第 6 章 経営指標から見る昨今の清酒製造業と経営革新
第 5 節 業種別比較からみる清酒製造業の課題
前節では、清酒製造業を製成規模別に区分して、近年の収益性と安定性の推移を確認し た。その結果、収益性、安定性ともに、大規模の区分と中小規模の区分で傾向が二分され、
いずれも大規模の区分の方が良好な値を示すことが明らかになった。ただ、前節の検討は、
あくまでも業界内の動向分析に止まる。他の業種と比較して初めて、清酒製造業の経営実 態を把握できる。そこで本節では、清酒製造業と製造業、食品製造業の経営指標を比較す る。なお、清酒製造業は、当該業種に分類された企業全てを対象としたものと、その中か ら清酒製造の専業率が90%以上のものに分けて分析を試みる。また、比較対象期は、緑川・
桜井(1965)に示された昭和36年、桜井(1982)に示された昭和52年、酒類販売が自由 化され、その他の事業売上高が急速に減退した平成15年と、直近期の平成22年の4期と する。ただし、経営指標の入手が不可能である項目については空欄としている。
87 第1項 収益性についての業種別比較
図表6-15には、選択された各業種の収益性に関する指標が表示されている。総資産営業 利益率および売上高営業利益率を観察すると、製造業、食品製造業、清酒製造業のいずれ においても、年々低下する傾向にある。一般に利益を生む業界には次々と新規参入者が現 れ、パイの奪い合いを展開する。結果として稼得利益は減少し、各種利益率は減退する。4 期の利益率からはその様子が窺える。ただ、清酒製造業の利益率も、製造業や食品製造業 と同様、減退傾向にあるのは興味深い。本来ならば、規制と保護で守られているはずであ るから、規制のないあるいは規制が弱い他の業界とは異なる動きをしてもおかしくないは ずである。なお、専業比率 90%超の清酒製造業の多くは中小規模の事業者であろうから、
収益性が相対的に低いのは前項までに確認されたことである。
清酒製造業の総資産回転率は、製造業もしくは食品製造業のそれと比べると低いものと なっている。その要因の 1 つは、清酒製造業は季節労働の要素があるためであろう。現在 は四季醸造を行う事業者も現れているが、資産の活用効率は概して低い。生産数量の調整 も行われており、相対的に機械設備が遊休状態にある時間が長いものと考えられる。総資 産回転率の向上は総資産営業利益率の改善に寄与するが、需要が低迷している中、やみく もに生産活動を行うわけにもいかない。効率性を高めるには、まずは需要の開拓に取り組 むこと、すなわち顧客獲得の活動を展開することからはじめる必要がある。収益性の業種 別比較において、総じて清酒製造業の収益性は低いことが確認された。
図表 6-15 業種別による収益性の推移
[出典]緑川・桜井(1965)、桜井(1982)、国税庁ウェブページ「清酒製造業の概況」および中 小企業庁ウェブページ「中小企業実態基本調査報告書」より筆者作成
第2項 安定性についての業種別比較
前項に続いて、本項では安定性指標の分析を業種別に行う。図表6-16はその一覧である。
昭和36年 昭和52年 平成15年 平成22年 昭和36年 昭和52年 平成15年 平成22年 昭和36年 昭和52年 平成15年 平成22年
製造業 9.9% 4.8% 3.3% 2.2% 1.8 1.1 1.0 8.64% 3.63% 2.20%
食品製造業 5.1% 4.3% 2.6% 1.9% 2.0 1.4 1.5 8.60% 3.64% 2.85%
清酒製造業(全体) 5.9% 5.0% 3.2% 2.3% 1.6 1.4 0.8 0.8 9.44% 7.00% 2.56% 1.84%
清酒製造業
(90%以上専業) 2.4% 1.5% 0.6 0.5 1.44% 0.75%
売上高営業利益率 総資産回転率 総資産営業利益率
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図表 6-16 業種別による安定性の推移
[出典]図 6-15 と同じ
企業の短期的支払能力を示す流動比率は、製造業は非製造業に比べて高い傾向にある。
図表6-16に示された平成22年の流動比率が170%弱であるのは、調査対象が中小企業だ からであろう。相対的に中小企業の短期的支払能力は高いことが窺える。中小の製造業は 大企業の下請的な位置づけにあることも多く、製品の納入に即応するため多くの在庫を抱 え、また、大企業との力関係から売上債権のサイトも長いことがその要因として考えられ る。清酒製造業の流動比率は製造業、食品製造業の値に比べて高く、200%を超過している。
前節の検討より、これは製成数量規模が1,000~2,000kl、2,000~5,000klの各区分の値が 400%超であり、全体の値がそれに引っ張られているためだと思われる。また、その上昇傾 向は21世紀に入ってからであり、異常な上昇を見せている。それらを除外すると、平均値
