第 7 章 「グローバル資本主義」の景気循環
第 3 節 グローバル化・金融化の景気循環への影響
「グローバル資本」(多国籍企業)は、国際分業関係のもとで世界市場を舞台して購買(調達)・ 生産・販売活動を展開する。金融もグローバル化し、資本の価値増殖運動の全過程がグローバルに 展開される。スタグフレーションによって構造的な蓄積危機に直面した国家独占資本主義の国家政 策はケインズ主義政策から新自由主義政策に転換し、インフレ克服を最優先し完全雇用=福祉政策 を放棄して、失業を意図的に生みだした。しかし「グローバル化・金融化資本蓄積」はバブル循環 を生みだし、21世紀初頭の世界金融危機を引き起こした。国家独占資本主義の景気循環と世界景気 循環にグローバル資本主義が与えている影響を要約しておく342。
Ⅰ グローバル化・金融化の景気循環への影響
(ⅰ)資本移動による金融政策の阻害 「金・ドル交換」が停止され資本移動が自由化されたが、
自由に資本が国民経済を超えることは国民国家の景気調整政策を阻害する。
(ⅱ)金融化によるバブル循環の形成 投資機会が現実資本の世界(実体経済)で低下し、余剰資 金が多様な資産に投資されるようになり、「経済の金融化」が起こった。その結果、資産価格は異常 なまでに高騰していった(1980年代のバブル)。しかしバブル(泡)は必ず破裂するように、バブ ルとその破裂が繰り返されるバブル循環が定着した。グローバル資本主義のもとでの投機やバブル は現物取引がまったくない「証券化商品」の取引世界であり、従来とは質的に違った投機活動であ る。「資本物神の極地」の世界であり、現代資本主義の「腐朽性」が端的に現れている。
(ⅲ) 金融不安定性の増大 変動相場制のもとでの「証券化商品」を中心とした金融活動は投機 化し、情報通信技術の飛躍的な発展によってグローバル化した。経済的・社会的不安が増大し個人 や企業がリスクの管理手段を求めたので、金融派生商品が歓迎された。しかし金融派生商品に付随 する「規制回避性」・「不透明性」・「高レバレッジ性」・「連鎖性」が金融不安定性を増大させ、金融 派生商品の投機的取引が多くの金融危機と関連していた。2007 年にはじまる世界金融危機におい てもCDOやCDSなどの「証券化商品」価格の暴落による大手金融機関の巨額損失・破綻が起こ り、負の連鎖過程においては金融不安定性が極度に高まっていった。投機の対象となった一連の「証
341 周期短縮化の事実については、拙著『経済学原論』青木書店、1996年、119頁。その理由につ いては、拙著『現代マルクス経済学』(桜井書店、2008年)309頁、参照。
342 詳しくは、拙著『資本主義発展の段階理論』(リポジトリ)第8章第3節、および拙著『国家 独占資本主義の国内体制』(リポジトリ)第12章第4節、参照。
券化商品」に内在する内的矛盾について考察しておこう。
Ⅱ「証券化商品」に内在するリスク
1980年代のアメリカの金融化は、「実体経済から乖離した投機的金融活動」の大膨張と、「金融派 生商品」の取引や「住宅ローンの証券化」としてはじまった。そして、1990年代に活発化してきた
「証券化商品」取引を中心とした「投機的金融活動」、「経済の金融化」の実態、1980年代以降の現 代資本主義の転換を「金融主導型経済(経済の金融化)」とする諸見解については前章第2節で考察 したので、本項では一連の「証券化商品」取引に内在する新たな矛盾を金融危機との関連において まとめておこう。
1 住宅債権の証券化のリスク
住宅ローン債権の固有のリスク(信用リスク)は「証券化」に よって隠蔽された。一部で返済不能が発生しても証券への個別投資家のリスクは軽微であり、住宅 ローンのオリジネータ(住宅ローン専門会社など)は自分の損失とならないから、返済能力を十分 検討しないで貸し付けに走った。証券を発行する金融機関のほうでは資産(貸付)に計上されない し、公的支援機関は「政府の保証はない」のに市場関係者は「暗黙の政府保証」があると認識して いた。「住宅債権の証券化」は 1990 年代の新しい「証券化」による金融市場=資産担保証券市場膨 張の基礎となったが、90 年代のクリントン政権のもとで「証券化」による金融市場=資産担保証券 市場が膨張し、「実体経済から乖離した投機的金融活動」が新たに展開された。2 CDO (債務担保証券)―高リスクの隠蔽化
