Ⅰ.表現領域を結び付ける子どもに見る発達の特性
本節では、複数表現領域を結び付けた表現活動を保育で展開することの理論的背景とし て、子どもの発達の視点から考察する。保育現場の関係者が、複数表現領域を結び付けた 表現活動について説明する場合、「発話しながら描画する遊び」「音楽を聴きながら踊る活 動」等、実際の活動場面を例示しながら、造形や音楽、言語等の領域が様々に結び付いた 表現行為だと定義するであろう。一方で、それらの表現は、認知心理学の視点から説明す ると、「感覚間協応」「多感覚統合」「感覚間相互作用」という専門用語に該当し、脳内にお ける知覚現象を指し示すものとなる。発達における本来的な知覚現象である感覚間協応等 が、人の表現活動に表れた1つの例が、複数表現領域を結び付けた表現活動であると示唆 される。認知心理学の先行研究は、この主題に関連する具体的な知覚現象と発達過程につ いて、次のような実験や知見を示している。
人の感覚は、「古くから「五感」といわれるように、いくつかの別々の種類の体験をもたら す。視覚や聴覚のような、この独自の感覚体験を感覚様相(モダリティ)という。色の違 いは同じ視覚様相のなかでの現象だが、色の感覚と音の感覚は様相の異なる感覚体験であ る」1)。一方で、異なる感覚が結び付く現象も認められ、例えば、感覚間協応とは、本来 の刺激と対応しない感覚が働く知覚現象を指す。感覚間協応には程度の差があり、最も極 端に感覚間の協応が高く表れる例として、共感覚の保持者が挙げられる。共感覚の保持者 は、「全ての音に色が付いて見える(あらゆる音階・旋律・動物の鳴き声など)」2) 等の現 象を日常的に体験する。この場合、脳内では、「音声によって色が見える共感覚が起こって いる時には、聴覚領域だけではなく、高次な視覚処理を担っている」3)。共感覚の保持者
1) 渡邊洋一:「感覚の多様性」,(行場二朗・箱田裕司/編:『知性と感性の心理』),27-28頁,福村出版,2000 年.
2) 岩崎純一:「音を「見る」ことがあってもいい」,(音楽文化創造編集委員会/編:『音楽文化の創造』58),8 頁,音楽文化創造,2010年.
3) 和田有史・木村敦:「多感覚統合と感性」,(三浦佳世/編:『現代の認知心理学1 知覚と感性』),31頁,北 大路書房,2010年.
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は、「約200~25,000人に1人程度」4) の確率で存在すると言われる。
新生児や乳児も、感覚間協応が強く見られる。人の成長の出発点である新生児が知覚す る世界がどのようなものであるかについて、D.Maurer & C.Maurer(1988/1992)によれば、
「さまざまな感覚が混在した単体、身体の各部分の感覚のごたまぜ」5) であり、例えるな ら、「お母さんの声の眺め、お母さんの顔の音、暖かさの匂い、こうしたすべてが混じり合 って混沌とした現実をつくっている」6) と考えられている。和田・木村(2010)は、新生 児期から始まる諸感覚の情報を結び付ける発達特性が、U字曲線を描きながら移行する状 況を、次のように説明している。「感覚間の情報統合を示すような行動は新生児期にも観察 される。しかし、生後数か月にいったんその行動は減少し、生後半年以降に再び表れるU 字型発達を示す(中略)ヒトの感覚は生来、同期性、強度などの感覚間に重複した情報に 敏感であり、これが感覚間相互作用の土壌となる。そして、しだいに脳の中で部位ごとの 役割分担が明確になってくるのと同時に、皮質間(例えば、視覚皮質と聴覚皮質)の機能 的ネットワークも整理されるのだろう」7) とされる。乳児もまた、脳の各場所の機能が成 人ほどには分化していないので、刺激を受けた感覚器官が異なっても、常に脳全体の活動 が生じるようである。「生後すぐに観察される感覚間の協応は脳機能の未分化に由来する。
すなわち、新生児はだれもが共感覚保持者に近いということである。その後の発達に伴い、
皮質間の結合は抑制され、感覚間相互作用の出現がいったんは減少する。生後半年以降は、
乳児の脳は皮質ごとに機能分化するが、残存した皮質間の結合と学習により、感覚間相互 作用が再び出現する」8)。これらの知見は、乳幼児の大まかな発達の特性として、未分化 な感覚や脳内の各領域間の相互交流を挙げている。また、文献に登場する「感覚間相互作 用」とは、感覚間協応と同意義で使われる用語である。
幼児期に感覚間協応が強く見られることを示した調査として、アムステルダムのモンテ ッソリ幼稚園での実験によって、20名の幼児の半数が色彩共感覚を示したことに関する報 告がある。また、幼児群、11歳群、17歳群を比較して、この色彩共感覚は11歳以降に明 らかに減退するとも述べられている9)。ここで言う色彩共感覚とは、音を聴いて色を思い
4) 和田ほか・前掲書3),31頁.
