第 4 章 スタグフレーションと IMF 国際通貨体 制の崩壊
第 6 節 国際通貨体制の崩壊 ―「金・ドル交換停止」と変 動相場制への移行―
第2次世界戦争後のIMF国際通貨体制は「金為替制」と「ドル本位制」の二面性をもち、内部に
「流動性ジレンマ」を抱えていた134。この国際通貨体制は、①限定的ながら金・ドル交換を認めて いたのでドルの信認と安定性が存在し、②固定相場維持義務があったので国際均衡を優先せざるを えず、インフレ抑制的に作用し、③金・ドル交換の存在はアメリカ合衆国に国際収支赤字の抑制を 強制した。また世界に散布したドルのアメリカへの還流にもなっていた、④アメリカのドル散布は 一定期間貿易拡大と持続的成長を促進するように作用した、⑤国際資本移動の規制・管理を容認し ていた、⑥この通貨体制はアメリカの圧倒的優位性が前提であった135。本章の第1・2節でこの国 際通貨体制が崩壊する過程を考察し、第3節では崩壊して「金・ドル交換停止」と「変動相場制」
への転換が、その後の「グローバル資本主義化」と「投機的金融活動」の世界的な大膨張の出発点 となったことを考察する136。
第 1 項 旧 IMF 国際通貨体制の崩壊
戦後の国際通貨体制は「金廃貨」への歴史であった。すでに1930年代に各国は金本位制から離 脱したが、戦前の「米・英・仏通貨同盟」(1936年)においてすでに中央銀行間の金決済に限定し た協定が成立していた。この同盟が戦後のIMFの基盤となった137。IMF体制は、1オンスの金=
35ドルでのドルの金兌換を中央銀行間では認め、ドル以外の通貨はドルとの固定為替相場(たとえ ば1ドル=360円)で結びつけられて、間接的かつ限定的に金と各国通貨が結びつけられた。この 国際通貨制度は金為替本位制と「ドル本位制」の両面を持っていた。すなわち、ドルの金兌換を限 定的に認めていた点ではドルが金為替としての性格をもっていた。しかしドルの金兌換は中央銀行 間に限定されていたし、アメリカ合衆国との協調関係を重視した政府は金兌換を極力控えたから(日 本政府はドルを外貨準備金としてきた)、実質的には「ドル本位制」に近かった。
しかしこうした国通貨体制は「流動性ジレンマ」と呼ばれた矛盾を内包していた。金兌換を限定 的に保証しているドル(基軸通貨)が世界で不足しないためには基軸通貨国アメリカは国際収支が たえず赤字化していなければならないし、逆にアメリカの国際収支が黒字化していれば世界的なド ル不足をもたらす。1950年代は基本的に後者の状態にあったが、1960年代は前者の状態に転換し た。実際、膨大な海外軍事支出と多国籍企業による資本輸出とアメリカの生産力(国際競争力)の 相対的弱体化により、国際収支はしだいに悪化していった。アメリカ合衆国が1960年代にドルの 金兌換請求を制限しようとした政策が「金プール制」(1962年)や「金の二重価格制」(1968年)
であり、1971年8月には金兌換を完全に停止してしまった(ニクソンの新経済政策)。日本はただ ちに変動相場制へ移行していったが、1973 年に一定の合意後に世界的には為替相場は国際市場で の需給関係によって決まる変動為替制に転換した。これをもって旧IMF 国際通貨体制は事実上崩 壊した。
しかし多くの国々は対外準備金としてドルを保有していたし、「社会主義ブロック」に対抗する必 要からアメリカの軍事力(核の傘)に頼る道を選択した。そしてドルを依然として基軸通貨とする 通貨協調体制がつづいてきた。基軸通貨国アメリカは自国通貨ドルを世界に散布することによって 世界の価値を無償で取得できるが(「基軸通貨国特権」)、こうした特権を許してまでもアメリカの巨 大な軍事力に依存しなければならないところに、現代資本主義の世界体制のジレンマなり弱さが露 呈されている。アメリカ以外の中心資本主義国がドルを国際通貨とする協調体制を放棄すれば、世 界経済は大混乱する危険性がある。この危険性を回避しようとして各国の支配層はやむをえず協調 している。そのために、世界に散布された過剰ドルが投機目当てに浮浪する不安定性が形成されて しまった。しかし1980年代からの「グローバル資本主義」化、冷戦体制の崩壊、中国の台頭、中近
134 富塚文太郎『ドル体制の矛盾と帰結』読売新聞社、1990年、参照。
135 井村喜代子『現代日本経済論』有斐閣、2000年、287〜9頁。
136 第1・2節は拙著『資本主義発展の段階理論』(リポジトリ)の第6章第1節第6・7項、第3 節は第7章第1節に必要最小限の加筆と修正を加えた。
