第3章 福島原子力事故と放射性物質放出及び防災対策
3.2 防災対策
3.2.3 緊急事態管理と運営の課題
サイト外の緊急時対応は深層防護の第5層と位置づけられている。しかしながら、IAEA基本 安全原則では事故の影響の防止と緩和の手段である深層防護として、人や環境に有害な影響を 引き起こす可能性を十分に小さくするために講じられるサイト内施設に対する措置の原則8とは 別に、いわば最後の砦として、原則9に「緊急事態への準備と対応」として明記されている。その 主要な目標は、①現場、地域、国、国際間の各レベルで効果的な対応ができるように確実に取り 決めがなされること、②合理的に予測可能な事象に対して確実にリスクを軽微なものとするこ と、③人や環境への影響を緩和するために実施可能な手段を講じること、とされている。
③の防護措置の課題については、すでに3.2.2で分析した。②の目標のためには、IAEA安全 要件(GS-R-2)の包括的要件にあるように、脅威の評価ですべての範囲の想定事象を考慮し、
地震のような通常の緊急事態との組み合わせを含む緊急事態を考慮しなければならないとされ ている。格納容器が健全であれば、避難等の緊急防護措置が必要となる可能性は十分低いの に、そのような前提で防災を考え緊急事態への備えを怠ってきたこと、新潟県中越沖地震を経験 していながら地震との複合災害への備えを怠ってきたことが、今回の事故では事業者、地方自治 体、国すべての機関の不十分な防災対応として現れた。
どんな事故でも、対応の悪さが露見するのは、予め準備していた想定の範囲を超えたところで 起こる。したがって、脅威の評価により如何に合理的に予測可能な事象に対して確実に準備する かを問うことが重要であると同時に、それを超えるもの対応する柔軟性もまた重要な要素とな る。準備段階では、仮に緊急事態が生じても想定の範囲に収まるように平時からその対応可能 な範囲を広げる努力が必要である。危機管理段階の対応では、予め決められた手段でまず対処 し、その枠を外れた場合に柔軟に対応できる能力を養っておくことも重要である。そのためには、
①の現場、地域、国、国際間の各レベルでの関係機関の責務と役割、およびその調整のあり方を もう一度見直し、様々な形式での訓練でフィードバックしていく必要があるだろう。
原安委ではこれまで何回か立地審査指針の見直しが試みられたが、その度に立地とアクシデ ントマネージメント、防災の位置づけについて議論が行われてきた。平成15年の「安全審査指針 の体系化について」では、「防災計画は、災対法に基づき….災害を未然に防止し、あるいは、放 射線による影響を実行可能な限り低減させるべく最も有効な臨機の措置を国、地方公共団体等 がとることを目的として念のために定められているものである。防災対策は、原子炉施設の安全 性確保のためにとられている技術上の深層防護および公衆からの離隔(「災害の防止上支障が ない」ことは、ここまでで担保されている。)の外側に位置するものであり、広義の深層防護の一 環をなしているものと考えるべきものである。従って、防災計画は、炉規法に基づく安全規制とは 独立に準備される行政的措置であり、設置許可における立地条件の適否の判断の要件として考 慮すべきではないと考える。」と位置づけている。同時に同文書では、アクシデントマネージメン トについても、炉規法による設置許可条件に係るものではなく、「運転安全」に係わる措置で設 置者の自主保安として位置付けていた。
このように我が国においては、防災計画は炉規法とは別の災対法で位置づけられ、JCO事故 後問われた事業者の責務の明確化は、防災業務計画の作成など原災法に位置づけられた。ここ には、国と地方自治体はオフサイト、事業者はオンサイトのみという明確な仕分けがある。さら に、JCO事故における国の初動対応の不備への反省から、原災法では国による緊急事態の集中 的な管理が前面に出ている。こうした責務また役割の分担は、図1に示した緊急事態管理の時間 的推移から考えるならば逆行している。今回の事故では事業者による原災法第15条通報から原 子力緊急事態宣言まで2時間18分を要し、さらに最初の避難実施の指示まで2時間20分を要して いる。情報が少なく不確実さが大きい初期の危機管理の段階では、発災現場に近い事業者と地 方自治体が連携し、予め決められた手順で現地の判断で迅速に緊急防護措置を実行していくス キームを確立していく必要がある。このためには、原子力規制委員会で新たに策定された原子力 災害対策指針で明確にされたように、関係機関が共通に認識するための講ずべき防護措置と関 連図付けられた緊急事態区分と施設の状態からどの区分に当たるかを決定するための判断基 準である緊急時活動レベル(EAL)の設定、異常事態の通報だけでなく、住民に対する必要な 緊急防護措置の判断や勧告といった地域防災計画との境界に踏み込んだ役割を今後検討して
いく必要がある。
