第 4 章 清酒製造業における産業体質の特徴とその影響
第 5 節 先行研究に示された経営指標の比較検討
緑川・桜井(1965)の研究は、戦後の復興期を経て高度経済成長期の前半の時代のもの である。桜井(1982)の研究は、オイルショックにより高度経済成長が終焉を迎え、安全 成長期に入るとともに、清酒の生産量が下がりはじめた頃のものである。本節では、2 つ の先行研究に示された経営指標を比較して、清酒製造業の経営がどのように変化したのか を考察する。経営指標は新たに算出したものではなく、2 つの先行研究から抜粋したもの を比較するにすぎない。そのため、サンプル数や規模別の区分、あるいは会計制度の変更 等による影響を考慮することはできないことに留意する必要がある。
第1項 収益性の比較
一般に収益性分析では、取引収益性と資本収益性の 2つの視点で分析が行われる。取引 収益性は、企業の収益と利益の関係から取引の状況を見る指標であり、売上高利益率を使 用する。なお、損益計算書には売上総利益、営業利益、経常利益 など、利益が段階的に示 されるが、本研究では本業の活動によってもたらされる営業利益を用いた売上高営業利益 率を取引収益性の指標とする。資本収益性の指標には総資産営業利益率を使用する。企業 は出資者から事業活動に必要な資金を調達し、当該資金にて必要な資産を取得して活用し、
営業利益を獲得する。総資産に対する営業利益の割合を示す総資産営業利益率は、投資と 利益の関係を表す指標である14。なお、総資産営業利益率は売上高営業利益率と総資産回 転率の積によって表現できる。総資産営業利益率の向上を図るには、売上高営業利益率か 総資産回転率、もしくはその両方を高める必要がある。
本項では、緑川・桜井 (1965)および桜井(1982)に示された諸指 標を用いて、昭和 36年と昭和52 年の清酒製造業の取引収益性と資本収益性の考察を行う。なお、緑川・桜 井(1965)には、2,000~5,000klおよび 5,000kl超の区分が明示されていないため、比較 分析は主として 2,000kl 以下の製成数量規模を中心に行う。2,000kl 超の企業では四季を 通じた醸造が開始され、製成数量規模も飛躍的に拡大した。そのため、昭和 52 年のデー タを扱った桜井(1982)では、2,000~5,000kl、5,000kl超の区分が設けられたのだろう。
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(1)資本収益性と取引収益性の 2時点における比較分析
図表5-1 は、総資産営業利益率、売上高営業利益率および総資産回転率について、昭和 36年の数値と昭和52 年の数値を規模別に区分した表である。清酒製造業全体で見ると、
総資産営業利益率は9.4%(昭和36年)から 7.0%(昭和 52年)となっており、資本収益 性の低下が確認できる(以下、本節で比較に用いる年度は全て昭和 36年と昭和52年であ るため、年号を省略する)。次に規模別で見ると、製成数量規模が 2,000kl以下のすべての セグメントで資本収益性の低下が見られる。
売上高営業利益率を見ると、清酒製造業全体では 5.9%から5.0%へと低下していること が確認できる。規模別 では 1,000kl 以下の企 業について値の低下が 確認される。とくに 300kl 以 下の企 業に お いて利益 率の 低下が 顕 著である 。1,000~2,000kl で は 4.7%か ら 4.9%へと微増を示しているが、実質的には変化なしと解するべきだろう。総じて、資本収 益性と同様、清酒製造業では製成数量規模に関係なく、取引収益性も減退している様子が 窺える。
総資産営業利益率が低下した原因は、売上高営業利益率にあるのだろうか。それとも総 資産回転率に起因するのだろうか。総資産に対する売上高の関係を示す総資産回転率は、
