第4章 研究の総括と今後の課題
第2節 複数表現領域を結び付けた表現活動における造形と音楽を結び付けた
Ⅰ.造形と音楽を結び付けた表現活動への着目
第2章第1節(本論の 62-77 頁)では、幼児教育・保育において複数表現領域を結び付 けた表現活動が多様に存在すると考えられる中で、音楽・造形・言語・身体表現の4領域 の結び付きのどれに研究課題が存在するかについて、現場の保育者への質問紙調査に基づ く検討を行った。質問紙調査は、岡山県内の私立幼稚園(16園配布,13園回収)に対する 無記名の自記式質問紙調査であり、量的・質的分析を加えた結果、次のことが判明した。
第1は、音楽、造形、言語、身体の4領域のうち、結び付ける領域数を絞り込む観点か ら、複数表現領域を結び付けた表現活動の実践経験の有無、保育者の保育経験年数(若手・
中堅・熟練の3種別)に着目して検討した。その結果、複数領域を結び付けた表現実践を 行う際、保育経験年数の少ない保育者が取り組みやすいのは、領域数の少ない2領域間の 結び付きであると考えられた。また、2領域間の結び付きに関する実践経験を豊富に重ね ることは、3領域間以上の結び付きに対する実践上の基礎になると考えられた。したがっ て、表現領域の結び付きについて研究する際には、まずは2領域間の結び付きに対する着 目が求められると言えた。
第2に、2領域間の結び付き、すなわち、「音楽×身体」「音楽×言語」「音楽×造形」「身 体×言語」「身体×造形」「言語×造形」の中で、さらなる絞り込みを試みた。そこで、複 数表現領域を結び付けた表現活動の実践経験の有無や、そのような表現活動を実践すると 仮定した場合の「実践の自信度」に着目して検討を加えた。すると、造形と音楽を結び付 けた表現活動(「造形×音楽」表現と表記)の実践経験者が保育者全体の 27%で最も少な かった。また、実践の自信度も、2領域間の中で「造形×音楽」表現が最も低い状況であ り、同表現に対する保育者の苦手意識が認められた。
以上の2つの考察結果から、2領域間の結び付きであり、同時に、実践経験の少なさや 実践上の自信度が最も低く、保育者の苦手意識が認められる「音楽×造形」に焦点を当て、
第4章第2節
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研究上の課題を探ることが有効との示唆を得ることができた。他方、保育者が実践をイメ ージしやすい「音楽×身体」のような活動の方が、学術研究を行う重要性が高いとする考 え方も成り立つであろうが、本論では、保育における複数表現領域を結び付けた表現活動 について、子どもが楽しめる活動の選択肢や可能性を広げ、実践の内容と質を豊かにする 上で、実践としてより高次元の課題である「音楽×造形」への着目に意義を見出した。
Ⅱ.造形と音楽を結び付けた表現活動の実態把握と研究課題としての妥当性 1.造形と音楽を結び付けた表現活動の価値と意義
第2章第2節(本論の78-97頁)では、「造形×音楽」表現を研究課題とする妥当性につ いて取り上げた。具体的には、上述したような、「造形×音楽」表現に対する保育者の苦手 意識があるのは、子どもに対する活動意義や教育的価値の低さが原因であるか否かを検討 した。造形と音楽を結び付けるという表現遊びが、他の複数表現領域を結び付けた表現活 動に比べて、子どもに対する保育上の意義をあまり見出せないのであれば、当然、保育者 の実践経験や自信度は低下せざるを得ない。逆に、保育場の意義が高く認められるのであ れば、保育者の実践があまり進んでいない現状との間に隔たりがあることを意味し、その 隔たりを埋める学術研究は、価値ある命題として成立する。そこで、現場の保育者に実施 したもう1つの質問紙調査に基づく検討を行った。質問紙調査は、岡山県内にある全ての 公立及び私立幼稚園(304園配布,171園回収)に対する無記名の自記式質問紙調査であり、
量的・質的分析を加えた結果、次のことが判明した。
第1に、「造形×音楽」表現が子どもに与える影響について、「子どもに対して良い影響 が認められる」という内容が記述された肯定的意見は375名(全体の69%)、「子どもに対 して悪い影響が認められる」という内容が記述された否定的意見は26名(5%)、分から ないと記述した群は31名(6%)、無回答の群は106名(20%)であった。肯定的意見が
約 70%認められる一方で、否定的意見は5%と低く、無回答を除くと大部分の保育者は、
「造形×音楽」表現が子どもに対して何らかの良い影響を与えると考えていることが判明 した。
第2に、「造形×音楽」表現が子どもに与える影響に関する肯定的意見は、具体的に4つ の要素に大別された。まずは、「①想像力・感性・創造性(キーワード:イメージ、想像力、
感性、創造)」であった。「造形×音楽」表現は、子どものイメージ、想像力、感性、創造 性を豊かに育むことができるものとして、保育者に捉えられていた。造形と音楽を結び付
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ける体験は、単独の領域内での表現活動とは異なる新たな刺激を子どもに与え、子どもの 想像力や創造性が広がる可能性を指摘できる。次に、「②自由な発想(キーワード:自由、
