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課題と展望

ドキュメント内 小野 美里 (ページ 169-181)

第5章 アジア太平洋戦争期の日本人教員派遣と華北日本語教育界の変容 はじめに

第2節 課題と展望

以上述べた本稿の到達点を踏まえつつ、ここでは本稿の限界と、今後検討すべき課 題について考えたい。

日本にとってどのような領域が形成されたのかが議論の中心となり、検討対象も、中 央の動向や、地域的には北京が中心となった。それゆえ現地の側、具体的には特定の 地域・学校・中国人の政治の担い手等については、十分に検討できていない。日本側 の「内面指導」が必ずしも貫徹しなかったことは本稿でも言及しているが、現地の側 の反応について、より立ち入った検討が、今後の課題となる。現在の植民地・占領地 研究は、体制側の政策の展開を中心に議論する段階にはなく、こうした側面を含めて 問題を検討しなければ、当該地の歴史的意義を十分論じることは難しい。そのために は、中国側の史料のさらなる調査・活用が要請される。

次に、中国占領地と本国・その他に地域との関係について触れておきたい。これま で中国占領地支配、なかでも政治・行政については十分論じられておらず、それゆえ 本国、及び他の日本の植民地・占領地との関係や、具体的な相互交渉についても、ほ とんど明らかになっていない。本稿が華北占領地の文教政策を軸に、中国占領地支配 の特質を論じたことで、こうした研究の端緒をひらくことができたと考える。

本稿では、文部官僚の出向、日本人の顧問派遣、日本からの文教関係者の視察、華 北占領地への日本人の流入とその統制など、部分的ではあるが、華北占領地と本国と の人の流れに言及している(第1・2・3・5章)。また第3・4章では、列強の在華 権益への対応が、国際関係に影響を与えかねない緊張状態にあり、だからこそ外交的 な意味を持ったことを強調した。華北占領地が国際情勢に影響を受けていただけでな く、逆に影響を与えかねない状態にあったのである。以上から、政治・社会・外交等、

様々なレベルで、華北占領地が本国や他領域に影響を与えていることが見通される。

占領地統治に伴う人の流れについては、政務の担い手となった軍人・官吏等の中国 占領地―本国間の往還、他の植民地・満洲国等との間の出入りについての実証的な解 明が、まずは重要な課題の1つになろう。しかし現段階では、未解明な部分として残 されている。本稿で扱った、本国から派遣された日本人教員についても、文教以外の 領域に派遣された人員や、同じように組織的訓練・派遣が行われた宗教関係者4など、

他の「内面指導」の担い手と対照させながら、どのような歴史的存在であったのか、

明確に位置付ける必要がある。

続いて、南方占領地統治への影響について述べたい。その前提として、関連する先 行研究に触れておく。南方占領地統治と中国占領地の関係について言及する研究は、

て南方占領地における文官の派遣制度が整えられたこと5、さらに南方占領地統治計画 の作成過程において、中国における間接統治の克服が意識されていたこと6が指摘され ている。また岩武照彦の研究により、特に陸軍地域の高級将校(司令官・参謀・部隊 長・師団長等)のなかに、中国統治に直接関与あるいは関連業務についていた者がか なり存在したことも指摘されている7。岩武は1983年の著作のなかで、今後の南方占 領地研究の主要論点として、先行する満洲国・中国占領地統治がいかに変容したのか が重要になると指摘しているが、岩武はその後、この問題に本格的に取り組んでいな い。

1980年代以降から本格化した、東南アジア研究においても、軍政そのものよりも、

当該地域の社会変容・対日協力者の問題・現地の政治機構などにつき研究が蓄積した8。 ただしこのなかで、英領マラヤ・シンガポールを研究対象とする明石陽至は、日中戦 争下中国勤務を経て当該地軍政の中心的存在となった渡辺渡に注目し、中国統治の経 験がその施策に影響していることや、軍政要員に満洲・中国特務機関時代の旧部下を 引き込んだことなどに言及しており、重要な先行研究といえる9

他方日本の植民地・占領地研究における、南方占領地ないし「大東亜共栄圏」に関 する研究では、主に経済の実態が追及されてきた10。そうしたなか、新たな局面を切 り開いたものとして、河西晃祐の研究があり、近代日本の南方進出から「大東亜共栄 圏」崩壊に至るまでの歴史を、政治・外交過程のみならず、その構想や学説、文学者 の現地人認識、「独立」をめぐる言説などを対象に分析した11

以上のように、南方占領地に関しては、東南アジア史研究、日本植民地・占領地研 究の双方において進展しているものの、それぞれが別々に行われている感があり、ま た先行する中国統治の経験を視野に入れた研究は、明石の研究のほか、十分に展開し てこなかった。

しかしこうした両方面の研究を架橋する視点として、中野聡が重要な提起をしてい る12。すなわち、「東南アジア占領史の展開に内在する帝国・日本の解体の契機を思考 する視点」である。こうした視点から中野は、改めて南方軍政の企画や「独立」問題 の展開を検討し、当該地統治を「東南アジアという『他者』の存在を通じて、帝国・

