第 9 章 グローバル資本蓄積の構造的矛盾
第 2 節 古典的貧困と現代
グローバルにみれば、飢餓線上をさまよっている貧民層と一握りの億万長者として富と貧困の両 極的蓄積は貫徹している425。
421 マルクス『資本論』第1巻第23章第4節、第4分冊、1,106〜7頁。
422 SSA(蓄積の社会構造)理論は、長期波動論を段階論と結びつけようとしている。拙著『資本
主義発展の段階理論』(東京経済大学学術リポジトリ)81〜2頁。
423 マルクス『資本論』第1巻第23章第4節、第4分冊、1,108頁。
424 拙著『国家独占資本主義の国内体制―現代資本主義の経済理論』(リポジトリ)の第6章第3 節・第5節、参照。
425 本項は、同上書の第13章第1節第1項を加筆・修正した。
第 1 項 富と貧困の両極的蓄積
1 栄養不足人口と億万長者
まず「貧困の蓄積」を概観しよう。国連世界食糧計画(WFP)が発表した「ワールドハンガーマップ」(2000〜02年)によると、国内人口の35%以上が栄養不足 状態にある国は、東アジアの朝鮮人民共和国、カリブ海のハイチ、近東のアフガニスタン・イエメ ン、中央アフリカの中央アフリカ共和国・コンゴ共和国・コンゴ民主共和国、東アフリカのブルジ ン・エチオピア・ルワンダ・タンザニア、南アフリカのアンゴラ・マダガスカル・モザンビーク・
ザンビア、西アフリカのリベリア・シェラレオネ、独立国家共同体のタジキスタン、にのぼる426。 2009 年の推計では、2007〜8 年の食料価格高騰と世界経済危機の影響を受けて栄養不足人口は世 界全体で10億人に増加した427。35%以上の国は中央アフリカ・ウガンダ・ザンビア・ナミビア・
朝鮮人民共和国である。北朝鮮や独立国家共同体以外はアフリカ諸国に集中しているが、内紛・内 乱・内戦状態が直接の原因であるが、資源と利権を求めての多国籍企業が進出している地域であり、
軍事的には民間請負の軍事企業が暗躍している地域である。2018年には飢餓人口が推計8億2,160 万人で、中程度と深刻な食料不安人口は20億人、と報告されている428。
他方で富と所得の億万長者への集中は中心資本主義諸国で進んできたが、世界的にも集中化して きた。2006年の世界の億万長者の資産額は、トップのビル・ゲイツは500億ドル、イタリアのシ ルビオ・ベルルスコーニ元首相は第37位の110億ドル、ヘッジファンドのジョージ・ソロス代表 は第71位の72億ドル、第292位のデヴィッド・ロックフェラーは25億ドル、であった。日本人 では第107位の武富士の武井保雄一族の54億ドルがトップであった。資産10億ドル以上の億万 長者は、1955年140人・2003年476人・2006年691人・2016年2,043人となり、一握りの世界 の富豪への資産の集中化が進んでいる429。『フォーブス』2020 年版によると、資産額のトップは
Amazon.com創業者の1,247億ドル、2位はビル・ゲイツ1,034億ドルとなり、日本人ではファー
ストリテイリング会長兼社長の柳井正が世界の39位(222億ドル)、ソフトバンクの会長兼社長の 孫正義が47位(205億ドル)であった。
2 難民
世界の難民は20世紀になって発生し、第2次世界戦争後に深刻化した。難民は増加し つづけ、1990年代に地域紛争においてクルド難民・ルワンダ難民・コソボ難民・東チモール難民な どが発生した。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の報告によると、2016年6月20日時点で 難民数は推計6,560万人と戦後最多となった。難民の半数以上が、シリア・アフガニスタン・ソマ リアからの難民である。ヨーロッパに到着した難民は2016年に101万1,700人以上であったが、「外国人排斥の空気」があり、移民・難民の受け入れには閉鎖的である。避難先はトルコに250万 人が滞在し、つづいてパキスタンとレバノンとなり、難民の86%が低・中所得国で生活している430。 2018年には難民数は推計7,080万人となり、シリア・アフガニスタン・南スーダン・ミャンマー・
ソマリアの5か国に67%が集中し、受け入れ国はトルコ379万人・パキスタン140万人・ウガン ダ120万人・スーダン110万人・ドイツ110万人となっている431。
3 「所得・資産の格差」拡大
中心資本主義諸国の栄養不足人口は2.5%未満であり、生理的 に最低限の生活をしている「絶対的貧困」は皆無ではないが少ない。しかしアメリカや日本でも所 得や資産の格差は拡大してきた432。情報通信革命と金融化によって「格差と貧困」は一層拡大した。小林由美は、「残念ながら世界の大きな動きは、格差の拡大どころか、富や権力・影響力の極端な集 中に向っている」、と報告している433。情報通信革命と経済の金融化をリードしたアメリカにおい て、所得と資産の集中が一層進んだし、434アメリカの家計の債務(借金)の家計収入に占める比率 は上昇し、フリンジ・バンキングと呼ばれる高コストの金融商品やサービスしか受けられない層が
426 国連食糧農業機関(FAO)『世界の食料不安の現状2004』より。
427 『世界の農林水産』Summer 2010、10頁。
428 国連「世界の食糧安全保障と栄養の現状」報告書。
429 『フォーブス』各年版、より。
430 http://www.bbc.com/japanese/36573394
431 国連高等弁務官事務所UNHCR「グローバル・トレンズ・レポート」2019.
