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保育実践における造形と音楽を結び付けた表現活動の定位と展開

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保育実践における造形と音楽を結び付けた

表現活動の定位と展開

2020

兵庫教育大学大学院

連合学校教育学研究科

髙橋 慧

(2)

凡 例

1.図表は、節毎に番号を付した。 2.外国人名は、片仮名書きせずに原語で表記した。 3.引用部分は、筆者による大略でない場合、「 」で記した。 4.著者の表記は、原則として姓のみであるが、同一姓の共著者がいる場合には名を添え た。 5.本文中の引用部分において、著者名が2名以下の場合は、毎回、「著者名(原著刊行年)」 のように示した。著者名が3名以上の場合、大項目(Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ等で表記)、中項目 (1・2・3等で表記)、小項目((1)(2)(3)等で表記)の中において、一度登 場した後の2回目からは、「第1著者名ほか(原著刊行年)」とした。 6.翻訳書の引用部分は、「原著者名(原著刊行年/翻訳書刊行年)」のように示した。 7.著書・論文の題名及び引用部分における漢字や仮名の使い分けは、修正を加えずその まま記述した。 8.脚註を採用した。「前掲書」「前掲訳書」「op.cit.」は、その節の中での参照とした。 また、本論の末尾に、引用文献をまとめて示した。 9.調査で得たデータの回答内容は、漢字の統一や誤字・方言を除く以外には、修正を加 えずそのまま記述した。

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目次

目 次

第1章 複数表現領域を結び付けた表現活動に関する先行研究概観と本論の位置 付け………1 第1節 研究の目的及び研究課題………2 第2節 表現活動における領域の結び付き………6 第3節 幼児教育・保育における表現領域の結び付き………30 第4節 表現領域の結び付きと子どもの発達の特性………48 第5節 研究の方法と論文の構成………52 第2章 保育における造形と音楽を結び付けた表現活動の位置付け………61 第1節 研究範囲の焦点化と課題の抽出………62 第2節 造形と音楽を結び付けた表現活動が子どもに与える影響に関する保育 者の認識………78 第3節 子どもの自由遊びにおける造形と音楽を結び付けた表現活動の出現……98 第4節 子どもの自由遊びにおける造形と音楽の結び付きの多様性……… 108 第3章 保育者から見た造形と音楽を結び付けた保育実践……… 120 第1節 造形と音楽を結び付けた表現活動に関する実践案……… 121 第2節 保育者に見る造形表現及び音楽表現の表現指導の自信度……… 140 第3節 造形と音楽を結び付けた表現活動に関する実践上の条件……… 149 第4節 実現可能性の捉えから見た実践上の条件……… 167 第4章 研究の総括と今後の課題……… 179 第1節 複数表現領域を結び付けた表現活動の特徴とその価値……… 180 第2節 複数表現領域を結び付けた表現活動における造形と音楽を結び付けた 表現活動の位置付け……… 186 第3節 保育実践における造形と音楽を結び付けた表現活動の可能性………… 192 第4節 造形と音楽を結び付けた表現活動の展望……… 198 引用文献……… 203 資料……… 213

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第1章 - 1 -

第1章 複数表現領域を結び付けた表現活動に関する

先行研究概観と本論の位置付け

概 要 第1章では、本論の背景と先行研究を概観し、研究の目的と研究課題を示した。 第1節では、ある1つの表現活動の中に2つ以上の表現領域が混在する時、それら複数の表現領域が 個々に独立せずに結び付きながら活動が展開される中で、表現欲求や創造性が生み出されるという特徴 を有する表現を、「複数表現領域を結び付けた表現活動」と示した。その上で、本論の目的及び研究課 題として次の4つを提示した。①子どもの表現及び園での保育実践における複数表現領域を結び付けた 表現活動の位置付けの整理、②保育における造形と音楽を結び付けた表現活動に着目する妥当性の検討、 ③造形と音楽を結び付けた表現活動が子どもに与える影響に関する検討と子どもの自由遊びに見る実態 把握、④造形と音楽を結び付けた表現活動に関する実践案や保育者の特性に関する検討、である。②~ ④は、保育者に対する質問紙調査のデータを基に論述を進めており、それらは保育者の意識や保育者が 考える保育実践の在り方を解明するものである。 第2節では、複数表現領域を結び付けた表現活動について、児童期の子どもの事例、小学校図画工作 科等における事例、芸術家の表現過程における事例を取り上げながら、広く人の表現活動における表現 領域の結び付きの位置付けを論じた。 第3節では、幼児教育・保育に関する表現領域の結び付きについて、造形・音楽・身体・言語表現の 4領域が様々に結び付いて展開された子どもの事例、保育者養成校での表現系授業、保育者向けの研修 等での事例を概観した。さらに、『幼稚園教育要領』『保育所保育指針』『幼保連携型認定こども園教 育・保育要領』『小学校学習指導要領』の内容への着目や、保育関係者に焦点を当てた先行研究を示し た。その上で、本分野に対する研究の必要性を示した。 第4節では、複数の表現領域を結び付ける子どもの活動の背景にあると考えられる、発達の特性につ いて取り上げた。 第5節では、本論で扱う調査データ(質問紙調査)を説明し研究の方法を示し、本論の章立てと構成 を述べた。

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第1章第1節 - 2 -

第1節 研究の目的及び研究課題

Ⅰ.複数表現領域を結び付けた表現活動 「風景を見て絵を描く」「伴奏に合わせて歌を歌う」「踊りを踊る」「物語を創作して語る」 といった活動が、一般的な表現活動としてよく知られる一方で、「音のイメージを絵に描く」 「絵を描きながら物語を語る」等の表現も存在する。前者が、造形表現、音楽表現、身体 表現、言語表現といった独立した表現領域内で展開されるのに対し、後者は、1つの活動 に複数の表現領域が重なり合っており、表現領域間の結び付きや関連性を大きな特徴とす る。このような、表現領域間の境界が不明瞭で未分化な表現活動は、子どもや芸術家の一 部に認められる。Gardner(1980/1996)は、「色が音をたちまち喚起し、音がたやすく色を 喚起する」1) 子どもの様子を取り上げながら、「諸々の表現メディアの間にたやすく自然な 行き来がある」2) と述べた。荒木(2013)は、『保育用語辞典』の中で、「幼児は、知覚が 未分化であることや自己中心的であるので(中略)言語のほか、かたちや音や香りや肌ざ わり、さらに運動の感覚からも想像を膨らませ、その想像を絵に表すことを楽しんだりす る」3) と解説している。先行研究を見ると、このような表現活動は、様々な名称で呼ばれ ており、「感覚の間の交響現象(藤沢,1973)」4)「芸術領域間における横断的交流(水島, 1987)」5)「エレメンタールな表現(芹澤,1998)」6)「共感覚的表現(櫻井,2001)」7)「様

式を交差した表現(Edwards, Gandini & Forman,1998/2001)」8) 等が挙げられる。呼び方の

1) Gardner,H.(1980): Artful Scribbles: The Significance of Children's Drawings. p.99, Basic Books Inc, New York.(星 三和子/訳:『子どもの描画―なぐり描きから芸術まで』,123 頁,誠信書房,1996 年.) 2) Gardner, op.cit., p.99,前掲訳書 1),123 頁. 3) 荒木照子:「想像画」,(森上史朗・柏女霊峰/編:『保育用語辞典 第7版』),94 頁,ミネルヴァ書房,2013 年. 4) 藤沢典明:『創りだすよろこび―私の造形教育論―』,184 頁,造形社,1973 年. 5) 水島尚喜:「諸感覚の統合をめざした造形教育に関する考察(2)―複合的表現活動をめぐって―」,『美術教育 学』9,379-387 頁,1987 年. 6) 芹澤美奈子:「幼児の音楽表現に関する一考察―オルフ・シュールヴェルクの可能性をめぐって―」,『保育 学研究』36(1),75-81 頁,1998 年. 7) 櫻井広幸:「感覚間相互作用と触覚・体性感覚の役割:香りの共感覚的活動から(平成 12 年度定例会発表 要旨)」,『立正大学人文科学研究所年報』38,94-95 頁,2001 年.

