第3章 保育者から見た造形と音楽を結び付けた保育実践
第3節 造形と音楽を結び付けた表現活動に関する実践上の条件
Ⅰ.保育者の保育実践に求められる条件
第3章第1節(本論の 121-139 頁)では、設定保育で行う「造形×音楽」表現の実践案 について広く収集し、類型化した。それでは、「造形×音楽」表現の保育実践を望ましい形 で展開するには、どのような実践上の条件が保育者に求められるのであろうか。先行研究 では、初田・井上(2013)が、「『音や音楽を絵で表す活動』を授業で扱ったことはありま すか?」との設問を幼稚園・小学校・中学校の教員50名に尋ねたところ、「よく行ってい る(2.0%)」「ときどき行っている(2.0%)」「行ったことはある(28.0%)」となっており、
「行ったことがない(68.0%)」との回答が突出していた1)。さらに、「扱ったことがない方 は、その理由を教えてください(複数回答可)」との設問には、上位の回答として、「経験 したことがないのでイメージしにくい(60.6%)」「指導方法がよくわからない(36.4%)」、
「活動内容が思いつかない(21.2%)」等が挙げられ、「造形×音楽」表現の実践を行うた めに不可欠な条件の1つが、子ども自身の問題というよりも、保育や教育を提供する側に 実践イメージがあるかどうかであり、その不足が顕著であることが示されている。また、
幼児期の「造形×音楽」表現に関する個別の事例を取り上げた研究では、「保育者は、聴覚 と視覚を自由に行き来する子どもの表現を受け止めるとともに、想像の世界が膨らむよう な言葉かけや活動の展開により、それらを援助するよう心がけたい」2) というように、保 育者に求められる資質についてしばしば述べられる。それでは、現場の保育者から見た「造 形×音楽」表現に求められる実践条件をまとめると、どのような項目が挙がるのだろうか。
Ⅱ.「造形×音楽」表現に関する実践上の条件 1.調査対象・方法・期間及び倫理的配慮
1) 初田隆・井上朋子:「音をかく活動の研究」,『美術教育学』34,407-418頁,2013年.
2) 麓洋介:「音楽表現と造形表現」,(樋口一成/編:『幼児造形の基礎 乳幼児の造形表現と造形教材』),215 頁,萌文書林,2018年.
第3章第3節
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岡山県内の公立・私立幼稚園(304園配布,171園回収)に勤務する幼稚園教諭に対して、
郵送による無記名の質問紙調査を行った。園長及び幼稚園教諭に向けた協力依頼文と返信 用封筒を同封し、質問紙の配布、記入、回収を依頼した。調査期間は、2015 年8月 11 日
~9月4日である。質問紙の回収率は56.3%(304園配布,171園回収)で、842名分を回 収した。その中から、大部分の質問項目に回答がないものを除き、分析の対象とする 538 名分を抽出した。分析対象者の属性としては、性別(男性22名,女性516名)、年齢(M=34.4,
SD=10.7)、保育経験年数(M=10.5,SD=8.9)であった。そこから各質問項目毎に、欠損値 等の回答不備を除いたデータを分析対象とした。調査の実施に当たっては、第3章第1節
(本論の122頁)で述べた通り、倫理的配慮に十分に留意した。
2.調査内容
本節では、保育者によって展開される「造形×音楽」表現の保育実践で、どのような実 践上の条件を要するのかに焦点を当てる。質問紙においては、回答は無記名とし、属性を 問う質問として、回答者の性別、年齢、保育経験年数、役職、勤務園の種別、雇用形態(正 規・パート・臨時・その他のいずれであるか)、担当クラス(何歳児学級の担当であるか,
担任・副担任・フリー・その他のいずれであるか)について尋ねた。その上で、複数の表 現領域を結び付けた表現活動について、「子どもは、五感で感じたことや自分なりのイメー ジを、造形表現・音楽表現・言語表現・身体表現などで自由に表現します。その際、子ど もは、造形表現や音楽表現などの単独の表現方法ではなく、いろいろな表現を結び付ける ことがあります(文部科学省,『幼稚園教育要領解説』(2008)参照)。例えば、「絵を描き ながら(造形表現)その内容に関連したイメージを言葉(言語表現)や動作(身体表現)
