第 3 章 清酒製造業をめぐる外部環境と産業の特質
第 5 節 近代工業として産業化された清酒製造業
第1項 製品工業化が進んだ清酒製造業
本来、清酒はワインと同様に農産物的な性質を持っていると考えられる。そのため、清酒を産 業的に発展させることを考えるならば、農産物的な性質を考慮に入れながら品質向上を考えなけ ればならない。しかし、日本において酒類を規制している主たる法律は酒税法であり、酒税の効 率的な徴収に焦点が当てられていて、酒類の特性の向上についてはあまり考慮されていない。そ れ故、清酒業界ではその特性を無視した造りが発展し、アルコール添加や三増酒、速醸酛の利用 など、企業はいかに効率よく清酒を造り出すかに精力を費やすこととなった。
昭和20年代後半に入り、酒類消費の増大と原料米事情の好転で増産を目的とした生産工場の設 備投資が盛んに行われるようになったが、その過程と要因についてみてみると、昭和20年代後半 は増産が主目的であったのに対して、昭和30年代に入ると酒造季節労働力の確保が困難であるこ とと、それに伴う人件費の高騰に対処するための近代化設備投資であったことが窺える。多くの 中小規模の清酒製造業者は冬季の気象条件を活かし、限られた製造期間内でしか清酒を製造する ことができなかった。その状況において、できる限りの効率化を行うために、たとえば、工程の 簡略化、簡易醸造法の採用、省力機器の導入、工程の一部機械化などが採用されたが、所詮は微々 たる効率化に過ぎない。このような製造方式をとる業者は、伝統的な技能集団である酒造出稼ぎ 労働力に資本が支配されている、いわゆる醸造型清酒製造業といえる8。
これに対し、大規模の清酒製造業者の中には、仕込みタンクの大型化、連続蒸米機、蒸米の空 気輸送装置、自動製麹装置、連続もろみ圧搾装置などを導入するほか、空調低温装置の設置で製 年度 昭和50年 昭和51年 昭和52年 昭和53年 昭和54年 昭和55年 昭和56年 消費数量 1,675 1,620 1,593 1,581 1,581 1,504 1,524 (単位:1,000kl)
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造が季節的生産制限から解放されたため、四季醸造による大量生産を行う企業も出現した。この ような高度に装置工業化された業者はいわゆる発酵工業型清酒製造業といえる9。
すなわち、醸造型清酒製造業は労働集約的、発酵工業型清酒製造業は資本集約的な製造方式を とっているため、設備投資の規模や水準について、両者は経営全般にわたる資本行動の規模を異 にしている。また、労働集約的な醸造型清酒製造業は、一部は機械化されているとはいえ、杜氏 が先頭に立ち、その蔵の伝統を受け継ぐ造りを行い、他商品との差別化に成功している蔵元が存 在する一方、生産数量は限られ、資金繰りも困難を極めるため、倒産や廃業を余儀なくされる蔵 元も相次いだ。また、資本集約的な発酵工業型清酒製造業の形態で運営を行っている企業は、効 率や経済的な観念から酒造りを行うため、それほど品質の高くない清酒を市場に氾濫させること となった。
以上のように、清酒製造業の設備投資行動は、単に増産のための投資段階では清酒製造業の構 造に与える影響は少なかったが、伝統的に継承された杜氏を中心にした技能集団である酒造出稼 ぎ労働力の著しい逼迫と高賃金化は、醸造型清酒製造方式をとる大部分の中小清酒製造業者の資 本行動に大きな影響を与え、清酒製造業の構造変化の要因となったことは明らかである。また、
清酒製造業の装置工業化は清酒の個性を失わせ、画一的な低品質な清酒を量産する結果となった。
このことは清酒が造り手によって個性を醸し出すという最も尊重するべき特性をそぎ落とすこと となり、消費者のイメージを落とすこととなったといえる。
明治以降の清酒をはじめとした酒類の価格と人件費との相関を見ると、第二次世界大戦後半か ら戦後のアルコール添加等により、高級な飲料であった清酒が粗製乱造、安価増量により、以前 の20分の1の価格感となっていることが確認される(図表3-4)。
図表 3-4 アルコール飲料の価格変化
[出典]週刊朝日(1987)『値段の明治大正昭和風俗史下』および同(1995)『戦後値段史年表』より 筆者作成
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また、昨今では純米酒の消費量が伸びているが、その生産量は平成22年においても全体のわず
