第 5 章 新たな性犯罪者対策の提唱(まとめにかえて)
第 2 節 検察段階での処置
1 、性犯罪事件での起訴猶予処分者に対する精神鑑定の実施
第
3
章第2
節で見たように、性犯罪の嫌疑があって検察まで送検された者のうち、強姦罪で
63.9
%(1,026
件中656
件)、強制わいせつで罪59.9
%(3263
件中1,955
件)が不起訴となっている(
2016
年)。この不起訴になった者のうち、強姦罪で50
名、強制わいせつ 罪で204
名は、起訴猶予処分とされたものであり、犯罪を行ったことは確実であるが年齢 や境遇、犯罪後の状況により起訴されなかった者である。現実に性犯罪を行ったにも関わら ず起訴猶予となった者を、何らの措置も施さずに社会に戻すことは、性犯罪者の境遇や犯罪 後の状況を考えての判断であったとしても、本人にとっても社会にとっても大変問題が多い と考える。なぜならば、他の犯罪者と異なり、性犯罪者の中には性犯罪を繰り返す病気の者 が一定数おり、そのことを法律家である検察官が見抜くのは困難であると考えるためである。起訴猶予処分でなんらも措置もなく社会に戻った者が精神病的性犯罪者であった場合、再び 犯罪を行ってしまう可能性がある。こうした者に対しては、医療的措置により性犯罪の衝動
361 厚生労働省これからの精神保健医療福祉のあり方に関する検討会「精神保健指定医の指定等に関す る参考資料」5頁(厚生労働省、2017年)。
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を抑える適切な治療を行い社会に戻すべきと考える。そこで次のような制度を提案したい。
強姦・強制わいせつで起訴猶予処分となる者に対しては、勾留の延長を行い(刑事訴訟法第
208
条第2
項)、全員に精神鑑定(責任能力の有無ではなく、性嗜好障害等の有無と程度を 診断するため)を実施し、精神病的性犯罪者であることが認定された場合には、更生緊急保 護への移行対象とする。精神鑑定は、起訴前鑑定として捜査の一過程で行われる「簡易鑑定」ではなく、検察官の要請で鑑定留置を伴って行われる「嘱託鑑定(本鑑定)」362を
2
人の精 神保健指定医(1
人は鑑定先の医療機関とは別病院から派遣された精神保健指定医による)によって行うことが望ましい。
上記の精神鑑定を行った結果、性嗜好障害等の精神疾患を患っていると判断された際には、
現在行われている更生緊急保護を応用した支援を、起訴猶予対象者に行うこととしたい。更 生保護施設など、我が国における更生緊急保護の制度は充実しているため、この制度を性犯 罪の再犯防止のための治療を行うための支援制度とすることにより、かなり実効性の高いも のとなると思われる。
2 、起訴猶予処分者への更生緊急保護の活用
(
1
)更生緊急保護の概要現在我が国では、刑事手続き等で身柄を拘束されていた者が、釈放された後に社会生活を 送る上で、身寄りや仕事がなく生活に困窮している場合、再犯防止の目的も含めて国が宿泊 場所や食事等の保護を行う、更生緊急保護という制度が行われている363。
この更生緊急保護については、更生保護法第
85
条に定められており 364、期間は対象者の 意思に反しない限り6
ヶ月を超えない範囲で行われ、改善更生のために必要な場合には更 に6
ヶ月の範囲内で行うことが出来る(更生保護法第85
条第4
項)。内容としては、宿泊 場所や食事等の提供の他、就職の手助けや医療の手助け、生活に必要な金品の給与又は貸与 が行われており、法務省保護局が直接行うものの他、宿泊場所や食事の提供等の多くは民間 団体である更生保護施設において実施されている 365。更生緊急保護の決定は、本人の申し 出を基に保護観察所長が調査を行い決定する(同法第86
条第1
項 366)。平成28
(2016
)年
362 小畠秀吾=和田久美子「Ⅰ わが国における司法精神医療の歴史と現状 精神鑑定の現状と問題点」
松下正明 総編集『司法精神医学5巻 司法精神医療』21頁(中山書店、2006年)。
363 齋場昌宏「更生緊急保護の目的・対象・期間」藤本哲也=生島浩=辰野文理 編著『よくわかる更生 保護』108頁(ミネルヴァ書房、2016年)。
364 更生保護法第85条に対象者や保護内容が規定してある。そして第1項第6号に「六 訴追を必要と しないため公訴を提起しない処分を受けた者」と規定しているため、更生緊急保護の対象には起訴猶予 の決定を受けた者も含まれている。
365 古賀正明「更生緊急保護の内容・手続き」藤本哲也=生島浩=辰野文理 編著『よくわかる更生保 護』110-111頁(ミネルヴァ書房、2016年)。
366 更生保護法第86条第1項
127
の更生緊急保護の実施状況は(表
31
)の通りである。なお、刑の一部執行猶予対象者は、刑 の一部執行猶予制度自体が平成28
(2016
)年6
月に施行され、対象者が刑事施設での刑期 を平成28
(2016
)年段階では終えていないことから、更生緊急保護を受けた者の数は0
人 となっている(表31
※)。刑の一部執行猶予制度は、社会内処遇が必要な者に対し適用され る制度で、そうした者は社会内での援助が必要である場合が多い為、今後更生緊急保護にお ける刑の一部執行猶予対象者の数はかなり増えると考えられる。(表31は、法務省法務総合研究所編「平成29年版犯罪白書」2-5-3-1表「応急の救護等・更生緊急保護 の措置の実施状況」から筆者が必要箇所を編集の上転記した。)
