第 4 章 清酒製造業における産業体質の特徴とその影響
第 4 節 醤油産業、ワイン産業と清酒製造業の比較
本節では、清酒製造業と他産業を比較することによって、産業特質とそれを活かした革 新方法について検討する。比較する産業は醤油産業とワイン産業とする。醤油産業は地場 産業に根付いている伝統食品であり、醗酵食品であるため清酒製造業と類似点がある。ま た、戦後、清酒製造業と同じように規制から規制緩和へのプロセスを歩んだ産業で ある。
ワインは商品特性が醸造酒であること、原料や造りの違いはあるが、農業製品的な性格 で あること、地域、生活、宗教、文化に密接に関わる飲料であり、嗜好的飲料である ことが 清酒と類似している。
第1項 規制緩和のプロセスをたどる中での規制産業の経営革新
一般的に規制が厳しい業界では、業界内での選択可能な戦略上のオプションが規制によ り制約されるため、自社の競争ポジションを変更することは容易ではない。また、規制 の レベルが高いほど他社と差別化できる要素が限定される。このような規制産業は、競争が 欠如したマーケティングの必要がない業界であるといえよう。清酒製造業は財政政策上重 要な産業であったために、免許産業として特権化された上、規制が厳しく、自由競争が非 常に制限されてきた業界である。それゆえ、企業規模の大小に格差はなく、企業経営的な 感覚も必要なかったため、企業の自主的な発展は制約されたが、経営の安定性は保たれて いた。また、販売促進、技術開発、自己商品の需要開拓、商品開発に対しての努力が一般 的な企業に比べて必要とされなかったため、マーケティングやイノベーションを考慮する ことなく経営が存続されてきた。
しかし、時代の変化とともに様々な規制が徐々に緩和されていく中で、清酒製造業は変 化を求められている。ここでは、同時期に規制緩和のプロセスをたどった醤油産業と比較 することで、清酒製造業が規制緩和に伴い 、現在直面している問題点を明らかにする。
42 (1)醤油産業における規制と規制緩和のプロセス
醤油産業は以下のような歴史をたどっている。戦時体制に入る前年の昭和 15 年、政府 は商工省告示第419,450,451号で醤油の規格および販売価格を制定し、施行された。ここ に生活必需品である醤油は、窒素成分やエキスという規格値で統制されるように なった。
昭和 16 年には配給規制により、新たに醤油統制株式会社が設立され、消費者への販売も 統制会社により実施された。
しかし、戦後の昭和23年、連合軍最高司令官の名により醤油の統制会社が閉鎖となり、
新たに食料品配給公団が発足して、その中に醤油局が設置された。昭和 25 年には食料品 配給公団も解散となり、自由販売が復活した。さらに価格統制も撤廃され、完全なる自由 販売の時代を迎えた。醤油産業は清酒製造業に比べて 20 年ほど早く自由競争市場が形成 されることとなったのである。さらに、日本経済が高度経済成長を遂げていく中で、醤油 業界はより良い醤油を、より安く、より大量にという言葉のとおり、生産を大幅に伸長さ せた。
醤油製造における製麹工程は、昔から最も大切な仕事であると同時に労働集約的で、圧 搾工程と合わせると全製造工程の60%以上で労働力を必要とする分野であった。この部分 の工程の重要さや重労働という意味では、清酒製造業と変わりない。経済の 上昇により醤 油の大量消費が見込まれたことと、科学技術の発達により麹の製法を機械化、自動化しな ければならないという気運と必要性が盛り上がった。このような動きから醤油工業が装置 産業へと脱皮する第一歩が踏み出されることとなった。
(2)醤油産業の構造革新
終戦後、醤油産業では次々と新しい製造技術が開発され、近代化にむけて中小企業近代 化促進法(昭和38年)の制定以前に、独自の動きをはじめた。
醤油産業では、廃止されていた全国醤油工業組合連合会(全醤工連)が昭和 37 年に再 設立され、発足間もない同年 7月に醤油業界安定施策の大綱を発表し、中小の醤油企業に 対して、大企業と中小企業では付加価値生産と営業収益性に大きな差があるため、この 2 点を改善し、レベルアップする必要があること、そのためには技術革新を受 け入れ、合理 的な労務管理、秩序ある販売計画のできる体質が求められること、具体的には企業提携を 推進すべきであることを示した。