のびのび、発想)」であった。「造形×音楽」表現には、自由にのびのびと発想しながら表 現を行うことができる点でも、子どもへの良い影響があると捉えられていた。自由に発想 すること、言い換えれば、造形や音楽という領域の枠組みに囚われない自由な表現を認め る子ども理解や適切な援助が、保育者に求められることが示された。そして、「③表現の楽 しさ(キーワード:楽しさ、楽しい、楽しむ、楽しめる)」が示された。「造形×音楽」表 現は、子どもが楽しいと思える活動として成立する点で、子どもへの良い影響があると捉 えられていた。「造形×音楽」表現に親しむ経験は、子どもに新しい世界観や表現方法を提 示することに繋がり、それに連動して造形や音楽への興味や意欲を高める可能性がある。
一方で、造形と音楽を結び付ける過程で子どもの困惑や混乱を招かず、無理なく自然に取 り組める活動として成立するためには、環境構成や援助方法等の保育者の力量が重要であ ると考えられた。最後は、「④個性や自分らしさ(キーワード:自分、自己、個性)」であ った。「造形×音楽」表現は、子どもの個性を反映させることのできる表現であると捉えら れていた。造形と音楽を結び付ける試みは、単独の領域内での活動よりも表現の選択肢を 広げるであろうが、その結果、それぞれの子どもの表現過程や作品は、個性を活かしたも のになると考えられる。子どもにとって表現活動とは、感じたりイメージしたりした自ら の内面世界を具現化する機会であるが、そうした活動を通して「自分らしさ」を表出する ことに、大きな満足感や発達上の成長が認められる。これは、『幼稚園教育要領』『保育所 保育指針』『幼保連携型認定こども園教育・保育要領』にも記されており、保育における基 本事項であるが、そうした子どもの個性や自己表現を高める効果が期待される「造形×音 楽」表現は、価値ある活動として位置付けられるであろう。
第3に、「造形×音楽」表現が子どもに与える影響に関する否定的意見について、具体的 に見ると、2つに大別された。1つは、子どもにとっての造形と音楽を結び付ける難易度 の高さである。複数の表現領域を結び付ける表現方法に抵抗を覚える子どもにとって、ど うすれば良いか分からず困ってしまう状況を生みかねない。そして、造形や音楽に関する 技術や経験の少ない低年齢児、あるいは特別な配慮の必要な子どもにとっての難易度の高 さも指摘された。これらを解決するには、ごく簡単な実践から始めて次第に質的に発展さ せる等、段階的な計画の中で「造形×音楽」表現の実践を組み立てること、また、活動の 内容を工夫することによって、強制されているという意識を子どもに与えない配慮が大切
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であることが重要であると考えられた。もう1つは、保育者の実践における見通しの不透 明さである。保育者自身が、表現分野に苦手意識を持っていたり、保育職としての経験が 少なかったりする場合、造形と音楽を結び付ける実践イメージが持てないと考えられる。
したがって、実践例を提示した先行研究が十分に蓄積されていない中、本分野の最大の課 題として、実践モデルの開発が必要であると示された。
以上のように、「造形×音楽」表現が子どもに与える影響に関する見解は、肯定的なもの が多数派であり、「造形×音楽」表現を保育で展開することが、子どもにとって価値ある活 動になると示唆された。特に、質問紙調査に回答した保育者の42.9%が言及した「①想像 力・感性・創造性(キーワード:イメージ、想像力、感性、創造)」は、しばしば『幼稚園 教育要領』、『保育所保育指針』及び『幼保連携型認定こども園教育・保育要領』で、「感じ たことや考えたことを自分なりに表現することを通して、豊かな感性や表現する力を養い、
創造性を豊かにする」1) 2) 3) というように、「感性」「イメージ」「創造性」等の用語によ って強調される保育内容「表現」の重要な成立要素である。その点で、「造形×音楽」表現 は、子どもの豊かな表現を実現する可能性を大きく持っていると指摘できる。また、一般 的な見解として、造形と音楽を結び付ける過程は子どもにとって難しく高度な能力を要求 し、保育現場で重要視される表現の楽しさや喜びが阻害される恐れがあるという懸念が予 想されたが、保育者の回答を見ると、「③表現の楽しさ(キーワード:楽しさ、楽しい、楽 しむ、楽しめる)」の意見も多数派から得られた。ただし、「造形×音楽」表現を保育実践 で行う場合、保育者が知識や技能を獲得させようとしたり、遊びを押し付けたりしないよ うな配慮は重要であると言える。一方で、「造形×音楽」表現に対する保育者の実践経験と 自信度が低いことについては、既に論述した通りであり、したがって、保育者集団は、子 どもに対する教育的価値や保育上の意義を高く認識しているものの、実践があまり進んで いない状況にあると言え、これは、「造形×音楽」表現を研究上の課題とする妥当性を示し ていると考えられる。
2.子どもの自由遊びにおける造形と音楽を結び付けた表現活動
第2章第3~4節(本論の 98-119 頁)では、子どもが園での自由遊びの際に、「造形×
1) 文部科学省:『幼稚園教育要領〈平成29年告示〉』,20頁,フレーベル館,2017年.
2) 厚生労働省:『保育所保育指針〈平成29年告示〉』,21頁,フレーベル館,2017年.
3) 内閣府・文部科学省・厚生労働省:『幼保連携型認定こども園教育・保育要領〈平成29年告示〉』,24頁,
フレーベル館,2017年.