で表現する」「物語を話しながら(言語表現)身体表現をする(身体表現)」などの活動が 当てはまります。このような表現は、さまざまな表現方法が組み合わさって行われるとこ ろに特徴があります」と説明した。
以上を示してから、「あなたが造形表現と音楽表現を結び付けた保育実践を行うには、ど のような条件が必要ですか?」と尋ね、自由記述による回答を求めた。これによって、保 育者が「造形×音楽」表現の保育実践を行う際、実践を成立させる条件としてどのような 観点が必要であるかを明らかにする。分析には、テキスト型データの計量的な内容分析(計 量テキスト分析)、もしくはテキストマイニングを行うことのできる分析ソフト「KH Coder
(Ver.2.beta.26)」を用いた。
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Ⅲ.「造形×音楽」表現の保育実践に求められる諸条件
1.実践上の条件に関するキーワードの抽出
「造形×音楽」表現の保育実践を行う上で求められる保育実践上の条件について、現場の 保育者がキーワードとして位置付けている要素は何かを明らかにするため、「あなたが造形 表現と音楽表現を結び付けた保育実践を行うには、どのような条件が必要ですか?」の質 問項目について、自由記述(複数回答あり)で回答するよう求めた。そこで、回答のあっ た458名を対象として考察を行った。
458名の自由記述について、KH Coder(Ver.2.beta.26)を用いた分析を行った。具体的には、
まず、回答の全ての文字データをChasenにより分かち書きし、8,061語を抽出し、その中 から899語を分析に用いた。分析に用いた語は、KH Coderの品詞体系に従った。また、分 析対象となる語の統一性を確保するため、語の趣旨を損なわないよう配慮しながら、「子供」
「こども」は「子ども」に、「教師」「教諭」「先生」は「保育者」に統一する等、語の置換 作業を行った。さらに、本来連続して使用される語を分けて分析しないために、強制抽出 の処理を行った(例えば「教材研究」「想像力」等)。以上の作業を行った後、頻出語の内 容及び出現頻度について分析した。表1は、頻出語の上位30語を示したものである(「す る」「なる」等の意味を成さない語は除いた)。
次に、頻出語のカテゴリー分けを行うため、「階層的クラスター分析」を行ったところ、
図1が示された(集計単位は「文」、語の最小出現数は「18」、クラスター数は「10」)。階 層的クラスター分析とは、文中における出現パターンの似通った語の組み合わせをデンド ログラム(樹状図)によって探索するもので、画面左側に並んでいる棒グラフは、それぞ れの語の出現頻度を表している。これによって、表1に示すような上位の頻出語のうち、
表1.語りにおける頻出語(上位30語)
子ども(184)/表現(180)/音楽(139)/保育(108)/造形(105)/活動(80)/イ メージ(53)/環境(53)/経験(46)/時間(45)/知る(42)/興味(39)/自分(34)
/知識(34)/教材研究(31)/実践(31)/内容(27)/楽しむ(26)/合う(25)/技 術(24)/発達(23)/自身(23)/曲(22)/題材(22)/それぞれ(21)/楽しめる(21)
/いろいろ(20)/歌(20)/確保(20)/材料(20) ※括弧内は出現回数
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図1.「造形×音楽」表現の実践上の条件に関する10の要素
注)A・C・D・E・F・H・I・Jは,後述の論考の通り,A①興味関心,C②発達,I③楽しさ,J④活動に向けた基礎的な経験,
D⑤時間,E⑥環境,F⑦教材研究,H⑧保育者の知識・技術・経験,を示す。
どの語と語がよく結び付いて語られたのかという傾向を、デンドログラムによって読み取 ることができる。また、頻出語がどのようなカテゴリーに分けられるかを判断することも できる。分析の結果、37の語からなる10個の分類が抽出されたが(図1,A~J)、抽出語 の数と内容が多岐にわたるためこれを予備的な分類とし、次に示す検証作業によって洗練
A
C D E
F
H
I G
J B
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A~J の分類の妥当性について、さらに、「KWIC コンコーダンス」を用いて検証した。