企業が保有する資産の活用効率を示す指標である。 清酒製造業全体では 1.6 回から 1.4 回 となっており微減といえる。規模別で観察すると、小規模(100kl 以下)では値が上昇し ているほかは、どの規模でも概ね微減といえる。ただし、1,000~2,000klの低下は他の区 分に比して大きい。売上高営業利益率が好転したにも関わらず総資本回転率の低下が大き いことから、結果的に総資産営業利益率の低下が他の区分と同じように映ったのである。
大手の清酒製造業者と中小零細の清酒製造業者との収益性の格差は、規模の経済性によ るだろうが、それ以外の要因も考えられる。既述したように、原料米の配給制は原料調達 に関する経営ノウハウの構築を妨げ、経営努力を必要としなかった。大手の清酒製造業者 によるおけ買いが一般化した結果、中小零細の清酒製造業者は原料の調達と販売に関する 経営手法を身につけず、大手の下請け生産工場として位置づけられた。その結果、需要の 低迷期には大手の清酒製造業者の買い控えによる生産調整を強いられ、大手の清酒製造業 者の生産リスクの調整機能と使われたのである。このような二重構造を構築することで、
大手の清酒製造業者は固定費の圧縮につなげることができたのだろう。
総資産営業利益率、売上高営業利益率および総資産回転率の分析では、資本収益性 (総 資産営業利益率)の低下要因は、主として取引収益性(売上高営業利益率)にあることが 確認された。
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図表 5-1 清酒製造業における資本収益性と取引収益性
[出典]緑川・桜井(1965)『清酒業の経営と経済』および桜井(1982)『清酒業の歴史と産業 組織の研究』より筆者作成
(2) 取引収益性の詳細分析
清酒製造業における収益性について、昭和36年と昭和 52年の指標を比較した結果、収 益力低下の要因は主として取引収益性(売上高営業利益率)にあることが確認された。と ころで、営業利益は売上高から売上原価を差し引いた売上総利益から、販売費及び一般管 理費を控除して求められる。売上原価は材料費や季節労働者の賃金およびその他の諸経費 からなる。青淵(1999)15によると、昭和 49 年以降、製造業では機械化によって固定的 な経費である減価償却費が相対的に労務費を上回る様子が示されている。類推すると、緑 川・桜井(1965)および桜井(1982)に記された財務指標では、売上原価の多くは変動費 と考えて差し支えなかろう。売上高総利益率は売上原価率と表裏 一体の関係にあり、変動 費の代理変数と考えられる。一方、販売費 及び一般管理費の多くは、現在でも人件費をは じめとした固定費を中心に構成されている。そのため、売上高販管費率は固定費の代理変 数と捉えることができる。売上高営業利益率を売上高総利益率と売上高販管費率で分析す るということは、費用の固変分解という視点から企業の収益構造を観察することに他なら ない。
図表 5-2 清酒製造業における費用と利益の構造
[出典]5-1 と同じ 製成数量規模
昭和36年 昭和52年 昭和36年 昭和52年 昭和36年 昭和52年
100kl以下 8.2% 0.4% 6.8% 0.3% 1.2 1.4
100kl〜200kl 9.4% 2.0% 6.7% 1.8% 1.4 1.1
200kl〜300kl 9.6% 3.1% 6.4% 2.6% 1.5 1.2
300kl〜500kl 9.9% 5.3% 6.2% 4.4% 1.6 1.2
500kl〜1,000kl 10.2% 5.9% 6.4% 4.9% 1.6 1.2
1,000kl〜2,000kl 9.4% 5.4% 4.7% 4.9% 2.0 1.1
2,000kl〜5,000kl 9.9% 7.1% 1.4
5,000kl超 8.4% 5.6% 1.5
全体 9.4% 7.0% 5.9% 5.0% 1.6 1.4
売上高営業利益率 総資産回転率
総資産営業利益率
製成数量規模
昭和36年 昭和52年 昭和36年 昭和52年 昭和36年 昭和52年
100kl以下 23.7% 23.1% 16.7% 22.8% 6.8% 0.3%
100kl〜200kl 23.5% 24.7% 16.8% 22.9% 6.7% 1.8%