8) Edwards,C., Gandini,L. & Forman,G.(1998): The Hundred Languages of Children: The Reggio Emilia

Approach-Advanced Reflections. p.462, Ablex Publishing Corpration, Stamford.(佐藤学・森眞理・塚田美紀/訳:『子

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第1章第1節 - 3 - 違いはあるものの、それらは類似した活動内容を指しており、本論では表現領域という枠 組みを用いて考察を進めることから、「複数表現領域を結び付けた表現活動」の表記によっ て論述する。 本論では、例えば、音楽を聴くという受動的活動であっても、歌うという能動的活動で あっても、これを音楽領域として一括りにして捉える。それは、「音楽を聴きながら(受動 的活動)、そのイメージを絵に描く」活動と、「歌を歌いながら(能動的活動)、そのイメー ジを絵に描く」活動との間の質的な違いを、明確に区別するのが難しいためである。そこ で、受動的・能動的の違いに関わらず、ある表現領域の活動が別の表現領域と結び付きな がら展開される中で、表現欲求や創造性が生み出され、それら複数の表現領域間の関連性 をもって活動が成立していると見出せるものを、複数表現領域を結び付けた表現活動とし て位置付ける。また、本論では、造形と音楽の結び付きに大きく焦点を当てるが、その際、 音楽に歌詞を含む場合も音楽領域の範疇として考察を進める。言語表現である歌詞の存在 は、研究の枠組みを不明瞭にする恐れがあるが、保育現場では歌詞を含む曲を聴いたり歌 ったりするのが一般的であり、それらは音楽領域の一種であると判断した。 Ⅱ.4つの研究課題 本論は、幼稚園や保育所等の保育現場における乳幼児期の子どもの表現活動について、 上述した複数表現領域を結び付けた表現活動という主題から接近する。その中で、子ども の表現活動を豊かにし得る1つの表現形態として、造形と音楽の結び付きを重点的に取り 上げ、子どもの表現及び保育者による保育実践の実態や、今後の望ましい保育実践を探る ことを目的とする。保育者に対する質問紙調査のデータを中心に論述を進めるが、それら は、保育者の意識や、保育者が考える保育実践の在り方を解明するものであり、その考察 結果が最終的に、実際の保育実践の向上に繋がると考える。本論の研究課題として、以下 を設定した。 1.子どもの表現及び園での保育実践における複数表現領域を結び付けた表現活動の位置 付けの整理(第1章) 複数表現領域を結び付けた表現活動が、子どもの表現にとってどのような位置付けであ り、活動を豊かにし得る価値として何を指摘できるにかついて、先行研究の文献調査を基

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第1章第1節 - 4 - に整理する。乳幼児期だけなく、児童期や成人の芸術家の表現過程や作品も取り上げると ともに、『幼稚園教育要領』『保育所保育指針』『幼保連携型認定こども園教育・保育要領』 の内容や、複数の表現領域を結び付ける活動と関連する子どもの発達の特性にも着目しな がら考察する。 2.保育における造形と音楽を結び付けた表現活動に着目する妥当性の検討(第2章) 保育の中で展開される複数表現領域を結び付けた表現活動には、造形表現、音楽表現、 身体表現、言語表現といった各表現領域の組み合わせが多種多様にあり、研究の焦点化が 必要である。本論では、造形領域と音楽領域の結び付きを重点的に取り上げるが、造形と 音楽の関連性に着目した先行研究があまり認められない状況の中、一見関連性が低いよう に思える両者の組み合わせに、保育における意義や価値を見出せるのかという重要な疑問 点がある。そこで、造形と音楽の結び付きを研究対象として取り上げる妥当性や、どのよ うな学術的課題が認められるのかについて、保育現場の幼稚園教諭に対する質問紙調査を 基に考察を進める。以上のことは、考察対象としての適否という研究推進上の前提条件に ついて扱うもので、研究の到達点である目的や結果ではないが、重要な観点であるため1 つの研究課題として大きく取り上げる。 3.造形と音楽を結び付けた表現活動が子どもに与える影響に関する検討と子どもの自由 遊びに見る実態把握(第2章) 造形と音楽を結び付けた表現活動が、子どもの成長や表現意欲の触発等への影響を持つ と考えられるのか、そして、子どもの主体的な興味・関心が表れる自由遊びの時間に、造 形と音楽の結び付きがどのように出現するのかについて、保育現場の幼稚園教諭に対する 質問紙調査を基に考察する。この2つの主題に関する考察内容は、先述した第2の研究課 題「保育における造形と音楽を結び付けた表現活動に着目する妥当性の検討」に対する回 答でもあるが、同時に、保育現場の実態を解明するという側面において研究の目的として 位置付ける。 4.造形と音楽を結び付けた表現活動に関する実践案や保育者の特性に関する検討(第3 章) 保育実践を行う保育者に焦点を当て、園における表現の実践において、造形と音楽を結

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第1章第1節 - 5 - び付けた表現活動にはどのような実践案が考えられるのか、造形あるいは音楽のどちらが 得意な保育者が実践に向いているのか、そして、実践を展開し発展させる上で必要な条件 は何であるのかという、今後の保育実践の在り方や保育者自身の実践上の特性との関連に ついて、保育現場の幼稚園教諭に対する質問紙調査を基に考察する。

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第1章第2節 - 6 -

第2節 表現活動における領域の結び付き

複数表現領域を結び付けた表現活動に見る保育における意義を論じる上で、乳幼児期以 外の幅広い年代の表現活動への着目も、重要であると考えられる1)。造形や音楽といった 表現領域の境を超えようと試みた事例は、表現活動に関心のある児童や、表現を専門職と する芸術家の中に、いくつかの該当例を確認できる。また、教育現場において、小学校図 画工作科の授業内で「音楽」と関連を持たせた取り組みを教員が行った先行研究等も認め られる。 Ⅰ.児童期の表現活動や小学校での授業における事例 1.音楽と関連のある絵画作品 図1に示す小学生の絵は、音楽から感じる雰囲気や内的感情が創作上の出発点となって、 視覚的想像力が豊かに発揮された事例である。2009 年、東京フィルハーモニーのウェブサ イトで、CD 等で聴いた Mussorgsky 作曲の組曲『展覧会の絵』の印象を絵に描いて送付す るよう小学生に呼びかけるとともに、東京オペラシティで子ども対象の絵画製作が開催さ れたが、その際に 160 点の作品が収集された2) 。図1は、『展覧会の絵』を聴いて描かれた 作品の1つであるが、画面上部は紫色の空で、雨が激しく降り嵐のような悪天候に見える。 画面下部は青色の水面で、怪獣のような生物が頭を出しており、口から赤色や黄色の炎あ るいは光線のような描写が見られる。『展覧会の絵』の楽曲自体に、このような生物を直接 的に関連付ける要素はないため、絵の作者が、曲から得た感覚的な印象を描出するために、 怪獣のような空想生物を応用したと推論される。雲、雨、光線を吐く様子等の筆跡に表れ た激しく荒々しい雰囲気が、Mussorgsky の『展覧会の絵』から感じられる世界観であった と考えられる。 1) 本節は、以下の論文を加筆・修正し、再構成した。髙橋慧:「絵画表現と近接芸術分野における表現領域の 交差から見た親和性」,『大学美術教育学会誌』44,263-270 頁,2012 年. 及び、髙橋慧:「乳幼児期からの複 数領域を結び付ける表現活動の可能性と感覚間協応に基づく理論的説明」,『美術教育学』36,265-278 頁,2015 年. 2) 朝日新聞デジタル:「「展覧会の絵」と子供の絵 コラボ」,2009 年,http://www.asahi.com/showbiz/music/TKY 200907240259.html(2017 年3月 17 日閲覧)