中小企業近代化促進法の制定によって醤油製造業も昭和 39 年に清酒製造業と同じく指 定業種となり、昭和 45 年に指定業種から特定業種として認定されることとなった。製造 面では、製造工程全般にわたる技術革新が進み、醤油製造の装置化が一段と押し進められ た。昭和 30 年代半ばから醤油業界では徐々に企業再編が進み、提携や吸収合併が行われ た。また、近代化に伴って早い段階でリーディングカンパニーが出現し、産業全体を変革 することができたと推察される。現在では大手5社(キッコーマン、ヤマサ醤油、ヒゲタ 醤油、ヒガシマル醤油、マルキン忠勇)が醤油業界の約50%のシェアを占め、中堅企業 9
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社が 15.7%のシェアを占める。その他は各地にある約 1,600 社の中小企業が占めている。
各地の醤油は地域食品としての地位を確保し、大手ナショナルブランドと共存している。
(3)清酒製造業と醤油産業の比較とまとめ
清酒製造業と醤油産業は、戦後の近代化、 装置化と産業構造の変化プロセスにおいても 同じような背景を持っていることが確認された。さ らに、以下の共通点が挙げられる。
東京商工リサーチが保有する清酒製造業のデータによると、平成 22 年の日本酒メーカ ー523社の売上高は 3,161億 700万円(前年度比 3.8%減)であり、売上高 100億円以上 の6社(売上高合計1,254億1,700万円、前年度 7社)がほぼ4割(構成比39.6%)のシ ェアを占める寡占状態である。一方、売上高が 5 億円未満の小規模メーカーは 442 社で、
企業数では 84.5%を占めている。大手である白鶴酒造、日本盛、宝酒造、辰馬本家酒造、
大関、月桂冠、剣菱酒造、小西酒造、沢の鶴、菊正宗酒造、黄桜の 11 社の生産量(平成 21年)は国内日本酒生産量の48.5%であり、ほぼ半数を占めている。
前述のように、醤油産業も大手 5社でシェアの半数を占めており、売上高と生産量でみ るとどちらも寡占化の傾向にある。また、醤油産業も出荷量はここ数年漸減傾向にあ り2、 清酒製造業と類似している。
しかし、注目すべき相違点は海外進出にある。清酒製造業界 では国内市場が縮小の一途 をたどる中、海外輸出のみが増加傾向にあるが、醤油産業も同じく海外輸出は増加傾向に ある3。醤油産業では早くから海外進出も行われ、綿密なマーケティ ングによって売り込み を図り、世界においても醤油はメジャーな調味料へと成長し ている。この点は清酒製造業 と大きく異なる。嗜好性が少なく均一的な味わいが求められる醤油は装置産業化を進めや すかった点が、海外進出しやすい産業へと誘った要因だったともいえよう。さらに、海外 での生産に成功していることも、全世界的な醤油の普及の成功要因とも考えられる。ただ、
海外市場で展開できているのはナショナルブランドのみで、特にキッコーマンの独り勝ち の状態である。平成23年の海外での生産量は約 200,000klであり、昭和 50年の約8,000kl に比べて約25倍に伸びている(日本からの輸出量(平成 23年)は約 17,000kl)。この点 において、清酒製造業の中にはキッコーマンと同様に海外市場を独占している企業もなく、
海外での生産量についても大きな違いが見られる。
調味料としての醤油と違い、嗜好品である清酒は一旦消費者に馴染んでしまった味を簡 単に変えることができないため、離反は少ないだろうが、消費者を飽きさせないために新 しい取り組みを行う必要があることに変わりがない。現在の顧客が未来永劫に渡って同じ 量を消費し続けることはないからである。すなわち、独自性が問われる商品なのである。
また、海外展開において、現在は様々な銘柄の清酒が海外進出を果たしている点からみる と、ナショナルブランドのみが成功している醤油産業より、チャネルの多角化ができてい るとも考えられる。したがって、海外輸出において革新を求める場合、醤油産業の展開と は違う視点が必要となる。もし、醤油産業のナショナルブランドの海外展開に追従するの