更生緊急保護の対象者は、懲役刑の執行を終えた者の他、起訴猶予となった者も対象とな っている(同法第
85
条第1
項第6
号)。ただ近年の傾向として、起訴猶予処分に伴う更生 緊急保護を受けた人員は、起訴猶予処分を受けた者のうちのわずか2
~3
%に過ぎず、平成24
(2012
)年以降を見ると減少傾向にあることが分かる(表32
)。更生緊急保護は、セーフ ティネットから外れた犯罪者の最後の砦というべき支援制度であるため、今後は起訴猶予者 に対しても、更生緊急保護の積極的活用を促進していくべきであると感じる。近年の、起訴 猶予処分になった者のうち、更生緊急保護を受けた者の数及び起訴猶予処分における更生緊 急保護を受けた者の割合の推移は、以下の(表32
)のとおりである。
更生緊急保護は、前条第1項各号に掲げる者の申出があった場合において、保護観察所の長がその必要 があると認めたときに限り、行うものとする。
(表 31 )平成 28 ( 2016 )年度における更生緊急保護の実施状況
保護観察所において直接行う保護宿泊 食事給与 衣料給与 医療援助 旅費援助
一時保護 事業を営 む者への あっせん
全部実刑の刑の執行修了 14人 236人 264人 3人 295人 441人 3,132人(704人)
全部執行猶予 ― 81人 146人 ― 84人 349人 728人(250人)
一部執行猶予※ ― ― ― ― ― ― ―
起訴猶予 ― 94人 273人 7人 100人 455人 874人(273人)
罰金・科料 ― 38人 58人 4人 34人 129人 240人(68人)
労役場出場・仮出場 ― 6人 22人 1人 12人 31人 82人(33人)
少年院退院・仮退院期間満了 ― ― 1人 ― 1人 2人 33人(8人)
更生保護施設等へ 宿泊を伴う保護の 委託(うち自立準備 ホーム等への委託)
128
(表32は、法務省法務総合研究所 編「平成29年版犯罪白書」2-2-3-2図「起訴・不起訴人員等の推移」・
2-5-3-1表「応急の救護等・更生緊急保護の措置の実施状況(平成28年)」、同編「平成28年版犯罪白書」
2-5-3-1表「応急の救護等・更生緊急保護の措置の実施状況(平成27年)」、同編「平成27年版犯罪白書」
2-5-3-1表「応急の救護等・更生緊急保護の措置の実施状況(平成26年)」、同編「平成26年版犯罪白書」
2-5-3-1表「応急の救護等・更生緊急保護の措置の実施状況(平成25年)」、同編「平成25年版犯罪白書」
2-5-3-1表「応急の救護等・更生緊急保護の措置の実施状況(平成24年)」のデータを基に筆者が作成)。
そこで強制性交等罪・強制わいせつ罪で起訴猶予となった者に対しても、この更生緊急保 護制度を積極的に活用し、性犯罪再犯防止を行うべきであると考える。なお、現在公表され ているデータでは、強姦罪・強制わいせつ罪で起訴猶予とされた者のうち、どのくらいの数 が更生緊急保護の対象となったかについては不明である。但し現在の更生緊急保護制度は任 意的措置であることに加えて、保護観察所における性犯罪者に対する再犯防止のための措置 が十分な体制となっていないため、性犯罪事件で起訴猶予となった者を単に更生緊急保護の 対象としても、大きな効果は上がらないものと考える。一般的には、生活基盤が盤石になれ ば再犯率は下がるが、精神病的な要素によって性犯罪を行う者は、そうした生活や職業を安 定させることによって必ずしも再犯率を下げられるとは限らないからである。そこで、現在 行われているものではない、性犯罪で起訴猶予となった者に対する、新たな更生緊急保護制 度の構築を提言したい。
(
2
)性犯罪で起訴猶予とされた者に対する新たな更生緊急保護制度の概要 現在実施されている更生緊急保護は、当然に性犯罪者を受け入れる体制とはなっていない ため、性犯罪の治療プログラムを実施できる施設の整備等の制度設計が必要である 367。期
367 尾田清貴「7 再犯防止対策と他(多)機関連携」警視庁子ども・女性の安全対策に関する有識者研 (表32) 起訴猶予処分に付された者の総数と更生緊急保護に付された者の数の推移
起訴猶予処分に付 された者の総数
総数
起訴猶予処分 に付された者 のうち、更生 緊急保護を受 けた者の割合
保護観察所で直 接行う保護
起訴猶予処分に 付された者のう ち保護観察所で 直接行う保護を 受けた者の割合
更生保護施設等へ宿 泊を伴う保護の委託
(うち自立準備ホー ム等への委託)
起訴猶予処分に 付された者のう ち更生保護施設 等へ宿泊を伴う 保護の委託を受 けた者の割合
(うち自立準備 ホーム等への委 託を受けた者の
割合)
2016年 79,186人 2044人 2.6% 1,170人 1.5% 874人(273人) 1.1%(0.3%)
2015年 78,467人 2023人 2.6% 1,196人 1.5% 827人(276人) 1.1%(0.4%)
2014年 79,211人 2231人 2.8% 1,377人 1.7% 854人(260人) 1.1%(0.3%)
2013年 79,248人 2133人 2.7% 1,357人 1.7% 776人(183人) 1%(0.2%)
2012年 77,471人 2461人 3.2% 1,608人 2.1% 853人(173人) 1.1%(0.2%)
起訴猶予処分に付された者のうち、更生緊急保護を受けた者