巨大投資銀行や商業銀行の投資業務担当部門や傘下機関などの「大手組成金融機関」は、リスクの異なる債権を混ぜ合わせた債務担保証券を 組成したが、その中にはサブプライム住宅ローンなどのリスクの高い証券も含まれていた。CDOの 購入者には内容がわからないから不安が増幅し、「損失が一挙に拡大する連鎖」を内包していた。「大 手組成金融機関」は、簿外取引をする投資専門事業体SIVにCDOの販売・運用をさせて、自らは リスクを回避しようとしていた。さらにSIVはリスクの高い証券化商品を担保としたCP(ABCP)
を発行した。
3 CDS (クレジット・デフォルト・スワップ) ・ 「シンセティック CDO 」―リスクの 拡大
「信用リスク」が発生した場合の「損失支払いを受ける権利」であるCDSは、モノライン 保険会社が金融保証するので投資家の実際の損失の確率を弱めるとして、格付け会社がリスク減少 とみなした。さらに、多様なCDSを混ぜ合わせた「シンセティックCDO」が開発された。しかし CDSは実在しない「想定元本」であり、「損失支払いを受ける権利」でリスクを回避しようとした 新しい仕組み証券が、かえってリスクをより拡大した。本来のCDOの「信用リスク」が軽減され たわけでもない343。4 株式・金融市場の変化と金融投機リスクの増大
「証券化商品」取引の増大をもたらし た背景には、現代資本主義の構造的転換がある。産業の投資機会の減少を反映して、企業の資金需 要は「高度成長期」ほどには強くなかった。他方で金融の世界では機関投資家が成長し、レポ市場 が発達して銀行が巨大な信用創造力を持つようになったので、資金の供給のほうは巨大になってき た。この巨大化した資金を銀行・投資銀行・保険・機関投資家・ファンドが空前の規模で「証券化 商品」取引に「悪用」し、金融破綻事件(世界金融危機)となった。それとともに株式市場は、企業の 資金調達から金融投資家の利殖の舞台に変化し、また金融利得を求める企業の集中・合併の舞台と もなってきた(「株価資本主義」化)344。こうした株式市場や証券市場の変化によって金融取引の不確実性とリスクが増大し、金融取引の 最適なリスク管理が必要となったが、保険とデリバティブは根本的に違っている。すなわち、①保 険は同質の事故が多数集団で発生し「大数法則」が適用できるが、デリバティブの金融リスクは投 機的リスクである。システミック・リスクは「大数法則」が適用できないカタストロフィックなリ スクとなりやすく、投機取引は裁定(鞘取り)取引となる。さらに少額の証拠金で巨額の契約を結 ぶことができるから、金融的収益の格好の手段となる。②保険には損失補填の基金があるが、デリ バティブはリスクの移転だけであり損失を補填する仕組みがない。③保険は一定の確率でリスクに 遭遇するが、デリバティブ市場は連鎖的・システミックなリスクに遭遇し金融危機に陥る可能性を 持っている。④デリバティブには監督機関がない345。
5 シャドーバンキングとレポ市場の発展による金融システムの脆弱化
「証券化商品」
343 井村喜代子『大戦後資本主義の変質と展開』325〜30頁。
344 熊野剛雄「株式会社と株式市場の存在意義」214〜7頁。
345 高田太久吉『マルクス経済学と金融化論』244〜5頁、247〜9頁。
の投機的取引は市民を巻き込む金融ゲームのギャンブルであり、「エリートたちが画策し、庶民の射 幸心を刺激して、ちゃっかり儲けよう」とする世界であり、「金融は、企業や組織に生産と雇用に必 要な安定資金を提供する分野ではなく、資金を出した組織や個人に年利率数十%もの配当を可能に する分野」へと変わってしまっている346。しかしこうしたリスク・ビジネスは金融システムを脆弱 化させていた347。