上記の37の抽出語が、分析対象ファイル内でどのように用いられていたのかという文脈を 探った(図2)。これによって、例えば、図1の最上段の「興味」が、回答の中で、確かに Aの分類を構成する重要な語であることを確かめた。あるいは、「方法」「いろいろ」「歌」
「イメージ」「曲」によるJ の分類が、「子どもたちがイメージを広げやすかったり、親し みを持ちやすかったりする歌を知っている」「子どもが、いろいろな画材で絵を描いたり造 ったりする経験をしている」という回答に代表されるように、造形と音楽を結び付ける表 現活動に向けた基礎的な経験の必要性を述べるものであると判明した。一方で、「表現」「音 楽」「造形」の3語による B の分類は、本研究のテーマである「造形と音楽を結び付けた 表現」を示す用いられ方が大半であり、実践上の条件として意味する内容ではないと判断 されたため、これを除外した。同様に、「結び付ける」「保育」「実践」の3語による G の 分類も、複数表現領域を結び付けた表現活動の保育実践そのものを示しており、具体的な 実践条件ではないと考えられるため、除外した。
図2.文脈における「興味」の使用状況に関する検索
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最後に、8要素それぞれのキーワードと考えられる語を精査した。KH Coderによって、
回答内容に登場した全ての語のリストを作成し、その中から8要素それぞれに関連する語 を抽出した。語の抽出作業における判断材料として、図1のA・C・D・E・F・H・I・Jの 各括弧内に示された語を参考にしつつ、上述した「KWIC コンコーダンス」による文脈の 検証を適宜行った。これによって、例えば、図1では C の要素について「発達」「合う」
の2語が示されているが、他にも「発達過程」「年齢」が関連する語であると判明し、また、
「合う」が他の要素に関する回答でも用いられていたことから、最終的なキーワードを「発 達」「発達過程」「年齢」の3語に決定するというような作業を行った。
上記の手続きを経て、図1で抽出された要素の洗練化を行い、A・C・D・E・F・H・I・
Jをそれぞれ次に示す①~⑧の命名として解釈した。図1のAは、「子どもの興味・関心を 引きつける内容であるか」「子どもの関心が高く、楽しく意欲的に取り組めるように、造形 と音楽を結び付けること」等、子どもの興味・関心を把握することを取り上げているため、
「①興味・関心」と命名した。図1の C は、「造形と音楽それぞれについて、年齢や発達 に応じた指導の在り方をしっかり学んでおくこと」「行う子どもの発達や年齢に合っている か」等、子どもの発達過程について言及していることから、「②発達」と命名した。図1の I は、「好きな遊びの場でどちらも経験し、楽しさを感じていくこと」「造形を具体的な完 成を目指さずに抽象的な出来上がりを楽しめるように指導する」等、造形と音楽を関連付 ける活動に子どもが楽しさを感じられるような配慮を指摘しており、「③楽しさ」と命名し た。図1のJ は、「造形表現・音楽表現の基礎的な体験や経験が必要になるのではないか」
「子どもが、造形表現と音楽表現が結び付く活動を行うには、段階的な経験のなかで、理 解して取り組むことが必要」等、「造形×音楽」表現の活動を支える基礎的な経験の蓄積に ついて示しており、「④活動に向けた基礎的な経験」と命名した。図1のDは、「教材研究 の時間の確保」「子どもが「させられている」という感じにならないよう、自由に活動できる ための十分な時間の確保」等、時間的な余裕について取り上げており、「⑤時間」と命名し た。図1の E は、「描いたり、歌ったり、自分の思うように表現しやすいような広い空間 を確保する」「造形表現と音楽表現の活動以外の玩具や用具の存在しない、人数に適した環 境」等、活動における環境について言及しており、「⑥環境」と命名した。図1のFは、「造 形と音楽が結び付いた活動になっているかどうか、しっかり教材研究をする」「活動に適し た材料の準備(造形と音楽それぞれ)」等、教材研究の重要性について述べたものであるた め、「⑦教材研究」と命名した。図1のHは、「保育者の知識(どのように活動を進めてい