か14.7%に過ぎず、清酒のほぼ大半は醸造アルコールが添加された酒である(図表3-5)。
図表 3-5 純米酒系、アルコール添加酒、合成清酒の製造数量の推移
[出典]国税庁ウェブページ『清酒製造業の概況(平成 15 年度調査分)』~同(平成 23 年度調査分)
より筆者作成
アルコール添加酒法は製造が安価にできるため、製造業者にとっては原価率を下げるとともに、
大量生産することができる製法である。しかし、清酒が持つ本来の特性の多くを失わせ、品質の 悪い清酒を市場に供給させる一端にもなっていると考えられる。確かに、この製法が生まれた背 景には戦中戦後の食糧不足があり、当時としては相応しい一面もあっただろうが、米余りが叫ば れている現代において、市場に流通している多くの清酒がアルコール添加酒である実態を見ると、
清酒製造業界が清酒の特性を自らそぎ落としていると考えざるを得ない。さらに、このようなア ルコール添加をした清酒を市場に氾濫させることは、清酒の個性を均一化するため、商品の無個 性化も造り手自らが行っているともいわざるを得ない。
このことは、ワインが造り手により様々な個性を生み出し、それが世界中の消費者から認めら れる価値となったことと全く異なる動きである。熱心な消費者の中には造り手が醸し出す独特な 個性を求めている者もおり、それに気付いた一部の清酒製造業者は、清酒を農産物的視点から観 察し、独自の酒を造ることを心がけるようになった。それが、平成初期に起こった地酒ブームに つながったといえよう。しかし、すでに一般消費者には、清酒が美味しくないというイメージが 定着していたために、そのイメージを覆すほどまでには至らなかったと考えられる。
現在の清酒製造業では、企業努力により品質の高い清酒を造る研究が行われているが、未だ規 制や慣習が存在しており、産業の特質として根付いている。企業レベルでの改善には限界がある ため、産業全体の改革が必要であろう。
第2項 マイナス思考の産業体質
清酒製造業は長期に及んだ規制下で管理されてきた歴史から、工業化優先、米国型効率化の優 先による平均化、安定化を目指し、欠点をなくそうとする傾向が製品づくりの全てに見られる。
製品の精度を上げるには利点があるが、無個性の商品づくりが主流となってしまう。マーケティ ング的視点に乏しい清酒製造業自らが清酒の商品特徴を正しく、冷静に捉えていないと考えられ る。たとえば、清酒の適切な販売、提供に資する研究を行う日本酒サービス研究会・酒匠研究会
(単位:千kl) 平成14年 平成15年 平成16年 平成17年 平成18年 平成19年 平成20年 平成21年 平成22年
純米酒系 76 75 73 74 79 77 77 74 71
純米酒系の割合 11.3% 11.7% 13.0% 13.3% 13.7% 13.8% 14.2% 14.3% 14.7%
アルコール添加清、
合成清酒の合計 597 569 489 482 495 479 466 441 412
アル添酒(合成酒を含む)
の割合 88.7% 88.3% 87.0% 86.7% 86.3% 86.2% 85.8% 85.7% 85.3%
34 連合会は、清酒の商品特徴を次のとおりとしている。
1. 技術的に世界一レベルの高い酒である(十分に理解させることができれば消費者の高い評価 が得られる)。
2. 生産地域、原材料、醸造方法によって香りや味わいの種類が豊富である(TOPによって日本
酒を選ぶ楽しさや、食卓を豊かにする話題を豊富に持っている) 。
3. 工業的大量生産向け商品ではない(少量生産高品質のため、買付け能力次第で高価格利益を 生み出しやすい) 。
4. アルコール飲料の中で最も品質が変化しやすい(適正に管理を行うことにより、香味が向上 するものが多く存在し付加価値を生みだしやすい) 。
5. 飲料温度によって香り、味わいが変化する(学習することにより簡単に消費者の興味と理解 を得ることができる) 。
6. 料理との相性によって味わいが異なる(消費者に体験してもらうことで興味を持続させ得 る) 。
7. アルコール飲料の中で、陰陽でいう最も中庸の酒である(一般にいわれていることと違って、
大変健康的なアルコールである) 。
清酒はプラスのイメージで捉えることができるにも関わらず、清酒製造業界はその魅力を消費 者に伝えることができない。消費者との間に情報の非対称が生じており、清酒製造業界の問題点 のひとつとなっている。