原子力発電所とリスク評価の係りを議論するには、1992年のアクシデントマネジメント(AM)
の整備から始める必要があろう。1992年5月には、原子力安全委員会(当時)決定として、AMの 整備を強く奨励するとの声明(1)が出された。声明を受けて、通商産業省(当時)は、1992年7月 に、電気事業者に対して原子炉施設ごとに確率論的リスク評価(PRA)(脚注)を実施すること及び それらの結果を報告することを要請(2)した。そこでは、
・所有する原子力発電所を対象に、レベル1及びレベル2PRAを実施し、各原子力発電所の特 性の把握とAM候補の検討を行うこと
・定期安全レビュー等において上記AMについて定期的に評価すること
・代表的な原子力発電所を対象に今後1年以内に停止時レベル1PRAを実施すること
・引続きPRA手法の精度を高めかつ、その範囲を拡大する研究を行うと共に、各種機器故障 率等のデータベースを整備すること
が要請されていた。即ち、当面は内的事象が対象であるが、引続き外部事象等へ範囲を拡大す る研究が要請されていた。
電気事業者は要請を受けて、福島第一発電所の全号機を含む国内の全ての軽水型原子力発 電プラントに対し、内的事象を対象としたPRAによりプラントの脆弱点を抽出し、それらの対策 案(AM策)をとることでプラント安全性向上に貢献した(3)。内的事象を対象としたPRA手法及 び応用については平成16年6月発行の「原子力とそのリスク」(4)に詳しく紹介したところである。
一方で、原子力安全委員会(当時)では耐震設計審査指針の改訂検討を行っており、2006年9 月には改訂版が決定(5)された。同指針には、施設の供用期間中に極めてまれではあるが発生す る可能性があり、施設に大きな影響を与えるおそれがあると想定することが適切な地震動(基 準地震動)を適切に策定するとしている。さらに、基準地震動を上回る強さの地震動が生起する 可能性は否定できないことから、策定された基準地震動を上回る地震動の影響が施設に及ぶこ とにより、施設に重大な損傷事象が発生すること、施設から大量の放射性物質が放散される事 象が発生すること、あるいはそれらの結果として周辺公衆に対して放射線被ばくによる災害を及 ぼすことのリスク(残余のリスク)の存在を十分認識しつつ、それを合理的に実行可能な限り小 さくするための努力が払われるべきとしている。
地震時には、同一の地震動によって単一のみならず複数の異常発生防止系(PS)に係る構造
(脚注)日本原子力学会では、同学会の策定するリスク関連の標準(実施基準)は、PRA と呼ぶこととしている。また、
PRA から得られる全てを安全確保活動に活用し有効な安全向上策を構築する一連の行為を PSA と区別し ている(参考文献(6))。本書では混乱を避けるため、委員会名称等で固有に使われている場合を除き、
PRA に統一して記載することとした。
物、機器等が損傷し、当該PSが機能喪失して起因事象が発生するという特有の影響が想定さ れる。つまり、内的事象PRAでは単一の起因事象発生を想定すれば良かったが、地震時には内 的事象PRAで言うところの起因事象が複数発生する可能性がある。さらに、内的事象PRAでは 発生する確率が小さいとされ、内的事象の起因事象では通常想定されていないような、PWRに おける複数本の蒸気発生器伝熱管破断、複数の原子炉冷却材圧力バウンダリを構成する配管の 破断などを、地震動による起因事象として検討する必要がある。また、地震時には複数のPSの 機能喪失だけではなく、同時に異常影響緩和系(MS)が同一地震動の影響を受け機能喪失す る可能性がある。このように、地震動に対する影響は、地震動が大きくなると極めて大きくなる可 能性があり、その点をリスク評価において適切に考慮する必要がある。
耐震設計審査指針改訂の議論を受け、日本原子力学会では2004年7月に標準委員会発電炉 専門部会(当時)に地震PSA分科会を設置し、残余のリスク評価に地震PRAの適用を目指し た。2007年9月には実施基準(7)を制定し、本実施基準に基づく原子力発電所のリスク評価を行 うことにより、プラントの脆弱点の把握及び対策案の策定などに活用できることが認識された。
