第6章 原子力のリスクと安全目標
6.3 各国の安全目標
6.3.1 米国の安全目標 6.3.1.1 安全目標の策定
6.3.1.2 安全目標政策声明改訂
(1) 経緯
ACRSは1996年8月15日付けのS.A. Jackson委員長宛書簡(SECY-98-101)の中で、発電所個
別の安全目標適用のためのガイドラインを作成するため、安全目標とその補助的目標を使用すべ きであり、10−4/年というCDFをNRCの基本安全目標として表明するべきであるとした。1997年4 月11日の書簡(SECY-98-101)では、リスク情報を考慮した規制を進める上で、発電所個別の適 用のためのリスク容認基準としてQHOをそのまま適用するには、包括的なレベル3PRAが必要に なること、また、このリスク評価は、CDFとLERFでも実施可能であることを勧告し、さらに、「適 切な防護」の概念の定義と安全目標との関係を検討した。さらに、6月17日の書簡では、PRAや 安全目標に関連する多重防護の概念について検討し、具体的な指針となる新政策声明の作成を 勧告した。
同年7月、Jackson委員長はNRCスタッフに、10−4/炉年というCDFをNRCの基本安全目標に するというACRSの勧告について見解を示すよう要請した。NRCスタッフは、この要請に対し、
CDFの基本的安全目標への格上げも含め、安全目標政策声明の修正に取り組むのが妥当と思 われる案件を特定した。しかしながら、リスク情報を考慮した規制指針DG-1.174(DG-1061案)
の最終版を完成させるまでは、政策声明の更新決定を先送りし、ACRSとの協議後に決定すべ きであると勧告(SECY-97-208)した。
NRCスタッフは、規制指針1.174最終版の作成後の1998年、安全目標政策声明の修正に関す る分析を示し、修正の方向で1年間の検討期間を提案(SECY-98-101)した。NRCスタッフは、
1999年7月その後の結果をまとめて、これまでの原子炉施設のための安全目標から、NRCが管轄 する非原子炉も含めた包括的安全原則の策定が実現可能かを確認するための研究を開始する ことを提案(SECY-99-191)したが、NRC委員は時機尚早として否決した。
(2)原子炉安全目標政策声明の修正案
2000年3月NRCスタッフは、上記のSECY-97-208、SECY-98-101及びSECY-99-191に関する NRC委員会のSRMを受けた形で、再度、原子炉安全目標政策声明書の改訂方針をまとめ委員 会に報告した(SECY-00-0077)。この中で、政策声明の可能な修正項目として、以下の9項目が 勧告された。
①安全目標の個別プラントへの適用と「どれだけ安全ならば十分安全なのか」という定義を含 む現行政策を反映するための変更
NRCは、規制指針1.174「発電所別の許認可基準の変更に関するリスク情報に基づく意 思決定において確率論的リスク評価を使用する手法」において、リスク情報を使用する5つ の一般原則を制定し、この一般原則を個別プラントに適用することも承認した。安全目標を 利用して規制を策定する場合のガイダンスを示すために、一連の一般原則を政策声明書の セクションVの規制実施ガイドラインで表明すべきである。
また、安全目標の実施に関するガイダンスに関する以下の2点を、政策声明書のセクション
III.A「安全目標の達成の評価に使われる定量目標、一般検討事項」に直接盛り込むべきで ある。
• 安全目標では、十分に安全である考えられる安全レベルを設定する。安全強化措置を提 案する場合にスタッフがどの程度まで踏み込むべきか、そのガイダンスを示す。
• スタッフは、規制の策定または改定において安全目標に従ったリスクレベルを得るために 努力すべきである。このような新しい要件を策定し、在来発電所に適用する場合、
10CFR Part 50.109のバックフィット規則を適用すべきである。
②炉心損傷頻度を基本目標とする格上げを含む補助的目標について
政策声明書の「米国の原子力発電所で過酷な炉心損傷事故を発生させないことをNRC が目的とする」という表明を定性的目標へ格上げし、CDF炉年10−4の数値を有用な補足的 性能目標として残す。CDFとLERFの補助的目標を組み合わせると、現行の業務に沿った定 量的健康目標の実用的な実施ガイダンスとなる。
③不確実さの取扱い
政策声明書が作成されてから、産業界、政府、学界によって不確実さ解析を改善する努 力が払われ、リスク情報に基づく判断において、パラメータの不確実さの他に、モデルの不 確実さや完全性の不確実さも考慮する重要性についてのガイダンスが規制指針1.174に示さ れた。スタッフは、規制指針1.174のセクション2.2.5にあるより一般的な要素を、必要に応じ て政策声明書(セクションIV)に盛り込むべきであると提案した。
④深層防護
リスク情報に基づく性能基準規制に関する白書で示した以下のガイダンスを政策声明書 に盛り込むことが提案された:
「リスク情報により、深層防護の要素は可能な限り数値化することでより明確となる。いく つかの重要な防護要素に不確実な要素が相当伴うこともあるが、これらの要素と不確実な 要素が数値化されているということが、防護がどの程度規制上意義あるものとなっているか を判断するのに役立つはずである。防護要素の妥当性または必要性について判断する場 合、防護系の個々の性能を性能全体と照らし合わせて特定することで得たリスク情報を考 慮すべきである。」
⑤安全目標の内容と「適切な防護」の検討
