第 9 章 グローバル資本蓄積の構造的矛盾
第 2 節 資本主義的グローバル化の意義と限界
国家独占資本主義の「世界体制」は1970年代を境として「IMF=GATT体制」から「グローバル 資本主義体制」へと転換した。その歴史的な位相を考察してみよう。
第 1 項 「資本の文明化作用」と資本主義のグローバリゼーシ ョンの限界
マルクスは資本主義が植民地に進出し商品経済化していくことを「資本の文明化作用」と呼び、
歴史的に必然的な過程であるとした。すなわち資本主義のグローバル化は、資本制生産様式を世界 的に普及させ「共産主義」を準備するという意味で、「資本主義の歴史的な進歩性」と規定した。し かし「文明化」として資本主義の進歩性を全面的に認めることはできない。植民地からの金・銀や 資源の略奪は資本主義の成立期(原始蓄積期)からはじまっていたが、マルクス自身も「プロレタ リアートの国際的連帯」の観点から「世界的な収奪体制」を告発していた。古典的帝国主義の時代 に植民地は列強の抗争の直接的舞台となり、独占資本は「原料資源」の独占をめざして「帝国主義 的対立・抗争」を繰り返してきた。その軍事力による最終的な決着が2度にわたる「帝国主義世界 戦争」であった。第2次大戦後の東西「冷戦体制」のもとで資本主義世界はアメリカ・ヘゲモニー の時代になり、旧植民地は政治的に独立し国民経済建設に向った。アメリカを中心とした中心資本
543 以下のAIの説明は、友寄英隆『AIと資本主義』の18〜20頁、29頁、35頁、47〜8頁、68〜
9頁、による。
主義諸国(米欧日)は「開発主義」路線を進め、絵冷戦競争の一環として米ソが「後進国経済援助」
競争に乗りだした。しかしアメリカの圧倒的な軍事力と「基軸通貨ドル」の支配のもとで「工業製 品と一次産品の交易条件」は悪化し(価格のシェーレ現象)、「植民地型貿易構造」は依然として続 き、先進国と後進国(発展途上国)間の経済的格差はかえって拡大してきた(いわゆる南北問題)。
1980年代以降の「グローバル資本主義」時代になり、多国籍企業の「グローバル資本蓄積」は現 地の自給自足的だが安定していた生活様式を破壊しているばかりか、発展途上諸国に「貧困と環境 破壊」を強制している。他方では世界的に反グローバリズムの運動が起こっており、先進資本主義 でも環境運動や消費者運動が起こっている。そして、脱商品経済化を求め「互報酬」にもとづいて
「助け合」い「連帯」するもろもろの運動によって「市場(商品経済)を包囲」していくことが、
重要な新社会運動になってきている。中国を筆頭として東アジアの発展途上諸国が輸出主導型経済 建設に成功し、新興経済圏を形成しはじめたことはまったく新しい世界史的出来事である。まさに 人類は世界の覇権(イニシャティブ)をめぐって歴史的な選択の直面している。すなわち、①「グ ローバル資本主義」世界体制のもとでの国家独占資本主義が「新しい世界資本主義」に変革してい くのか、②それとも資本主義が達成してきた平和・民主主義・人権という人類史的な成果を「ファ シズム」形態によって暴力的に解体させて生き延びようとするのか、③資本主義そのものが消滅し 覇権競争が消滅して「社会主義グローバリゼーション」が実現していくのか、④それとも新たな「社 会覇権主義」とでも表現すべき大国的覇権主義中国やロシアが登場してくるのか、という世界史的 な選択である。
第 2 項 国民国家の対立・抗争の歴史―世界政府の不在
