第 2 章 性犯罪の現状 ― 潜在的性犯罪者の存在とその危険性 ―
第 4 節 性犯罪者の特徴
性犯罪者への有効な対策を考える上では、そもそも性犯罪者に対して法政策に基づいた施 策が可能かという点が問題である。性犯罪者が、強制性交等又は強制わいせつを実行しよう
109 「本研究の結果により、行為者が同一であるかどうかは別にして、少なくとも時間的・空間的発生 状況に限定して分析した場合、声かけなどの不審者遭遇情報をその後の性犯罪発生のリスクを高める前 兆事案として捉えることができることが示された。したがって、限られた警察資源を声かけなどの不審 者遭遇情報発生地点付近に一定の期間割り振ることは警察資源の効果的な活用方法であると考えられ る」菊池城治=雨宮護=島田貴仁=齊藤知範=原田豊(科学警察研究所)「声かけなどの不審者遭遇情 報と性犯罪の時空間的近接性の分析」犯罪社会学研究第34号159頁(2009年、日本犯罪社会学会)。
110 島田貴仁「1 問題解決型活動の導入に向けて」警視庁子ども・女性の安全対策に関する有識者研究 会提言書86頁(警視庁、2017年)。
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と考えた際、逮捕された場合に厳罰に処されるから止めておこうといった、合理的判断が期 待出来るならば厳罰化された刑法による抑止効果は大いに発揮される。しかし、性的欲求と いう人間の
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大欲求にも含まれる強い動機に基づいた性犯罪は、他の刑法犯と異なり、法に よる抑止効果は小さいように思われる。実際に、性犯罪を実行することにより得られる利益 と性犯罪を実行し逮捕された場合に失われる利益を比較衡量すると、明らかに失われる利益 の方が多く割に合わないであろうと思われる事件は少なくない。こうした事件を見ると、性 犯罪への対応は刑罰制度でコントロールすることは不可能であるように思われる。更に性犯 罪の原因が、性的欲求という強い欲求が原因であるため自制が効きにくいというだけでなく、精神疾患等の病気が原因で行われていた場合には対処方法も医療的措置も含め様々なもの を検討しなければならない。加えて、病気が原因であった場合には治療が可能なのかも考慮 する必要がある。本節では、性犯罪の原因について、近年の心理学的・精神医学的な見解の 動向を検証し、性犯罪再犯防止策のための制度設計の参考としたい。
1 、性犯罪の原因
犯罪が生じる原因については、人間の行為を支配する力は一つではないため、素質や環境 といった様々なものが絡み合って引き起こされると考えるのが妥当である。しかし多数の原 因をただ事実的に挙げるよりも、対策を検証するため法則を見出すことは学問的に有益であ る111。そこで性犯罪の原因について、やや単純化して以下のように整理する。
まず、性犯罪の根底にある原因は性的欲求であるとされている。これは当然のように思わ れるが、性犯罪は性的欲求(性欲)が原因で起こされているのか否かという点は、対策を考 える上で重要である。心理学的実証実験の検討結果を見ると、性的欲求が唯一の動機とまで は言えないが、「性的欲求が性暴力への動因となっているのは確か」であるとされている112。 次に性的欲求が前提にあるとして、性犯罪を引き起こす原因は、①共感性の欠如や認知の歪 みといった個人の考え方が原因のものと、②脳部位の障害といった身体の機能障害(以下で は脳の機能障害と称する)が原因のものとに分けられると考える。もちろん、脳に障害があ るため一般的な考え方からズレている場合もあり、単純に分けることは難しいと思われる。
しかし認知の歪みが原因であるならば、認知行動療法(現実の受け止め方やものの見方に働 きかけ、問題となる考え方を変えていく治療方法)や正しい認識に改める教育等で改善・更 生が可能であるのに対し、脳の機能障害である場合は、教育による改善・更生は難しく医療 的な措置が必要となる。そこで対処が異なるこの
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つのパターンを軸に、性犯罪の原因をど のように除去していくかの対策を検討したい。なお、性犯罪に至る生育上の要因は、①発達状態や人格要因といった本人の脆弱性、②家 族の機能不全といった家庭環境における逆境、③男尊女卑や学校でのいじめといった強制の
111 藤本哲也『刑事政策概論〔全訂第七版〕』(青林書院、2015年)45-53頁。
112 田口真二=荘島宏二郎「第2章 性犯罪にかかわる要因 第2節 個人要因」田口真二=平伸二=池田 稔=桐生正幸 編著『性犯罪の行動科学―発生と再発の抑止に向けた学際的アプローチ―』42-43頁
(北大路書房、2010年)。
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モデリング(見本を見てそのものの動作や行動を真似ること)、④暴力的なポルノの視聴や 性暴力の目撃・被害といった性暴力のモデリング、といったものが重なって起きるとされる
113。この生育上の要因については、個人の考え方が原因のもののカテゴリーの中に入れて検 討を行う。