200kl〜300kl 22.2% 25.7% 15.8% 23.1% 6.4% 2.6%
300kl〜500kl 21.3% 25.3% 15.0% 20.9% 6.2% 4.4%
500kl〜1,000kl 19.5% 26.1% 13.2% 21.1% 6.4% 4.9%
1,000kl〜2,000kl 13.5% 25.7% 8.8% 20.8% 4.7% 4.9%
2,000kl〜5,000kl 24.3% 17.2% 7.1%
5,000kl超 21.7% 16.1% 5.6%
全体 19.1% 23.4% 13.2% 18.4% 5.9% 5.0%
売上高総利益率 売上高販管費比率 売上高営業利益率
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図表5-2 は、清酒製造業の売上高総利益率、売上高販管費率、売上高営業利益率につい て、昭和36年と昭和52 年を比較した表である。売上高総利益率と売上高販管費率を観察 すると、規模の経済性および購買と販売機能における経営管理技法の違いが確認できる。
前述のとおり、製成数量規模が 1,000kl 以下の企業では一様に売上高営業利益率に低下が 見られる。売上高総利益率を見ると、昭和 36 年では規模が大きくなるにつれて同比率が 低下していることから、売上原価率の上昇が確認できる。これは変動費部分の増加を意味 しており、規模の経済が機能していなかったといえる。一方、昭和 52 年には規模が大き くなるほど売上高総利益率が向上(売上原価率が低下)している。規模の経済が機能した とも考えられるほか、昭和 44 年には酒造米として自主流通米が利用できるようになり、
売上原価の低下に寄与したものと思われる。
売上高販管費率をみると、全体に悪化している。しかし規模の大きい企業ほど悪化の度 合いは小さく、売上高営業利益率の悪化が小さく収まっている。このことは、大手 企業が 中小零細企業を需給調整機能として位置づけたため、規模が大きい企業ほど固定費の増加 の影響を抑えることができたことを示している。売上高販管費率は、昭和 36年は概ね13
~16%、昭和52 年は概ね20~23%であり、規模との関連は希薄に映る。つまり、昭和 36 年から昭和 52 年にかけて販売費及び一般管理費が数%上昇し、収益構造(もしくは費用 構造)が変化したと考えられる。結果として、変動費率 (ここでは売上原価率)について は規模に関係なく一定の割合であるけれど、中小零細の清酒製造業では固定費 (ここでは 販売費及び一般管理費)の負担が重くのしかかり、営業利益を圧迫している様子が確認で きる。また、規模が小さければ小さいほど、圧迫度合いを増しているとことが図表 5-2か ら読み取れる。これは生産の合理化や購買と販売といった経営諸機能の機能不全が生じた ことを意味している。
一方、規模が 1,000kl 超の企業の売上高営業利益率は上昇している。生産の合理化と経 営管理技法の導入により、中小零細の清酒製造業との二重構造が確立されつつあることを 示している。生産量が大きな企業ほど売上高営業利益率が向上しており、有利な状況に変 化したことが確認される。例えば、昭和 36 年以降、月桂冠など大手の清酒製造業者が大 規模設備を投入したことを契機にして、他の大手の清酒製造業者も次々と設備投資を開始 し、清酒の四季を通じた醸造が開始されたことで経営効率が上昇したものと考えられる。
第2項 安定性の比較
清酒製造業には長寿企業が多い。しかし、実際には半数近くが欠損企業 である。本来、
企業はゴーイング・コンサーン(事業継続)を前提とするものであり、事業を継続するに は利益を獲得し続けなければならない。然るに、半数近くが 欠損企業である清酒製造業は 特異な産業であるといえよう。清酒製造業の健全性について分析することは、業界の特質 を理解する上でも重要である。本項では、緑川・桜井(1965)および桜井(1982)に示さ れた流動比率、固定比率、自己資本比率の3指標を比較し、清酒製造業の安定性分析を行