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第1章第2節 - 7 - 図1.Mussorgsky 作曲『展覧会の絵』の音楽から発想して生まれた絵 3) 小学校6年生による図2『鯨に音楽を』も、音を描く工夫によって、表現する世界に斬 新な芸術的展開や想像性が生まれている。ホエールウォッチングに行った実体験を基に、 「鯨の好きな音楽」に誘われて海面から顔を出した鯨の情景という、独自の想像的な世界 が表現された作品であると説明されている。画面左下に鯨がおり、画面中央の音符の方を 向いて口を開けているが、「ただ鯨の出現を待つだけでなく、鯨の好きな音楽をかけて誘い 出したいという願いから、鯨が音楽を聞いて顔を出したところの絵である。半抽象のユニ ークな絵」4) だと言えよう。「鯨の好きな音楽」は、様々な工夫によって視覚的な形として 描かれている。例えば、画面中央のやや右に、8分音符が2つ描かれており、右側の音符 は、音符の棒が途中で円を描いている。正規の音符と違って形が変えられており、楽しい 雰囲気をより伝えている。また、星形、ギザギザの線、曲線、直線等の幾何学的な描線も 画中に多く見られ、それらは音楽の表現の一環とみられる。鯨は具象的に描かれる一方、 視覚で捉えられない音楽は抽象的に描かれたと考えられ、そうした半抽象性は、作者が音 楽を絵の画面に表そうとした工夫と想像性の痕跡であると考えられる。 3) 朝日新聞デジタル・前掲サイト 2) 4) 熊田藤作:『幼稚園から小学校まで 楽しい絵のかき方―こんな絵かいた、楽しくかいた―』,103 頁,建 帛社,1997 年.

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第1章第2節 - 8 - 図2.『鯨に音楽を』(小学校6年生)5) 2.音楽と踊りを結び付けた実践 音楽表現と身体表現に共通して存在する「リズム」という要素について言及した先行研 究も認められる。リズム(rhythm)とは、「①周期的に反復・循環する動き。律動。②運動・ 音楽・文章などの進行の調子。③詩の韻律。④音楽の最も根源的な要素で、音の時間的進 行の構造。時代や民族によって違いがみられる。一定の時間量を規則的に下位分割する拍 節リズム、異なる拍子を組み合わせてより大きな構造を作る付加リズム、音の長さに単位 のない自由リズムなどがある」とされている6)。つまり、リズムには、強弱・遅速等の周 期的な反復性が見られる特性があり、その点で音楽表現と身体表現を強く結び付ける。具 体的に説明するため、連続する「1、2、3」の数字を発声すると仮定すると、3つの数 字を同間隔で発声し時間的構造に規則性を与えれば、音楽的なリズムが生まれる。さらに、 「1」を際立って強調し、「2、3」を「1」より弱くすれば、アクセントが生まれ、より 顕著なリズムを感じられる。同様の現象は、身体を使って表すこともできる。指揮者が行 うように、「1」で腕を大きく振って「2、3」で腕を小さく振ったり、身体の全体あるい 5) 熊田・前掲書 4),103 頁. 6) 三省堂大辞林第三版:「リズム」,https://www.weblio.jp/content/%E3%83%AA%E3%82%BA%E3%83%A0,(2020 年2月 28 日閲覧)

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第1章第2節 - 9 - は一部分を規則的に動かしたりすれば、動作としてのリズムが生まれる。このように、聴 覚と身体感覚の両方に、リズムの要素は共通して知覚されるが、それは実際の子どもの表 現活動にも表れる。城(2009)は、身体を動かす経験によって、音楽表現の技術的な上達 度や、表現する楽しさが促進された事例を紹介している7)。城は、音楽表現と身体表現に、 リズムという共通点がある点に着目し、踊る表現によってリズムをとる練習をした児童が、 その後に、『翼をください』という曲を上手に歌えるようになったと報告した。児童は、踊 りによって「リズムのとり方が分かった」ので、その後に歌った曲を、「いつもより上手に」 「より楽しく」歌えるようになったと感想を述べており、声の音量に関しても、「大きな声 も出るようになった」ことが紹介されている。教師側が、音楽表現と身体表現を意図的に 結び付ける試みを児童に提供した結果、歌唱の出来栄えが向上したとともに、表現する楽 しさも増した事実が示されている。これは、「音楽のリズムは、身体のさまざまな部分、さ もなくば身体の全体を含んだ身体的な感受性から生じるリズムである」8 ) という知見 (Fisher,1973/1979)と一致する。 3.小学校図画工作科における造形と音楽を関連させた取り組み 水島(1985)は、「音と造形の関連性を考慮した実践例「図形楽譜」や「音を絵にする」とい った音の平面的な視覚化をテーマとした題材」9) を取り上げながら、「造形教育において は図画と工作を製作するにあたっての限られた興味、能力、感覚等を論究するのみならず、 他の関連分野を含めた幅広い枠組の中で、子どものもつ興味や感覚等についてのバランス 配分への見直しや、その中での造形教育の正当な位置づけが急務となろう」10) と言及した。 また、桐田(2010)は、音を描く抽象表現の教授に関する戦後初期の実践報告として、小 学校や中学校で行われた「音を描く表現」の事例を報告した11)。これは「音・色彩・形態・ 温度などの諸感覚に伴う感情を、特定の感覚と対応した感情(黄色=“明るさ”)のみにお いて表現するのではなく、感情の表現を「共感覚」的に捉えること―黄色に身体的な暖かみ 7) 城佳世:「音楽様式へのアプローチ―身体表現を通して―」,『音楽教育実践ジャーナル』6(2),87-95 頁, 2009 年.

8) Fisher,S.(1973): Body Consciousness You Are What You Feel. p.134, Prentice-Hall Inc, New Jersey.(村山久美子・ 小松哲/訳:『からだの意識』,205 頁,誠信書房,1979 年.) 9) 水島尚喜:「諸感覚の統合をめざした造形教育に関する考察(1)―音と造形に関連して―」,『美術科教育学会 誌』7,221-233 頁,1985 年. 10) 水島・前掲書 9) 11) 桐田敬介:「戦後美術教育における音を描く抽象表現に関する一考察」,『上智教育学研究』24,105-129 頁, 2010 年.

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第1章第2節 - 10 - を感じ、快活なトランペットの音色を聴く―に基づいて平面をコンポジションしていく」 というような活動である。そして、「戦後美術教育における音楽感想画の実践の形成には、 カンディンスキーの「内的必然性の原理」といった(中略)モダンアートの芸術理論がその 文化的背景として―その影響如何は教師によって程度関係にあると言わざるを得ないが― 少なからず存在していた」12) と述べ、20 世紀美術の画家として有名な Kandinsky 等が強く 関心を持った音楽と造形との関連性を取り上げ、美術系の教育現場への影響について論じ ている。この文献に登場する「共感覚的」の意味は、その基として「共感覚」という用語 があり、「ひとつの感覚の刺激によって、別の知覚が不随意的に起こる現象と定義される。 音を聴くと色が見えるという「色聴」や、文字を見ると、そこにないはずの色が見える「色字」 が代表的で、「痛みを感じると色が見える」とか、「何かを味わうと手に形を感じる」といっ た珍しいケースも確認されている」13) と言われている。一部の人にしか見られない特別な 知覚現象である。 井上(2010)は、造形要素と音楽要素を関連付けた教材内容の充実を図るために、図画 工作科と音楽科の双方から合科的な指導を取り入れたカリキュラム編成の可能性について 検討した14) 。図画工作科と音楽科の合科的な指導を行う中で、複数の感覚を用いることが 感性の閃きに繋がったり、感受性をより豊かにさせたりすることを期待したものである。 井上・初田(2015)は、「今日の教員研修に関する答申及び調査結果を基に、プログラム開 発の課題と視点を導出し、それらを基に、総合的・領域横断的な芸術教育に関する教員研 修の内容構成及び展開方法」15) を提示した。総合的・領域横断的な芸術教育を積極的に指 導する教員が少数である現状を踏まえ、「学校教育における図工、音楽をベースに、両者を 統合的・総合的に取り扱うことで、それぞれの教科の充実と、新たな価値を生み出すこと がねらい」16) として位置付け、教員研修における試みについて述べている。井上・初田・ 木下(2016)は、小学校における総合的・領域横断的な芸術教育に関わる指導力の育成を 図る研修モデルの開発について検討した17)。総合的・領域横断的な芸術教育に関する教育 12) 桐田・前掲書 11) 13) 平井康章:「「共感覚」の持ち主には、世界がこんなに違って見えていた」,2018 年, https://gendai.ismedia.jp/articles/-/55422(2020 年2月 28 日閲覧) 14) 井上朋子:「図画工作科と音楽科の合科的な指導に関する研究」,『美術科教育学会誌』31,67-81 頁,2010 年. 15) 井上朋子・初田隆:「総合的・領域横断的な芸術教育に関する教員研修プログラムの開発(1)」,『美術科教 育学会誌』36,57-70 頁,2015 年. 16) 井上ほか・前掲書 15) 17) 井上朋子・初田隆・木下千代:「総合的・領域横断的な芸術教育に関する教員研修プログラムの開発(2)」, 『美術教育学』37,105-117 頁,2016 年.