2 、性犯罪の病理
性犯罪を惹起する考え方の要因としては、強制性交等(強姦)罪に対する寛容な態度や女 性に対する敵意、認知の歪み、共感性の乏しさといったものが特定されている 114。共感性 とは「傷ついて脅えた、あるいはそうでなくてもネガティブな経験にさらされている他者に 気づき、その人を心配し、思いやりと哀れみの感情を経験すること 115」と定義されるもの であり、この共感性が低い場合、性的攻撃のリスクが高いことが明らかにされている 116。 強制性交等(強姦)罪に対する寛容な態度や女性に対する偏見などは、強姦神話(レイプ神 話)の中に含まれる考え方であり、認知の歪みの最たるものである。認知の歪みとは、物事 に対する自分なりの解釈が現実とズレていることであり、認知の歪みは性犯罪者が特に持っ ている特徴だとされている117。「強姦神話(レイプ神話)」とは、「レイプの責任を被害者に 転嫁したり、加害者側の正当性を主張してその責任を否定し合理化しようとする誤った信念 や態度 118」であるとされる。強姦神話(レイプ神話)の具体的な内容としては、女性は無 意識のうちに強姦されることを願望している、女性は男性から暴力的に扱われることで性的 満足を得る、行動や服装に乱れのある女性は強姦被害に遭っても仕方がない、といったおお よそ世間の一般的な認識とはかけ離れたものである。しかし、約
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年前のデータではある ものの、大学生を対象とした調査では、約1
割が被強姦願望や暴力性の容認について積極的 に支持する考え方を持っているという調査結果が出ている 119。こうした点を見ると、性犯 罪者に対しては認知の歪みを修正する心理的療法により、再犯の防止策が有効に行えるよう にも思える。ところが、性犯罪の原因としては、考え方の異常さとは別に特定の脳部位の異常や精神疾 患といった病気という身体の機能異常が原因であるということも認められている。例えば、
113 奥田剛士「強姦・強制わいせつ」日本犯罪心理学会編『犯罪心理学辞典』170-171頁(丸善出版、
2016年)。
114 同上、171頁。
115 田口=荘島、前掲注(112)、43頁。
116 同上、44頁。
117 同上、44頁。
118 同上、44頁。
119 大淵憲一=石毛博=山入端津由=井上和子「レイプ神話と性犯罪」犯罪心理学研究第23巻第2号1
-11頁(日本犯罪心理学会、1986年)。なお、調査結果を見ると、強姦神話(レイプ神話)の支持者は 当然に男性が多いものの、女性は無意識のうちに強姦されることを願望しているといった極端なものに 対しても、約8%の女性が積極的支持を行っており、やや予想外の結果であった。
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感情や動機づけを司っている脳部位は大脳辺縁系と呼ばれ、その中の視床下部には性行動や 恐怖、怒りなどを引き起こす中枢が存在するが、その部分が腫瘍等により損傷すると攻撃性 を上昇させるとされている 120。近年、性犯罪に関する新しい理解として性依存症という概 念が登場した。これは、性犯罪を繰り返す者を精神疾患の一種と捉えるものである。精神疾 患であった場合は、対策は大変困難なものとなり、特別な治療を行える専門家からの治療を 得る機会の提供が必要となる。
3 、国際疾病分類( ICD-10 )と性嗜好障害の位置づけ
性犯罪者は病気であるかについては、従来から性犯罪者は病的なおかしな人であるという 一般的な認識はされていたが、その詳しい病名といったものはかなり曖昧であった。しかし 近年は、性犯罪の原因となりやすい性的な異常性は、精神医学上の「性障害」と呼ばれるよ うになり、「性障害」は正式な精神障害の一つとして位置づけられ認知されるようになって きた121。世界保健機関(
WHO
)の公式な精神疾患のガイドラインである「国際疾病分類ICD
-
10
」では「性嗜好障害」、米国の精神疾患の分類と診断の手引き「DSM
-Ⅴ」では性嗜 好異常に分類される「強迫的な性衝動行動を繰り返す心の病気」として公式に精神疾患であ ると認定されている。なお、
ICD
-10
では、F6
「成人のパーソナリティおよび行動の障害(Disorders of adult personality and behaviour
)」の中にF65
「性嗜好障害(Disorders of preference
)」という 項目があり、その行動障害の内容によって、以下のように分類されている(表10
)。(表10は、融道男・中根允文・小見山実・岡崎祐士・大久保喜朗 監訳『ICD-10精神および行動の障 害 臨床記述と診断ガイドライン 新訂版』(医学書院、2005年)227-230頁を基に筆者が作成。)
120 坂口菊恵「第2章 性犯罪にかかわる要因 第1節 生物学的要因」田口真二=平伸二=池田稔=桐生 正幸 編著『性犯罪の行動科学―発生と再発の抑止に向けた学際的アプローチ―』39-41頁(北大路書 房、2010年)。
121 小田晋「性犯罪」中村俊規=小田晋=作田明『心の病の現在5 脳と犯罪 性犯罪』106頁(新書 館、2006年)。