第 4 章 性犯罪者対策の現状を踏まえた改善策の方向性
第 2 節 新たな性犯罪者処遇制度への試み
ここまで見た性犯罪及び性犯罪者の特徴を踏まえ、犯罪予防の理論の示唆する早期対応 を実行するためには、どのような性犯罪者処遇を行うことが望ましいかを本節にて検証した い。
性犯罪者は再犯をする可能性があり社会にとって危険な存在であるならば、刑事施設で再 犯の危険性がなくなるまで治療を行い、十分に矯正処遇が完了したと刑事施設が判断するま で社会に戻さないという考え方が、社会防衛の観点から見れば合理的かもしれない。しかし、
現在の我が国の刑事法では、改善更生が完了するまでは釈放しないという考え方は採用され ておらず、裁判時に決定した刑期以上の刑事施設での拘束は、例外なく認められていない。
そこで本節では、現在の我が国における刑罰に関する基本的な考え方を整理するとともに、
現行法の採る考え方の枠組みを超えずに性犯罪者に対する治療期間を確保する施策が可能 であるかを検討する。その中で性犯罪の病理性に着目し、精神医療への移行の可能性を検討 し、アメリカ合衆国で行われている危険な性犯罪者に対する収容制度の分析も行う。
1 、現行刑罰制度と拘束治療
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)刑罰の目的に関する議論とその歴史刑事司法制度の根本として、どのような行為が犯罪で、それに対しどのような制裁が科さ れるかを規定したのが刑法である 271。そして刑法に規定されている制裁の内容が、刑罰で ある。この刑罰の在り方については長い間論争が繰り広げられてきており、刑罰の目的の議 論として、応報刑論と目的刑論(教育刑論)との対立が議論されてきた。
応報刑論は、刑罰を、実行された犯罪に対する非難として加えられる法的制裁であり、「あ れだけのことをしたのだから、この程度の刑罰はやむを得ない 272」とする考え方である。
そのため応報刑論では、刑罰は犯罪行為を根拠に犯罪者に加えられる苦痛ないし害悪が本質 であるとされる273。また、刑罰は動(悪)に対する悪反動としての苦痛であるから、動(悪
=犯罪)は反動(苦痛=刑罰)と均衡していなければならないとされている 274。そして応
271 山口、前掲注(238)、1頁。
272 前田、前掲注(238)、6頁。
273 井田、前掲注(238)、541頁。
274 大谷實『刑法総論[第4版]』21-22頁(成文堂、2013年)。この考え方は罪刑の均衡の原則と呼
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報刑の基本は違法行為に対する非難であるため、応報は責任の程度に見合った苦痛を与える ことであり、行為者を非難しえない場合には処罰をすることが出来ない 275。これは、責任 なければ刑罰なしという責任主義の原則が応報刑論では当然に採用されているからである。
従って、何人もの被害者が死亡するような重大な結果を引き起こした加害者でも、精神障害 等で責任能力がなく非難することが出来なければ、刑罰を科すことは許されないとされる
276。これに対し目的刑論(教育刑論)は、刑罰を、犯罪行為に対する非難ではなく、犯罪者 に再犯の危険性がある限度でその性格に応じて刑を科す、再犯の防止を目的した制度である と考える 277。そのため目的刑論では、刑罰は個別化した刑で教育・改善を行い、犯罪者が 再び犯罪に陥ることを予防するための制度であることに本質があるとされる 278。したがっ て目的刑論では、刑罰は非難に対する制裁ではないため、責任主義の考え方や罪刑の均衡は 採用されていない279。
ここまでを整理すると、応報刑論は「犯罪が起こったから罰として刑を科す」という考え 方であるのに対し、目的刑論は「将来に向けて、犯罪が起こらないように危険性除去のため に刑を科す」という考え方であるということになる280。この考え方の対立は、
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世紀後半 から20
世紀にかけてのヨーロッパにおいて、その後我が国においても論争が展開された。応報刑論を主張する学者と、新しい学説である目的刑論を主張する学者が対立したため、旧 派(古典学派)と新派(近代学派)の争いと呼ばれる 281。ヨーロッパの中で我が国の刑事 法に強い影響を与えたドイツにおいても、
1800
年代後半のヴィルヘルム時代に新旧両派の 対立が存在し、かの有名なフランツ・フォン・リストは目的刑論を主張した新派刑法学のリ ーダーであった282。ばれる。
275 井田、前掲注(238)、9頁、40頁、542頁。
276 同上、40頁。
277 同上、543頁。