5) Maurer,D. & Maurer,C.(1988): The World of the Newborn.Basic Books, Inc., New York.(吉田利子/訳:『赤ちゃん には世界がどう見えるか』,253頁,草思社,1992年.)
6) Maurer,D. & Maurer,C., 前掲訳書5),252頁.
7) 和田ほか・前掲書3),31頁.
8) 和田ほか・前掲書3),31頁.
9) Werner,H.(1948): Comparative Psychology of Mental Development. pp.90-91, International Universities Press Inc,
New York.(鯨岡峻・浜田寿美男/訳:『発達心理学入門』,91-92頁,ミネルヴァ書房,1976年.)
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浮かべたり、数字や文字などに色彩を感じるといった経験を指す用語であり、研究者の大 多数のいうところに従えば、子どもにはこの特殊な感覚経験がしばしば認められる10)。ま た、大沢・横山・横山・高橋(1989)は、幼児期における音楽刺激による感覚間協応を考 察するため、聴覚と視覚の関連性について3~12歳の子ども186名に実験を行った。その 結果、Simpson の「振動数が増すと明るくなる」という知見が、低年齢児に見られること を明らかにした11)。高い音は、「速い」「軽い」「小さい」「明るい」を、低い音は、「遅い」
「重い」「大きい」「暗い」をイメージさせる結果が、幼児期に強く見られたと述べたもの である。これらの報告結果は、乳児期を含んでいないものの、幼児期から児童期後期にお ける感覚間協応に限定した場合、色彩と音あるいは明暗と音の間に明確な結び付きが存在 し、その知覚現象が、特に幼児期に強く見られる傾向を示している。幼児期における感覚 間の結び付きとして、視覚的な色や明度が、その他の感覚情報と様々に連結することを取 り上げた研究には、Werner(1948/1976)の報告もあり、音を聴いて色を思い浮かべる「色 聴」や、数字や文字に色彩を感じる「色彩共感覚」等の経験が、幼児期に強く表れるとい う事実が指摘されている12)。
それでは、このような感覚間の結び付きがいつ頃から失われるのか、成人のような分化 した感覚へと移行するのはいつなのかという疑問が生じる。この疑問点について、大沢ほ か(1989)は、聴覚と視覚の関連性に限定した場合、7~8歳という境界線を設けた13)。 年齢に基づく比較調査を行ったところ、学童期に入る7~8歳頃に、幼児期とは有意な差 が認められた結果となり、この年齢時に感覚間を結び付ける知覚形態に質的な変化が起こ ると推察される。感覚間の協応が低い例ではあるが、一般成人にも該当事例はある。「甘い 声」「色彩のハーモニー」等、一種の比喩表現がそれに当てはまる。また、一般人にも、視 覚情報と聴覚情報の統合等が行われることが確認されているが14)、日常生活の中で感覚間 協応を多用する場面は少なく、一般人には機能分化した各感覚が優先的に表れるため、感 覚間協応が抑制される場合が多いと言える。一方で、感覚間協応の表出が抑制されない特 徴を持つ人々、例えば画家や音楽家等の芸術家は、成人であっても例外であると言えよう。
10) Werner, op.cit., pp.89-90,前掲訳書9),91頁.
11) 大沢明美・横山範子・横山知弘・高橋彰彦:「幼児期における音楽刺激による共感覚」,『日本保育学会大 会研究論文集』42,339頁,1989年.
12) Werner, op.cit., pp.89-91,前掲訳書9),91-92頁.
13) 大沢ほか・前掲書11),339頁.
14) Vroomen,J. & Driver,J. (2001): Is cross-modal integration of emotional expressions independent of attentional resources?, Cognitive, Affective, & Behavioral Neuroscience, 1(4), 382-387.
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Ⅱ.乳幼児期と感覚間協応の関連性
子どもは、発達の特性として感覚の未分化性を保持しており、複数の表現領域を結び付 ける活動も、成人に比べて違和感や抵抗感を感じにくいと考えられる。人の成長における 早い段階ほど、色、音、香り、言葉、身体の運動等の諸感覚が完全に分化しておらず共に 働くからである。子どもに見る複数表現領域を結び付けた表現活動は、表現領域の未分化 性という点を特徴としているが、それは、乳幼児期の子どもに特徴的な発達の特性の1つ として裏付けることができると考えられる。
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