第 2 章 中国国有企業の統治構造と女性雇用
2. 国有企業の改革と女性雇用
2.2 企業制度と企業の統治構造の変遷
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(1)企業制度について,企業は,共産党委員会指導下の工場長責任制(経営者責任制)と 共産党委員会指導下の従業員代表大会制をとることになっている115。
(2)企業の所属と指導方針について,企業の生産および行政は,企業を管理する主管単位
(行政組織)による直接の指導を受けなければならない。企業は,共産党委員会によ る集団指導,従業員の民主管理,経営者の行政指揮という根本原則を遵守しなければ ならない116。
(3)最終的意思決定権について,企業の決定は,企業を管理する行政組織の決定と一致し なければならず,企業の決定は行政組織による許可がなければ施行してはならない117。
(4)企業幹部の人事管理権について,企業を管理する行政組織が企業の工場長,副工場長,
エンジニア,会計士などの幹部の任免,訓練,選考,賞罰を担当する118。企業は,課 長,副課長,主任などのミドル級幹部を任免する権限があるが,任免があった場合に は,行政組織への報告が必要である119。
このように,「放権譲利」制度の目的と基本的な方向は,市場経済体制への移行過程のな かで,重要な一環となるため,決して間違ったものではなかった。しかしながら,この制 度において,不足なところも存在している。例えば,「放権譲利」を実行する企業側と国家 側のそれぞれの責任権限についての基準が曖昧であった。「国営工業企業暫定条例」のなか の企業管理と統治に関する規定から見ると,その時期の企業制度に対する改革はまだ従来 の社会主義計画経済の意識が残っているため,企業は国家の統治枠から脱出し,独立する ことができない。共産党委員会の指導を受ける「経営者責任制」と「従業員代表大会制」
には,名目上の役割しかなく,企業で働く経営者と従業員代表たちの意思決定を左右する のは依然として国家の行政組織である。したがって,「放権譲利」の「放権」といっても,
結局国家が企業を統治する真の「権力」,例えばトップ管理層の人事の任免権などの最終的 意思決定権を企業に渡そうとする傾向はない。
第2期:市場経済に向けての準備期:社会主義商品経済段階(1984年5月~1992年6月)
1984年5月15~31日に開かれた第六回全国人民代表大会第二次会議において,「放権
115 「国営工業企業暫行条例」第一章 第四条
116 上掲書 第一章 第四条,第五条
117 上掲書 第六章 第六十三条
118 上掲書 第六章 第六十六条
119 上掲書 第三章 第三十六条
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譲利」制度の補足として,中国政府は,国営企業において「経営者責任制」を実行するべ きであると強調した。さらに,1984年10月 20日の中国共产党第十二届中央委员会第三 次全体会议(以下「第十二期三中全会」と称する)において,「中共中央関于経済体制改革 的決定」(中国共産党中央委員会の経済体制改革に関する決定)は可決された。この段階の 経済体制,国営企業と国家との関係については以下のように指摘された。
(1)経済体制について,我が国の経済体制は,完全に市場により調節されるものではな く,計画経済体制に基づいた計画商品経済である120。
(2)経営請負責任制について,国有企業改革の中心的な役割を占めたものは請負制であっ た。この制度は大中型企業に適用され,ノルマ・経営目標である請負基数を守ったう えで,上納金を超えた利益は内部留保できる。この段階では,一定限度内ではあるも のの,政府と企業の間で所有と経営の分離がおこなわれた121。
(3)株式制について,「中共中央関于経済体制改革的決定」においては,「株式」という概 念を提起せず,この段階における株式会社への取り組みも見当たらなかった。
(4)企業の管理システムについて,現代企業は統一的で,強力な,そして,効率的な生産 指導システムと経営管理システムを確立すべきである122。
(5)企業における共産党組織について,共産党委員会は,企業の「工会」や「共青団」に 対する指導を強化し,「工会」や「共青団」をとおして,従業員の共産党への忠実度と いう政治的意識を高めるべきである。さらに,共産党委員会の指導を受ける「工会」
は,従業員の権利を守り,「全従業員従業員代表大会」における発言権をあげるべきで ある123。
このように,この時期における経済体制は,依然として計画経済を中心としたものであ った。また,国有企業の株式化に関する法律も存在していなかったため,国有企業への株 式制の導入も構想の段階に留まるといえる。つまり,この段階において改革の主な目標は,
企業の財産権と所有者を明確化にすることである。
この段階の企業において,「経営請負責任制」といった企業制度の形成とともに,中国国 有企業の指導制度における大きな変化が現れてきた。1980年代初期で実行した「経営者責 任制」のなかで,企業経営者,共産党組織,企業組織の三者間の関係が不明確であるため,
120 「中共中央関于経済体制改革的決定」第四節
