第 3 章 性犯罪対策の現状と課題 ― 現状で不足している性犯罪対策の探索 ―
第 2 節 警察段階・検察段階・裁判段階における性犯罪者対策の限界と問題点
1 、警察段階・検察段階における再犯防止措置の不備と性犯罪者に対 する治療の視点の欠落
本章第
1
節の冒頭で述べたとおり、有罪が裁判で確定していない警察・検察段階では、性 犯罪者に対し、再犯予防措置や治療的処遇を行うことが出来ない。警察・検察段階の性犯罪 対応における最も重大な問題点は、被害者の意思通りに訴追できるかという問題とも結びつ くが、警察・検察段階といった早期に再犯防止措置が出来ないことであると考える。本章第1
節の行政警察活動において、前兆事案を起こした者に対する処置は行っているが、ほとん どは指導・警告が限界で、再犯防止のために認知の歪みを修正させるような強制的な処置を 行うことは出来ない。これは、警察・検察段階では、性犯罪を行った者又は行おうとした者 でどんなに確実な証拠が存在したとしても、微罪処分・起訴猶予といった刑事司法手続きか ら外す事件処理を除いて、裁判で有罪の確定がなされるまでは無罪推定の原則が働くため、捜査機関の権限で処遇を強制的に行うことが出来ないのは刑事司法上当然である。しかし、
性犯罪者の特徴で確認した通り、警察・検察段階での対応を行っておかなければ、重大な事 案に発展するケースも少なくはない。よって、深刻な被害が発生する前に対応すべきである と考えられる。検察官が不起訴にするケースも、証拠が不十分であれば起訴出来ずに釈放す るのは当然であるが、少なくとも被疑事実が明白で証拠も揃っている起訴猶予処分について は、性犯罪の原因を治療するための再犯防止措置を講ずることが出来れば、性犯罪被害者を 減らすことは可能と考える。刑事施設・更生保護段階での処遇のみでは対応できないとされ る昨今、抑止・捜査が基本であった警察・検察の役割に再犯防止措置を施すという新しい視 点が必要ではないであろうか。
この警察・検察段階の早期に再犯防止措置を行うべきであるという考えには、もう一つ根
63
拠が在る。それは、警察・検察段階において刑事司法手続きから外され、社会に戻っていく 性犯罪者が相当数存在するという点である。警察段階では、性犯罪は微罪処分の対象とはな っていないため、猶予制度(ダイバージョン)によって刑事手続きから外されることはない。
しかし、強制性交等(強姦)罪・強制わいせつ罪といった重大な性犯罪に発展する可能性の ある前兆事案について、法律上の根拠が存在しないため、積極的な再犯防止措置の対応をと れずに釈放している潜在的性犯罪者が相当数存在する。また検察段階では、強姦罪・強制わ いせつ罪で逮捕され、検察官送致された者のうち相当数の者が不起訴処分とされなんらの再 犯防止措置のないまま社会に戻っている。第
1
章の問題の所在でも述べた通り、平成28
(
2016
)年に強姦罪で検察官送致された1,112
人のうち、起訴された人員は370
人である のに対し、不起訴処分となった人員は656
人で、59.0
%は不起訴処分となり釈放されている186。また強制わいせつ罪で検察官送致された
3,710
人を見ても、起訴された人員は1,308
人 であるのに対して不起訴処分となった人員は1,955
人であり、こちらも52.7
%が不起訴処 分となり釈放されている187。この再犯防止措置を施されずに刑事手続きから外される性犯罪者は、裁判段階でも相当数 存在する。裁判所段階に関しては、少し前のデータになるが平成
26
(2014
)年に強姦罪・強制わいせつ罪で有罪となった者のうち、強姦罪で約
9.4
%(34
/361
人)、強制わいせつで64.8
%(629
/971
人)の者が執行猶予となっている。これは刑法犯全体の第1
審における 執行猶予率が57.8
%であることから見れば、強姦罪ではかなり低く、強制わいせつ罪でも 特段高くはない数値である。しかし、その性犯罪で執行猶予とされた者への保護観察付執行 猶予とされた者が、強姦罪で29.4