第1章第1節で概観したように、ヨーロッパに国民経済として成立した資本主義社会は、最初か ら世界的分業にもとづく世界市場における商品取引(貿易)関係によって結びつけられた世界シス テムの中で存在した。しかし国民経済の枠組みを作った国民国家は互いに対立し抗争しあい、世界 システムは中心国と周辺国の「植民地的従属」関係が支配し、中心諸国内部もヘゲモニーを握った 基軸国に支配されてきた。世界のヘゲモニーは、オランダ(環大西洋世界経済時代―資本主義の成 立期)・イギリス(パックス・ブリタニカ―資本主義の確立期)・帝国主義諸列強が対立し抗争した 時代(独占資本主義・古典的帝国主義)・アメリカ(パックス・アメリカーナ―IMF=GATT体制下 の国家独占資本主義)と交替してきた(「ヘゲモニー循環」)。独占資本主義・古典的帝国主義期はイ ギリス覇権からアメリカ覇権に移行する移行期であり、確立したヘゲモニーが不在だった時代であ る。
東西冷戦体制のもとでのアメリカ覇権はIMF=GATT体制として成立したが、1970年代のスタ グフレーション・1980年代からの「グローバル資本主義」化・1921年ソ連崩壊による冷戦体制の 終焉と「アメリカ単独行動主義」などの激動をへて、21世紀初頭に入っての中国の台頭・ロシアの 復活・世界金融危機を経験しアメリカ覇権の動揺期に入っている。この冷戦崩壊から新冷戦の様相 に至るアメリカ覇権の再確立と動揺の過程を概観しておこう544。
Ⅰ アメリカ覇権の推移
1 冷戦体制の崩壊とアメリカ・ヘゲモニーの回復( 1990 年代)
日本全体がバブルに 酔いしれていた1989 年夏から91 年にかけて、冷戦体制が崩壊するという世界史的事件が起こっ た。89年ポーランドでの共産党政権の崩壊、89年11月ベルリンの壁撤去、12月ルーマニアの共 産党政権の崩壊、90年10月ドイツ統一、91年8月ソ連での共産党幹部のクーデター、12月ソ連 邦の解体、とつづいた。こうした一連の「社会主義」体制の崩壊とかさなって、91年初頭に湾岸戦 争が勃発した。多国籍軍とはいってもその主力は米英軍であり、アメリカ合衆国はハイテク技術を 駆使して圧倒的な勝利をおさめた。日本政府は莫大な経済支援を提供し、戦後には自衛隊を掃海活 動に派遣した。この二つの事件によってアメリカは、唯一の超大国としてヘゲモニーを回復してい った。アメリカ単独の軍事的覇権のもとで日米安全保障体制も極東の範囲を拡大し変質していった。
544 本項は、拙著『国家独占資本主義の国内体制―現代資本主義の経済理論』(リポジトリ)の第2 章第5節を加筆・修正した。なお、大西広『グローバリエーションから軍事的帝国主義へ』(大月書 店、2003年8月)は、このアメリカ覇権の歴史的変遷過程を「アメリカの平和」から「アメリカの 戦争」への過程としている。
冷戦の終結とともにアメリカ合衆国の安全保障局(NSA)や中央情報部(CIA)は、諜報活動の 比重を資本主義ライバル国である日欧に移した。その一端はEUが暴露したエシュロンであり世界 中の電波を傍受している545。最近のインターネットの発展によって人工衛星を通じて簡単に情報を キャッチされるようになった546。自国政府さえ知らない企業情報を利用して、ヘッジファンドを先 頭としたアメリカ金融資本が戦略的な経済・投機活動を世界的に展開した。そしてたとえば東アジ アの通貨危機にみられたように、一国の国家予算よりも大きい額が一斉に海外へ引き上げられるよ うな場合には、国民経済や地域経済は壊滅的な打撃を被る。投機筋をもうけさせるために、意図的 に企業の格付けが操作される場合もある。しかも冷戦後のアメリカの世界戦略は、IMFや世界銀行 やOECD や国連などの国際機関を利用して行われるようになった。東欧・ロシアは西側の経済援 助を求めたが、その条件としてのIMF路線(均衡財政主義と市場の自由化の要求)を受けいれたた めに、アメリカの資本が自由に利益追求することを可能とした。しかし、アメリカン・スタンダー ドが世界でそのまま通用し成功するものではなく、各国・地域の制度や伝統や商習慣にマッチしな ければ経済再建に役立たないことをその後の東欧やロシアの停滞は証明した。
2 クリントン政権の情報通信革命とアメリカの世界戦略