日本のやり方通用しない、、、、、

ことを学習する過程」として捉え直す。

このように、改めて南方占領地統治が帝国日本に与えた影響が議論の対象となるな

これが南方軍政に与えた影響について検討することは、今後必要な作業となろう。

1近年の成果として、松田利彦・陳姃湲編『地域社会から見る帝国日本と植民地――朝 鮮・台湾・満洲』思文閣出版、2013年。

2 本稿第2章、第62頁参照。

3永井和「日中戦争と日英対立――日本の華北占領地支配と天津英仏租界」古屋哲夫編

『日中戦争史研究』吉川弘文館、1984年。

4 大志万準治「興亜教育の基本問題」(『興亜』第3巻第10号、1942年10月)23頁。

また、『興亜』第2巻第6号(1941年6月、154~155頁)は、1941年2月、興亜院 指導のもと、「支那派遣宗教教師第1回錬成」が実施されたことを報じている。

5太田弘毅「陸軍占領地行政に従事せし、文官の人数と配置」『日本歴史』第 328 号、

1975年。

6多比良長好(「南方軍政の基本政策と機構の概要」『軍事史学』第10巻第4号、1975 年)、岩武照彦(「南方軍軍政総監部の編成と業務(上)/(下)」『軍事史学』第 15 巻第3/4号、1979/1980年)。

7岩武照彦『南方軍政下の経済施策』上巻(汲古書院1981年)66頁。

8インドネシアについては、後藤乾一『日本占領期インドネシア研究』(龍溪書舎、1989 年)、ジャワについて倉沢愛子『日本占領下のジャワ農村の変容』(草思社、1992年)、

フィリピンについては池端雪浦編『日本占領下のフィリピン』(岩波書店、1996年)、

英領マラヤ・シンガポールについては明石陽至編『日本占領下の英領マラヤ・シンガ ポール』(岩波書店、2001年)などがある。また日本統治下の東南アジア全体につい ては、倉沢愛子編『東南アジア史のなかの日本占領』(早稲田大学出版部、1997年)、

池端雪浦ほか編『岩波講座東南アジア史8 国民国家形成の時代』(岩波書店、2002 年)などが編まれている。南方占領地に関する研究史整理は、中野聡『東南アジア占 領と日本人』(岩波書店、2012年)22~24頁を参照。

9明石陽至「渡邊軍政――その哲理と展開(1941年12月~43年3月)」(前掲明石編

『日本占領下の英領マラヤ・シンガポール』)。

10 小林英夫『「大東亜共栄圏」の形成と崩壊』(御茶の水書房、1975年)、疋田康行編

『南方共栄圏――戦時日本の東南アジア経済支配』(多賀出版、1995年)、山本有造『「大 東亜共栄圏」経済史研究』(名古屋大学出版会、2011年)、安達宏昭『「大東亜共栄圏」

の経済構想―― 圏内産業と大東亜建設審議会』(吉川弘文館、2013年)など。

11 河西晃祐『帝国日本の拡張と崩壊――「大東亜共栄圏」への歴史的展開』法政大学 出版局、2012年。

12 中野聡「植民地統治と南方軍政」倉沢愛子ほか編『岩波講座アジア太平洋戦争7 支 配と暴力』岩波書店、2006年。

主要参考文献

【日本語文献】

浅田喬二編(1981)『日本帝国主義下の中国』楽游書房

阿部洋(2004)『「対支文化事業」の研究――戦前期日中教育文化交流の展開と挫折』汲古書 院

伊香俊哉(2002)『近代日本と戦争違法化体制』吉川弘文館

石島紀之(1992)「中国占領地の軍事支配」(大江志乃夫ほか編『岩波講座近代日本と植民地2 帝国統治の構造』岩波書店)

石田勇治ほか編(2003)『中国河北省における三光作戦』大月書店

入江昭(1972)「日中関係と英米の『見えざる』協調」『国際政治』第47号

岩武照彦(1979)「南方軍軍政総監部の編成と業務(上)」『軍事史学』第15巻第3号

――(1980)「南方軍軍政総監部の編成と業務(下)」『軍事史学』第15巻第4号

臼井勝美(1987)「日中戦争の政治的展開」(日本国際政治学会・太平洋戦争原因研究部編『太 平洋戦争への道 開戦外交史〈新装版〉4 日中戦争(下)』朝日新聞社)

――(2000)『新版 日中戦争』中央公論新社 内田尚孝(2006)『華北事変の研究』汲古書院

江口圭一(1982)「十五年戦争史研究の課題」『歴史学研究』第511号

太田弘毅(1975)「陸軍占領地行政に従事せし、文官の人数と配置」『日本歴史』第328号

――(1979)「興亜錬成所の設立」『東洋文化』復刊第46号

大塚豊(1983)「戦時下中国における欧米系大学」(阿部洋編『日中教育文化交流と摩擦』第 一書房)

岡部直晃(2008)「第二軍黄河渡河の政戦両略の意義に関する考察」『軍事史学』第43巻第 3・4号(『日中戦争再論』)

岡部牧夫(1979)「日本ファシズムの植民地支配」(今井清一編『体系・日本現代史2 15 年戦争と東アジア』日本評論社)

荻野富士夫(2007)『戦前文部省の治安機能――「思想統制」から「教学錬成」へ』校倉書房 笠原十九司(1999)『南京事件と三光作戦』大月書店

――(2006) 「治安戦の思想と技術」(倉沢愛子ほか編『岩波講座アジア・太平洋戦争5 戦 場の諸相』岩波書店)

――(2010)『日本軍の治安戦』岩波書店

加藤陽子(1993)『模索する一九三〇年代』山川出版社

――(2007)「興亜院設置問題の再検討」(服部龍二ほか編『戦間期の東アジア国際政治』中 央大学出版部)

ドキュメント内 小野 美里 (ページ 169-181)