%(10
/34
人)、強制わいせつ罪では25.4
%(160
/469
人)であり低い値となっている。性犯罪者が再犯のおそれの高く治療が必要な者であるなら ば、執行猶予判決における保護観察付判決の割合は大変低く、問題のあるものと考えられる。加えて、こちらも後述するが、刑の一部執行猶予制度が性犯罪にはほとんど適用されていな いという現状も、性犯罪者の再犯予防としては大変問題のある裁判の運用であると言えるも のである。そこで、本問題への証明のため、次項にてこの刑事司法手続きから外され、社会 に戻っていく性犯罪者の数を公式統計を用いて分析したい。
2 、警察段階・検察段階・裁判段階で釈放される性犯罪者の問題
(
1
)警察段階で刑事司法手続きから外される性犯罪者の数犯罪が発生し、警察が検挙した事件は原則として検察官に送致しなければならないが、犯 罪事実が軽微であり、かつ検察官から指定された事件については、検察官に
1
月ごとに一括 して報告することで事件を処理することを認められている(刑事訴訟法第246
条但し書188、
186 法務省法務総合研究所「平成29年版犯罪白書」資料2-2「検察庁終局処理人員(罪名別、処理区分 別)」(法務省、2017年)。
187 同上。
188 刑事訴訟法第246条 司法警察員は、犯罪の捜査をしたときは、この法律に特別の定のある場合を
64
犯罪捜査規範第
198
条~第200
条189)。この制度は微罪処分190と呼ばれ、被疑者に対する 負担軽減やラベリングの回避、そして刑事司法機関への負担軽減といった効果を持つ警察段 階におけるダイバージョンである。微罪処分の対象事件は、地方検察庁の長である検事正が 指定を行うため若干の地域差はあるもの、一般的には成人の刑法犯のうち窃盗・暴行・詐欺・横領・盗品等の罪・賭博等であり(表
19
参照)、初犯者で告訴・告発がないなどの限定も存 在する。平成28
年に微罪処分により処理された刑法犯の人数は、6
万7340
人であり、全検 挙人員の29.7
%を占めている。(表
19
)微罪処分の件数(現行犯逮捕・身柄不拘束の合計値)総数 微罪処分で処理された者 微罪処分率
暴行 25,736人 12,182人 47.3%
傷害 21,966人 21人 9.6%
窃盗 115,462人 43,834人 38.0%
詐欺 10,360人 1,307人 12.6%
横領 1,021人 112人 10.0%
賭博 725人 21人 3.0%
占有離脱物横領 19,075人 9,450人 49.5% 盗品等の罪 1,228人 413人 33.6% 刑法犯全体 刑法犯総数
226,376人
刑法犯総数のうち微罪処分 での処理人員67,340人
刑法犯総数における微罪 処分率29.7%
(表19は警察庁「犯罪統計書 平成28年の犯罪 CRIMINAL STATISTICS in 2016」(警察庁、2017 年)「表31 罪種別 身柄措置別 送致別 検挙人員」254-255頁を基に筆者が作成。)
以上のように、性犯罪は微罪処分の対象とはなっていない。性犯罪が微罪処分の対象とな らない理由については、公的な資料は見受けられないが、財産犯と比較し性犯罪は痴漢(強 制わいせつまで至らない迷惑防止条例等違反相当)や覗き(軽犯罪法第
1
条23
号窃視の罪)
除いては、速やかに書類及び証拠物とともに事件を検察官に送致しなければならない。但し、検察官が 指定した事件については、この限りでない。
189 犯罪捜査規範第198条 捜査した事件について、犯罪事実が極めて軽微であり、かつ、検察官から 送致の手続をとる必要がないとあらかじめ指定されたものについては、送致しないことができる。
同法第199条 前条の規定により送致しない事件については、その処理年月日、被疑者の氏名、年齢、
職業及び住居、罪名並びに犯罪事実の要旨を一月ごとに一括して、微罪処分事件報告書(別記様式第十 九号)により検察官に報告しなければならない。
