第 9 章 グローバル資本蓄積の構造的矛盾
第 4 節 サープラス吸収機構
資本蓄積過程に内在する過剰蓄積傾向は、循環的に恐慌として集中的に爆発してきた。恐慌・不 況期における過剰資本の破壊によって、強制的に過剰は「解決」されてきた462。こうした過剰蓄積 の爆発と「解決」は、独占資本主義・国家独占資本主義においても変容しながら貫徹している。し かし独占資本主義以降になると資本蓄積の様式が段階的に変化し、過剰蓄積化の過程も変容したと 同時に、あらかじめ過剰蓄積の恐慌としての爆発と「解決」を回避しようとする構造的な制度が作 りだされてきた。本節では、独占資本主義・国家独占資本主義における過剰資本破壊作用の変化や 過剰蓄積を吸収しようとするさまざまな新しい機構を考察する。
第 1 項 過剰資本処理の循環的機構の変化―自動回復力の衰退
自由競争段階の資本主義においては周期的に発生する過剰資本は恐慌期の市場価格の急落によ って暴力的に破壊が強制された。独占資本主義段階になると独占部門においては、恐慌は過剰生産 資本の過剰として企業内に隠蔽され市場には供給が制限(調整)されるので、過剰資本の破壊は操 業度(稼働率)の急落として実現された。国家独占資本主義になると国家の景気対策(有効需要政 策)によって恐慌が軽微化して、操業度も市場価格の低下は弱まり、過剰資本破壊の強制力は極端 に低下した。しかし過剰蓄積傾向は資本の本性として起こるから、周期的に過剰資本が破壊されな いで国家が経済外的に過剰資本の処理に乗り出してくるように変化した463。
Ⅰ 独占資本主義の過剰資本処理の形態変化
1 恐慌の形態変化
独占資本は恐慌・不況期に操業度を低下させ(生産制限)、独占価格を維 持しようとする。その結果、操業度低下による利潤率低下として過剰蓄積が顕在化する。そして過 剰な資本は、「計画操業度」を超える「意図せざる過剰能力」として発現するようになる。数量が調 整(制限)されるので、市場には商品形態での過剰(在庫商品)としては発現しない。生産された 過剰商品は製品在庫として隠蔽化され、市場には直接は出てこなくなる。しかし独占資本が遊休化 した機械設備の減価償却費を固定費用として回収することは、独占価格を維持することによって遊 休化によるマイルドな資本価値の喪失を他階層に負担させていることになる。2 操業度低下による資本破壊
自由競争段階の資本主義と同じく、非独占資本では価格が低 下しつづけて費用が価格でカバーできなくなれば、資本は物理的に廃棄(スクラップ)される。独 占資本では操業度が低下していくが、遊休機械設備(「意図せざる過剰能力」)の減価償却は計上さ れるから製品単位当たりの減価償却費が上昇していく。費用上昇が価格をオーバーするようになれ ば、独占資本といえども残存価値の回収を断念してスクラップせざるをえなくなり、資本の価値破 壊が生じる。独占が成立すると価格が維持されて資本破壊は回避され、過剰能力が温存され慢性的 な不況なり長期停滞をもたらす、とうのが従来の通説だった。しかしこうした通説は独占のもとで の資本破壊の形態が変化したことを無視している。独占資本主義になって景気の自動回復力がなく なったのではない。「体制危機」が進行しており、「経済の自動回復力」に委ねるだけの時間的・政 治的な余裕がなくなってきたから、不況からの回復策として国家の有効需要政策が実施されるよう になったのである。Ⅱ 国家独占資本主義と過剰資本処理の機能不全
第2次大戦後の国家は、1929年世界大恐慌のような金融恐慌をともなった急激で激烈で全般的 な恐慌を回避しようとする。好況期に過剰蓄(「景気の過熱化」)の兆候が現れると、早めに景気引
462 こうした過剰蓄積・恐慌・過剰資本の破壊(処理)は景気循環運動によって実現する。恐慌・
景気循環の基礎理論については、さしあたり拙著『国家独占資本主義の国内体制―現代資本主義の 経済理論』(リポジトリ)の第12章第1節、参照。
463 独占資本主義の景気循環全体の変容については、拙著『国家独占資本主義の国内体制―現代資 本主義の経済理論』(リポジトリ)の第12章第2節、参照。
き締め策を発動した「人為的・なし崩し的恐慌」を引き起こす。また、1930年代のように不況の長 期化による恐慌の深化と社会不安・危機を回避するために、早めに景気を回復させる景気政策をと ってきた464。
1 「人為的なし崩し的恐慌」
