていない。
発言は一つの動きのある行為であるため、引用を示す動詞句や発言を指し示す指示語が ないまま、発言や会話が挿入されると、臨場感やストーリー展開のスピード感を得ること ができる。特に、独立発言が連続して会話を形成している場合には、その会話の交わされ る速さで事態は進行していく。
このスピード感のある進行は、「言う」などの引用表現が省略されたためともいえる。し かし、その結果として、発言が語り手の語りから投げ出されて独立した状態になり、物語 世界の現場の展開が再現されているともいえる。しかし、そのような発言が地の文に挿入 されても、コンテクストによりほとんど不自然さを感じずに読むことができる。そのよう にさせる地の文と発言とのしくみを考えてみたい。
用例を吟味したところ、このような独立発言の挿入が自然に感じられるのは、場面の中 の因果関係と時間の流れによると考えられた。そして、場面の因果関係は、作中人物の意 識と場面の状況とに関わっていることがわかった。具体例で見ていきたい。
3.2.1 因果関係と時間の流れによって自然に感じられる独立発言
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【17】 そんな古い記憶を喚び起こすにつけても、久しく会はなかつた姉の老けた様子が 一層健三の眼についた。
「時に姉さんは幾何でしたかね」
「もう御婆さんさ。取つて一だもの御前さん」
姉は黄色い疎らな歯を出して笑つて見せた。実際五十一とは健三にも意外であつた。
(『道草』五:14)
【17】の下線部の発言挿入が不自然に感じられないのは、時間の流れも自然であるが、
地の文との因果関係によるところが大きい。「眼についた」という知覚をした為に、その次 の発言に至ったというのは自然に感じられる。「眼についた」ことにより、外から見えない 作中人物の内面が動き、発言へ移っている。
【18】 彼は兄の置いて行つた書類をまた一纏めにして、元のかんじん撚で括らうとした。
彼が指先に力を入れた時、其かんじん撚はぷつりと切れた。
「あんまり古くなつて、弱つたのね」
「まさか」
(『道草』三十三:99)
【18】では、「かんじん撚」が「切れた」という事態の変化の描写のあとに、その事態に 対しての発言へ移っている。因果関係もあるが、時間の流れに沿った語りだといえる。こ の際、発言した人物が「ぷつりと切れた」状況をその場で見て知覚していたことが前提に なっている。外的な動きのある事態から発言に移行していて、事態はスピーディに展開し ている。
このように前後の地の文との関係は、スピーディな展開になったり、発言の必然性がよ りはっきりしたりすることに影響する。人物の知覚や心理から発言に移行する場合は、そ の発言に至るまでの人物の内面の動きがわかりやすくなることが多い。また、周囲の状態 や状況の描写の後に発言がある場合は、場面と人物の関係が明確になる。外的な事態の動 きや動作の描写の後に発言がある場合や、発言が会話になって続いていく場合は、事態の 動きの中に発言も位置づけられ、事態がスピーディに描写されることになる。事態の動き の中の発言挿入の場合は、発言挿入の因果関係はさほど重要でなく、時間の流れの中に発 言が位置している。
3.2.2 前の発言との関係が深い独立発言
【19】 「今一寸見たら此中には君に不必要なものが紛れ込んでゐるね」
「左右ですか」
此大事さうに仕舞込まれてあつた書付に、兄が長い間眼を通さなかつた事を健三は 知つた。兄は又自分の弟がそれ程熱心にそれを調べてゐない事に気が付いた。
「御由の送籍願が這入つてるんだよ」
(『道草』三十六:108)
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【19】の下線部の発言は、その前の発言の続きであることが外見的な流れから理解され る。直前の地の文は心理描写で、やはりその前の発言に関係するものである。心理と発言 の流れとの二つの流れが下線部の発言に関係している。そのため、下線部の発言の直前の 地の文から下線部の発言に移るときに、意味の繋がりの溝ができる。ここでは、発言(会 話)が中心で地の文が解説のような役割になっている。
次の【20】は、場面としては一つであるが、地の文から発言に移るときにやはり意味の 繋がりの溝ができている。
【20】 彼が何時もの通り服装を改めて座敷へ出た時、赤と白と撚り合せた細い糸で括ら れた例の書類は兄の膝の上にあつた。
「先達ては」
兄は油気の抜けた指先で、一度解きかけた糸の結び目を元の通りに締めた。
「今一寸見たら此中には君に不必要なものが紛れ込んでゐるね」
「左右ですか」
(『道草』三十六:107-108)