190 微罪処分の運用について細かくは各地方検察庁によって異なるが、一般的には①被害額が僅か等、
犯罪が軽微であること、②被害の回復が行われていること、③被害者が処罰を希望していないこと、④ 初犯であること、⑤再犯のおそれがないこと等が要件となり、該当する犯罪については検察に送らず警 察段階で事件を処理し釈放することが認められている。但し、警察は微罪処分を行った全事件を管轄す る検察庁に報告しなければならない。
65
といった凶悪犯とはいえない犯罪でも軽微とはいえず、また財産犯と比べ被害回復が難しく、
被害者の同意を得るのも難しいため、微罪処分には含まれていないと筆者は考える。加えて、
再犯のおそれがないことも微罪処分とする条件となるが、実際の統計上の数値は別としても、
性犯罪は財産犯と比較して再犯のおそれが低いとはいえないと認識されていることが理由 となっている可能性も考えられる。いずれにせよ警察段階で刑事司法手続きから外される性 犯罪者は存在しない。
しかし、微罪処分の対象となっていない性犯罪でも警察段階で刑事司法手続きから外され ているものも存在する。それが事件化されない前兆事案である。前兆事案については、刑法 上の犯罪に該当すれば、警察は逮捕し送検できるものの、付きまといや声掛けについては条 例で定められていなければ、通報があったとしても注意をする程度しかできない。この前兆 事案は前述のとおり、エスカレートして強制性交等(強姦)罪・強制わいせつ罪といった犯 罪に繋がるおそれがあるため早期の対応が必要である。
加えて、微罪処分を活用し、性犯罪への対応も必要である。微罪処分は犯罪捜査規範第
200
条において、①被疑者に対し指導を行い、②保護者や雇い主に監督することを促し、③被害 者への被害回復を行わせる等の措置 191の出来る有効な機会である。この微罪処分の段階に おいては、検察官による犯罪の指定はあるものの、検察段階と同様に捜査機関における事件 処理の裁量権が存在し、ダイバージョンを行ったり被害者との和解が可能な貴重な時期であ る。そこでその後、起訴猶予や執行猶予になり何らの措置も施されないまま社会に戻るくら いならば、痴漢や軽微な強制わいせつ事件については、性犯罪の傾向の進んでいない段階で、精神保健福祉法に基づく措置入院によって治療を行う等の再犯防止措置を施せば、重大な性 犯罪の発生を防ぐため有効な手立てとなりうると考えられる。
30
万人のマンパワー192を持 ち様々な専門家の存在する警察力の有効な活用が、性犯罪の抑止には必要であると考える。
191 犯罪捜査規範第200条 第198条の規定により事件を送致しない場合には、次の各号に掲げる処置 をとるものとする。
一 被疑者に対し、厳重に訓戒を加えて、将来を戒めること。
二 親権者、雇主その他被疑者を監督する地位にある者又はこれらの者に代わるべき者を呼び出し、将 来の監督につき必要な注意を与えて、その請書を徴すること。
三 被疑者に対し、被害者に対する被害の回復、謝罪その他適当な方法を講ずるよう諭すこと。
192 検察官の数は全国で2,764人であり検察事務官9,042人を含めても12,000人程であるのに対し警察
官26,2560人に職員33,220人を加えた警察組織は全国で30万人程であり、広く事案に対し対応の見込
める組織となっている。
※平成29年度の検察庁職員の定員は、検事1,865人、副検事899人、検察事務官等9,042人となって いる。検察庁ホームページ「検察庁の職員」(http://www.kensatsu.go.jp/soshiki_kikou/shokuin.htm, 2018年6月20日最終閲覧)。
※平成29年度の警察職員の定員は、警察庁7,848人(警察官2,165人、皇宮護衛官887人、一般職員 4,796人)、都道府県警察288,819人(警察官260,395人、一般職員28,424人)の合計29万6,667人 となっている。警察庁「平成29年版警察白書」194頁(2017年、国家公安委員会・警察庁)。