432 佐々木隆雄「1970年代以降のアメリカの所得格差の拡大」『季刊経済理論』第45巻第1号
(2008年4月)、および、宇仁宏幸「日本における賃金格差拡大とその要因」『季刊経済理論』第 45巻第1号(2008年4月)、参照。
433 小林由美『超一極集中社会アメリカの暴走』新潮社、2017年3月、2頁。
434 同上書、23頁、27頁。
簇生してきた435。
第 2 項 労働者の主体性喪失(労働苦)
1 労働疎外
現代日本の労働者は、一方で激しいリストラ(自発的退職)の嵐にさらされながら、労働時間の延長やサービス残業を強制されている436。その帰結は生活時間の労働時間への転化であ り、自由時間や余暇の喪失であり、家族(妻子)までが労働者の労働時間に合わせた生活スタイル と生活時間の配分を強制されている。マルクスが喝破した労働疎外の要約は、残念ながら見事に生 きつづけている。
この労働疎外は、資本側によるさまざまなレベルでの労働者分断化攻勢(独占的労働市場と非独 占的労働市場、企業内部の正規社員と非正規社員、管理者と被管理者など)や、現代的な企業内官 僚制の管理機構によって進行している。もちろん労働者は、第6章第5節で考察したように、さま ざまな抵抗や闘争によって悪化を防ごうとしてきた。しかし資本の専制に委ねておくかぎり、「働き 甲斐」を喪失し精神的ストレスと病気に悩まされ、そして過労死と過労自殺に追い込まれてきた437。
2 「働き甲斐」 ・精神疾患・過労死
日本は世界的にみても「働きすぎ」なのに、「働き甲斐」が低い。また、国民の40人に1人は精神疾患の治療のために医療機関を利用していると推定され る(厚生労働省の精神疾患患者調査)438。過労死とは、過労が原因となって心筋梗塞・脳出血・ク モ膜下出血・急性心不全・脳や心臓の疾患での死亡である。過労死は1980年代から増加してきた が、その増加は新自由主義の登場と関係している。1980年代からの働きすぎの要因として、グロー バル化による本国の雇用の不安定化・賃金押し下げ圧力・労働時間の延長圧力、情報化による仕事 のスピード・アップと仕事量の増大と個人時間の仕事化、情報化外部の労働の単純化、大衆消費社 会化による競争的消費環境による宅配便・コンビニ労働者の権利抑圧、派遣切り、金融化にともな う機関投資家の「支配」、などがある439。過労死はホワイトカラーが最も高いが、証券営業マン・女 性銀行員・教師・医師と看護師・管理職・研究職・会社の役員と広汎に広がっている440。過労死に いたならなくとも病気休職者は急増しているし、休職者中の精神疾患者の比重は高い441。
自殺者の数は日本では最近までは年3万人を超えるほど多かったが、国際比較すると(2009年頃)
自殺率が日本より高い国は旧ソ連・東欧諸国・韓国であり、日本の自殺率は10万人当たり24.4人 であり欧米諸国よりかなり高い442。
第 3 項 奴隷状態
奴隷労働力そのものが、資本主義成立期の環大西洋経済圏の北米・南米・カリブ海地域のプラン テーション農業での主要な生産力であった。奴隷労働者はアフリカ大陸から売買されてきた。「南北 戦争」後にアメリカの奴隷は解放され、アメリカ合衆国は本格的に資本主義を発展させたが、現代 においても奴隷状態の人びとが存在している。21世紀初頭において世界には2,700万人の奴隷が存 在し、毎年少なくとも60〜80万人もの人々が人身売買されている。その半数以上は「性的搾取」
の被害者になっている、と報告されている。2010 年代になると奴隷状態の人びとは増加してきた し、日本にも存在しているのに、その対策がない点を世界から批判されている443。その実態につい て若干紹介しておこう。
オーストラリアの人権団体Walk Free Foundationの報告書『2016 Global Slavery Index』に
435 谷口明丈・須藤功『現代アメリカ経済史』有斐閣、2017年5月、258頁(執筆者、大橋陽)。
436 森岡孝二編『格差社会―グローバル資本主義の断層』桜井書店、2007年、参照。
437 詳しくは、拙著『国家独占資本主義の国内体制―現代資本主義の経済理論』(リポジトリ)第6 章第2・3節、参照。
438 詳しくは、同上書の173〜4頁、参照。
439 森岡孝二『過労死は何を告発するか』岩波現代文庫、2013年8月、230頁、終章2。
440 同上書にはこれらの職種における過労死の事例が詳細に紹介されている(197〜227頁)。
441 同上書、210頁。
442 川人博『過労自殺』第二版、岩波新書、2014年7月、100〜11頁。同書には過労自殺の事例が 豊富に報告されている。
443 ケビン・ベイルズ著、大和田英子訳『グローバル経済と現代奴隷制』凱旋社、2002年、参 照。