第 6 章 経営指標から見る昨今の清酒製造業と経営革新
第 4 節 経営指標からみた現代の清酒製造業の経営
現在の清酒製造業者数はおよそ 1,300 者であり、九州の一部の県と沖縄県を除く各都道 府県には1者以上が存在している。また、約 6割の企業は創業から百年以上続く長寿企業 である。このことから、清酒製造業は日本の伝統産業であるとともに、各地域の風土、風 俗に密接に結びつきながら長きにわたり育まれてきた産業といえる。しかし、清酒の生産 量は昭和50年頃をピークに年々減り続け、平成22年にはピーク時の約35%にまで減少し た。さらに、酒類全体の消費量に占める清酒消費量は、平成8 年には 12.6%であったのに 対して平成22年には6.9%にまで半減した。消費者の清酒離れが深刻な状況となっている。
清酒製造業の財務諸表を通じて見てみると、全体の約半数が欠損企業であり、特に小規模 企業ほど欠損企業である割合が高く、収益企業であってもその収益性は低下傾向にある。
清酒製造業を取り巻く経営環境は日増しに厳しさを増している。それにも関わらず、約6 割が創業 100 年以上にわたり存続しているという実態からすると、清酒製造業にはある種 の特質が存在し、そのことが清酒製造業の経済的、社会的自立を妨げるとともに、経営の 効率化を遅らせる原因になっているのではないかと推測される。そこで本節では、清酒製 造業の産業特質がなぜ継続しうるのかを検討するため、前章までの清酒製造業の歴史的変 遷と先行研究を念頭に置きながら、平成以後の清酒製造業の実態について分析を行う。分 析資料には、国税庁ウェブページにて公表されている「清酒製造業の概況」(各年度の調査 分)を使用し、データ取得が可能な平成11年~平成22年を分析対象期間とする。
79 第1項 収益性の考察
総資産営業利益率は事業に投下された資産と、当該資産がもたらす営業利益の割合を示 す指標であり、ROA(Return on Assets)とも称される企業の収益性を測る代表的な指標 である。清酒製造業全体では平成11年の3.6%から平成22年には1.8%へ低下しており、
資本収益性の低下が確認される。これを製成数量の規模別に表したものが図表6-8である。
規模別で見ても、概ね右下がりの傾向にあるが、それでも500~1,000kl、1,000~2,000klの 区分にある中規模と、2,000~5,000kl、5,000kl超の区分にある大規模企業の資本収益性は 相対的に良い。一方で小規模の資本収益性は低く、特に100~200klの区分では営業損失の 影響で負の値となっている。特筆すべきは最も規模の小さい 100kl 以下の区分であろう。
平成13年を境に上向きのトレンドを描き、大規模企業に類する値まで上昇した。当該規模 における桜井(1982)での値は0.4%(図表5-1)であり、各区分の中で最も低い値を示し ていた。最も規模の小さい区分の資本収益性が向上した要因分析は後に譲るが、その次の 規模(100~200kl)と比較すると対照的であることが確認された。
なお、規模の経済性が働く限り、総資産営業利益率は最大規模である5,000kl超の区分が 一番高い値にならなければならない。しかし、直近では500kl以上から5,000kl未満の各区
分で5,000kl超の区分の総資産営業利益率を上回る値が観察されている。とりわけ、1,000
~2,000klの規模では概ね5,000kl超よりも高い収益性が実現している。このことは、規模 の経済性が重要であると唱えた桜井(1982)の仮説を見直す必要性を示唆している。
図表 6-8 総資産営業利益率の推移
[出典]図表 6-7 と同じ
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続いて、取引収益性を示す売上高営業利益率を観察しよう。それは図表 6-9 に示されて いる。清酒製造業全体では、平成11年の4.0%から平成22年の2.3%へと、年々減少の傾 向にある。桜井(1982)では5.0%(図表5-1)であったことから、約30年で取引による 収益力が半減したことになる。売上高営業利益率は利益の獲得状況の良否を表現するもの であるから、減少傾向にあるということは収益(売上高)の減少か、それとも営業費用(売 上原価と販売費及び一般管理費)の増加、もしくはその両方が原因となる。図表6-10には 売上高販管費率の推移が示されており、11 年間で約 4%上昇している。販売費及び一般管 理費の多くは固定費の要素をもっていると仮定すると、売上高の減少が売上高営業利益率 を押し下げる要因になっていることが推察される。ただ、緑川・桜井(1965)では13.2%、
桜井(1982)では18.4%であったことを鑑みると、固定費そのものが増加していることも 想定される。すなわち、高止まりする人件費や管理運営部門の機械化による減価償却費の 負担増によって、売上高販管費率が上昇しているのかもしれない。いずれにしても、近年 では販売費及び一般管理費の負担が重くなってきていることは確かである。
売上高営業利益率のトレンドは、総資産営業利益率のトレンドに類似している。製成数 量規模の大きい企業および 100kl 以下の企業の売上高営業利益率は、当該業界の中では相 対的に高く、小規模のそれは低い。100~200klの区分が最も低い値で推移しているのも同 様である。100kl以下の区分の数値が好転している理由は、酒造米の低価格購入の可能性か、