278 板倉宏『刑法総論[補訂版]』12頁(勁草書房、2007年)。
279 井田、前掲注(238)、543頁。
280 前田、前掲注(238)、6頁。
281 井田、前掲注(238)、541頁。
282 „Die Strafrechtswissenschaft der wilhelminischen Zeit war weithin geprägt durch die Auseinandersetzungen zwischen der sog. ≫klassischen≪ und der ≫modernen≪ oder ≫
soziologischen≪ Schule. Wichtigster Wortführer der ≫klassischen≪ Schule war Karl Binding, seit 1873 Professor in Leipzig. Er sah das Wesen der Strafe in der gerechten Vergeltung der Tat, wobei die Tat selbst vor allem als Normenverstoß verstanden wurde. Gegenüber dieser dem
Rechtspositivismus nahestehenden Lehre mußten die Ansichten der ≫ soziologischen≪ Schule als revolutionäre Neuerungen erscheinen. Ihr Begründer war Franz von Liszt, seit 1899 Professor in Berlin. Für Liszt hatte das Strafrecht eine kriminalpolitische Aufgabe, nämlich den möglichst effektiven Rechtsgüterschutz.“von Karl Kroeschell, Rechtsgeschichte Deutschlands im 20. Jahrhundert (1992) UTB, Stuttgart, s.32-33 (ヴィルヘルム時代における刑法学は、一般 に、いわゆる「古典的」学派および「近代的」もしくは「社会学的」学派の間の論争によって特徴づけ
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この2つの考え方は、当然にメリットとデメリットが存在する。応報刑論の考え方を採っ た場合、非難されるべき行為の責任に見合った分だけの不利益を科すことは正当であるが、
再犯予防のために必要とされる刑であっても責任に対応する分を超えてしまう場合には科 すことが出来ない。よって将来の犯罪予防に不安が残ることになる 283。反対に目的刑論を 採った場合、犯罪者の危険性を除去し将来犯罪を起こさないように教育することは正当であ るが、危険性の有無によって明らかな刑期の差が出ることや、再犯のおそれをどのように判 断するのかといった懸念が残る。よって刑の不平等や刑罰の不明確さという問題が発生する。
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)現在の我が国の刑罰に対する考え方それでは、現在は刑罰の目的はどのように考えられているのであろうか。現行刑法は応報 刑論の立場を基本としていると考えられ、学説や実務も応報刑論を基調としているとされて いる 284。犯罪行為を行った際に、精神障碍等で正常な判断が出来なかった者は罰しないと いう刑法第
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条の規定はその表れと考えられる。但し、全く犯罪の予防を考慮しないので はなく、刑罰の本質を応報として捉えつつも、目的刑論の考えを取り入れた相対的応報刑論 の考え方が採用されている 285。例えば、犯罪を行った者に刑罰を科すことで、刑罰を科さ れるのはもう嫌だから再び犯罪を行うのは止めようと思わせる「特別予防」や、一般の人々 に対し刑罰を科される犯罪者を見せて、自分は刑罰を科されるのが嫌だから犯罪をするのを 止めようと思わせる「一般予防」は、現在の刑法の重要な機能とされている。これは目的刑 論から導かれる犯罪予防機能でもある 286。加えて、応報刑論として行われている刑事施設 における矯正処遇には、刑務作業といった直接の改善指導ではないものでも、反省を促し、再犯予防教育となり得ている。そして我が国では、刑事施設において個別処遇の原則に基づ き再犯防止指導を行っているため、相対的応報刑論としてもかなり目的刑論を取り入れてい る運用と言える。今日では世界的に見ても「犯罪が行われたことに対する制裁としての刑罰」