その後、日本原子力学会ではPRA対象事象を拡大すべく、2010年1月には内部溢水を対象とす るPRA分科会を設置している。図4-1には、地震PRAにおけるレベル1PRAの概要を示す。尚、レ ベル2PRA(格納容器損傷及びソースターム評価)及びレベル3PRA(環境影響評価)について は、日本原子力学会のそれぞれの標準策定に係る分科会の議論によれば、既に発行されている 各実施基準が準用されるとしている。
図 4-1 地震 PRA の概要
外部事象を対象としたリスク評価について論ずるには、2011年3月に発生した福島原子力事故 以前に、外部事象(地震その他のプラント外部で発生した事象)により原子力発電所が損害を受 けた主要な事例として、柏崎刈羽発電所に影響を及ぼした2007年7月の新潟県中越沖地震が あったことに触れる必要がある。新潟県中越沖地震時は、柏崎刈羽原子力発電所の安全性に重 大な影響を及ぼしはしなかったが、所内変圧器の火災等いくばくかの影響を与えた。
新潟県中越沖地震が生じる前は、地震を起因としたPRA手法の開発は進められてはきていた ものの、主に内的事象を対象としてPRA手法の高度化及び応用が進められてきた。ここでは、原 子力安全基盤機構で最近実施された、地震を起因としたPRAの試評価の例(8)を参考に、BWR の代表プラントの起因事象別炉心損傷頻度を、地震動強さごとに表した場合のイメージ図を図 4-2に示す。地震動強さが相対的に小さい場合は外部電源喪失を起因事象として炉心損傷に至 る割合が大きく、地震動強さが大きくなると一次冷却材喪失事故(LOCA)を起因事象として炉 心損傷に至る割合が大きくなる結果となっている。尚、図4-2のISLOCAは、インターフェイス LOCAである。
図4-2からわかるように、地震動強さごとにリスクに寄与する起因事象が異なり、これはリスク に寄与する主要な事故シーケンスが地震動レベルごとに変化することを示している。例えば、外 部電源喪失を起因事象とする事故シーケンスは、地震動強さが大きくなると炉心損傷に至る割 合が小さくなることから、大きい地震動強さに対して耐震対策を施してもリスク低減には寄与し ないことになる。言い換えれば、外部電源喪失を起因事象として炉心損傷に至る事故シーケンス の炉心損傷頻度が、全炉心損傷頻度に占める割合が大きい場合であっても、大きい地震動強さ まで耐震対策を施す必要性は無いことを意味している。以上のように、地震リスクに対する安全
図 4-2 BWR プラントの炉心損傷頻度結果のイメージ
性向上対策は地震動レベルで異なることを意味しており、プラントの安全性向上のためには地 震動レベルごとの主要な事故シーケンスを分析し、地震動レベルに対応した適切な対策が必要 となることを示唆している。
一方米国においては、1979年にTMI-2号機において、炉心が著しく損傷するシビアアクシデン トが発生し、これを契機に1975年に報告された原子炉安全性研究(WASH-1400)で適用された PRAの重要性が強く認識されることとなり、シビアアクシデント現象に関する研究が本格的に実 施されるようになった。また、NRC は1986年に原子力発電所の運転に関する安全目標の政策声 明を公表し、シビアアクシデントによる公衆の健康リスクに関する安全目標並びに炉心損傷頻度 及び早期大規模放出頻度を定めた。1988年には、シビアアクシデントに対するプラントの脆弱性 を把握するために個別プラントのPRA(IPE:Individual Plant Examination)を事業者に要請 し、さらに1991年には、地震等の外部事象を対象とした個別プラントのPRA(IPEEE:IPE for External Events)を事業者に要請した。これらの実施手順及び結果はNRCより報告書(9)(10)とし て刊行されている。実施手順では、地震、内部火災、強風及び竜巻、外部洪水、並びに輸送事 故及びプラント近傍の産業・軍事施設事故を評価対象として推奨しており、立地サイト特性に応 じて変更、追加することとしている。
以上のように米国では、内的事象のみならず、1991年には地震を含めた外部事象までのPRA 実施の要請があり、2000年代にはそれら事象を対象としたリスク評価が一通り完了している。