は概ね170~180%程度に落ちつくだろう。したがって、1,000~2,000kl、2,000~5,000kl
の各区分に、流動比率の平均値を歪める企業があると仮定すれば、清酒製造業の短期的支 払能力は製造業平均に近似していると解してよかろう。専業率が 90%以上の清酒製造業の 流動比率はさらに高いため、1,000~2,000klの区分および2,000~5,000kl の区分に流動比 率が高い一部の企業が含まれているのだと考えられる。
続いて、長期的な安定性の検討を行う。固定比率は固定資産の調達がどの資金で充当さ れているか、自己資本比率は資金調達の構成をみる指標である。製造業における固定比率 は年を追うごとに低下し、平成22年では110%強であるのに対し、食品製造業は150%強 であり、高い値を示している。自己資本比率は上昇する傾向にあり、製造業では 40%弱、
食品製造業では 30%強である。大手の製造業の値と比べてみても、長期的な安定性指標に 大きな相違は感じられない。いずれの指標においても、清酒製造業の値は製造業、食品製 造業に比べて良好である。固定比率が低いのは製造にかかる機械装置の減価償却が進んで いるためであろう。また、清酒製造業は全国各地に展開されているため、立地条件を勘案 すると土地の貸借対照表価額が他の製造業に比べ相対的に低い可能性がある。自己資本比 率が高いのは、創業からの年数が長い企業が多く、家業の要素を多分に含む業種であるた めと思われる。情報開示の限界から詳細な調査を行うことはできないが、清酒製造業では 債務の少ない時期に決算を迎えているのかもしれない。たとえば、農業では仕入債務や借 入金の返済が農産物の出荷時期以降に行われることがある。育成期間が長期にわたるため、
代金の回収は収穫を待たなければならない。いわゆる収穫払いの形態が存在する。仕入債
昭和36年 昭和52年 平成15年 平成22年 昭和36年 昭和52年 平成15年 平成22年 昭和36年 昭和52年 平成15年 平成22年 製造業 92.3% 150.7% 139.6% 167.4% 152.5% 137.3% 139.8% 113.9% 29.7% 30.4% 32.4% 38.0%
食品製造業 80.9% 129.8% 129.8% 174.2% 171.1% 154.4% 30.0% 27.9% 29.4%
清酒製造業(全体) 110.1% 119.1% 156.7% 213.9% 111.0% 121.0% 113.2% 84.0% 28.9% 21.3% 39.7% 51.4%
清酒製造業
(90%以上専業) 199.2% 272.3% 92.2% 74.7% 47.9% 58.1%
流動比率 固定比率 自己資本比率
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務や借入金の返済が年度内に終了し、次年度に改めてそれらを活用するとなれば、決算情 報を用いて計算される自己資本比率は高くなるのである。
第3項 小括
本節では、清酒製造業の収益性と安定性の確認をより頑健なものとするため、製造業お よび食品製造業の経営指標との比較分析を行った。その結果、以下のことが明らかになっ た。
収益性については、緑川・桜井(1965)や桜井(1982)の頃から相対的に低く、利益率 や資産の活用効率(総資産回転率)はともに良好ではないことが確認された。昨今ではさ らに悪化しており、特に専業比率が 90%以上の清酒製造業は厳しい状況にある。安定性に ついては、逆に製造業や食品製造業より良好な値を示していた。ただ、それは本来的な意 味での安定であるのか、財務諸表制度と構造に基づく安定であるのかについては、入手で きる情報の限界から確認されていない。収益性との関連で考察すると、清酒製造業の安定 性は後者、つまり見せかけの安定性であることも否定できないのである。特に小規模の企 業では固定比率の結果から積極的な事業展開(設備更新などの投資行動)に対する意欲が 薄いのではないかと推察される。
清酒製造業における財務改善について、政府は零細清酒製造業の経営革新に処するため、
軽減措置を講じている。平成元年、消費税が新設され酒税法も改正されたことに伴い、清 酒等の税負担が大幅に上昇することから、中小零細事業者の多い清酒製造業に与える影響 を緩和する目的で、租税特別措置法第87条「清酒等に係わる酒税の税率の特例」が施行さ れた。同条は蔵出量が1,300kl以下の清酒等の製造業者に対し、200klまでの酒税を3割
(現在は 2 割)軽減するものであり、軽減措置によって存続が許容されている製造業者も 多い。ただ、軽減措置が講じられている間に、本来は財務体質の改善を図らなければなら ないのであるが、本節の経営指標の分析を概観する限り、そのような方向に進んでいると は考え難い。特に収益力の低下に歯止めをかけ、収益体質を構築しない限り、経営が一層 厳しい状況に追い込まれてしまうのは自明の理である。これらが喫緊の課題であろうこと が、改めて確認された。