冷戦体制崩壊によるアメリカ 合衆国の単独的な軍事的覇権の再確立後に登場したクリントン政権は、経済の再生に取り組んだ。すでにアメリカは1980年代後半からリストラクチャリング(事業・経営の再構築)を進め、90年 代初めにはコンピュータ中枢技術で圧倒的な優位を確立した。93年に誕生したクリントン政権の戦 略は情報通信革命であり、電気通信法の改正(1996年2月)によって国内の民間セクターの相互参 入・競争を促進し、国際的な独占再編成への道を開いた547。
クリントン政権の背後にはアメリカの産・軍・政複合体制(金融寡頭制)の利害がある。前章の 第6節第3項Ⅰで考察したように、古くからアメリカには産軍複合体制があり、ペンタゴン(国防 省)と産業界は融合・癒着していた。クリントン政権になってからの新しい特徴は、ウォール・ス トリート街(金融資本)の成功者たちが多数政権の中枢部に入り込み、財務省=ウォール・ストリ ート同盟が成立したことである。こうした同盟関係の成立によって、1980年代からのアメリカ金融 資本の世界戦略の展開と国際的投機的金融活動の膨張が一段と高まった。それとともに単なる金融 資本単独ではなく、産業と軍部と金融が一体となった新たな「帝国主義的世界戦略」が展開される ようになった548。
3 産軍連携強化
「軍事と経済の連携強化」を軸として経済を立て直そうとして、クリントン 政権は次のような政策を展開した。「経済立て直し」のために国家最高機関を再編しあらたに「国家 経済会議(NEC)」を創設し、国家安全保障会議(NSC)と並列させ、全国の情報インフラストラ クチャー(NII)計画を打ち出した。情報通信革命を一層進めるために、先端軍事技術(兵站活動及 び兵器調達のコンピュータ・ネットワークなど)の民間産業への応用をはかり、民間産業での技術 開発が一段と躍進した。国際的にはWTOが成立し(1995年)、貿易ルールの強化や運輸・通信等 のサービス貿易の自由化や「知的所有権」の国際的基準が作られた。このように情報通信関連の設備投資を基軸として経済成長が実現し、1980 年代のバブルの後遺 症に苦しむ日欧をしり目に「アメリカの一人勝ち」時代を迎えた。この持続的成長は個人消費支出 拡大によって支えられ、新しい「サービス輸出」が増加し、雇用が拡大しサービス産業就業者の激 増し、リストラクチュアリング・アウトソーシング・「派遣労働者」の拡大が進められた。同時に、
「レイオフ制」は「解雇」を意味するように変化し、「派遣労働者」という新しい雇用形態が創出さ れかつ急増していった。しかしクリントン政権は「証券の証券化」による「投機的金融活動の新展 開」という金融の変化を見落としていた。そして2000年になると、情報通信技術関連の株価は暴
545 エシュロンについては『世界』(2000年10月号)がその活動の一部を報告している。
546 詳しくはスノーデン『日本への警告』、参照。
547 クリントン政権がおこなったアメリカ経済の立て直し・産軍連携の強化・情報通信技術革新の推 進と輸出の政策については、井村喜代子『大戦後資本主義の変質と展開』第 4 部・第 2 章、参照。
548 藤岡淳は、この「帝国主義的世界戦略」を「修正帝国主義」と表現し、国連・国際機関・国際通 貨基金・世界銀行の場を使った「合意」形成によって自らの利害を通すように変化したから、「冷戦 帝国主義」という規定を排除している。冷戦が終焉した以上、「冷戦帝国主義」という用語そのもの はなくなった。なお藤岡は、国家独占資本主義用語は「修正資本主義型」と「ナチス型」とを区別 できないとして排除しているが、国家の「組織化」「管理化」「調整化」機能の飛躍的増大を反映し た表現としては国家独占資本主義が正確な表現であり、「修正資本主義型」と「ナチス型」はまさに 型の違いとして処理すればよい、と筆者は考える。藤岡淳『グローバリゼーションと戦争 宇宙と 核の覇権をめざすアメリカ』大月書店、2004年、20〜22頁。