第4章 研究の総括と今後の課題
第1節 複数表現領域を結び付けた表現活動の特徴とその価値
Ⅰ.複数表現領域を結び付けた表現活動
第1章第1節(本論の2-5頁)では、本論の主題である「複数表現領域を結び付けた表 現活動」、すなわち、造形表現、音楽表現、身体表現、言語表現というような各表現の領域 が完全に独立せず、それら複数の領域が結び付いた状態で表現が展開される活動への着目 について示した。それは、例えば、「子どもの表現は、複合された形で表出される。例とし て、歌いながら踊ったり、描きながら呟いたり、話しながら抑揚や旋律をつけたりするよ うにである」1) と述べられる事例として表れる。表現領域間の境界が不明瞭で未分化な表 現活動は、子どもや芸術家の表現活動に見出すことができる。
また、本論の目的及び研究課題として、①子どもの表現及び園での保育実践における複 数表現領域を結び付けた表現活動の位置付けの整理、②保育における造形と音楽を結び付 けた表現活動に着目する妥当性の検討、③造形と音楽を結び付けた表現活動が子どもに与 える影響に関する検討と子どもの自由遊びに見る実態把握、及び④造形と音楽を結び付け た表現活動に関する実践案や保育者の特性に関する検討、の4つの主題を提示した。
Ⅱ.乳幼児期以外の表現活動から見た複数表現領域を結び付けた表現活動
第1章第2節(本論の6-29 頁)では、保育における複数表現領域を結び付けた表現活 動の意義を論じる上で、乳幼児期以外の複数表現領域を結び付けた表現活動に着目した。
1つは、児童期以降の表現活動である。絵画表現と音楽とが結び付いた小学生の作品や、
音楽表現と身体表現の結び付きの事例を紹介し、乳幼児期の発達過程を過ぎた子どもにも、
複数表現領域を結び付けた表現活動が表出することを示した。また、小学校図画工作科等 において、造形と音楽を結び付けた表現活動を授業で行った取り組み等を概観した。もう
1) 髙橋敏之:「表現」,(日本保育学会/編:『保育学講座3 保育のいとなみ―子ども理解と内容・方法』),111 頁,東京大学出版会,2016年.
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1つは、芸術家の表現活動である。J.Miró、P.Klee、R.Magritte、V.Kandinsky といった 20 世紀の画家、あるいは、S.Richter、O.Messiaen といった音楽家の表現活動等に、絵画表現 と音楽表現との結び付き、絵画表現と言語表現との結び付き、絵画表現と身体表現との結 び付きが表出している事例を紹介した。その上で、人の表現活動における複数表現領域を 結び付けた表現活動の位置付けとして次の考察を示した。
第1に、人の表現活動における自然な姿の1つとして、複数表現領域を結び付けた表現 活動を位置付けることができると考えられる。表現活動に携わる者にとって、自らの恣意 性や他人による強制なくしても、複数の異なる領域を組み合わせようとする表現活動に、
自然に引き起こまれる場合が認められると言える。
第2に、複数表現領域を結び付けた表現活動は、子どもの好奇心や楽しさを触発し得る 点において、完全に子どもの自発的な活動でなくても、活動のおもしろさや楽しさを得ら れる表現の一形態として成立すると考えられる。子どもの表現過程や芸術家の作品におけ る複数表現領域を結び付けた表現活動には、作者自身が意図的に複数の表現領域を結び付 けた作品も多数あり、それらは、自らの恣意性や他人による働きかけによる産物であるだ ろう。しかし、「音をかく活動の研究」(初田・井上,2013)2) でも示されているように、
例えば、「『音を絵にする』ということは、楽しいですか?」という設問に対する小学生の 回答は、「とても楽しい」(52.5%)、「楽しい」(21.3%)となっている。幼児教育・保育で は、乳幼児期の表現活動について、作品の出来栄えよりも表現することの楽しさや意欲を 育てることを重視するため、この観点は非常に重要であると言える。なぜなら、酒井(2014)
が指摘するように、「「表現」の領域で子どもたちに育もうとしていることは、上手にできた か立派な作品に仕上がったかなどの結果を重視するものではない。その子らしさや表現す る過程を重視することで、豊かな感性や表現する力を養い、創造性を豊かにすることなど をねらいとしている」3)からである。保育現場で勤務する保育者もまた、子どもの豊かな 表現活動を引き出すために、「教育要領等にも示されている『自分なりに表現して楽しむ』
『様々な表現を楽しむ』ことを重要視している」4) 状況が、一般的な保育観であると言え る。
2) 初田隆・井上朋子:「音をかく活動の研究」,『美術教育学』34,407-418頁,2013年.
3) 酒井幸子:「「表現」と保育内容」,(酒井幸子・守巧/編:『演習 保育内容総論』),130頁,萌文書林,2014 年.
4) 高原和子・瀧信子・宮嶋郁恵:「保育者の保育内容「表現」の関わりとその方法:表現活動を引き出す手だて について」,『福岡女学院大学紀要・人間関係学部編』8,57-62頁,2007年.