現行の安全目標では上限に言及していない。「適切な防護」概念は複数のNRCガイダン ス文書により明確に表現され、安全に関する意思決定の根拠となるが、「適切な防護」とい
う用語と「過度のリスクがない」という類似の表現は、原子力法により明確かつ端的に定義 されていない。
しかしながら、政策声明書の変更は勧告しない。規制行為でリスク情報を使用した経験 が得られるので、上限の定義をより明確にするのにリスク解析と多重防護をどの程度使用で きるか今後検討するのは妥当であると思われる。
⑥放射性物質の大規模放出頻度の一般性能ガイドライン
ガイドラインが定義に関係なく定量的健康目標よりも制限的になること、規制に関する意 思決定の枠組みが規制解析ガイドラインに提案されているということで、1993年6月10日付 けのSRMにおいて、大量放出の定義付けの打ち切りが承認された。その後、NRCは規制解 析ガイドラインを承認した。NRCは、この決定以降、白書の中でLERFを定義した。この大 きな利点は、防止と緩和とのバランスの必要性を明示する、安全目標の定量的健康目標を 実施するための実用的なガイダンスを示すという点である。早期大規模放出頻度の使用に より、レベル3 PRA計算値の固有の不確実さが払拭され、許認可取得事業者の管理下の活 動に基づいたパラメータ計算値が表示される。
一般性能ガイドラインの参照基準を削除する。LERFとして炉年10−5を採用する。現行の 規制行為は変更しないが、安全目標政策は今後、目下使用中の補助目標を強化する土台に なると思われる。
⑦社会的リスク
第2の定性的目標と、定量的健康目標は社会リスクに関するものであるが、規制解析ガイ ドラインと政策声明に沿った環境影響解析で行われている社会リスクの計算では、その計 算の範囲(半径50マイルに対し、政策声明では半径10マイル)と対象(計算範囲内の個人リ スクの総和であるのに対し、政策声明では近傍の個人に関するリスクの平均)とが異なって いることの整合性を検討する必要があった。
定量的健康目標を実施するために、発電所リスクの増加の影響は、このリスクの大部分を 受ける住民に対する影響と比較すべきであり、このためには10マイルという距離は適切であ る。しかし、逆に言うと、この2つの文書の目的は異なり、提案されている規則のために、保 守的な数値により規制解析で回避される人レムを評価するのは適切なこともある。但し、す べての有意な想定と境界条件の影響が示されることを前提とする。
現行の政策声明書に表示されている10マイル範囲が適切であり、変更する必要はないと 我々は考えている。同じく、スタッフは、規制解析ガイドラインに表示されている50マイル範 囲を変更する必要はないと勧告している。
⑧土地汚染と社会全体への影響
NRCの戦略的計画では、環境問題に対処するように、また、放射線による一般公衆の健 康と安全を防護する独立した規制機関としてのNRCの責務に沿うように規制の役割を常時 果たす義務を認めている。そこで、追加の安全目標または補助目標でこれらの検討事項を 上位目標に反映する必要があるか否かを検討した。目標を追加すれば、シビアアクシデント 後の環境汚染を検討する重要性と社会全体への影響を検討する必要性について、NRCの 意図を明確に伝えるものとなる。
土地汚染と社会的影響の程度を一層把握するには、最新の手法が必要となる。土地汚染 は、規制解析ガイドラインの一部として考えられているが、レベル3PRAを実施する現行の 計算手法は、土地汚染と発電所からの長距離での集団線量の予測値の使用に限られると いう大きな欠点がある。スタッフは、この分野では追加の安全目標を策定すべきではないと 勧告している。政策声明書では、戦略的計画で環境保護を実際に検討していることを認め るが、環境への悪影響が一切ないとする定性的声明を追加すべきである。規制解析の必要 な手法の創出は、計画・予算編成・遂行運営プロセスで検討される。
⑨リスクの一時的変更
安全目標を適用する場合に、一時的な構成の変化の影響を検討する方法に関する詳細は 複雑であるが、実施案件であり、政策声明書の中では必要ではない。構成の変化は、構成 管理による多数の機能が保守規則に基づいて既に検討されているので現行の規制行為に 影響しないものと思われる。
したがって、スタッフは一時的なリスクの変更について安全目標政策の変更を一切勧告し ない。
これらの提案に対して、ACRSは「適切な防護」と安全目標との関係、個別プラントに適用する リスク限度の概念及び不確実さに対処するための多重防護に関するガイダンスを含む、リスク情 報を考慮した規制に関する全く新しい政策声明書の作成を勧告した(ACRS Letter Reports)。
NRCでは、委員の投票が行われ、炉心損傷による事故防止に関する定性的声明を定性的安全 目標へ格上げする案は3対2で否決されたが、CDFの炉年10−4とLERFの炉年10−5という補助的 目標の採用は認められた。また、上記⑧に関連して「環境への悪影響を一切与えない」という声 明を政策声明書に盛り込むべきとするスタッフの勧告には同意しなかったが、環境を防護する目 的を表現する定性的声明には支持を与え、「規制に関する意思決定において環境への悪影響を 最小限に抑える必要性を検討する」という声明が盛り込まれた。
その後、NRCスタッフから1986年安全目標政策声明の改訂案が2001年1月に提案された
(SECY-01-0009:付録参照)。改定案では、一般性能ガイドライン(大規模放出頻度10−6/炉