各種の「証券化商品」には固有のリスクが内在しているが、その取引の舞台となったのがシャド ーバンキング(影の銀行)・システムであり、そこでのレポ市場であった。こうした新しい金融市場 には脆弱性とシステミック・リスクが内在している。「証券化商品」取引は短期の無保証の市場性資 金に依存しており、資金を供給するレポ市場の資金供給余力は仕組み証券の市場価格に依存してい た。ひとたび何らかの原因によって証券価格が下落した場合には、逆の連鎖に転落してしまう危険 性を持っていた。
この「影の銀行」の膨張を支えたのが、実質的には証券を担保とした短期借り入れをするレポ市 場である。株や社債の現物を取引する伝統的証券業務と違った証券化業務の特徴は、①発行企業の 将来収益ではなく債権の将来元利金の回収が引き当てにされ、②資産担保証券ABS・債務担保証券
CDO・信用デリバティブCDSの組成・販売によって、証券発行額が水増しされ、③証券発行が特
定目的ビークル(投資専門事業体SIV)を通じて行われ、これらのビークルの多くは脱税や金融当 局の監督を逃れるために海外のオフショアセンターやタックスヘイブンに登録される、ことにある
348。
レポ市場での証券化業務による証券発行額の水増は、リスク取引である証券化商品に内在するリ スクを一層強めた。レポ市場は市場的特性として短期性・証券依存性・不透明性を持っており、仕 組み証券には事実上流通市場がなく根付基準もない349。証券に依存しているからレポ市場は金融市 場のストレスに過敏に反応するという脆弱性がある。さらにレポ市場が動揺すれば、金融市場全体 のストレスを増幅し金融不安定性を高める。ひとたび金融不安が起これば、適格証券の需要が急増 し供給が急減し、債務担保証券などの高リスク証券の需給関係を「逆転」させる。
Ⅲ バブル循環(貨幣資本の運動)化と実体経済(現実資本の運動)
1970年代以降の金融化とグローバル化は「投機的金融活動」を生みだし、貨幣資本は現実資本の 運動から乖離して独自に自己累積的に運動し、その崩壊が現実資本の運動を攪乱させてきた。しか し、貨幣資本の運動は現実資本の運動から切り離されて永遠に運動できるものではない。投機的金 融活動やバブルにしても実体経済から制約されるのであり、両者の相互規制関係の解明は金融危機 を解明するためにも必要不可欠である。
資本主義の歴史において貨幣・信用関係は基本的には現実資本の運動を媒介しかつ膨張させ、現 実資本の攪乱・収縮運動とともに貨幣・信用関係も調整化されていた。しかし、1980年代以降の金 融化とそのグローバル化は「質的に新しい投機的金融活動」を生みだし、貨幣資本は現実資本の運 動から乖離して自己累積的な独自の運動をするようになったが、金融的な利潤の源泉が現実資本が 生産した利潤に規制されている以上、貨幣資本の運動は現実資本の運動から切り離されて永遠に自 己運動できるものではない。投機的金融活動やバブルにしても実体経済から制約される関係にある。
1. 「資産効果」と債務増大の影響
投機的金融活動そのものは価値の生産にまったくかかわら ず、価値の分配にのみにかかわる。しかし金融活動の膨張には、金融派生商品や証券化商品の取引 に必要な設備・建物や、「金融サービス労働」をはじめとして金融工学を開発する労働や、管理労働 や事務労働を必要とする。これらへの支出は実体経済への需要となる。また、金融活動の膨張によ って家計の保有する不動産や金融資産の価格が騰貴していけば、消費者としての家計はそれらを売 却すれば現金化できるから、個人消費を増加させる(「資産効果」)。逆にバブルが破裂して資産価格 が暴落すれば、反対の「逆資産効果」が働き消費が制限される。このように「資産効果」・「逆資産 効果」が個人消費を規制するようになり、貨幣資本の運動が現実資本の運動を増幅させる。しかし金融化そのものが、実体経済における一般家計や一般企業の資産内容と負債構成を変化さ せ、債務負担を増大させ破綻させる危険性を高めてしまう。これ自体が家計や企業の支出を削減さ
346 本山美彦『金融権力―グローバル経済とリスク・ビジネス』岩波新書、2008年4月、48頁、52 頁。
347 同上書、163頁、168〜169頁。
348 高田太久吉『マルクス経済学と金融化論』203頁。
349 同上書、218頁。