121 松尾好治(2000) p.60
122 「中共中央関于経済体制改革的決定」(1984年10月12日可決)第三節
123 上掲書 第七節
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経営者個人が企業の生産経営管理を放任したり,企業の経営的責任を回避したりといった マイナスの面がみられた。それに対して,1980年代後半から,企業の指導体制における中 国共産党・政行管理と労働者三者の関係は「中華人民共和国全人民所有制工業企業法」に より明確に決められている。
(1)企業経営者について,企業では工場長責任制を実行する。工場長の指導で生産経営管 理システムを作り,企業の物質文明建設(企業利益)と精神文明建設(社会主義価値 観)に全面的に責任を負う124。
(2)共産党組織について,中国共産党は,企業の基層組織において,企業が党と国家の方 針・政策の貫徹と執行に関しての監督と保証を行う125。
(3)企業組織について,企業は従業員代表大会およびその他の方法をとおして民主的な管 理を行う126。
(4)工会について。企業の工会は,独自に企業の民主的な管理と民主的な監督を行うこと ができ,(工会を通じて)女性従業員および女性技術者を活用するべきである。
このように,改革開放から 1990 年代の初期までの一連の施策により,とくに「経営請 負責任制」は国有企業の所有権と経営権の切り離しを実現し,企業を活性化するとともに,
生産効率を改善しようとする姿勢がみられる。実際に,所有権と経営権の切り離しをとお して,企業の収益を改善する企業がみられる一方,逆に,経営悪化のケースも少なくない。
その原因として,以下の2点を挙げられる。第1に,企業の所有権と経営権を切り離すと 同時に,国家が企業に対する監視・監督の方法も多様化した。第2に,企業における経営 層幹部の登用制度が不透明・不公平である。「国営工業企業暫定条例」の規定によると,企 業側は,適切な工場長を登用しようとしても,企業の行政機関が最終的意思決定権を持っ ているため,実行できなくなる可能性がある。
以上のように,1990年代初期までの国有企業は,請負責任制が適用されても国家・共産 党組織により行政的に支配される現象が目立った。とくに,改革時期においては有能な人 材の獲得が不可欠であるが,このような統治構造の影響で,必要な人材を積極的に登用す ることができなくなる。そのため,経済の市場化を目指す中国の企業改革では,企業経営 に対する行政的介入,すなわち,行政組織と企業の職責を切り離し,企業の所有権,経営
124 「中華人民共和国全民所有制工業企業法」第四章
125 上掲書 第一章 第八条
126 上掲書 第一章 第十条
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権,そして管理権に関して更に明確にする必要がある。
第3期:社会主義市場経済体制の初期段階(1992年7月以後)
中国の国有企業は以上の2段階の改革をとおして,徐々に経営権限の拡大を図った一方,
企業の生産組織において,従来の国家指令を完成するための生産組織から,企業経営者が 指導する市場向けの生産組織に変わってきた。国家は,これらの一連の企業制度の改革を 行って,独立した商品生産者としての企業の改革をとおして,一部の企業の経営状況は改 善できたが,これらの改革の前提は依然として,「公有制」という制度である。
そこで,中国政府は1992年7月23日に可決された「全人民所有制工業企業経営機制転 換条例」により,国有企業に対する第三段階の改革をはじめた。この条例のなかで,企業 の所有権,経営権,および人事管理権について,以下のように規定されている。
(1)企業と政府の職責分離の原則に基づき,政府は企業にサービスを提供しながら,法律 に依拠して企業の協調,監督,管理を行う127。
(2)企業の財産は全人民所有,すなわち国家が所有することであり,国務院が国家の代表 者として企業の財産の所有権を持つ128。
(3)企業は国家が規定する経営形式の下で,法律に基づいて経営権を行使することができ る。国家が規定する経営形式とは,企業と国家の責任・権力・利益の関係を規範化す る「国有企業の請負責任制」である129。
(4)企業の工場長は,企業の中間管理職を登用・解任することができる。副工場長レベル
(トップ管理層相当)の幹部の登用については,工場長が政府の行政部門に書類を提 出する際,行政部門の許可により登用・解任を執行するべきである130。
このように,中国の国有企業における所有権と経営権は,1990年代初期になってようや く切り離すことができた。一方,「全人民所有制工業企業経営機制転換条例」の実施にとも ない,企業の生産手段は従来の国家所有,かつ国家経営から,国家所有,企業経営という という形式に変更してきた。生産手段の変化とともに,「国営企業」といった言い方が徐々 に「国有企業」に代替されるようになり,1993年3月15日~31日の第八回全国人民代表
127 「全民所有制工業企業経営機制転換条例」第五章 第四十条
128 上掲書 第四十一条
129 上掲書 第二章 第七条
130 上掲書 第二章 第十八条