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第1章第2節 - 11 - 研修プログラムとして、例えば、美術(造形)と音楽とをつなぐ実践として、「今から聴か せる音を絵で表してください。具体的な記号などは描かずに、相応しい色、形やタッチな どで表してください」「絵のイメージを、好きな楽器を選んで演奏してください」等の課題 を大学院生に投げ掛け、その成果を検討した。その結果、同研修プログラムについて、「感 覚統合的・総合的な表現活動の意義や価値の自覚が体験を通して進化」させたこと、「総合 的な芸術教育への理解及び指導力の育成が可能であること」、「評価の困難性、現場とのギ ャップを挙げる者もおり(中略)活動内容や展開方法のさらなる検討が必要」であること を論じている。 以上のような先行研究には、それぞれ一定の研究成果が得られている。今後の課題とし ては、小学校図画工作科等における造形と音楽を意図的に関連させた取り組みに関して、 表現教育の分野における教育実践学の構築を目指した系統的で体系的な研究構想が必要で あろう。 Ⅱ.芸術家の表現過程における事例 子どもにおける複数表現領域を結び付けた表現活動を論じる上で、似たような状況が、 ある別の人達に見られる事実に目を向けてみよう。それは、表現活動に携わる職業人、す なわち画家や音楽家といった芸術家である。 「芸術」とは、「特殊な素材・手段・形式により、技巧を駆使して美を創造・表現しよう とする人間活動、およびその作品。建築・彫刻などの空間芸術、音楽・文学などの時間芸 術、演劇・舞踊・映画などの総合芸術に分けられる」とされる18)。例えば、造形領域にお ける絵画作品は、展覧会やウェブサイト等で鑑賞することができるが、鑑賞者は、絵画の 描線・色彩・明暗等に着目し、作品を視覚的に楽しむことが通常であり、また、画家の絵 画表現も、絵を描く活動の産物だと考えられている。しかし、絵画表現が音楽表現とも密 接に関連している事例があり、絵画であるにも関わらず音を表現した作品や、ある特定の 音楽を聴いて描かれた絵画が存在する。これと類似して、色を思い浮かべながら楽器を演 奏する音楽家や、絵画表現と文章表現が混合した活動等も確認できる。このような複数表 現領域を結び付けた表現活動は、いくつかの領域の芸術家に見出される。表現行為とは、 18) 三省堂大辞林第3版:「芸術」,https://www.weblio.jp/content/%E8%8A%B8%E8%A1%93(2019 年4月 20 日 閲覧)

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第1章第2節 - 12 - 常に1つの領域の中でのみ行われるのではなく、意識的に、あるいは無意識的に複数の領 域を結び付けながら、表現の可能性を広げて作品が創作される場合があると言える。 1.画家における絵画表現と音楽表現の結び付き (1)P.Klee の表現過程 P.Klee[1879-1940]は、「心に浮かんで仕方がないのは音楽と造形芸術の平行関係」19) と本 人が述べるように、絵画作品に音楽的な要素を積極的に取り入れた画家である。Kagan (1983/1990)もまた、Klee の作品や表現過程について、「ふたつの独立した芸術形式の間 に理論的な関係を企てようとする」20) 活動だと述べている。例えば、『赤・黄・青・白・ そして黒のある四角形のハーモニー』(1923)等の作品では、音楽で用いられる「ハーモニ ー」「リズム」「ポリフォニー」等が、明暗や色彩等に置き換えて表現されている。 ① 音階と色彩 西洋音楽における 12 音階を原点にした Klee の絵画作品に、図3の『新しいハーモニー』 (1936)がある。Kagan(1983/1990)によれば、画面上の 42 個の正方形に、12 色の彩色 を確認できると言う。西洋音楽では、ドからシまでの 12 種類の音で音程が構成されるが、 Klee の作品では、この 12 音階と対応させて 12 色の色調が示されており、「音階」と「色 彩」を意識的に結び付けようとする意図が見られる。 大沢・横山・横山・高橋(1989)が実験で実証した、Simpson の「振動数が増すと明る くなる」という知見は、高い音は明るい色を、低い音は暗い色をイメージする現象を示す21) このように、人は高音を聴くと「明るい」「軽い」「小さい」等の要素を当てはめ、低音は 「暗い」「重い」「大きい」等を当てはめることが多く、視覚的な明暗と聴覚的な音の高低 に対応関係が見られる。これに該当するものが、1905 年から 1910 年にかけて Klee が自ら の絵画について説明した内容に、次の通り認められる。絵画の領域では、暗い色を「暗い トーン」と述べるが、Klee は、暗い色を「バス音」22) と名付けていた。音楽用語である「バ ス」とは、男声の最低音域や和声における最低音部のことで、低い音を指す23) 。つまり、

19) Düchting,H.(1997): Paul Klee - Malerei und Musik. Prestel Verlag, München.(後藤文子/訳:『パウル・クレー 絵 画と音楽』,10 頁,岩波書店,2009 年.)

20) Kagan,A.(1983): Paul Klee / art & music. p.19, Cornell University Press, London.(西田秀穂・有川幾夫/訳:『パ ウル・クレー 絵画と音楽』,17 頁,音楽之友社,1990 年.)

21) 大沢明美・横山範子・横山知弘・高橋彰彦:「幼児期における音楽刺激による共感覚」,『日本保育学会大 会研究論文集』42,338-339 頁,1989 年.

22) Kagan, op.cit., p.27,前掲訳書 20),25 頁.

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第1章第2節 - 13 - 図3.P.Klee『新しいハーモニー』(1936) 24) Klee は、大沢ほか(1989)の実験結果と同じように、暗い色と低い音を感覚的に結び付け ていたと言える。 ② リズムに見る反復作用 音楽の要素として知られるリズム(rhythm)を、視覚的な描線と色彩で表現した絵画作 品が、図4の『3の字のある3拍子』(1919)、図5の『樹木のあるリズミックな風景』(1920)、 図6の『4分の3拍子』(1930)等であり、Klee の「音楽的絵画思考」25) による作品と言 われている。例えば、『4分の3拍子』では、画面全体にわたって切子状の正方形が、左か ら右に向かって「暗」「中」「明」の順番で交互に並んでおり、3色の繰り返しによって、 画面にリズムが生まれていると言える。 リズムとは、3拍子が「1、2、3」の繰り返しを指すことからも分かるように、反復 活動である。Klee のいくつかの絵画でも、画面にリズムを感じるのは、作品の中の反復現 象が影響していると考えられる。例えば、図4『3の字のある3拍子』では、作品を見て 24) Düchting, op.cit., p.63,前掲訳書 19),63 頁. 25) Kagan, op.cit., p.29,前掲訳書 20),27 頁.