大きい流れとしては、健三の家に兄が来ていて、後から帰宅した健三が着替えをして兄 の前に出て話し始めるということである。発言の合間の地の文に、兄の膝にある書類の解 説が語られている。書類の描写と二人の発言は、あまり関係をもたずに進行している。
【20】は、【19】のすぐ前の部分なのだが、この2例を連続した部分としてみてみると、
だんだん地の文よりも発言が中心になっていっている。その結果、発言が事態の進行を担 っていっていることがわかる。ここでの独立発言は、発言がなされたという時間的な動き をも臨場感をもって表している。
3.2.3 地の文に発言の引用を示す表現や指示語がない場合の特徴
これまでの発言挿入の指標がない発言の例をみると、発言そのものと、地の文による記 述との間には、言語としての性質の違いのあることがわかる。発言が挿入されるときはい つもこの違いが感じられるが、発言の引用を示す表現がある場合や発言を指し示す指示語 がある場合は、地の文との形式的な結びつきが強いので、それほどその違いは意識されな い。この点で、地の文に発言挿入の指標がない発言は、地の文とは異質なものが混じって いるといことが意識され、発言自体が強調されているといえる。そのため、テクストは、
語りと生の声を並べ構成したものだという性格がさらに強くなる。
しかし、地の文から発言へ移行するときには、発言挿入を示す指標がなくても因果関係 や時間の展開の結びつきがあるので、説明がなくてもその移行が自然である場合が多い。
このような発言挿入の指標がない独立発言の挿入をきっかけにして、地の文の多い部分か ら発言中心の具体的場面に移行することがある。
3.2.4 三種の独立発言と地の文の関係
引用構文発言に比べると、独立発言は、地の文から独立して提示されるため、強調され ている。独立発言の中でも、発言を指し示す指示語によって地の文に位置づけられる発言
164 は、地の文の中に取り込まれている。
指示語ではなく発言引用を示す動詞句等だけがある場合は、さらに発言は地の文と区別 されたものとなる。
以上の二つの場合の発言挿入は、地の文によって発言部分の役割や意義が明らかにされ ている。しかし、発言の引用を示す表現も指示語もない場合は、コンテクストだけが発言 挿入の手がかりになる。発言の独立性はきわめて高く、語りによる描写の流れの中で、発 言も一つの行為の記述だという側面が強く出ている。そのため、事態の展開に深く関わっ ている。
また、その語りと発言の量的バランスによって、発言の挿入の仕方にも違いが出てくる。
一つの場面を具体的に描写し、すべての発言を引用するときは、発言挿入の指標をともな わずに発言が挿入されていることが多い。事態の臨場感のあるままに物語世界の時間の流 れに合わせて発言が配置されている。発言が連続してなされるときには、この発言挿入に よって物語がスピーディに展開していく。このようなときには、発言が前面に出て地の文 が背景にまわることになる。地の文の語りは発言に対する解説や状況の描写の場合が多く なる。
一方、地の文の語りが多く、発言のすべてが挿入されているわけではないときには、地 の文に発言挿入の引用表現や発言を示す指示語が示されて発言が挿入されることが多い。
この場合には、地の文の語りの方が前面に出ている場合が多い。特に、引用表現が詳しい 場合や発言を指し示す指示語が発言の前にある場合には、語り手の語りが強く前面に出や すい。挿入された発言は、地の文の表現を補う役割を担うことになる。
しかし、この両者の転換は頻繁に行われる。地の文が続いた中に発言が挿入され、それ がきっかけとなり具体的場面に移っていくことがよくある。また、発言の後に指示語を伴 った引用表現を含む地の文が現れ、<こう言ったところで、……>と地の文が続き、それ をきっかけとして地の文が続いていくこともある。次の例では、下線部の引用動詞を含む 地の文がきっかけとなり、発言中心の部分から地の文中心の部分に移行している。
【21】 健三はそれぎり座を立たうとした。然し細君にはまだ訊きたい事が残つてゐた。
「それで素直に帰つて行つたんですか、あの男は。少し変ね」
「だつて断られゝば仕方がないぢやないか。喧嘩をする訳にも行かないんだから」
「丈ど、又来るんでせう。あゝして大人しく帰つて置いて」
「来ても構はないさ」
「でも厭ですわ、蒼蠅くつて」
健三は細君が次の間で先刻の会話を残らず聴いてゐたものと察した。
「御前聞いてたんだらう、悉皆」
細君は夫の言葉を肯定しない代りに否定もしなかつた。
「ぢや夫で好いぢやないか」
健三は斯う云つたなり又立つて書齋へ行かうとした。彼は独断家であつた。是以上 細君に説明する必要は始めからないものと信じてゐた。細君もさうした点に於いて夫 の権利を認める女であつた。けれども表向夫の権利を認める丈に、腹の中には何時も