販売費及び一般管理費の削減の結果と推測される。小規模の清酒製造業者は、主に手作業 で製造しており機械化は進んでおらず、労働装備率も低く付加価値率も低い。販路につい ても地元中心であり、地域経済の環境を受けやすく、売上高が減少する傾向が見られる。
100kl以下を除く小規模の清酒製造業の取引収益性が低いのは、それが影響しているのでは
ないかと考えられる。
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図表 6-9 売上高営業利益率の推移
[出典]図表 6-7 と同じ
(注)平成 11 年の 200~300kl の値は欠損値である。
図表 6-10 売上高販管費率の推移
[出典]図表 6-7 と同じ
総資産営業利益率は、売上高を媒介項として売上高営業利益率と総資産回転率の積で説 明される。総資産回転率は企業が保有する資産の活用効率を示す指標であり、総資産営業
82 利益率の変化を説明するために用いられる。
近年における清酒製造業の総資産回転率の推移を示したものが図表6-11である。清酒製 造業全体で観察すると、平成11年からの12年間では0.9回もしくは0.8回であり、変化が 見られない。製造業における総資産回転率は 1 回程度であることから考えると、清酒製造 業の資産活用効率が悪いわけではなさそうである。つまり、総資産営業利益率の低下は売 上高営業利益率の低下が招いたことが確認できる。ただし、緑川・桜井(1965)では 1.6 回、桜井(1982)では 1.4 回であったことからすると、近年の活用効率は以前に比べて悪 化しているのは確かである。売上高が低下していることが要因の 1 つであることに違いな いが、特に大規模企業では機械化による総資産価額の増加も要因の1つであろう。
総資産回転率を製成数量規模別に観察すると、2,000~5,000klの区分が平成18年以降に 悪化し、0.4 回で一番低いこと、また、良好の状態が続いていた 1,000~2,000kl の区分で 平成18年を境に下落したことが確認される。その理由を知るには精査が必要であるが、当 該区分の有力企業の退出(廃業もしくはM&A)が原因とも考えられる。一方、5,000kl超 の総資産回転率は安定して相対的に高く、資産の有効活用がなされていることがわかる。
なお、最も小規模である 100kl 以下の区分もまた値が一定であり、資産の活用効率に変化 がない。すなわち、同区分の総資産営業利益率の好転の理由は売上高営業利益率にあり、
取引の効率が改善されたと判断できる。
図表 6-11 総資産回転率の推移
[出典]図表 6-7 と同じ
83 第2項 安定性の考察
収益性分析に続き、本項では安定性についての分析と考察を行う。安定性の指標として は、先行研究に倣って短期的支払能力を示す流動比率、長期的支払能力を示す固定比率お よび自己資本比率を用いる。
清酒製造業の流動比率の推移は図表6-12に示されている。清酒製造業全体の平均は平成
11年には150.1 %であったものが平成22年には213.9%となり、向上を示している。わが
国企業の流動比率の平均は概ね130~150%程度6であることから勘案すると、良好と判断し 良いだろう。緑川・桜井(1965)の110.1%、桜井(1982)の119.1%と比べると、大きな 改善と評価して良い。規模別に観察しても、緩やかに上昇する傾向にあることが確認でき るが、100kl以下の区分は104.1%(平成11年)から190.5%(平成22年)、1,000~2,000kl の区分は151.4%から423.3%、2,000~5,000klの区分は176.2%から434.9%へと特に大き く上昇している。1,000~2,000klの区分や2,000~5,000kl区分は桜井(1982)でも相対的 に高い値を示しており、この区分は短期的に安定しているものと解される。使用している データは集計値であるため、流動比率が急上昇した要因の特定は困難であるが、現金・預 金の保有を増やしたか、資本構成との兼ね合いのいずれかであろう。前者について、現金・
預金などの流動資産の増加は、成熟産業の証である。本来は、産業が成熟期を迎え、市場 の拡大が止まれば、回収する現金を他の事業に振り分ける必要がある。しかしながら、規 制産業であった清酒製造業の経営者は、多角化には慎重な態度を示していることから資金 を投資に回すことを選択せず、結果的に流動資産が増加するのである。しかも、この規模 の清酒製造業の収益性は高い。それはターゲットを小さく絞り込んだ戦略を策定している ためであり、生産能力を拡大し規模を追求するような設備投資をすることを考えていない のだろう。そのため、きわめて潤沢な現金を保有しているものと推察できる。後者につい ては、取引形態の変更により流動負債の特定項目の残高が減少した(たとえば、仕入債務 のサイトが短くなった)ことなどが推察される。
一方、300~500klのみ数値が下降しており、平成22年には137.7%であった。この原因 についても、可能であれば精査することが望ましい。