物価騰貴と賃金騰貴の加速化や「産業予備軍枯渇」などが発 生して「景気過熱」状態と国家が判断すれば、財政・金融の両面から景気を引き締めようとする。戦後の日本の1950年代と60年代前半までは、「国際収支の天井」に直面して景気引き締めがされ てきた。賃金騰貴などに対抗するために意図的に政治的に恐慌を引き起こす場合もあるし、あるい は、「真正インフレ」の危険性があればやはり景気を引き締める。実質賃金率が上昇しようとも低下 しようともそれぞれの限界(制限)にぶつかる前に産業予備軍が枯渇すれば、いわゆるマルクスの
「資本の絶対的過剰生産」になる。好況期の貨幣供給は現実資本の蓄積欲求に応じて内生的に供給 されいわば「成長通貨」であったが、もし産業予備軍が枯渇した時期に貨幣供給が増加すれば、剰 余価値そして生産は拡大できないから「真正インフレ」に転化する。しかしこうした極限的状況に なる前に、国家は景気の「過熱状態」と判断して景気引き締め政策を発動して「人為的・なし崩し 的」に恐慌を引き起こす。スタグフレーション期のように急激な物価騰貴が起これば、国際競争力 の低下や銀行の実質利子率のマイナス化や社会的・政治的不安の醸成を回避するために、総需要抑 制策に転換した。
しかし国家の財政・金融政策による景気引き締め政策は、低下する利潤率と上昇する利子率が急 激に衝突して激発性の恐慌が起こるのを回避しようとして、財政支出や信用制限はじょじょに段階 的におこなわれた。こうした景気引き締め政策が成功すれば、急激で激発的で全般的な恐慌は回避 され、「なし崩し的恐慌」状態が引き起こされてきた。
2 資本破壊作用の麻痺
独占資本主義のもとでは、操業度低下による費用上昇を価格がカバー できなくなれば、資本を破壊せざるをえなくなる。資本価値破壊はマイルドに進むので資本破壊作 用は弱まるが、景気の自動回復力は喪失していなかった。しかし国家独占資本主義になると、国家 は「景気過熱」対策による過剰蓄積の深化を回避し、早めに景気を回復させるために有効需要の注 入を一定期間持続するから、操業度は累積的には低下しない。戦後の中心資本主義国の恐慌(景気 後退)は軽微化し、操業度(稼働率)はある低水準で維持され、「意図せざる過剰能力」は温存され る傾向がでてくる465。操業度低下は独占利潤を減少させるが、そのコスト上昇を価格吊り上げに転 嫁すればクリーピング・インフレが引き起こされる。その結果、国家独占資本主義のもとでは資本 破壊が弱まり、恐慌の暴力的調整化作用が人為的に阻害される。生産資本形態をとった過剰資本(「意 図せざる過剰能力」)は景気の回復後に操業されるようになる。そのために国家自身が過剰資本の処 理に乗り出してくる。それが世界的に成功しているのか否かを検討すべきであり、恐慌の暴力的調 整機能が麻痺したからといって直ちに、国家独占資本主義が「景気の自動回復力」を喪したと断定 はできない。侘美美彦は「景気循環変容論」を提唱し段階的蓄積論への道を開いたが、「構造的恐慌」として 1929年大恐慌によって「資本主義の自立機構」が喪失され、それ以降「大恐慌回避」体制としての 戦後資本主義は現状分析の対象としてしまった。河村哲二は、「自立性」の論証は資本蓄積体制の具 体的分析によって確定されなければならない、という。この論証は非常に重要な課題であるが、侘 美の「資本主義の自立機構」論の要となる「過剰資本の破壊」機構論そのものが説明されていない。
従来マルクス経済学の通説的見解は、独占が成立して「数量調整」によって過剰能力(過剰生産資 本)の破壊を回避する結果、停滞基調・長期停滞・慢性不況になるとした。侘美説は安易に通説的 な「長期停滞論」なり「慢性不況論」に寄りかかってしまっている。「数量調整」による稼働率(操 業度)低下による固定費用上昇によって、独占資本主義段階においても「資本破壊」は強制される。
それが国家独占資本主義となって国家の有効需要政策によって恐慌自体が軽微化したことによって、
「資本破壊」を免れて過剰能力(設備)が温存されるようになってきたきた。侘美の「景気循環変 容論」は魅力的であるが、そのためには恐慌・景気循環の段階的な形態変化・変容論を解明しなけ ればならない。河村自身は戦後資本主義を段階論として展開すべきだとの主張であるが、段階論か 現状分析かの分かれ道は「自立性」概念と「組織資本主義」論との関係をどう理解にあるとしてい る、として結論を避けている466。
資本破壊作用が働くか否かは恐慌の軽微化に成功するか否かに依存する。情報通信技術は既存の 設備廃棄を迫るような技術革新ではないが、旧機械設備の廃棄を迫るような新たな画期的イノベー
464 国家独占資本主義の景気循環の変容全体については、同上書の第12章第3節、参照。
465 拙著『資本主義発展の段階理論』(リポジトリ)、133頁。
466 同上論文、30頁。