という考え方が一般的に認められているとされるが 287、我が国はかなり目的刑論の考え方
られた。「古典的」学派の最も重要な主唱者は、1873年以来ライプツィヒ大学教授のカール・ビンディ ングであった。彼は刑罰の本質を、犯罪に対する正当な報復とみたのであり、そこでは犯罪はなかんず く規範違反として理解された。法実証主義に近いこの理論に対して、「社会学的」学派の見解は、革命 的に刷新するものと思われたに違いない。その創始者は、1899年以来ベルリン大学教授のフランツ・
フォン・リストであった。リストにとって刑法とは、刑事政策上の課題、すなわち、最も可能な限り有 効に法益を保護するものであった。:(筆者訳))。
283 井田、前掲注(238)、541-543頁。
284 同上、8頁。
285 同上、544-545頁。相対的応報刑論に対し、犯罪予防を全く考慮せず、刑罰を純粋な非難される行 為への応報だとする考え方は絶対的応報刑論と呼ばれる。この絶対的応報刑論の支持者は今日では大変 少ないとされる。
286 前田、前掲注(238)、6頁。
287 板倉、前掲注(278)、15-16頁。
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に基づく運用がなされているともいえる。
しかし、応報刑の考え方では、犯罪予防効果を取り入れた相対的応報刑論であったとして も、犯罪の非難に応じただけの刑期しか科せないことには変わりはないため、再犯予防の期 間として不十分であると筆者は考える。刑罰による威嚇力を持って、犯罪者に責任主義から 導き出された懲役刑を科したとしても、性格的な欠陥や依存症等の病気で犯罪を行った者は、
責任主義から導き出された刑の執行期間では十分に治療が行えないと考えるからである。
応報刑論では犯罪者の責任の範囲を超えた改善教育の期間を確保することは難しいとす れば、どのようにすれば良いであろうか。
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)保安処分が否定される理由この応報刑論が支配的である刑事司法制度において、常習犯罪者や精神障害犯罪者といっ た、再犯の危険性の高い犯罪者への対応策として考えられたものが、刑罰と保安処分の併科 である。これは「責任には刑罰を、危険性には保安処分を」という言葉に集約される、まず 非難されるべき行為の責任分に応じて刑罰を科し、犯罪者の将来の危険性に対しては、別途
「改善治療処分」である保安処分を科すという考え方である 288。保安処分とは、行為者の 危険性に着目して治療のために自由を制限する司法的処分であるが、危険性を基礎とし行っ た行為に対する非難としての性格を全く持たないため、刑罰とは異なった制度とされる。保 安処分は目的刑論の考え方から生まれたものであるが、目的刑論の理論では刑罰自体に将来 の再犯可能性を考慮し刑を科すべきと考えるため、刑罰と保安処分の併科の制度とは異なる
289。
この刑罰と保安処分の併科主義は有効なもののように思われるが、現行刑法では保安処分 の規定は存在せず認められていない。理由としては、保安処分における危険性とは将来的に 犯罪を行う可能性を基礎とするため客観的な判断が難しいことや、刑罰と異なり性質上不定 期刑とならざるを得ないことから、人権侵害となるおそれが大きいことが挙げられている
290。これに加えて、我が国では戦後の刑法学においては戦前の刑罰制度の運用への反省か ら、恣意的な刑罰権の行使を容認する余地を含んだ目的刑論の考え方が敬遠されたことの影 響が大きいと考えられる291。実際に、我が国においても昭和
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(1974
年)に法制審議会の 答申を受け公表された「改正刑法草案」では、精神障害による責任無能力の状態で犯罪を行 った者に対する「治療処分(改正刑法草案第98
条)」及びアルコール・薬物中毒の状態で犯 罪を行った者に対する「禁絶処分(同草案第101
条)」という保安処分制度に類似した制度
288 板倉、前掲注(278)、14頁。この刑罰と保安処分を両方別々に科す方式は二元主義と呼ばれ、スイ スやドイツ、オーストリア、フランス等で採用されている。
289 前田、前掲注(238)、7頁。目的刑論のように、刑罰の中に犯罪者の危険性を除去するという保安 処分の考え方を入れてしまう考え方は、非難される行為への制裁である刑罰と危険性の除去である保安 処分を分けて考える二元主義に対して、一元主義と呼ばれる。
290 大谷、前掲注(274)、307-308頁。
291 前田、前掲注(238)、11頁。