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第1章第2節 - 14 - 図4.P.Klee『3の字のある3拍子』(1919) 26) 図5.P.Klee『樹木のあるリズミックな風景』(1920) 27) 26) Kagan, op.cit., p.31, 前掲訳書 20),29 頁. 27) Kagan, op.cit., p.32, 前掲訳書 20),30 頁.

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第1章第2節 - 15 - 図6.P.Klee『4分の3拍子』(1930) 28) 最初に目を向けるのは、画面中央の「3」の数字と、反復する3つの黒い鉤形の線だろう。 図5『樹木のあるリズミックな風景』では、横に引かれた 19 本の線の上に大・中・小の「樹 木」が繰り返し描かれている。つまり、これらの作品では、聴覚的な反復と言えるリズム を、視覚的な反復に置き換えて表現している。また、図6の題名である『4分の3拍子』 とは、音楽では3拍子の一種で、3拍が1つの基本単位になって反復するリズムである。 作品は、切子状の正方形が暗・中・明の順番で左から右へと並び、それら3色が1つの単 位として繰り返される。鑑賞者が、この絵画に3拍子のリズムを感じるとしたら、それは 3色の反復による効果だと考えられる。 ③ ハーモニーと色彩の調和 音楽の3大要素の1つであるハーモニー(harmony)とは、協和音が連なる状態を意味 する。音楽では、リズム・旋律と並ぶ基本要素の1つで、協和する和音を指す。協和音と は、例えば「ド」の音を基準とした場合、「ド」「ラ」や「ド」「ファ」のように重なり合っ た響きである。このような2音だけでなく、「ド」「ミ」「ソ」の3音や、「ド」「ミ」「ソ」 「シ」「レ」の5音が同時に鳴った響き等も、同じく協和音である。これらの協和音は、音 の響きが心地よく聞こえる特徴がある。一方、協和音に対して不協和音が存在する。不協 和音とは、例えば「ミ」と「ファ」が重なった場合等で、音の響きが濁っており調和せず、 28) Kagan, op.cit., p.33,前掲訳書 20),31 頁.

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第1章第2節 - 16 - 不快に感じる場合が通常である。私達は、協和音を聞くと、統一感や安定感のある調和し た響きと感じ、ハーモニーとして認識する。 Klee は、このような音楽における調和を、絵画における色彩と形に置き換えて、可視的 に表現した。図7の『赤、黄、青、白、そして黒のある四角形のハーモニー』(1923)、『青 とオレンジのハーモニー』(1923)等は、画家本人が「ハーモニー」という単語を題名に用 いている事実からも、絵画と音楽の意図的な結び付きが示されている。それでは、図7『赤、 黄、青、白、そして黒のある四角形のハーモニー』を例示して考える。この絵画作品は、 100 以上の大小の正方形と長方形で画面が構成される。四角形という同じ形で統一された ことで、作品全体の構成が安定していると言え、音の調和が、形の調和に変換されたと言 える。また、画面は、赤・黄・茶・青・黒等の色が、濃淡を付けて彩色されており、色彩 は、原色ではなく中間色である。例えば、画面上部には、横1列に並んだ 11 個の四角形が 確認できるが、中央の8個程の四角形は、どれも茶系統の色彩である。茶色は、隣り合う 別の茶色と、少しだけ明るかったり暗かったりしている。Klee は、多彩な中間色をバラン スよく用いて、調和を生み出したと考えられる。つまり、音の調和は、色彩の調和に変換 図7.P.Klee『赤・黄・青・白そして黒のある四角形のハーモニー』(1923) 29) 29) Düchting, op.cit., p.56,前掲訳書 19),56 頁.

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第1章第2節 - 17 - され、多彩な中間色をバランスよく用いて、調和が生み出されたと考えられる。Düchting (1997/2009)は、これらの様子について、「さまざまな色彩の階層がまるで音楽の和音の ように1つに調和し、総合的に響き合って」30) いると批評した。以上のように、私達がこ の絵画に「ハーモニー」を感じる要因は、中間色の多用と形の統一によって、画面全体に 統一感や安定感が生まれているからだと考えられる。 ④ ポリフォニー 図8『3声のポリフォニー』(1912-1922)や、図9『5声のポリフォニー』(1929-1930) の 題 名 に あ る 「 ポ リ フ ォ ニ ー 」 と い う 単 語 も ま た 、 音 楽 用 語 で あ る 。 ポ リ フ ォ ニ ー (polyphony)とは、多声音楽のことであり、複数の声部を重ねたあらゆる音楽を指す。『5 声のポリフォニー』を例に挙げると、画面右下にわずかな余白があり、そこから画面左下 へ向かうにしたがって、右斜め線、縦線、左斜め線、横線、太い直線が次々に書き加えら れ、線が重なり合っている。つまり、Klee は、聴覚的な音の重なりを、視覚的な直線の重 なりに変換したと考えられる。音楽では、音が重なるほど音量が増し、絵画では、線が重 なり合うほど画面に占める黒色が増える。また、音楽における声部の種類と絵画における 描線の種類の対応関係を指摘できる。音楽では、5声部の曲は、5種類の旋律によって成 立する。Klee の絵画では、縦線、横線、斜め線等の描線が、分かりやすく区別されている。 このようにして、Klee は、複数の声部が重なり合って響く音楽を、『5声のポリフォニー』 の絵画で可視的に表現したと考えられる。

Klee は、『5声のポリフォニー』を描く上で、Klee 自身が高い関心を払っていた J.S.Bach [1685-1750]のようなバロック音楽を参考にしたのであろう。なぜなら、ポリフォニーとは、 音楽史におけるバロック・古典派・ロマン派のうち、バロック音楽の最大の特徴だからで ある。ポリフォニーとは、複数の声部がそれぞれ独立し、どの声部も同質の音楽的性格を 与えられた音楽である。一方で、旋律と和音伴奏に分かれ、それぞれの声部に異なる音楽 的性格が与えられるのが、古典派やロマン派の音楽である。Klee の作品でも、画面上の何 百本もの線は、全て直線で、黒色で統一され、2本の太い直線を除けばそれ以外は全て同 じ太さである。この作品を構成する描線のほとんどが、同質なものとして描かれた点で、 バロック音楽と共通する。同じように、『3声のポリフォニー』では、画面上部を見れば分 かるように、3声部の音楽が、縦線、横線、灰色の平塗りで表現されている。 30) Düchting, op.cit., p.57,前掲訳書 19),58 頁.

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第1章第2節 - 18 - 図8.P.Klee『3声のポリフォニー』(1912-22) 31) 図9.P.Klee『5声のポリフォニー』(1929-30) 32) 31) Kagan, op.cit., p.80,前掲訳書 20),78 頁. 32) Kagan, op.cit., p.81,前掲訳書 20),79 頁.

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第1章第2節 - 19 - (2)J.Miró の表現過程 J.Miró[1893-1983]の作品には、1960 年代後半、音を表現した絵画が多くある。図 10 の『白 地の上の歌声』(1966)、『牧場の歌』(1964)、『母音の歌』(1967)等である。これらの作品 は、題名の通り、音を絵で表現している。例えば、『白地の上の歌声』では、「白地」の画 面上に描かれた赤色・黄色・橙色・緑色・青色の水玉様の形や、黒色の点・直線・曲線が、 「歌声」を表していると考えられる。音である「歌声」が、形や色に置き換えられ、目に 見える絵画として表現されている。同じく、図 11 の『鳥たちの目覚め』(1965)でも、画 面上の青色・黄色等の円形や、黒色・赤色等の曲線は、鳥の視覚的な姿や形ではなく、耳 で聴いた鳥の鳴き声を表していると考えられる。これらの作品で、聴覚情報は視覚的な色 彩と描線に変換され、抽象的な作品が完成している。 図 10.J.Miró『白地の上の歌声』(1966) 33) 33) 横浜美術館学芸部/編:『ミロ展:ピエール・マティス・コレクション』,128 頁,日本経済新聞社,1992 年.

