3. 本研究の調査方法と調査対象
3.1 質的研究に関する理論的視点と調査方法
社会現象を実証的に説明する研究は,定量的なデータを扱う量的研究と定性的なデータ を扱う質的研究に分けることができる。量的研究を行うためには,研究対象に関連した先行 研究のなかで,すでに概念が抽出されている必要があるが,概念の抽出に関する研究成果が 蓄積されていない場合には質的研究を用いることが一般的である81。
質的研究方法について,Merriam(1998)は,研究の理論的視点により,次のように,実
81 戈木クレイグヒル(2014)p.30
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証的(positivist),解釈的(interpretive),批判的(critical)という三つの種類に分けられる82。 ① 実証的調査は,客観性,予測,反復可能性を重視し,因果関係を説明するための手
法である。したがって,科学的で実験主義的な調査をとおして得られた知識は,客観 的で定量的であり,実証的調査の視点からの「日常世界」(reality)は,静的で観察・
測定可能なものである。
② 調査の解釈主義的視点において,人々の行為は知識や教育に影響され,時,場所,
人間という「現実世界」(reality)と切り離すことはできない。解釈的調査をとおし て,人間の行為,プロセスや経験の意味が仮説または理論生成的探求のモードによっ て探究・理解される。
③ 批判的調査は,人間の行動を解釈・理解するだけでなく,社会的批判を行い,社会 的変革を起こすための手法である。こうした調査によって生成された知見は,人間や 組織の行動を理解することではなく,社会のイデオロギー的批判となる。
また,質的研究が適している主たる課題について,RichardsとMorse (2007)は,以下 のようにまとめている83。
① ほとんど知られていない課題,あるいは,既存の研究における不十分な領域を新た な視点で理解・探求したい課題である。
② ある複雑な状況や多重的な背景を持つ現象の実態を把握し,その現象の意味を明 らかにしたい課題である。
③ ある現象の実態をとおして,理論の反映や理論的な枠組みの構築に役立つ課題で ある。
本研究は,「中国企業における統治構造は,女性役員・管理職の登用にどのような影響を 及ぼすのか」という問いについて,女性と企業の行動の社会的・文化的文脈の特殊性に注意 を払い,女性が生きている「現実世界」(reality),すなわち企業の組織を研究するものであ るため,解釈主義的視点に応える質的調査を行うことができよう。つぎに,本研究における 質的研究の方法について説明・考察するとこにしたい。
質的研究方法について,近年多くの研究者が採用しているのがグラウンデッド・セオリ ー・アプローチ(以下,GTAと称する)である。なぜなら,GTA を用いれば,データ収集 や分析の過程で生じる誤差を最小限にとどめるとともに,データ分析のプロセスでは研究
82 Sharan B. Merriam(1998)(=2004,堀薫夫, 久保真人, 成島美弥訳,pp.5-6)
83 Lyn Richards, Janice M.Morse (2007) (=2008, 小林奈美監訳, p.22参考)
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者の解釈を他者と共有し,新たなアイデアや理論を生み出すことが容易になりと思われる
84。GTAはストラウス(A.Strauss)版やグレイザー(B.Glaser)版などいくつの種類があ るが,ストラウス・コービン(J.Corbin)版(SC-GTA)は,定量的方法論には頼らず,定 性的方法論の構築を行い,質的研究手法の地位を確立している85。
GTA のもう一つの特徴は,インタビューなどの手段を用いてデータを収集・分析・解釈 するという作業をとおして新たな「理論」の生成を目指すことである。ここでの「理論」と は,認識論やメタ理論というような大局を統括するものではなく,ある事象に共とおして述 べることができる「説」である86。一方,質的研究の中には,一般化を目的としないもが混 在する可能性もあるが,GTA では,収集した「説」の根拠となるデータとデータの分析方 法を適切に示すことにより,その中に貫かれる一つの理論の科学性と妥当性を得ようとし ている。
図2. 本研究における質的調査の視角とフロー
国有企業 民間企業 の事例 の事例
女性役員・管理職登用の実態 データ収集 GTA分析
女性役員・管理職の登用制度
(出所)筆者作成
GTA の三つ目の特徴として,普段みられていない人間の内面を調査することがあげられ る。すなわち,インタビュー調査によって,ある現象についての解釈は研究者のみならず,
インタビュー対象者の認識・理解も重視されるため,複雑や多重的な背景を持つ現象の真相
84 戈木クレイグヒル(2014)前掲書p.30
85 平井明代(2013)
86 灘光・浅井・小柳(2014)pp.68-69
要因の析出 国家の促進政策 企業の統治構造
登用要因の一般化
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をインタビュー対象者の反応で解明することができる。
つまり,データに基準にして帰納的に理論を構築・展開しようとするGTAは,医学や心 理学のみならず,社会学においても有用性の高い分析方法といえる。本研究の研究課題であ る中国企業における統治構造と女性役員・管理職登用の関係性については,ケーススタディ レベルの研究においてまれに言及されたものの,十分に構造化(理論化)が進んでいるとは いえない現状である。以上の考察によって,本研究の課題に対して,GTA を採用すること は大きな間違いを起こさない程度に妥当であるといえよう。
分析手法としては図 2 の分析プロセスにしたがって GTA という質的分析手法を用い,
「中国企業における統治構造は,女性役員・管理職の登用にどのような影響を及ぼすのか」
という問いに対して一定の回答を得ることを目指している。企業における統治構造の女性 登用への影響として,女性役員・管理職登用の促進政策の執行のみならず,企業の役員・管 理職の登用プロセスにおける評価基準・考課基準,配置方法の各段階における影響や企業の 所有形態における影響も視野に入れて分析を行うことに留意されたい。そして,以上の分析 プロセスを,実際の事例として,国有企業と民間企業に適用する。それぞれの事例をとおし て,企業における女性役員・管理職の登用要因と企業の統治構造の関係性を明らかにすると ともに,中国企業の組織構造における特徴から,ある程度ほかの中国企業にも一般的に通用 する知見を得ることを目指すこととする。