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第3に、人が表現活動に親しみ表現することを楽しむ上で、表現上の閃きや実際の表現 方法の選択肢を多く持つことは望ましいことであるが、表現領域を結び付ける行為は、単 独の表現領域内で完結する表現とは異なる選択肢として、子どもの表現活動の可能性を広 げると考えられる。表現という行為における豊かな感性・表現力の1つは、性質の異なる 表現領域から多面的にものを捉える力であるとも言える。換言すれば、様々な感性・知識・
経験を共に働かせることを意味しているとも考えられる。表現欲求は、領域や枠組みを越 えてどのようなものから得てもよいという環境は、子どもであっても大人であっても、表 現活動の選択肢をより多く用意するという意味で、重要な考え方であると考えられる。
第4に、複数表現領域を結び付けた表現活動は、子どもに特徴的な姿の1つであること から、「子ども性」が表れた活動ではないかと考えられる。さらにそれは、大人になる上で 次第に失われても、完全に消滅はしないとも示唆される。
以上のように、表現活動において、複数表現領域を結び付けた表現活動は、1つの表現 形式として成立し得る意義のある活動である。複数表現領域を結び付けた表現活動には、
表現の楽しさや驚き、あるいは芸術的感性の高まりが認められる。乳幼児期の子どもに対 して、複数表現領域を結び付けた表現活動に関する保育実践を展開できる可能性を指摘す ることができると考えられる。
Ⅲ.子どもによる複数表現領域を結び付けた表現活動の先行研究及び要領等の記載内容
第1章第3節(本論の30-47 頁)では、幼児教育・保育における複数表現領域を結び付 けた表現活動の先行研究を概観した。具体的には、次のことについて言及した。
第1は、複数表現領域を結び付けた表現活動の特性についてである。具体的には、「音の イメージを絵に描く」「絵を描きながら物語を語る」等、単一の活動に複数の表現領域が重 なり合って展開される表現のことであり、造形表現、音楽表現、身体表現、言語表現とい うような表現領域は、完全に独立せずに結び付いた状態で展開される。表現領域間の境界 が不明瞭で未分化な表現活動は、子どもや芸術家の表現活動に見出すことができる。
第2に、乳幼児期の複数表現領域を結び付けた表現活動の事例を、先行論文や著書等か ら収集し紹介した。それは、子どもにとって自然な表現活動の一形態であるため、保育者 には、特定の表現領域に囚われない指導や子どもの受容が求められることが示唆された。
そして、子どもの複数表現領域を結び付けた表現活動には、次のような特徴が背景に認め
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られる。1つは、複数表現領域を結び付けた表現活動は、表現の原始的性質としての側面 を持つと考えられる。乳幼児期の表現活動に、既に表現領域間の結び付きが見られるのは、
それが人の原始的な姿であるからだと考えられる。表現行為における本質的な姿の1つと して、複数表現領域を結び付けた表現活動を位置付ける重要性について、検討する必要が あるであろう。もう1つは、複数表現領域を結び付けた表現活動の肯定面として、子ども の豊かな感性や想像力を向上させ、表現遊びの楽しさや意欲を向上させる一面を指摘でき る。複数の表現領域を結び付ける表現は、彼ら一人一人の独創性や自由さに基づいた、豊 かな内面世界の表出であると考えられる。例えば、麓(2018)が、「音から色や形をイメー ジしたり、反対に色や形から音をイメージする活動を通して、それぞれの感覚に対する知 覚・認知を促し、イメージを豊かに広げるための手がかりとなる。未分化な子どもの感覚 は、時に保育者の思いもよらない発想による豊かな表現を生み出す」5) と述べるように、
表現領域を結び付ける試みは、子どもの表現の可能性を広げる効果があると考えられる。
複数表現領域を結び付けた表現活動は、子どものより充実した表現体験を追求する上で、
大きな可能性を持つと考えられる。
第3に、保育者養成校での表現系授業や、保育者向けの研修等での複数表現領域を結び 付けた表現活動に関する事例を概観した。例えば、保育者養成課程の大学生に対する授業 で、聴覚と視覚の融合・往還による表現教育を試みた事例では、大学生が、「感性」「創造 性」「想像力」を伸ばしながら、イメージの深化や自由な発想を引き出すことができること が報告された。複数表現領域を結び付けた表現活動を授業の中で経験し、学びを深めるこ とは、保育者志望学生にとって貴重な体験や経験として深く記憶に残り、園に着任後の保 育実践に影響を与えると考えられた。
第4に、『幼稚園教育要領』『保育所保育指針』『幼保連携型認定こども園教育・保育要領』
及び『小学校学習指導要領』を検討材料として、「表現」に関する記載内容の変遷を見なが ら、保育実践と子どもの表現遊びにおける複数表現領域を結び付けた表現活動の位置付け について検討した。『幼稚園教育要領』『保育所保育指針』を見ると、複数表現領域を結び 付けた表現活動は、平成元年及び平成2年に同要領及び同指針が改訂され、「音楽リズム」
と「絵画製作」が「表現」として一括に定められる以前は、言及されていない。この20~
30年において、我が国に見る幼児教育・保育の動向の中で、子どもの複数表現領域を結び
5) 麓洋介:「音楽表現と造形表現」,(樋口一成/編:『幼児造形の基礎 乳幼児の造形表現と造形教材』),215 頁,萌文書林,2018年.