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第1章第2節 - 20 - 図 11.J.Miró『鳥たちの目覚め』(1965) 34) (3)V.Kandinsky の表現過程 V.Kandinsky[1866-1944]は、「音楽と絵画との間に、深い類縁関係がある」35) と指摘し、 具体的に「薄青はフリュートに、濃紺はチェロに似て」36) いると述べている。山野(1984) は、Kandinsky の絵画作品について、「彼の色彩論は色彩と音楽(楽器の音色)を核としな がら展開され」37) ていると説明している。 2.音楽家における音楽表現と絵画表現の結び付き (1)S.Richter のピアノ演奏に見る絵画的思考 複数表現領域を結び付けた表現活動が、音楽活動における中心的要素として機能した事 例として、ある有名なピアニストの表現過程に焦点を当てる。ピアニストである S.Richter [1915-1997]は、クラシック音楽の曲を、一見無関係である特定の絵画・映像・文学等と直 34) 横浜美術館学芸部・前掲書 33),125 頁.

35) Kandinsky,V.(1912): Uber das geistige in der kunst. Piper-Verlag, Munchen.(西田秀穂/訳:『抽象芸術論―芸術 における精神的なもの―』,73 頁,三秀舎,1979 年.)

36) Kandinsky, 前掲訳書 35),101 頁.

37) 山野英嗣:「カンディンスキーの色彩論」,(木島俊介/監修:『クレー,カンディンスキー,ミロ展』),69 頁,日動出版,1984 年.

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第1章第2節 - 21 - 感的に結び付けて解釈し、演奏することで知られた。通常の一般人でも、長調の曲を歌っ たり聴いたりすると楽しく明るい気分になるように、曲の抽象的印象が感情や心情に影響 を与える場合が認められるが、Richter の場合、さらに具体的な映像や物語が連想された。 Richter が、1979 年から 1983 年の間にインタビューで発言した内容に、次のようなものが ある。「ピアノの響きが目立つべきではない。(中略)ここでは絵画の点描主義に似た技法 を用いる(中略)原色による小さな点で描いていく。揺らめくような、振動するような光 が表現される」38)。これは、Tchaikovsky 作曲の『ピアノ協奏曲第1番』に関する Richter の感想であるが、音楽の解説であるにも関わらず色や光について述べられ、「点描主義」と いう絵画用語までが会話中に示されている。他にも、「ショパンはどうだ?たとえば、スケ ルツォ第4番、あれはまだ飛び方を習得していない天使を描いている。岩壁に衝突し、自 分で翼を繕う」39) といった発言も認められる。色、点描主義、天使の話等、絵画や物語に ついての言及が見られる。宮澤(2003)は、Richter が用いたこの方法について、「文学、 芸術、そして人間のあるゆる表現行為に通底する“共通祖語”に訴えかけ、音楽の古層に 眠る情緒や劇的展開を呼び覚まそうとする心理的手法」40 ) ではないかと述べている。 Richter の楽曲解釈及び演奏過程は、このような多分野の表現領域が結び付きながら繰り広 げられており、その結果、s彼の音楽表現が、凡人とは異なる質的な発展を遂げたとも考 えられる。 (2)O.Messiaen の音楽における豊かな色彩感覚 作曲家である O.Messiaen[1908-1992]は、「音楽を聴いたり、あるいは楽譜を読んでいて も、自分の内部で、つまり精神の眼で、音楽とともに動く色彩を見ることができる」41) 述べた。また、音と色彩との深い関連性について、次に示す説明を残している。Messiaen は、R.Wagner[1813-1883]、C.Debussy[1862-1918]、I.Stravinsky[1882-1971]等の作曲家を、「色 彩的作曲家」42) と名付けたが、これらの作曲家の楽曲を好んで「色彩的」な曲と呼び、曲 を聴くと心の中に何千という色彩が絶えず移り変わって浮かぶと述べた。例えば、Wagner

38) Borisov,Y. (2000): Po Napravleniyu k Rikhteru. Rutena,Moscow.(宮澤純一/訳:『リヒテルは語る 人とピアノ、 芸術と夢』,189 頁,音楽之友社,2003 年.)

39) アレグロ・コン・ブリオ:「リヒテルのショパン「スケルツォ全集」」,2015 年,https://classic.opus-3.net/blog/?p= 18335(2017 年3月 17 日閲覧)

40) Borisov,前掲訳書 38),307 頁.

41) Messiaen,O. & Claude,S.(1986): Olivier Messiaen Musique et Couleur, Nouveaux Entretiens Avec Claude Samuel. Editions Belfond, Paris.(戸田邦雄/訳:『オリヴィエ メシアン その音楽的宇宙:クロード・サミュエルとの新 たな対話』,49 頁,音楽之友社,1993 年.)

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第1章第2節 - 22 - が作曲した『神々の黄昏』という楽曲の、第2幕の始めの部分におけるオーケストラの導 入部について、「黒ずんだ緑と陰鬱な紫色」と説明している43)。ある音楽についての印象に ついて、「茶と赤いルビー色の垂直の筋が入った地の上に金と銀の螺旋がある。主な色彩は 金と茶」44) と説明したものもある。また、Messiaen は、自らが作曲した曲の楽譜に音と色 の相応関係を明記したこともある。Messiaen によれば、「同一の和音を中音域からオクタ ーヴ高く移すと、同じ色彩が白っぽくなって、つまり明るさを増し」「オクターヴ低く移す と、同じ色彩が黒っぽく、つまり暗くなって」45) くる。Messiaen に見るこの独特な感性は、 共感覚や色聴症等の知覚現象とは異なると、彼自身が述べている。共感覚を持つ人は、音 を聴くと視界の中に実際に色が見える等、特別な知覚現象を経験するが、Messiaen の場合 はそうではない。彼の言葉で言うと、「精神の眼で動く色彩を見ている」のであって、「想 像でなく、そうかといって生理現象でもない。内心の現実なのです」と説明されている46) これらのことは、Messiaen が音楽を音声情報としてだけでなく、非常に細かく具体的な 色彩によって捉えていた様子を示している。Messiaen の中では、色と音との結び付きは非 常に強く、色彩感覚を作曲活動に応用する行為が自然に行われたと言える。同時に、旋律 や和音の響きを生み出す段階で、彼の色彩感覚は、効果的に働いたと考えられる。例えば 「この音とあの音を重ねた音響は、非常に綺麗な色のイメージになるので、曲のこの部分 に用いよう」というように、作曲活動に役立ったと考えられる。 3.画家における絵画表現と身体表現との結び付き (1)P.Klee の表現過程 Klee は、アトリエで「絵を夢中になって描いていたら、突然、―何故だかわからないけ れど―踊らずにはいられなくなった」47) ことがあると回想している。同じ建物にいた隣人 も、Klee が「リズミカルに足をドンドンと踏み鳴らす」音を聞いており、絵画を描く過程 が、身体感覚をも強く触発した事実を確認できる。複数表現領域を結び付けた表現活動は、 画家の芸術的な意図や目的が働いて、意識的に行われることがあるが、Klee に起きた現象 はそれと異なるものだろう。「突然、―何故だかわからないけれど」の言葉が示すように、

43) Messiaen & Claude, 前掲訳書 41),80 頁. 44) Messiaen & Claude, 前掲訳書 41),82 頁. 45) Messiaen & Claude, 前掲訳書 41),83 頁. 46) Messiaen & Claude, 前掲訳書 41),49 頁. 47) Düchting, 前掲訳書 19),56-57 頁.