137 徳永正二郎『現代外国為替論』有斐閣、1982年、8頁。
東でのさまざまな紛争の激化などによって、このアメリカの支配(パックス・アメリカーナ)は歴 史的移行プロセスに入っている。
第 2 項 過剰流動性問題 ―「ユーロ・カレンシー市場」と短期資本の 投機的移動―
「金・ドル交換停止」=変動相場制のもとで、世界的に散布されたドルは回収されることなく過 剰流動性として世界中に滞留するようになった。しかし過剰流動性問題には、1960年代と70年代 では質的な相違がある。1960年代にヨーロッパに堆積したドルは、①IMFの一般引き出し権・一 般借入協定・特別引き出し権・黒字国立て米国財務省証券の発行、②ユーロ・ダラー市場、③多国 籍企業のユーロ・ダラー市場への貿易金融需要、④先進国企業からの資金需要、などの吸収経路が あった。その意味では過剰ドルは黒字国にとっての過剰流動性ではあっても、世界的にみれば現実 資本とのかかわりをもたない本来の過剰流動性ではなかった。しかし、1969〜71 年のアメリカの スタグフレーションと1974〜75年の世界恐慌をへて、「金・ドル交換停止」=変動相場制のもとで 現実資本の運動の停滞化とは対照的に貨幣資本の自立化・暴走化が進展しはじめた。
「ドル本位制」はまさしくアメリカの覇権が動揺した結果完成したものであるが、しかし各国の 国際通貨協調に支えられて減価したドルが依然として基軸通貨の地位を維持してきた。それは、ア メリカにかわる新しい覇権国が出現せず、また「世界政府」のもとでの「世界銀行券」を作り出す ことができない現状の反映である。ドルが依然として国際通貨として君臨できている「強さ」は、
為替媒介通貨としてドルが「ユーロ・カレンシー」として使われているからである。「ユーロ・カレ ンシー市場」とはヨーロッパや中南米や東アジアの貨幣・金融市場で取引される貨幣であり、そこ では円・マルク・スイスフランなども取引されるが圧倒的にドルが君臨している。
この「ユーロ・カレンシー市場」に滞留する過剰流動性ドルが、各国政府の対外準備金として借 り入れられる。その債務が発展途上諸国に累積し、これら諸国の累積債務問題を激化していった。
さらに変動相場制のもとでは、過剰流動性ドルは切り上げが予想される通貨やその通貨建ての金融 資産の購入に投機的に支出される。そのために通貨が投機目的で売買されるようになり、為替相場 そのものが国際的な短資(過剰流動性ドル)の動きに左右されるようになった。1980年代にいわゆ る「マネー・ゲーム」の世界が出現し、世界の貿易の数十倍にあたる貨幣取引が生じた。「国際的資 産選択」なる理論に拠りながら実体経済から切り離された短期貨幣資本が投機的活動にむけられる ようになった。投機目的の短資変動によって為替相場が翻弄されるような危険な体質が生みだされ た138。
第 3 項 金・ドル交換停止と変動相場制への移行
―「グローバル資本主義」化の出発点―
金とドルの交換を停止し変動相場制に移行したことは、「基軸通貨ドル」の果たしていた限定的な 金為替機能がなくなったことを意味した。そして、グローバル化と金融化のもとでの投機的金融活 動御出発点となり、世界経済は以下のように変貌していった。①ドルへの信認は低下しドル不安が 強まったが、軍事的・政治的理由から各国がドル下落を協調的に阻止する体制(サミット体制)が 成立した。②固定相場維持の義務の解除によってインフレーションの歯止め装置がはずされ、世界 経済はスタグフレーションとして激しい物価騰貴に襲われた。また変動する為替相場は投機の標的 となり、国際的な短期資本が浮遊するマネーゲームの世界が出現した。③世界的に散布されたドル のアメリカへの還流経路が断ち切られたことによって世界的に「過剰流動性」状態が生まれ、それ がユーロ・カレンシー市場を中心に短期的・投機的に飛びかうようになった。これは国民国家の景 気政策の妨げとして作用する。1980 年代以降はアメリカへの資本輸出として還流するようになっ たが、同時にアメリカは債務国家になった。④アメリカはその後も基軸通貨国特権を維持しドル散 布に一層走ったが、低成長期に入った資本主義世界の実体経済では吸収されず、ますます金融・投 機活動にドルは向けられていった。⑤国際資本移動の規制・管理の撤廃は、アメリカ金融資本の世 界的活動への道を開いた。
こうした金・ドル交換停止と変動相場制への移行は、日本経済には急激な円高と国内の「過剰流
138 以上は、同上書、11〜13頁。