原子力災害は、得てしてその特殊性ばかりが強調される。しかしながら、避難や屋内退避のよ うな実際の防護措置は、その範囲や形態は異なっても、自然災害を起因とする緊急事態と共通 の措置である。その運営を担うのは地方自治体であり、住民防護の最前線に立つのはプロとして の警察や消防、そして自衛隊である。そういう意味では、複合災害でなくとも、原子力災害におけ る緊急防護措置実施の運営は、他の一般災害における防災対策と共通の基盤でできるだけ統 合すべきであろう。福島第一事故では、事故現場から約5km離れたオフサイトセンターは自然災 害に対する頑健性がなく、非常用電源の故障、通信インフラの麻痺等で十分な機能が果たせな かったとされているが、そもそも緊急事態の際のみに関係者が集合する施設が機能するかは疑 問である。一般災害との統合を考えるならば、既に県単位で存在する災害用の緊急時センターの 設備と要員を活用すべきであろう。
3.2.4 まとめ
原子力防災の目的は、人と環境を放射線から防護するために原子力施設や放射線源の制御が 失われた際に、その影響を最大限に緩和することにある。その目的を達成する手段がIAEAの 安全要件文書(GS-R-2)の序文に明確に示されている:
「原子力又は放射線の緊急事態の対応には、多くの組織が含まれるであろう。これら組織の 機能の多くは、原子力又は放射線の緊急事態に対しても、通常の緊急事態と同様のものであろ う。しかしながら、原子力又は放射線の緊急事態の対応には、高度に専門化された機関や技術 専門家も含まれるであろう。したがって、原子力又は放射線の緊急事態の対応は、実効的である ように十分調整されなければならないし、取り決めは通常の緊急事態のための取り決めと適切 に統合化されなければならない。更に、原子力又は放射線の緊急事態に関して広まっている多く の誤解および放射線被ばくにより引き起こされうる健康影響のため、不適切な行動がとられる可 能性がある。それ故、放射線防護と安全に関わる確立された原則に基づく事前計画の策定が極 めて重要である。このような事前計画の策定は、調整された方法によってのみ達成できる。」
すべての対応組織間の明確な責務分担、組織間で十分に明確にされた合意および統合化さ れた対応を調整するための取り決めがなされ、それが実効的に機能するように訓練によって絶え ず見直しを行っていく必要がある。
最後に、得られた教訓をまとめる:
(教訓1)TMI、チェルノブイリ、ゴイアニア(ブラジルにおける放射線源事故)、JCO等これまで の事故と同様、緊急事態対応の失敗は、そのような緊急事態は起こり得ないとして、事業者も規 制側も準備段階で十分な整備を怠ってきたことが主たる理由である。
(教訓2)緊急防護措置の実施に当たっては、ソースタームを含む事象の進展およびそれに基づ
く敷地外の被ばく線量の予測に基づくのではなく、施設の状態に関して予め決められた判断基 準に基づいて、予め決められた範囲の予防的防護措置が放射性物質の環境への放出以前に迅 速に実施できるような準備を確立しなければならない。
(教訓3)避難と移転は、安全に実行可能な場合にのみ行うべきである。すなわち、避難実施中 に生命に危険を及ぼすようなことがあってはならない。屋内退避は、避難や移転が安全に実施 可能となるまでの短期間のみ実施すべきである。
(教訓4)初期対応の危機管理段階における飲食物に関する制限には、空間線量率等の迅速に 得られるデータを参照する運用上の介入レベル(OIL)を準備すべきである。
(教訓5)長期的な飲食物に対する防護措置については、被災地の状況とともに国際的な調和も 考慮に入れた、現実的な勧告が必要である。
(教訓6)緊急防護措置と長期的防護措置の実施、および通常生活への復帰まで含めた対応の 考え方と判断基準を、緊急事態への準備段階において確立していなければならない。想定され る範囲の緊急事態の状況と対応する防護措置に対して、放射線防護の原則を適用するためのガ イダンスを予め確立していなければならない。
(教訓7)緊急時における意思決定の指針として、運用上の介入レベル(OIL)は非常に重要であ る。OILについては、より詳細な国際的なガイダンスが必要である。
(教訓8)緊急事態への対応は、非常に発生確率が小さいと考えられる事象も含め、すべての範 囲の想定事象を考慮し、また、地震等の緊急事態との組み合わせを考慮した準備を整えておか ねばならない。
【参考文献】
原子力災害対策本部 2011, 「原子力安全に関するIAEA閣僚会議に対する日本国政府の報告書−東京電力福島原子 力発電所の事故について−」,平成23年6月.
IAEA 2006, Environmental consequences of the Chernobyl accident and their remediation : twenty years of experience / report of the Chernobyl Forum Expert Group Environment . Vienna, International Atomic Energy Agency, 2006.
UNSCEAR 2013, SOURCES, EFFECTS AND RISKS OF IONIZING RADIATION United Nations Scientific Committee on the Effects of Atomic Radiation, UNSCEAR 2013 Report to the General Assembly with Scientific Annexes VOLUME I Scientific Annex A, UNITED NATIONS New York, 2014