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第1章第2節 - 23 - 画家は意図せずして、絵を描く行為と踊る行為とを同時に行った。2つの表現領域が結び 付いており、画家の作為が見られず無意識的であったと言え、人間の表現活動に本来的に 見られる、より自然な行動だったと考えられる。 (2)画家の絵画表現における身体的な感受性 Fisher(1973/1979)によれば、「芸術的創造活動は身体と直接的な結びつきをもって」48) いるとされる。例えば、「画家は、バックグラウンド・ミュージックをかけながら仕事をし ている。そしてキャンバスに近づいたり離れたり、まるでバレーの一場面のような動きや ポーズをとりながら仕事をしている。こうした動きはどの流派にも見られる」49) 。これは、 絵画を描く画家が、自己の身体を用いた動きを同時に見せる点を指摘した見解である。絵 画を描くという行為は、視覚による映像のみを扱うのではなく、「バレーの一場面のような 動きやポーズ」をとるように、身体の感受性をも鋭く働かせる場合があることを示してい る。 4.画家における絵画表現と言語表現との結び付き (1)P.Klee の表現過程 『かつて夜の灰色から浮かび上がり』(1918)という Klee の絵画が、図 12 である。作品 は、300 程度の正方形で構成され、様々に彩色されている。画面全体にわたって、200 程度 のアルファベットが認められる点も特徴的で、1つの正方形の中にアルファベットが1文 字ずつ書き込まれている。例えば、画面上部に着目すると、「E」「I」「N」等の大文字のア ルファベットがあり、それらをつなげて読むと、「Einst dem Grau der Nacht enttaucht(後略)」 となり、Klee による自作の詩が完成する。詩は、絵の上方にある余白の部分にも、通常の 文字表記で記されている。文章の世界を絵によって表すことは、挿絵等で一般的に見られ るが、通常は文章と絵が別々である。一方で Klee は、この作品で、文字言語を絵画的に構 成しながら絵の中に描きこんだ。2つの領域を融合させることで、表現したい世界観を伝 える効果を高めたところに、画家の工夫が見られる。 (2)J.Miró の表現過程

J.Miró の絵画作品である図 13 の『Silence』(1968)には、画面全体にわたって「SILEEENCE」 のアルファベットが描かれている。題名である「沈黙」を表現したもので、高階(1980)

48) Fisher, op.cit., p.126,前掲訳書 8),192 頁. 49) Fisher, op.cit., p.127,前掲訳書 8),193 頁.

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第1章第2節 - 24 - 図 12.P.Klee『かつて夜の灰色から浮かび上がり』(1918) 50) 図 13.J.Miró『Silence』(1968) 51) 50) Düchting, op.cit., p.31,前掲訳書 19),31 頁. 51) ミロ展カタログ編集委員会/編:『ミロ展カタログ』,図番号 11,アート・ライフ,1980 年.

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第1章第2節 - 25 - は、「SILENCE という題名(言葉=文字)があり、それが画面そのものを規定して行く。 その最初の文字である S は、画面の上方に(中略)四番目の E は、E-E-E と長く余韻を響 かせるかのように三度繰り返される」52) と説明した。Miró は、無音の状態である「Silence」 (沈黙)を、描線や色彩といった絵画的要素だけでなく、言語表記を併用して表現したと 言える。この「SILEEENCE」は、正しい単語の綴りではなく、あえて誤った綴りになって いる。また、通常の英語表記のように左から右へ整然と書かれておらず、上へ下へと散ら ばっていたり、「N」「C」等のアルファベットが斜めになっていたりする。これらのことか ら、文字は絵画的に構成されていると言え、言語表現と絵画表現を融合する試みが読み取 れる。 (3)R.Magritte の表現過程 R.Magritte[1898-1967]の作品に、図 14 の『会話の術』(1950)がある。空の下で、巨大な 直方体の石が、いくつにも積み重ねられている情景である。巨大な石は、乱雑に積み重な って見えるが、画面下に、夢(RÊVE)という単語を読み取ることができる。読みように よっては、イヴ(EVE)、休止(TRÊVE)、夢見る(RÊVER)等、他の単語も浮かび上がっ 図 14.R.Magritte『会話の術』(1950) 53) 52) 高階秀爾:「Silence」,(ミロ展カタログ編集委員会・前掲書 51),21 頁.).

53) Butor,M. (1969): Les mots dans la peinture. Editions d'Art Albert Skira, Geneve.(清水徹/訳:『絵画のなかの言葉』, 97 頁,新潮社,1975 年.)

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第1章第2節 - 26 - て見える54) 。この絵画は、C.Baudelaire[1821-1867]の「わたくしは美しい、おお死すべき者 たちよ、石よりなる夢のように(後略)」の詩句を起源としており55) 「石よりなる夢」と いう言語表現の内容を、そのまま目に見える絵画にした作品である。 Ⅲ.人の表現活動における複数表現領域の結び付きの位置付け 1.表現活動の自然な姿としての表現領域間の結び付き これまで見てきたように、広く人の表現活動において、複数の表現領域を関連付ける状 況を確認できる。表現に見る自然な姿の1つとして、複数表現領域を結び付けた表現活動 を位置付けることができると考えられる。Richter や Messiaen 等に見る演奏や作曲活動では、 音楽以外の芸術領域への関与を差し引いたら、表現活動が成り立たなくなる可能性さえあ り得る。また、Klee の「突然、―何故だかわからないけれど」の言葉から推察できるよう に、画家は意図せずして、絵を描く行為と踊る行為とを混合させたりする。表現活動に携 わる者は、自らの恣意性や他人による強制なくしても、複数の異なる領域を組み合わせよ うと自然に傾倒する場合が認められると言える。ただ、その性質が前面に表れるかどうか は、各個人の好み、表現活動に携わった経験量の多寡、受けた教育環境等にも左右される と考えられる。 2.表現領域の枠にはまらない活動の楽しさやおもしろさ 複数表現領域を結び付けた表現活動は、子どもなりの好奇心や楽しさを触発し得る点で、 完全に子どもの自発的な活動でなくとも、面白さや楽しさを得られる活動形態として成立 すると考えられる。子どもの表現過程や芸術家の作品における複数表現領域を結び付けた 表現活動には、作者自身が意図的に複数の表現領域を結び付けた作品も多数認められた。 例えば、小学生に『展覧会の絵』の印象を絵に描くよう働き掛け、東京オペラシティで子 ども対象の絵画製作を開催した例は、子どもが誰からの影響も受けずに自発的に音楽と絵 画を結び付けたものではない。しかし、『展覧会の絵』の印象と子どもの豊かな空想世界が 結び付いた図1のような作品が 160 点も生まれたように、子どもは、単独の表現領域内で は体験できない表現欲求や表現手法に触れることを通して、表現するおもしろさや驚きを 54) Butor, 前掲訳書 53),98 頁. 55) Butor, 前掲訳書 53),98 頁.

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第1章第2節 - 27 - 得たのではないだろうか。 「音をかく活動の研究」(初田・井上,2013)でも、次に示すように、音と絵を結び付け る活動に対して、多くの子どもが活動の楽しさを感じる結果が示されている56)。「『音を絵 にする』ということは、楽しいですか?」という設問に対して、小学生は、「とても楽しい」 (52.5%)、「楽しい」(21.3%)、「ふつう」(18.0%)、「あまり楽しくない」(3.3%)、「楽し くない」(4.9%)と回答しており、「とても楽しい」「楽しい」の回答は、全体の7割以上 である。幼児教育・保育では、乳幼児期の表現活動について、作品の出来栄えよりも表現 する楽しさや意欲を育てることを重視するため、この観点は非常に重要であると言える。 なぜなら、乳幼児にとっての表現とは、「活動そのものが子どもの命そのものの表れであり、 表しであると考え」57) られており、「大人の評価の基準や物差から外れ、順位付けができ にくく、また、保護者の理解や期待に応えられない」58) 場合でも、その活動が「幼稚園教 育要領ならびに保育所保育指針の保育内容「表現」の内容から見ても、幼児の心身の発達 を促す」59) ねらいに基づいて行われれば、肯定的に受け止められるからである。複数表現 領域を結び付けた活動が、子どもに表現の面白さや楽しさを与えることができると示唆さ れるところに、活動の価値や意義の高さを指摘できる。 3.表現活動における芸術的感性や表現方法の多様性 人が表現活動に親しむ上で、表現の源泉となる閃きや、表現方法の選択肢を多く持つこ とは、表現を楽しんだり発展させたりする上で望ましい。表現領域を結び付ける行為は、 単独の表現領域内で完結する表現とは異なる選択肢として、子どもの表現活動の可能性を 広げる。先述した 20 世紀美術の画家が、絵画という可視的な芸術を視覚以外の様々な角度 から捉え、絵画表現に複数表現領域を結び付けた表現活動を取り入れたのは、それまでの 美術史の価値観や枠組みから抜け出すとともに、自らの芸術的感性を広げることを1つの 目的としたからである。例えば、Klee や Kandinsky は、「抽象絵画の発生期に音楽の秩序を 造形のなかに取り入れよう」60) とすることで、新たな表現を追求した。20 世紀美術は、 56) 初田隆・井上朋子:「音をかく活動の研究」,『美術教育学』34,407-418 頁,2013 年. 57) 中尾美千子:「幼児の表現を育てる保育者の役割―絵画表現を通しての一考察―」,『関西女子短期大学紀 要』17,33-48 頁,2007 年. 58) 若杉雅夫:「幼児から児童につながる造形活動(遊び)に関する考察―「絵あそび」と表現能力の育成に 関して―」,『東海学院大学短期大学部紀要』39,79-87 頁,2013 年. 59) 若杉・前掲書 58) 60) 梅田素博:「音楽に基づく色彩表現の考察」,『大学美術教育学会誌』33,69-75 頁,2000 年.

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第1章第2節 - 28 - 伝統的表現からの解放と個性的なイメージの構築が、大きな目的であり主題であった。絵 画の分野の美意識、技巧、道具、素材において、既成の型に捕らわれないあらゆる可能性 が試され、多様な表現が新しく生まれた。写実的な絵画が崩壊した 20 世紀は、美術史にお ける美術概念の解体や創造が行われた時代であるとも言える。様々な表現が許されるよう になった 20 世紀の美術史において、複数表現領域を結び付けた表現活動は、芸術家の創作 上の閃きを豊かにする1つの表現手法として試みられたと考えられる。その結果、20 世紀 美術の画家は、表現領域を結び付けることが、芸術的感性や表現方法の1つの形態として 確かに成立し得ることを知ったと言える。 このことは、表現活動における豊かな感性や表現欲求とは何であるかについて示唆して いる。豊かな感性や表現力と呼ばれるものの中には、性質の異なる表現領域から多面的に 表現を展開することを含むと考えられ、各表現領域における感性・知識・経験を共に働か せる行為によって、豊かな表現が生み出される可能性があると言える。それは、仏山(2014) が、「未知の世界に出会う喜びと戦慄がある。そうした喜びと戦慄をとらえる感性を持ち、 既成の概念や制度を超え出ていこうとする意欲と自律的な態度によって」61) 表現の豊かさ や可能性が広がる、と指摘しているようにである。絵を描きたいという表現欲求は、目で 見たものを描画する一般的な表現手段と、常に直結しなくても良い。表現における閃きは、 領域や枠組みを越えてどのようなものから得てもよいという環境は、子どもであっても大 人であっても、表現活動の選択肢をより多く用意するという意味で、重要な考え方である と考えられる。 4.複数表現領域を結び付けた表現活動に見る子ども性 これまで見てきたように、複数表現領域を結び付けた表現活動は、他者からの働き掛け なくして自由に表現を行う中で自然と出現するものであったり、あるいは自発的な活動で なくても表現に対する好奇心や楽しさを触発するものであったりする。芸術的な感性や表 現方法を多様に持つという意味においても、様々な表現領域を結び付ける活動は、1つの 領域内で完結する表現とは異なる選択肢として、子どもの表現活動の可能性を広げると考 えられる。そこには、表現の楽しさや驚き、あるいは芸術的感性の高まりが認められると 言え、表現領域の境が成人に比べて曖昧である乳幼児期の子どもにとっては、ますます自 61) 仏山輝美:「創造に臨む態度」,(玉川信一・石﨑和宏/編:『未来の子どもの育ち支援のために―人間科学 の越境と連携実践 4 アートでひらく未来の子どもの育ち』),61 頁,明石書店,2014 年.

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第1章第2節 - 29 - 然で意義ある表現活動であると考えられる。豊かな感性、空想力や想像力、それを基礎と して新たに何かを創り出そうとする強い欲求等の子ども的な精神性は、子どもの大きな特 質であると言える。同時に、大人になる上で次第に失われても、完全に消滅はしないとも 言える。土戸敏彦(2005)は、「年齢その他の属性にかかわりなく、あらゆる人間に内在す る子ども性」62) を指摘している。本節で見てきた芸術家の多くは、そのような子ども性を 強く持っていた人達であるとも考えられる 63)。これまで例示してきた児童及び芸術家の作 品を踏まえると、複数表現領域を結び付けた表現活動は、子どもにとって1つの表現形式 として成立し得る意義のある活動と言える。 62) 土戸敏彦:「ネオテニー仮説と〈子ども性〉―言語獲得の代償―」,『九州大学大学院教育学研究紀要』8, 45-60 頁,2005 年. 63) 髙橋慧:「子どもの絵画表現と Joan Miró に見る 20 世紀美術の子ども性」,『大学美術教育学会誌』43,191-198 頁,2011 年.

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第1章第3節 - 30 -

第3節 幼児教育・保育における表現領域の結び付き

Ⅰ.乳幼児期の複数表現領域を結び付けた表現活動の事例 幼児教育・保育における複数表現領域を結び付けた表現活動について、子どもの事例や 保育者の側に焦点を当てた研究に、どのようなものが認められるのであろうか。この研究 主題に関する資料は少ないが、下記に先行研究を概観する1) 1.音楽表現と身体表現の結び付き 名須川(1998)は、幼児の遊びにおける音楽表現の事例を取り上げながら、音楽と動き の融合したものが、最も幼児の実際の音楽表現活動に近いものであると指摘している2)。例 えば、子どもが、ゆらゆらした身体の動きに合わせて声やリズムを変え、それに節も付ける ような事例が紹介されている。幼児における拍節的動きの見られる音楽表現について、感じ とったものを自分の身体で体験し、声にも表している表現活動であると述べ、自然に幼児自 身の奥底から生み出された表しであると指摘している。 細田(2001)は、子どもに見る音楽表現と身体の動きの関連性について、「歌、ことば、 動きの表現が相互に関係しつつ、子どもたちが日々成長していっている様子がよくわかる。 (中略)うたい始めの時を迎える以前には、身体の動きの発達が大きく関わっている」3) 述べている。 小野・細田(2001)によると、乳児期の1歳3か月の K 児は、『たこ焼きマンボ』の歌 を好んで繰り返し聴いていたある日、踊りながら「マーボ、マーボ」と言葉を出して歌い 出した4)。K 児は、歌を何度も聴くうちに、「マーボ」という言葉を使って歌うことを習得 1) 本節は、以下の論文を加筆・修正し、再構成した。髙橋慧:「乳幼児期からの複数領域を結び付ける表現活動 の可能性と感覚間協応に基づく理論的説明」,『美術教育学』36,265-278 頁,2015 年. 及び、髙橋慧:「保育実践 の造形分野における共感覚的表現に関する研究の動向と課題」,『美術教育学研究』47,175-182 頁,2015 年. 2) 名須川知子:「幼児の音楽表現における身体の動きの意味」,『保育学研究』36(1),52-58 頁,1998 年. 3) 細田淳子:「ことばの獲得初期における音楽的表現―子どもがうたい始めるとき―」,『東京家政大学研究紀 要』41(1),107-113 頁,2001 年. 4) 小野明美・細田淳子:「ことばの獲得初期における音楽的表現(4)―身体表現の発達―」,『日本保育学会大会 研究論文集』54,356-357 頁,2001 年.

参照

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